閑話:旅の終わりに
これにてこの章は終わりとなります。
同時に章タイトルを変更。後始末は始まったばかりですからね。
「えーと……フォレスティアは結構余裕そうだけど魔術師の扱いがやっぱりネックでー……アクエリアーはー海賊だっけ? 治安が悪化……と。エアリアは労働力を持て余してて、てかジャッジメントが一番やばそうかな? 顔色悪いのかどうかわかんねーんだよな……栄養失調とかじゃないだろうけど、町の人は元気一杯には見えなかったし。イグニスは暫く放っておいても平気そうかな。で、ガミネラは爺をどうにかして協調体制に入って貰わないとだから、これはアレンさんかフィリス女王と相談してと……」
「呼びましたか?」
「うわぁお?!」
「あら、お母様。こちらに来るとは珍しいですね」
報告用に原稿を作成しようと篭っているのは日本の俺の部屋。パソコンに向かう俺と背後のテーブルでそれを見守るセリスという配置だったのだが、急な声に心臓がバックバクだ。
「いえ、帰還の挨拶の後、報告はまた後でと言ってから音沙汰が無い物で。今日はそれ程厄介な相手との謁見は無いのでダグダとアレンに任せて着ました」
「ゲート起動したら何か音鳴るようにならないのかな……急には心臓に悪すぎるよ……」
「何か急に来られると不味い事でもしていたのかしら?」
「してるわけ無いでしょうが。でも丁度良いです、色々意見を聞きたかったのでこのまま話しましょう」
「じゃあ私飲み物でも淹れてきますね。お母様ご希望は?」
「ではコーヒーをお願いします、ホットで。ああ、お砂糖だけ付けて頂戴ね」
「畏まりました。少々お待ち下さいね」
パタパタとスリッパの音を立てて部屋を出て行くセリス。ドレス姿のフィリス女王に椅子を勧めながら、一言。
「フィリスさん……ちょこちょここっち来てますよね?」
「ドキリ」
今時口に出してドキリって言う人居ないって。
「な、何を根拠にそんな事を……」
「いや注文に躊躇なさすぎでしょ。お砂糖だけとか喫茶店の常連かよと」
「ま、まぁ就寝前にナナコと少々話をする事はありますね」
「程々にして下さいよ? 節度を持ってね」
「サカカミに説教されるとはヤキが回りましたね……。そういえばこの呼び方もそろそろ直した方が良いですかね、ソウジ?」
「まぁ細かく言えば真由も坂上でしたから今更ですがね」
フィリス女王の横に腰を降ろし、丁度帰ってきたセリスがテーブルに飲み物の入ったカップを並べていく。
「そういえばナナコとマユは居ないのですか?」
「お二人は買い物に行っていますね。マユの洋服と『からこん』を買うのだとか」
「目の診察とか大丈夫なのか心配なんだよな。通販で買えば良いのに」
「お母様、夕飯は如何しますか? ナナコ様達が帰り次第、支度を致しますが」
「いえ、そこまでご迷惑はかけません。ソウジ、本題に戻りましょう。流石に長い時間あの二人では不安にもなります」
「了解っす。じゃあ順々に……」
纏めきってない物の、纏めようと頭の中で整理していた所だ。訪問した順番に感想を踏まえながら説明をしていく。
「個人的な感想で言えば……そうですね。最難関はガミネラ、次いでイグニス、ジャッジメントでしょうか。要警戒な国はフォレスティア、少し引っ掛かる物を感じますね。アクエリアは陸棲族に関しては問題無し、海棲族の出方次第でしょう」
「ガミネラとイグニスは俺も判りますけど、ジャッジメントも難しそうなんですか?」
コーヒーを一口啜り、フィリス女王が答える。
「貴方の聞いた話が全て正しいとすれば、下手をすればイグニス以上に厄介かもしれませんね。裏で動く者を上層部が把握していない可能性があります。七商のビエリという者の話はそれを裏付ける物でしょうに」
「あ、そうか。国のトップが知らないって不味いですよね」
「不味いという次元の話では無いかと。恐らく何かを画策する人物が居ると思われますね。七商、というかマルコロ側の人間が居るはずです」
「そういやあいつどうなったんですか?」
「今も城内のとある場所に居ますよ? 詳細を語るのは些か憚られますが」
再びカップを口に運ぶフィリス女王。優雅な仕草が今はとても怖い。
「しかし、思いの他情報が出ていますね。真偽はともかく、我が国では街道設営に反対しながらも本拠地では街道を準備している辺り、七商の狙いは恐らく街道の利権の独占なのでしょう。新しい頭のビエリという輩もその方針には異を唱えていないというのが不自然です、あまり信用しない方が良いかもしれませんね」
「そう、ですか……」
チョビーの人柄、どっちサイドの人間かはまた判断出来ない物になってしまった。個人的には少しだけでも信用してやりたいのだが、フィリス女王には要警戒の人物に認定されてしまったようだ。
「私の見解を述べるとすれば、フォレスティアとは刺激の少ない無難な交渉、木材などの資材は街道設営に必要でしょうし。アクエリアは海棲族の反応を待って対応、海賊への助力の要請が来るならそれは惜しみません。エアリアは余る人手で街道設営を優先して行って頂き七商への対抗、そのままジャッジメントの地上開拓の人員まで出して頂けると理想ですね。ジャッジメント自体は国内の不安の解消が最優先、勇者の訃報などで自暴自棄になる者が出るかもしれませんし。イグニスは逆にこちらの監督下にしておけば問題は少なそうです。元より活気の満ち溢れる国ですので、暴挙に出ないようにしていれば自ずと繁栄するでしょう。そしてガミネラは……」
そこで暫し間を置いてから、トンでもないことを言い出す。
「アリスに交代後、私自らが赴きましょう。ソウジ達では荷が重すぎます」
「さすがにそれって不味いんじゃ……?」
「何が不味いのでしょう? 女王の座を受け渡した後は私も国の政務に携わる文官の予定です。元の地位に固執して踏ん反り返る気は元よりありません」
「でもその間のアリスのサポートとかどうするんですか。しかもガミネラに喧嘩売りに行くような物でしょ、それ」
「あら、心外ですね。行くような物ではなく、売りに行くのですよ。商人風情が世界を牛耳ろうとする、これは最早王政への侮辱以外の何物でもありません。恐らくフォレスティアやアクエリア、エアリアの王なら同じ様な反応をすると思いますが?」
「商人風情って相手は宰相ですよ?」
「経歴を聞けば、只の成り上がりでしょうに。国を治める器でも無さそうです。マルコロの甘言に乗ったのが良い証拠、先代のガミネラの国王に代わりその無念を晴らして差し上げましょう」
身に纏う雰囲気に思わず背中を冷たい物が流れ落ちる。これがスイッチの入ったフィリス女王。ついさっき、この人に説教していた自分の姿が遠くに感じる。
「各国へ派遣する外交官の人選は早急にしておきます。相性の良さそうな者には心当たりがありますので。ソウジも派遣までの間に各国へ提供する技術や知識の選定を行っておくように。医療に関してはイシヤと相談して話を進めなさい。ガミネラの医療を取り入れ普及するにしても、邪魔者は私が責任を持って排除して差し上げましょう」
「りょ、了解です……」
味方……というか身内で本当に良かった、今の目を見たら心底そう思った。
政治という舞台はフィリス女王の戦場。女王という立場を離れた後、最強の内政官として君臨するのだろうが頼もしい反面非常に怖い。
「というか排除ってそんなに簡単に出来るんですか? 結構凄い人みたいな事言ってましたけど」
「容易かどうかはマルコロの持っている情報次第でしょうね。アレも今では従順になっておりますし、見返りに放牧をチラつかせれば洗い浚い吐くのではないでしょうか?」
人権って大切だなと思う。心底思う。言及してはいけないファンタジーの闇は深いようだ。そんな闇ついでにもう一つ質問してみる。
「そういえば幽鬼族の人がハイランドにも居るって聞いたんですが、見たこと無いんですけど居るんですか?」
「ええ、間違い無くおりますわね。主にユーベンテの管理下ですが、良く働いてくれています。夜間の王城外周の警備などをしていますね」
「夜の外回り組なのか、道理で見たことないと」
「あの種族に昼を任せるのは酷ですからね。ご希望ならユーベンテに言えば話も出来るでしょう」
「ああいえ、そこまで用事が有る訳では……って。じゃあハイランドの幽鬼の人は近藤の一件知ってるんじゃ?」
「知っているかは判りませんが、アレはもうハイランドの住民です。母国に漏れる可能性は低いかと」
「ああ、良かったです。ちょっと心配だったんで」
「問題は国交が成立して、お互いの民が行き来するようになったらでしょうね。コンドウの一件を知るのは一部のみですが、何処から何が漏れるかは判りません。唯一話したという幽鬼の近衛と相談するのが良いでしょう」
「了解です」
悩んでいる事や不安になっている箇所を都度フォローして貰えるのは本当に心強い。
「私が助言出来る事案は手伝いましょう。しかしどう導いて行くかはソウジ、貴方の領分です。私すらも使いこなして、その手腕を存分に磨きなさい」
優雅にカップを傾けながら、元祖スーパーウーマンはいつも通りの笑顔を浮かべていた。
◆
「たっだいまー!!」
「おーう、お帰り。どうだった?」
フィリス女王が戻ったのと入れ違いに買い物組が帰ってきた。洗い物の為に降りてきていたセリスと一緒に少し休憩中、リビングで出迎える形だ。
「カラコンは保留かな~。洋服は色々と買ってきたけど、夏場の制服が困っちゃうよね」
背負っていたリュックを降ろし、ゆったりとしたパーカー姿の背を見せてくる真由。確かに大分余裕があるこの服ですらこんもりとしているのが判る程だ。
「何か良い手無い? あにぃ」
「有る」
「やっぱ無いよねー……って有るの?!」
即答してやった俺に詰め寄ってくる真由。いや、この前話を聞いてから真由の復帰に対して多少は考えてある。さっきのカラコンを通販ってのもその一つだ。
「ちょーっと期待して良いのそれ? 期待しちゃよ? 本当に大丈夫なの?」
「ああ、間違い無い。これしか無いってくらい最強の対策だ」
母さんとセリスが台所の方で何かを話している。夕飯の相談だろう。食卓の定位置に真由が座り、俺の解決策を今か今かと待っている。優雅にコーヒーを煽り、貯めるだけ貯めてから言い放つ。その解決策、ズバリそれは!
「SARASHIだ!」
「さ・ら・し……?」
確認するように口にして、真由の目線がその胸へ。そして次の瞬間、右拳が俺の顔面に飛来した。
「待て……待ってくれ。今のは納得し兼ねる」
「あ、そうか。羽の話だったっけ?」
「他にしてないだろ……」
「何か凄い鈍い音が……あら、ソウジ様鼻血が!」
セリスにティッシュを強引に突っ込まれながら真由に注意する。
「らいひゃいひまの流れへ、ほう取るほうはオカひイはろ!」
「あにぃ、何言ってんのかぜんっぜん判んない」
「ああ、もう! 真面目に考えてやったのにこの仕打ちはねぇっての。羽を押えつつ、他に外見的に変化が出ない画期的な……ヘブッ?!」
今度は左拳。そして今のは俺が悪い。
「……OK、落ち着こう。まずは全ての先入観を捨てる所から入ろう」
「二回目のが無ければ名案だったんだけどね……」
「でも他に代案無く無いか? 俺は最高の一手だと思うんだが」
「んー……だったらスポーツブラで良いんじゃないかな? そっちのがマシ」
「何それ?」
「タンクトップっぽいヤツ。知らない?」
「あー……スポーツインストラクターのあれ?」
「そうそう、あんな感じ。あれなら行けそうかな?」
「確かになぁ。そんな物もあるのか」
「あの、二人は何の話を?」
「「下着?」」
「何で兄妹でそんな話を?!」
オタオタするセリスに詳細を説明、それでも納得行かないようだが。
「久しぶりに賑やかねぇ。総助さんももうじき帰ってくるだろうし、今夜は楽しくなりそうねぇ」
俺達にとっては慣れたやり取りだが、最近は二人きりだった家、母さんはとても嬉しそうにその光景を見ていた。
◆
「んーで……エアリアは何が良いかなー……農耕系が良いんだろうけど……鳥……ああ、トウモロコシとか良さそうだな。広大な土地一面のトウモロコシ畑、正にフィールドオブドリームス! というかアメリカの農業とかが最適そうだし、そこんとこで詰めてみようか」
「えーと、アクエリアはこっちの造船技術についてで、保存食とかの奴もだっけ?」
「まぁ釈迦に説法かもしれないけどな。結構そういう技術高そうだったし。他に何かありゃその時はその時だろ」
「そだねぇ。今回の聞き取りだけだと細かいとこ判んないしね」
「本格的に何かするにも街道が出来ないと物資も人員も動かせないしな。まずは交通網整備、それに弱点の補強だな」
「弱点?」
「イグニスの頭とか」
「あー……グルグさん上手くやってるかな?」
「まぁ冬休み中にもう一回行ってみてくれるか? 他国にも何か持って行けるようにはしておくからさ」
「ほいほい。それなら尚更頑張らないとっ!」
大きく伸びをする真由の目の前には紙束が二つ。俺が調べて要約したレポートと、真由がそれを翻訳して書き写している物だ。
「私も日本語の勉強をしているのですが、まだまだ到底理解出来ませんね……あ、マユ。ここの表現がちょっと変かもしれません」
セリスが申し訳無さそうにしているが、彼女は彼女でマユの翻訳を現地人として読んで添削している。十分役に立ってくれていると思う。
「学校とかさ、教育もしっかりやりたいけど活版印刷とかの持ち込みってどうなのかね? アルテミアの書物って今全部手書きだよな?」
「そうですね。ただガミネラには一部、金属の板に刻印してインクを塗り、大量に同じ物を作る技術が有るとか無いとか」
「それ活版印刷ね……ていうか有るんかい。何もかもガミネラガミネラってあの宰相の自信もなんか納得出来ちゃうよな……」
他の六国とガミネラで差がありすぎる。そもそも属性からしておかしいのが前から気になっている所だ。
「なぁセリス。ハイランドは土、アクエリアは水、フォレスティアは木、エアリアは風、イグニスは火、ジャッジメントは雷。それぞれの象徴はそうなんだよな?」
「ですね。魔術もその六系統に神術、魔族の闇術で八系統が確認されていましたし、間違いありませんね」
「そう。そこもおかしいんだよ。じゃあガミネラの鋼って何さ?」
「さ、さぁそこまでは……ガミネラで魔術があまり栄えなかったのも、属性として大陸特有の恩恵が無かったからではとは言われていますね」
「ねぇあにぃ。それってつまりはそういう国にしたかったんじゃないかな? じじ神様がさ」
「どういう事?」
「だって、セリスさんには悪く聞こえるかもしれないけど、アルテミアはじじ神様の実験場だったんでしょ? だったら一箇所だけ魔術とかマナにあまり頼らない大陸ってのもわざと用意したんじゃないかな?」
「あー、なるほどね。そういやあの爺さん自体は科学技術とかに偏見があるような素振り無かったもんな。TVから情報得てたりしたし」
「でしょ? だから多分そういう事なんじゃないかな」
「『革新』の神剣ってのもそういう意味なのかね」
「と、私は思うんだけどね。元からアルテミアは剣と魔法だけの世界ってデザインじゃなかったんじゃないかな?」
散々魔術がマナがと騒いでいる俺にはショッキングな仮説だ。だが非常にすっきりとした解釈に思える。
「まぁそれにしたって配分がオカシイってもんだよな。6:6くらいで配置してくれなきゃ伝わらないぜ?」
その真相を確かめる術は今は無く、知った気分になる程度。世界の成り立ちより、知らなければいけない事はまだまだあるのだ。
お読み頂き有難う御座います。
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