09:遭遇
嵐の前のなんとやら。道中は本当に何事も無く展望台の有る休憩所まで到着してしまった。細心の注意を払っていた上に夜の闇という事もあり、時間は既に0時を回ろうとしている。当然売店には誰も居らず、シンと静まり返っている。
「ここが例の場所のわけだが……何も無いな」
「ちょっと周り見てくる」
言うが速いか、闇夜の森にアルマの姿が溶けていった。止める間も無かったが森はあいつの領分だし、まぁ大丈夫だろう。
「ふむ……本当に何の形跡も無いな。本当にここなのか、ソウジ?」
15分程掛けて休憩所を一通り調べ終わり、三人が集まるのを待ってユリウスが問いかけてくる。いくら暗いと言っても道中にこんな広い休憩所は一箇所だ、間違える訳が無い。
「記憶通りならここで間違いないんだがな。視線を感じた方向は今来た道の方だけど、来る途中何も無かったよな?」
「多分何も無かったはずだけどね。少なくともあたしにはそう思えたけど?」
「俺も同じだ。アルマが気が付いて無い時点で怪しい物は無かったと思うぞ?」
「そういやあいつどこまで行ったんだ?」
一向に姿を見せないアルマが気になり発言した瞬間、丁度歩いてきた方向の道から姿を現した。何か見つけたのか、しきりに首を傾げている。
「おかえり、何かあったか?」
「ねぇソージ、こっちの犬って喋るの?」
帰ってきて早々、意味不明な事を真顔で聞いて来た。
何言ってんだこいつ。
「喋るわけねーだろ」
「鳴き声は?」
「『わん』とか『きゃん』じゃないかな、他にも有るかもしれないけど」
「『やばい』とか鳴かない?」
「それは確実に無い……というか何だ突然?」
「あっちに居た」
「何が?」
「森の中から様子を伺ってたから、近寄ってみたら『やばい』って鳴いて逃げてった」
「……」
落ち着いて考えよう。人面犬だろうか……いや、流石にもう時代じゃないな。何より都市伝説によれば『放っといてくれよ』とか言うはずだ。という事は犬っぽい人間だろうか?どんな人間だそれ。
「意思疎通出来るとかいう腕輪のせいじゃないの?」
「んー、そうなの?」
思い付く限りで一番それっぽい理由を提案してみるが、アルマの反応はなんとも微妙だ。言ってる俺も微妙だと思っている。
「一般的には有り得ない話だが、神剣様のお手製だし可能なのかもしれん」
「ある程度知能が無いと会話は成り立たないはずって割り切りたいけど、本能に近い反応だし、単語だと行けちゃうのかしらね?」
若干これで納得しかけてるアルマを除いて、どうやら皆同じ疑問を持っているようだ。自身で言った内容に対して、凄い腑に落ちない顔をしている。
「まぁ、何だ。『動物と会話できるのかよすげー!』と驚いて楽観視してもいいけど、この場合はキャンプ場を襲っていた野犬と見た方がいいのかね?」
「当然、それが妥当だろうな」
「加えて言うならアルマに見つかって、威嚇する訳でも無く逃げの一手ってだけで全うな動物じゃないでしょ、それ」
「食われると思ったのかもしれないけどな。アルマ、そいつの場所判るか?」
「逃げて行った方向は覚えてるよ。追跡も可能」
「おし、行くぞ!」
俺達はアルマの先導の元、暗い山の中へと足を踏み入れたのだった。獣道すらない鬱蒼とした木々を掻き分けて進む。時刻の確認の為にスマホを取り出すと、既に1時過ぎ。徹には緊急時は連絡すると言ったが流石にすでに圏外表示されていたのでしくじったなと後悔する。夜明けまで探索は勘弁して欲しい物だ。
「止まって」
先の見えない探索に若干の疲れの色が見え始めた頃、先頭のアルマが短く注意を促す。頭部の猫耳がピコピコ動いているので、何か聞き取ったようだ。
「何か、話し声。女の人かな……ちょっと判りづらい」
両手を耳に添えて更に聞き取ろうとしているようだが、いまいち良く聞こえないらしい。その音の方角に進もうと提案すると、コクリと頷いた。
「犬も居るかも。風下から行こう」
「了解」
「ちょい待ち、スクロールに確か<消音>が一本有ったから使うわ」
「OK、頼むぜ」
「私は聞こえなくなっちゃうから外しておいて」
言いながらも既に準備をしていたようで、シェンナの手元には一枚の丸められた羊皮紙が握られていた。それを額に宛がうと目を閉じて集中し始める。
「ちょ~っと待ってね……補助系のスクロールって面倒なのよね。効果範囲……共有対象……対象追従……設定、良し。<消音>!」
シェンナの言葉が終わった瞬間、羊皮紙の封が破れて、広がった中身からヒュッと風が俺達に向かって吹き付ける。同時に見えない何かに包まれている感覚が感じ取れた。
「これで平気なはずよ。ただし、一人分を三人で割ったから効果時間は当然1/3。10分ちょっとかな」
「どういう事?」
「本当は一人分の魔術を三人で分けたって事。スクロールって基本、作成者のイメージがそのまま行使されるから、使用する前にそのイメージを私が上書きしたって事ね。今回は対象を増やして、尚且つ場所指定じゃなくて対象に追従、更に同じ術の対象同士は効果の適用外にしたって事」
スクロールって開けば魔術が出る単純な仕掛けだと思っていたけど、当然の事の様にスラスラと言われた内容が良く判らない。ユリウスを見ても首を傾げている。そんな二人の反応に、シェンナが一息溜息を付いてから一言加える。
「要するに、あたしが凄いって事。時間無いし行くわよ」
シェンナが大丈夫と言っているからには大丈夫なのだろうと割り切って、アルマに進むようにジェスチャーで伝える。ちゃんと伝わったようで、獣人の少女は音も無く木々の間を無音でスルスルと移動して行った。こっちは木々を避けなくても良いのに引き離されないようにするのがやっとだ。
5分程進んだ先で、アルマが木に張り付きながら慎重に遠方を見ている。追い付くと止まる様に指示され、目線で何かを訴えてきた。その目線の先を辿ると、500m程先の斜面に仄かに光がにじみ出ているのが見えた。恐らく横穴が有って中から光が漏れ出しているのだろう。
「反響してて内容は判らないけど、多分一つはセリスの声。もう二つは知らない女の人の声がする。何か話してるみたい」
<消音>の範囲内に身を寄せ、小声で報告してくる。一旦アルマと戻り、会話が出来る範囲に全員で集まって簡単な作戦を立てる。
「少なくとも三人か、どうする?」
「行くしかないだろ。シェンナ、何か補助魔法あるか?」
「はいはい、ちょっと待ってね……<消音>はそのままよね?」
「どこまで誤魔化せるか判らないけどその方向で」
「じゃあ、<高速化>と<筋力活性>かな。風と火だから大丈夫でしょう」
「OK、やってくれ。終わったらアルマを先頭にして出来る限り接近、気付かれなければ中の様子を観察だ」
「りょーかい」
「了解」
「じゃあいくわよ~…<高速化>!<筋力活性>!」
シェンナが再度念を込めてスクロールの術を発動する。体の底から熱が沸いてくると同時に力が漲り、動き自体も実感出来る程反応が良くなる。
「行くね」
一言そう言って、先ほどとは比較にならない速度でアルマが動き始めた。時代劇の忍者顔負けの俊敏さに慌てて三人が追いかける。光の見える場所まであっと言う間に100m程まで詰めた時点でアルマが痛恨の表情でこちらを振り返った。どうやら気が付かれたらしい。
「ここまで寄れれば上等。一気に押しかけてセリスを確保だ!」
アルマにそのままGOサインを出す。一応気配に考慮していたのか、アルマの速度が更に上がる。ユリウスとシェンナがやや後方で遅れ気味になっているが、俺も全力でアルマ追いすがる。発見されてから5秒もせずにアルマが横穴に飛び込んだ。俺も数秒遅れてまさに中に入ろうとした瞬間。
「ひあああああ!?」
シェンナが<消音>を解除したのかアルマの絶叫が穴の中から轟いた。あの短時間で迎撃体勢整えたのかと内心舌打ちをしながらも、止まるわけにもいかず、小盾を先行するように構えて突っ込む。
「アルマっ! 無事か……!?」
覚悟を決めて横穴に入った瞬間、目に入った光景は想像以上の光景だった。
「●●●!?」
そこには床にへたり込んで動けなくなっているアルマの背中と、理解出来ない言葉で喋るセリスが居た。そして何より目を引いたのが、そのセリスの手元。大事そうに抱えてる頭――生首だった。その生首がこちらを見て薄ら笑う。
「うへああああぁ?!」
我ながら変な叫びを上げて、フッと意識が遠のくを感じる。ここで一旦俺の記憶は途切れる事になった。
◆
何か心地よい感触が顔の右半分に感じる事に気がつく。目を瞑っているのだろうか、暗い中、その柔らかな感触とホッとするような安堵感を貪る。夢見心地というのはこの事かと心の底から思う。暫く堪能し、意識が少しハッキリして来ると周囲で薪の爆ぜるパチパチという音と誰かが話している声に気がついた。
「しかし、なんとも信じられません」
「●●●●?」
「いえ、疑っている訳では無いのですが内容が内容なので」
聞き耳を立てると、どうやらユリウスと誰かが話しているようだ。少し離れた場所からユリウスの声が聞こえ、俺の頭の上からはその相手と思しき聞きなれない言語が響いてくる。
「何にせよ、ソウジが起きない事にはなぁ……」
「●●●●、●●」
意味は判らないが優しそうな声色で何か言った後、俺の髪がやんわりと撫でられる。その感触を存分に感じ取りながら、ぼやけた意識のピントを徐々に合わせて行く。
何で俺は寝てるんだっけな?記憶をなんとなく手繰って行くと、段々と思い出してきた。セリスを助けに来て横穴に入って……そこで見た物。
「生首!?」
「うお?!」
「●●!」
直前の記憶を取り戻し、跳ね起きて大声を上げたのでユリウスと、恐らく俺の頭を膝に乗せていたであろうセリスが驚いている。状況が全く判らないので周囲を観察すると、焚き火を中心に俺の背後にセリス、そこから並ぶようにシェンナ、アルマ、ユリウスと座っていた。
そしてそれに向かい合う形で、焚き火の向こう側に小学生くらいの金髪の少年、そして俺と同い年位であろう若干地味な顔立ちの少女が座っていた。どちらも見た事が無い顔だ。
「●●●●! ●●●●●!」
そんな二人を観察していると背後からセリスに抱きつかれた。相変わらず言ってる事は判らないが、なんとなく内容は想像出来たので肩越しに回された手を握ってやりながら周囲の観察を続けるが生首は見当たらない。
代わりに少年の横にグレーの毛並みのシベリアンハスキーのような犬が伏せているのが目に入る。ジッと見つめているとチラリとこちらを一瞥し、「ばう」と小さく吼えて目線を逸らされた。
「セリス様、恐らく言葉が通じていないかと。俺の腕輪をソウジに渡した方がこの場合話易いかと思います」
「●? ●●●!」
ユリウスに促されて、セリスが慌ててユリウスから例の翻訳腕輪を受け取り、俺の方に差し出してきた。装着しながら顔を見ると、記憶の中にある通りの笑顔でニコッと笑いかけてくる。薄暗いので細部は判らないが、若干汚れが目立つものの、いつもの笑顔だった事に安堵して腕輪の金具をパチンと嵌める。
「ソウジ様……分かりますか?」
「おお、大丈夫! バッチリ聞こえるぜ」
聞きなれた声に戻った不安げな表情のセリスに、グッとサムズアップをして答えてやると見る見る明るい笑顔に戻った。溜まらずに頭を撫で撫ですると、満足そうに頭を擦り付けてきた。
「あー……気持ちは分からんでもないが、取り合えず起きた事だし現状の収拾をしたいので説明しても良いか?」
気まずそうにユリウスが尋ねてきたので現実に戻された。そういえばそうだった。
「ああ、すまん。何が何やら判らないんだが? 確かアルマの後を追って横穴に入ったら生首を抱えたセリスに出くわして……までは覚えてるんだが」
「あー……それは何と言うか。どう説明したら良いのか」
「ユリウス殿、それは私達自身が説明しようではないか」
困惑顔のユリウスに対し、焚き火の反対側から女性の声が聞こえた。軍人のような凛とした声に、先程の地味少女の方を向くと首を振られた。
「私じゃないよ、こっち」
不機嫌そうな声で否定をしながら自分と少年の間、一人分くらいのスペースが空いた空間を指で示している。確かに声が違うが、そこには誰も居ない。少年の方を見やると目すら合わせてくれない。
「ああ……マリー、すまないが持ち上げて貰えるだろうか。どうやら勇者様の死角になっているようだ」
またもどこからか勇ましい女性の声が聞こえてくる。音の出所、マリーと呼ばれた地味少女が少年との間から何かを持ち上げ。
「お初にお目に掛かります勇者様。私は元対魔族連合軍の騎士をしておりましたミネルバと申します。この様な無様な姿で申し訳ない」
柔和な笑みを浮かべながら、流暢な礼儀正しい言葉で生首が喋っていた。
「ふあああああ!?」
思わずその光景に後ずさる。健康そうな顔色で良く見れば整った顔の女性なのだが、如何せん首だけが笑顔で喋りかけてくるのはかなりホラーだ。
「驚かせてしまって本当に申し訳ない。私自身も意識が戻ったらこの体たらくだったのでな……どうか勘弁して欲しい」
神妙な顔つきになり目を閉じて謝罪してくる生首……ミネルバさんにかける言葉が思いつかず、ただ口をパクパクさせるだけで精一杯だ。
「まぁそういった反応はここ数日間で慣れたので、聞いているだけで構わない。話を進めさせて頂きたいのが良いだろうか?」
まだ何も理解出来てない俺にミネルバさんは問いかけて来るが、ゾンビやらスケルトンならまだしも、生きた感じの人間の頭部だけってのはかなりメンタルが削られる代物だ。俺は辛うじて頷く事で肯定してみせた。
「感謝する。まずは先程も言った通り、私の名はミネルバ。勇者様が魔王を討つより以前に魔族との戦いの最前線にて指揮を担って戦っていた騎士だ」
そこから彼女が知る限りの情報を話出したので掻い摘んで説明する。まず彼女自身が当時の戦線にてその剣を奮い魔族を討伐していた所、魔族の中から自らの首を小脇に抱えた黒い甲冑の騎士、デュラハンと名乗る輩に決闘を挑まれたそうだ。
そこらの雑魚とは比較にならない程の高い実力を看破して、手勢を非難させ一騎打ちに応じ数合打ち合いを繰り返し、ほぼ互角ながら彼女がやや押されているという状態で、相手が急にバランスを崩したのに合わせて渾身の一撃を叩き込み勝利したという。
「その直後にヤツの体から私に何かが流れ込んで来たのは覚えているが、体の自由が効かなくなり意識が薄れて行って、次に気がついたらこの様だったというわけだ。恐らく……呪いとかそういう類の物だったのだろうな」
首無し騎士デュラハンの伝説は諸説あるが、中には『デュラハンを倒した者が呪いを受け次のデュラハンとなる』といった説が有った様な気がする。それを地で行くとか初見殺しも良い所だ。試合に勝って勝負に負けるという感じだろう。
「まぁ、今では解放されたのか私自身の意識で話しては居るが、何とも迷惑な話だ」
参った参ったと笑って話してる生首ミネルバさんの精神の強さには舌を巻くしか無い。普通に考えたら迷惑とかの次元じゃなく、発狂してもおかしくない状況だと思う。
「私自身についてはそれだけだ。後はマリー達三人についてだが、こちらは私とは若干背景が違う様なので本人達から聞いた方が良いだろう」
そう言いながら、器用に顔を捻り自分を抱えているマリーという少女を見上げる。
「別に話しても何も変わるもんじゃないし、さっきも話したし」
「マリーさん、ソウジは俺達のリーダーに当る。もう一回説明してやってくれませんか?本人から聞いて判断させたい」
ぶっきらぼうに言い捨てるマリーにユリウスが極力優しく問いかけると、渋々と言った感じで話始めた。
「……私の名前はマリー。魔族の侵攻が始まって、暫く経った頃に蹂躙された辺境の小さい村のただの住人よ。そこのクレイも同じ村の子」
目線で隣に居る少年を指す。クレイと呼ばれた少年はただ焚き火をじっと見つめていた。
「……それはもう凄惨な光景だったわ。知り合いのおじさんとか原型が判らないくらいにグチャグチャにされて、お母さんもお父さんも何処に居るか判らなくて。気が付けば私とクレイだけが村の外れまで逃げ延びて草むらに隠れてた。そこに着たのがアイツ」
恐怖に震える二人の前に、ずんぐりむっくりの真っ黒なローブに身を包んだ何かが近づいてきたと言う。顔の有る筈の空間には何も無く、ただ黒いモヤのような得体の知れない闇だけが見て取れたそうだ。
『お前らは非常に運が良い。我の実験に付き合いこちらの手勢として働くなら命だけは助けてやろう』
有無を言わさぬ迫力で差し出してくる得体の知れない者の手を、彼女らは断る事が出来なかった。
「そうやって連れて行かれた先で仕込まれたのがコレ」
そう言いながら、マリーは着ているTシャツの胸元を少し引っ張ってそこにある物を見せてくれた。喉のやや下、鎖骨の中間辺りにひし形の黒い宝石の様な物が肉に食い込んでいる。
「『魔化結晶』とか言うらしいわ。マナを取り込んで寄生先の肉体を魔族に順ずる物に変えるとか説明された。後は覚えていると言っても、本当に自分の考えで動いてたのか自信は無いけどね。アイツの私兵として裏で動いて、今回王女様を攫ったのも私達」
他人事の様に語り、マリーはこちらをチラリと伺う。
「記憶はあるけど、私達は命令されて従っただけ。そこに自分の意思が有ったかも判らない。こんな虫の良い話信じて貰える?」
こちらが何か反応する前に、無理でしょうねと自分で繋げて最後に誰に言うでも無く呟いた。
「……こっちに来てからは力も出ないし、体も戻っちゃうし、アイツは消えちゃうしで散々。もう疲れちゃった。殺すなら殺して」
何もかも諦めきったような声で言い終えると、そのまま膝を抱えて下を向いてしまった。正直、判断が付かないので押し黙っているいると、背後からセリスが提案をしてきた。
「私が覚えている範囲で補足しても宜しいでしょうか?」
誰も返事をせずにいるのを肯定と取った様で、そこからセリスの体験談が語られていったのだった。
お読み頂き誠に有難う御座います。
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