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送還勇者と来訪者  作者: 神月センタロウ
序章
1/115

プロローグ:バッドエンド

創作小説自体が初の試みとなります。よろしくお願いします。

拙い語彙ですが楽しんで頂けたら幸いです。


指摘、感想、評価など。

お気に召しましたら是非お願いします。

 魔王討伐完全勝利祝賀会 ~ありがとう勇者サカカミ様とご一行様~


 そんな横断幕が張られた王城の大広間は多数の人々でごった返している。王国の上級貴族は勿論のこと、此度の勇者一行の手助けとなった人々。それが身分・種族の差無く招かれているのだ。隣国の王族・辺境の農村の子供・秘境の部族・果ては単独で国を滅ぼせるような迷宮のダンジョンマスターまで。勇者が旅の途中でお世話になった全ての人が集まりその宴を愉しんでいた。


 勿論、警備の兵士にとっては悪夢のような一日である。昼間の凱旋パレードの時でさえ、血の気の多い参列者が争いだし決闘の場となった王国の訓練場が跡形も無く吹き飛んだという。


 この上酒が入る晩餐会、どうなるか等考えたくも無いというのが本音だろう。そんな人外魔境入り乱れる会場を見て、頼みの王は高らかに宣言したという。


「此度は無礼講。死人さえ出なければ良い、存分に愉しむとしようぞ!」





「ソウジ様。ちょっとお話がありますの。よろしくて?」

「ふぁい?」


 式典が終わり自由時間になった途端に押し寄せてきた貴族令嬢と名乗る女性達。下は10歳未満の幼女から始まり上は40代までと相当幅広かった。そんな玉の輿狙いの大攻勢が一段落し、ハイランド王家が財力・人材を惜しみなく注ぎ込んだ豪華なパーティ料理をがっついていた俺は掛けられた声の方を振り向く。


 絢爛豪華な真紅のドレスに身を包んだ北欧系の顔立ちの美少女。背は俺より若干低いくらいだが、こちらの女性にしては高い方だろう。パーフェクトなボンキュボンボディを際立たせるドレスライン。ブロンドの髪を左右にお団子にして纏めあげ、切れ長の目から為政者としての眼力をビームのように発射している女性。


 アリス・アルテミア・ハイランド。この国ハイランドの第一王女様であり、女系国家のハイランド王家では次期女王様に当る偉い人だ。血統は言わずもがな。文武両道・魔術もOK、特に政治方面においては無類の才能を発揮するスーパーウーマン、その上更に完成された美貌を持った17歳。


 勇者の俺より余程チート設定だろうと毎回思う。


 そんな内心を悟られぬように、食いかけのチキンを急いで飲み込み左手を胸に添えてギギギっとぎこちなく腰を折り挨拶をする。


「どうもアリス様、私に直接御用とは珍しいですね。ダンスのお誘いでしょうか?」


 教えられた通りの礼儀作法を披露すると同時に、最高の笑顔をアリス王女に向ける。


「魔王に関しての働きは感謝はしていますが、私個人としては貴方には魅力を感じておりませんので調子に乗るんじゃありません。あと笑顔が下品です」


 緩やかなボールを投げたら毒を塗りたくった返球が四方から飛んできた。会話のデッドボールを超えた、もっと凄いものだ。どうにもこのお姫様だけは苦手である。


「で、どうなのですか?」

「で? とは?」

「話があるので時間を取れるか、と質問したのですが?」


 ああ、そういやそうだった。最初の方の言葉は料理に夢中で半分聞いてなかったので慌てて取り繕って質問に答える。


「ええ、勿論大丈夫ですよ。どんなご用件ですか?」

「ここでは話しづらいので場所を変えましょう。こちらへ」


 促されるままにアリス様の後を追い会場から外へと出る。


 一応パーティの主役なのに居なくなって大丈夫なのだろうか?このタイミングで話というのも内容が想像が付かないが……まさかセリスとの婚約発表をこの場でするというのだろうか。有力貴族の揃ったこの場なら有り得ない事は無い。だけど正直恥ずかしい。


 セリスというのは魔王の討伐の際一緒に戦ってくれたこの国の第二王女様。小柄な体格とちょっとタレ目でニコリと音でもしそうな愛くるしい笑顔には神様も惚れるだろう。魔王討伐の旅の最中に16歳の誕生日を迎えて晴れて成人も果たし、胸もスクスクと育っているので今ではちゃんと服の上からでも判る程度にはある。多分俺の将来の嫁さんだ。


 何故王女が前線で戦うのかと疑問に思うかもしれないが、セリスは魔族に対して非常に有効な『神属性』の魔術に関して、歴史上でも突出した才能を持っていた。『王族とは民を守る者。力ある者は弱き者を背に背負い剣を振るべし』という家訓から本当に最前線に立ったのである。


『私に万が一の事があってもアリスお姉さまが居れば国は続きますます。逆に私が居ない事が原因で戦闘に敗北する可能性があるのなら、そちらの方が大事です』


 危険だから魔王戦には連れて行かないと告げたらそんな事を言っていた。正直そんな事言われたら、キュンと守りたくなるのは仕方なくないだろうか?


『セリス、魔王を倒したら大切な話がある。だから絶対生きて帰ろう。絶対に俺が守る』

『ええ、勿論です。大切なお話は是非聞きたいですからね。でもそういうのはソウジ様風に言えば『ふらぐ』なんじゃないですか?』


 そう言いながら浮かべたその笑顔は今でも鮮明に思い出せる。無理だって、アレ。国で保護指定するべき宝物だと思う。


 この祝賀会の騒ぎが収まってからムード出してプロポーズしようと思ってたら先手を打たれてしまった様で。参った参った……というか、ここはどこだろう?ヘラヘラ妄想してる間に結構歩いた気がする。城の中ってのは判るが、見た事が無いような通路を歩いている事に気が付き少々不安になって訊ねてみる。


「あの……アリス様。どこまで行かれるんですか?」

「もう少しよ。黙って着いてきなさい」


 コツコツと足音だけが響く長い廊下を歩くこと10分ほど。遠くにようやく目的地らしきものが見えてきた。その扉を見てピンとくる。ここは確か大鐘楼への入り口だ。城内見学の時に中には鐘を鳴らす機構が入り組んでいて危ないので入るな、と扉だけみせられた場所だ。


 アリス様が警備の兵に言葉をかけると、すんなりとその扉が開かれた。


「特別よ? 入りなさい」


 兵士さんに「ご苦労さまっス!」と声を掛け、アリス様の後に続く。


 中に入るとギコギコと大きな音をたてながら、無数の歯車が回っていた。呆然としながら永遠と続くその光景を見上げて行くと、100mほど上にある天井に届くまで、大小様々な歯車が犇めき合っている。こういう光景は男の子心に響く。


「うおおぉぉ、すっげ……」

「ドワーフ族の名細工師ボレス様設計、各種魔術加工は先代魔道王エレニア様、材料に至っても一切の妥協の無い、我が国の至高の一品でしてよ?」

「いや~……これは良い物を見させて頂きました。超カッコイイです」

「当たり前ですわ。さぁもっと凄い物をお見せしましょう」


 そう言うと、アリス様は入ってきた扉の丁度反対側にあたる壁の前まで移動して行く。そこは何の変哲の無い壁に見えたが、一箇所だけハイランド王家の紋章が浮き彫りになっている事に気付く。ちなみにデザインは低い・高い・低いの順番に並んだ3つの△。山岳の多い大陸の国ハイランドにちなんだ結構単純な物である。


 しかし、このパターンはまさか……?


「王家の血筋をここに示します。<開け>」

「カッケーーー!!!」


 紋章の場所に手を当て、アリス様が宣言をすると紋章が仄かに光り、ゴゴゴという音と共に壁が開いて下へと降りる隠し階段が現れた。定番と言えば定番だが、この男心を捕らえて離さない仕掛けの数々、超欲しい。


「これより先は王家の血筋とそれに順ずる者だけが入れる聖域です。粗相のないように」

「りょ、了解です」


 念を押されたので気を引き締める。中の物を壊すなって事だろうか、それとも誰か凄い人物が居るのだろうか?しかし、待てよ……「王家とそれに順ずる」って事は俺なんか入っていいのか?


 いや、これはアレだ。セリスとの婚姻で家族になるんだから見せるんだからね!勘違いしないでよね!

 ってやつか。何故ツンデレになってしまったのかは俺にも判らない。


「何故鼻の下を伸ばしているのか判りませんが……早く中へ」


 心底呆れた調子で言われたので足早に階段を降りる。アリス様はすでにその先にあった扉の前でこちらを見上げて待っていて、俺が到着するとその扉を開く。同時に階段の上の隠し通路の入り口が勝手に閉じていくのが目に入った。密室状態になってしまった事に少し不安が過ぎるが考えていても仕方が無い。俺も続いて部屋に入る。


 俺が部屋に入るのを確認してアリス様は入ってきた扉をそっと閉じ、そして今まで聞いたことが無いようなゾクリとする程艶っぽい声でこう言った。


「これで誰もここには入れません。勿論、私が許可しなければ出れません。二人きりですね、ソウジ」


 何て言った今!? 何言ってんだこの人、というかソウジとか呼び捨てにされたの初だよ!え?というかマジでデレたの?嘘でしょ?俺は鈍感系では無いと思ってたけどそうじゃなかったの?


 しかし俺はセリス一筋……いや、ちょっと他も粉かけてたのは認める。だがさすがに姉妹は不味いでしょ。しかも両方王女て。イヤー、ユウシャハツライナー。


「と、からかうのはこれくらいにして。厳密にはもう一人いらっしゃいます。後ろをご覧なさい?」


 一人でデヘデヘしてると、いつもの淡々とした口調で言われてしまった。ちょっと変な期待をして損した気分だ。気を取り直して、言われた通りにぐるりと首を巡らせ後ろを見ると。


 ……すっげーイケメンが居た。カンテラの暗い光源なので判り辛いが、青っぽい髪に超絶イケメンの人間の男。俺よりは年上だろうか? 20は超えてるは思うが半ば未満という所。身長は俺より若干低く、この世界では標準の165cm位で目線を合わせようとすると若干下を見る感じになる。真っ黒なローブに身を包み、こちらに向け構えた杖を黙祷のようなポーズで両手で握る男。


 観察しているうちにこのポーズが魔術師が本気で魔術を使う前に魔力を込めるポーズだったと気が付く。


 このまま後ろから魔術でズドン、と?俺、用済みだから消されちゃうのかな?


 一瞬で頭が冷えて、魔術師と距離を取るように部屋の隅に飛び退く。武器は返却してしまったので今は丸腰。というか防具も祝賀会用の普通のタキシード、魔術なんて防げるわけがない。


 どうする、アリス様を盾に取るか?ここに俺を連れてきたってことは当然グルだろうし、腐っても王女だから交渉材料にはなるとは思う。というか武器は何か無いか?机と椅子くらいしかないか……どうしてこうなった。結構有りがちなパターンじゃないか。何で油断した。殺気も何も感じなかったのは何故だ。


 くそっ。最初からダマしてやがったのか……最初から?


 混乱する頭を必死に回し、チラとアリスに視線を送る。今思い付いた確かめたい事を聞いてみる。聞きたくないが聞いてみる。


「ここで俺が殺されるってのは……セリスも最初から知ってた事なのか?」


 セリスは旅の道中、常々言っていた。


『歴代の勇者様方は皆、魔王に勝利した後に、お帰りになりたい方は元の世界へ。こちらに残りたい方は、天寿を全うされるまでこちらにおいでした。ソウジ様は……どちらがご希望ですか?私としては……モニョモニョ』


 頬を赤らめながら質問してきたセリスを思い出す。あれが演技だったら、俺はもう何も信じられない。せめてセリスはこういう結末になる事を知らなかったと思いたい。


「えーと……? 誰がソウジ様を殺すんですの? 一応、剣技も魔術も嗜みますが、丸腰同士ではとてもソウジ様には敵いませんよ?」

「そこに魔術師が居るだろうが! めっちゃ魔術撃ちますって感じのヤツが!」


 キョトンとした感じで答えるアリスに俺が吼えながら黒ローブの男を指差し、そこで違和感に気がついた。こいつ何で俺の背後を取ってた時に撃たなかったのだろうか。


「あぁ……そういう事でしたか。この方は現在の魔道王ラザリス様。今は故あって世界の流れ自体から切り離されていますので、動く事すらできませんわ。勿論魔術を行使する事も不可能です。そういえばこの姿勢は大魔術行使の魔力を集中する時にとる姿勢でしたわね。それで攻撃をされる、殺される、と。ソウジ様も案外小心者ですのね」


 オホホホホと笑うアリス様を見て、やっちまった感が否めない。


「ハイランドは由緒正しき王家です。救国の英雄との約定を反故にするなどありえません。望むならお送りし、望むなら天寿を全うするまで責任を持って面倒も看ましょう。個人的には平べったい下品顔とは思いますが、それで命を取るなど卑劣な事は致しませんわ。家名が汚れますわ」


 なんか言いたい放題言われている気がする。というか完全にツン毒。デレ要素皆無。家名の方が俺の命より重いらしい、安いな俺!しかし良かった。殺されるパターンかと思ったがプロポーズフラグが魔王じゃなくてこんな背後から回収されたら泣けてくる。


 誤解だったと判ると一気に力が抜けていき、へたり込むように座り込んで気を落ち着かせる。


「はぁ……いやいや。俺の居た世界にはこういう使い潰されるパターンってのが結構あってね。取り乱して申し訳ない、アリス様」

「いえいえ、結構ですわ。そういう警戒心は、常時働かせて然るべくですし。もし今回が『殺す』のであれば死んでしまってましたよ? 次回への教訓になさいな」

「へぇ……肝に銘じときます」


 やれやれ、本当に危ない所だったと心底安堵する。というか今の茶番のお陰で大分時間食ってしまった様だ。用件はどうせこのイケメン絡みだろうし、さっさと済ませてフラグ回収しないうちにセリスに会いに行こうと決める。


「で、アリス様。ご用件は?」

「そうでした。失礼を。非常に面白い見世物だったので、つい興が乗りましたわ」


 見世物て。


「さて。本題に入る前に、彼女の名誉の為にさっき聞かれたので言っておきます。セリスはこの件を一切知りません。旅で何があったか知りませんが、周囲の方が恥ずかしくて見てられない程に、ソウジ様とオアツイ関係にあるのは本心でしょう」


 え。そんな漏れてるの?恥ずかしい!


「で、まぁそんな貴方達を見て……その、私にも慕う方が居ますので……イチャイチャしたいなぁ……と」


 言いながらモジモジと指遊びを始めるアリス様。


 珍しい物を見た。顔真っ赤というか、素で感情出てるアリス様とか初めて見た。こうやって見るとやっぱり17歳の乙女か。普段からこうなら可愛いのにと思ってしまう。


 この流れだと仲を取り持って欲しいのだろうか。俺の知り合いの誰かと?いやラザリスさんが本命か。チラチラ見てるし。わざわざここに連れて来たのだし、そうなのだろう。


 何故動けないのかは知らないけど、それを勇者パワーで治せって事か。よしよし、パパっと治して姉妹揃って結婚式挙げようじゃないか。難易度高い錬金素材でも何でも採ってきてあげようじゃないか。さぁ、どーんとこい!義弟がお義姉様のために頑張ろうじゃないか!


「要するにラザリスさんの解放を助けてくれって事でいいんですよね?俺で良ければお力になりましょう! 勇者にお任せ!」

「え、いや、ラザリス様とは一言も……ええ、まぁはい。そうなのですけど……」


 アリス様も俺の事言えないくらい楽しい事なっている。可愛いなアリス様、今までツンツンだった分、好感度ギュンギュン上がってるぜ!これがギャップ萌えか!


 そんな心の声が漏れてしまったのか、コホンとみえみえの咳払いをしていつものアリス様に戻ってしまった。非常に残念である。


「まぁ、助力を頂けると仰って頂けるなら幸いです。尤も拒否権はないですが」


 拒否権無いって……セリスとの婚約の条件とかにでもするつもりだったのかよ。


 色々とツッコミたい所だが、どうにも話が進まない。手早く説明して欲しいと、こちらから切り出してみる事にする。


「で、俺は具体的に何すればいいんですかね? ドラゴンの特定部位を持ってくるとか? もしくは反対側の浮遊大陸の秘境まで行って何か薬草持ってくるとかですかね? というかこれどういう状態なんですか?」


 言いながら黒ローブを叩いてみるとコンコンと硬質な音がした。呪いとかだろうか? 世界の流れから離れてるという状態異常自体初耳だ。もしかしたらストックで持ってる物でなんとかなるかもしれないけど、原因が不明すぎる。


「ああ、いえ。ソウジ様は何もしなくて結構ですわ」


 色々推察する俺に、予想外な言葉が返ってくる。

 何もしなくて良い?


「そもそもラザリス様の現状は、今回の『勇者召還の儀』の『触媒』として、こちらの世界に一人分の存在の空白を作り出す為の代償です。『世界の定員』を誤魔化すために『世界の外側』に身を置かれたのです。『存在値』の高い者を『触媒』にするほど『存在値』の高い者が入ってこられるようになります故、魔道王であるラザリス様は最高の『触媒』と言えるでしょう。儀式の一部なので、薬草や霊薬でどうこうなる状態変化では無いのです」


 ツラツラと説明するアリス様には悪いが、専門用語が多くてよく判らない。そんな疑問符だらけの俺を無視して話は続く。


「ですが、解除方法は簡単。元に戻せば良いのです」


 元に戻す?


「セリスは……有力貴族の方々にも好意を寄せる御仁が多いので大丈夫でしょう」


 なんでセリスの名前がここで出てくるのだろう。というか解除は簡単なのに何で解除しなかったのだろう?俺は何もしなくていいのに、何で呼ばれたのだろう?


 疑問だらけで理解が追いつかない。完全に俺は置いてけぼり状態でアリス様の演説に耳を傾ける。


「まぁ、半端者と言えど勇者は勇者。役目もなんとかこなしましたし、ちょっと色を着けた伝承歌を子々孫々語り継いで差し上げますわ」


 そう言いながら魅せた笑顔。


 セリスと同じ笑顔なのに寒気がする。あと何か粘質っぽい。凄い、何だろう、このやっちまった感。さっきの比じゃない。


 『殺す』のであれば、とか

 セリスの名誉の為に先に言っておく、とか

 拒否権はないですが、とか


 冷静に考えてみればフラグのオンパレード、バーゲンセールだ。次回に教訓生かせなかったよ、ママン。この部屋に入った時点で自由に出れないとか言ってたし詰んでたのだろうか?


 そう……殺すだけじゃない。排除だけなら。


 いつの間にか密室のはずの部屋の中に風が吹いていた。春一番のような強い風。思い出す「あの時」との相違点は木々が無いのでザワザワという音が無いくらいだろうか。俺がこの異世界に来る寸前に体験した事態の焼き直し。全てを悟った俺に、アリスが最高の笑顔を向ける。


「ではでは……今世の勇者サカカミ様。お勤めご苦労さまでした。『ご希望されたご帰還』の前に一言御座いますか?」

「……アリス様。やっぱあんたの好感度0だ」


 パリンと背後で何かが割れる音が聞こえる。


「あら、残念。もうちょっと憎まれ口でも叩かれるかと思ってましたのに」


 言いながら右手の甲をこちらに向けて見せるアリス。その薬指に嵌められた指輪が怪しく光を放つ。


「魔王討伐は本当に感謝しています。ただもうその脅威は無いのです。私の為にお帰り下さいな。『勇者強制送還』!」

「てめええぇぇぇ覚えてろよおおおおおおぉぉぉ!!」


 指輪から飛び出してきた、見覚えのある『手』のような何かに掴まれて。俺は凄い速度で後ろに運ばれて行った。真正面から掴まれたので見る事は出来なかったが、元居た方向から勝利の高笑いが聞こえてくる。


 悔しくて。

 色々叫んでいた気がするが、すぐに俺の意識は途切れた。





 ガックンガックン揺らされる感覚に意識が浮上する。

 心地よく寝ているのだから辞めて欲しい。


 この乱暴さは間違いなくシェンナだろう。

 後で『帽子すっぽ抜きの刑』だ。

 自慢のトンガリコーンを晒すが良い。


 飯の匂いもしないし、ミーララも寝てる時間だろう、起きる必要はない。

 緊急事態だったらユリウスが大慌てで起こすはずだ。


「……あにぃ! あにぃ!」


 誰だ変な呼び方するのは。

 アルマが変な鳴き方でも覚えたんだろうか。


「あにぃ! 起きてよ! あにぃ!!」


 『兄ぃ』とかそんな呼び方するのは、真由くらい……。


 そこで一気に意識が覚醒して飛び起きると同時にゴヅッと鈍い音が響く。

 豪快にヘッドバットしたらしい、正直すまん。


「あにぃい……いだい」


 声の方向を見るとぐじゃぐじゃに泣いてる妹、坂上さかかみ真由まゆが居た。俺の2つ下で、つり目気味のキリッとした目と艶々のポニーテールがポイント。ボンキュボンではなくキュッキュッキュッと引き締まりすぎた悩み多きボディがウリだ。非難するような目で鼻を押さえながらこちらを見ている。


 そんな痛かったかね……あ、鼻血。そりゃ痛いよね。


「悪い悪い。顔面ヘッドバッドは過失だ」

「……痛いけど、夢じゃないって確認出来たから許す!」


 ポケットに仕舞ってあったシルクのハンカチを取り出して、鼻血を拭いて押さえるように持たせてからポンポンと頭を撫でてやる。空いた逆の手では肩を包むように抱き抱える。泣いた時の真由はこうやると落ち着くのは知っている。


 そのままの体制で周囲を見渡すと懐かしい光景が広がっていた。小さい頃よく遊んだ近所の神社の境内、座り込んでいる場所も良く覚えている。賽銭箱のまん前だ。一瞬、当時にそのまま戻ったのかと思ったが、真由の抱き心地に違和感がある事に気が付いた。


「ん、なんかデカクなったか? 真由」

「ずび……当然じゃん! 三年も経ってるんだよ……成長期だよ私」


 よく見れば「あの時」の服とは違う服だ。顔立ちも大分大人びているし、何より目線の高さが違う。それならば何故ここに? と聞いてみる。


「あれから毎日毎日来てるんだよ。暇な時間ならなるべくここに居るようにしてた。もしかしたらまたアレが出るかもしれない。そしたら飛び込んで、あにぃ助けようって……」


 かなり無茶な生活送ってたように聞こえるが。

 優しく頭を撫で、落ち着かせながらゆっくりと話を聞く。


「ずーっとここに居るから近所の子供達に覚えられててさ……今日こっち来る途中で神社で変な人が寝てるって言われて、すっ飛んできたよ」


 鳥居の方に目をやると小学生くらいの男の子が二名、遠巻きにこちらを見ているのが目に入った。泣いてる?泣かした?みたいな声が聞こえてくるので彼らが教えたんだろう。そんな事を考えていると腕の中の真由が呟くように一言。


「おかえり、あにぃ」

「ただいま……かな? そっか……そうだよな」


 真由を撫でながら考える。


 三年。そっくりそのままあちらで過ごしたのと同じ時間が過ぎているらしい。サービスでせめて最初の時間とかに戻してくれてもいいんじゃないだろうか?でもそうしたらあの三年は消えてしまうのだろうか?無かった事になって、気の良い連中とも会わなかった、交わらなかった世界になる。


 それは嫌だ。


 夢だったとか?全て俺の白昼夢。存在は確定してない居るかもしれないが居ないかもしれない、そんな曖昧な状態。


 ふと、自分の服装に目を落とす。


 セリスがあーだこーだ言いながら選んでくれたタキシード。シェンナとユリウスの年上コンビに似合わないと散々笑われた一張羅だ。


 次いで、髪に手をやってみる。


 ミーララが一生懸命セットしてくれた髪は運ばれた時の風圧のせいか既にボサボサになっていた。だけど、その髪を弄った手を嗅いでみると、『エルフ秘伝のレシピの超高級品香料です!』と張り切って付けてくれた整髪香料のほんのり甘い香りはまだ残っていた。


 最後に足に目を移す。


 アルマがわざわざ猛獣狩りまでして作ってくれた『ダンスでご婦人の足を踏んでも大丈夫な靴底の靴』を履いている。


 いっそ夢だったら

 首から下げたチェーンを引き出し、そこに通した指輪を握りながらそう願った。

2016/06/27 完結につき、誤字脱字の再チェック。並びに段落の変更を致しました。

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