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 狼の顔に熊のような体躯をしたモンスターへ赤髪の青年が連続で矢を射ち込むと、両腕を上げ、そのまま仰向けに倒れてゆっくりと地面に同化し消えていく。

 弓を下した彼――キャラクターを色取り取りの鮮やかな花が囲い、ファンファーレが響くと同時に吹雪の如く舞い散った。

 『おめっとー、これで78?2ヶ月かそこらで残り21って無理っぽくね?』

 レベルアップを示すエフェクトが表示されたのを機にチャット画面に会話が流れる。ステータスポイントの振り分けを後回しにして颯壱――キャラクター『由基』が返事をした。

『なせばなる、なさねばならんのです』

『オレ92から93あがるまで何ヶ月かかったと思うよ。1つ上げんのに3ヶ月!よっしーのペースだと無理ゲの無茶ゲ。それともこっから廃人仕様なう?』

『無理ぽw』

『だよなwwwオレも手伝うっちゃ手伝うけどなーwww』

 丈の長い真っ白なマントにピンクのミニスカート風という露出度が高いのか低いのか判断がつきにくい服装の、耳の尖った妖精族の女性がモンスターが倒れたと同時に現れた熊の掌のようなアイテムを拾った。

『さんくすさんマジさんくす』

 高校一年夏休みからはじめたオンラインゲーム【Go out of Garden】を颯壱は結局、夏休み明けても止める事が出来なかった。別途加算される特殊アイテム等の購入こそ耐えて、基本料金のみで細々とプレイしてきたが、さすがに高校三年生となると来る受験と部活の追い込みで時間が足りない。開始当初からの目標であるレベルカンスト99。GOジーオー離れする前の達成が自力では見込みがないと彼は悟った。かと言って、更なる課金でアイテムを購入するのは気が乗らなかった。ここまで基本料金だけでやってきたのにという気持ちと、財布を前にしてレベル上げに現金を使い込むのはどうなのかと我に返ってしまうのだ。

 その為、体力回復や異常状態を治す治癒系スキルと能力向上と能力低下の補助系スキルを覚えたレベルの高いプレイヤーとモンスター狩りをして貰う手段に出た。珍しくない手法だが、人によっては眉を顰められる為、あまり人気のないマップの片隅でひっそりと行ってはいる。 

 由基のレベル上げに協力する、高レベルキャラクターの正式名はThanKs、仲間内ではさんくすさんと呼ばれている。彼――ネット上なので正確なことは分からないが男だろうと颯壱は思っている――の面倒見の良さに颯壱は本当に頭が上がらない。狩りを続けていた二時間近くも治癒魔法と補助魔法をかけてくれた上、モンスターの攻撃を受ける壁役までしてもらったのだ。ThanKsに案内された鬱蒼とした森の狩場マップのモンスターがいつもの狩場よりも15以上レベルが高いと知り、ThanKs曰く「よっしー、一発食らったらアウトじゃんwwwなんて紙www」な状態、かつモンスターが湧き出る数が半端なく「さんくすさん、この団体さんイラネ」と由基が死んでペナルティを受ける事が3度あったにも関わらず、2レベルも上がったのは彼のおかげである。

 これでメインは別キャラクター、治癒スキルとは無関係の生産系スキルを使っているものだから「なんて廃人!」と慄いたが、ThanKs曰く単にプレイ歴5年と長いだけで、立ち回りがもっと上手な人もいる上、廃人はと言えば更に斜め上を進んでいるそうだ。

 GOプレイ歴が浅い颯壱が熟練プレイヤーであるThanKsと知り合いなのは、『スクランブル』という同じPartner Circle――仲間の輪――に参加しているからだった。これはPCやサークルと呼ばれていて、狩りを行うための一時的共闘関係を結ぶParty――通称PTとは別に、持続的で、戦闘かつ生産活動まで効果を及ぼすグループ単位であり、立ち上げるにも色々な条件がある。

 颯壱がサークルに参加したきっかけは何度かPTを組んだ相手との雑談の流れでというものだったが、彼のGO生活の中での幸運な出来事の一つとなった。主に雑談、偶に有志で狩に行くような緩いサークルで……欠点と言えばノリの良さが過ぎて羽目を外し、黒歴史という名の思い出が増えたところかもしれない。


『このレベルで弓・魔はPTむりっぽだしなwww』

『求ム長弓専は偶に見るのに…弓・魔だって使えるのに…ネタキタって…』

『でも確かにネタwww使えなくはないけどネタwww』

 本来、PTでレベル上げが基本だろうにサークル仲間に頼まなければならないのは由基の取得しているスキルに原因があった。

 弓には短弓、長弓、弩の3種類あり、由基の主力は攻撃範囲が広くて速射が特徴の長弓スキルツリーである。元々、主力を弓系とするキャラはレベルが高くなるにつれPTより単独ソロプレイとなりがちになるが、長弓スキルツリーには範囲攻撃がありPT編成によっては必要とされることもある為、需要がない訳ではない。プレイヤースキルも伴えば重宝されることもある武器種だ。

 が、由基は魔法スキルツリーまで手を伸ばしたが為に長弓のスキル全てをとっている訳でもなく、かつステータスがばらけており、ステータスを長弓特化型にしたキャラクターには速射と威力でどうしても及ばない。汎用性はあるが個々の専門が集まるようなPTでは使えないお荷物であった。その為、ThanKsの「使えなくはないけどネタ」というのは間違ってはない。

『レベル上がってキリいいしオレ落ちるけど、どする?一緒に街帰る?』

 由基一人では一時間もしないうちに死亡の憂き目に合うが、デスペナルティはレベル経験値とスキル経験値各3%減少である。レベル上がったばかりの由基にとってこの狩場である程度狩った後、死亡して拠点である街に戻ったとしてもお釣りがくることは明らかであった。さすがに湧きの激しいこの場所は無理でも、一匹ずつ狩ることはできなくもない。一人ではこの狩場に来ることさえ難しいことも考え、颯壱は返事を打った。 

『せっかく来れたんで場所変えてもう少し狩ってきます』

『うぃー、ガンガレ うちんとこ、他にも良さげな壁いるから声かけてみるわ』

『いやそこまではさすがに』

『まー伝えとけば都合よけりゃ向こうから声かけあるしょ あっちもある意味ネタキャラで苦労はしてたし』


 ――スクランブルにまさかのネタキャラ仲間!?いや、サークルメンバーの全員と会っている上、狩りにも一度は行っているけどそんなキャラ使っている人いなかった筈だ。個性的なスキル選びをしている人はいたけど、ネタとまで言われるような事でもなかったような。


『ネタktkr!?』

『覚醒しておにかり中w』

『マジデスカ』

『大っぴらにはしてないから断られるかもしんないけどww最近inしてないしwww』

『ノーオオオオ……会ってみてぇええ』

 レベル上げ云々はともかくもそのキャラクターに会ってみたいと思ったが、誰のキャラクターかを伝えてこないという事はサークルメンバーに周知してないのだろうと考えもつく。運が良ければ会えるぐらいの期待はしておこうと思いながら、颯壱はキーボードを叩いた。

『今日もゴチでした』

『ここアイテムウマーだしキニスンナー』

 売買など以外での金銭の遣り取りは厄介事になりやすいのでスクランブル内では自重されていた。お礼としてゲームマネーは渡しづらいが、かといって無報酬で付き合って貰うのは気が咎めるので、下級回復アイテム以外の戦利品ドロップアイテムは全てThanKsに拾って貰ったのだ。その為、アイテムを改めて分配する必要もない。

 ThanKsが由基へ補助魔法スキルを連発した。

『おさきー』

 最後のスキルのエフェクトが消える前に一言メッセージを残すと、無数の白い光の粒子がThanKsの足元から湧き上がり、そのままThanKsを包み込んで消えた。パソコンがエフェクトの連続の処理に少し遅れている間にもThanKsは拠点へ帰還するアイテムを使用したのだ。

 返事を射ち込む前に姿を消した恩人に感謝しつつ、颯壱は机上の時計にちらと視線を移した。

 デジタル時計が丁度21:30を表示していると横目で見て、マウスを動かす。

 運良く大量のモンスターと遭遇することもなく、逃げ切りながら画面を由基が横断していき、やがて行き止まりに辿り着いた。丸い小さな広場のようなそこはRPGにあるような宝箱はない代わり、モンスターもあまり湧き出ない場所だとThanKsに教わった。この場所に、一匹ずつモンスターを誘い込もうという魂胆である。

 由基はRobustness Point、このゲームでのキャラクターの耐久値が低い。生命力というステータス、Vitalityに殆どポイントを振っていないからである。Robustness Point――通称RPはレベルが上がれば少しずつ伸びはするが、Vitalityのポイントの影響を強く受ける。それ以外にもVitalityは物理防御力、異常状態に対する抵抗力などにも影響を与えるのだが、弓を使うキャラクターは総じてVitalityを伸ばさない。弓を使用する為に必須なのはDexterity、矢を命中させる器用と、Agility、弓を引く素早さ、後は多少のStrength――膂力である。

 由基の場合、変則的に魔法も使用するが為にIntellgence、魔法を扱う賢さ、更には物理、魔法攻撃の必中クリティカル率、魔法攻撃の命中率に影響する運気のLuckにまでポイントを使っている。

 その為、防御力の低いバランス型というステータスにどちらつかずのスキルが合わさり、突出すべき点がないキャラクターとなっていた。

 その為、長弓に、または魔法に特化したキャラクターと同様、追いかけてくるモンスターと距離を測りながら攻撃し、彼ら以上に時間をかけて倒すことになる。四方開けた場所となると、モンスターに囲まれてしまい、あっという間に倒れるのだ。

 一匹を連れてきては逃げ回りながら倒し、またモンスターを探しては一矢を放って一匹だけ誘い出し――そんな作業を続ける中、モンスターが落としたアイテムに、思わず声を上げた。

「お、『目覚めの葉』か」

 中肉中背の由基の腰までもある、大きな茸に触手のような足が無数に生えたモンスターがくるりと一回転し、倒れたところに葉っぱのアイテムが表示された。

 倒れた1人を一定の割合でP1の状態で復活させるアイテムで、普段由基が狩場とする場所ではなかなか見ない珍しい代物である。先程、ThanKsと共に狩りをしていた時でも、三枚くらいしか出ていなかった。


『ユーザーの皆様、こんばんは。いつもご利用ありがとうございます。さて、運営チームからご連絡とお願いがございます。』


 アイテムを拾ったところで、ポーンという高音が鳴り画面上部にメッセージが現れた。

「うわ、メンテナンスかよ」

 颯壱が始める前から目にしていた、このゲームの最大の欠点。緊急メンテナンスの多さである。実際、ゲームをはじめてからというもの、ゲームの質の向上の為、ハッキング対策、悪質プレイヤーの取締り等、様々な理由により緊急メンテナンスは行われていた。

 今回は不具合――バグが見つかった為らしく、メッセージでログアウトを促している。例えプレイヤー自身でログアウトしなくても数分後には強制的に接続が切られてしまうのだが、いつ切られた分からず、再びログインした時にはキャラクターが死亡していたというケースも多い。

 その為、颯壱は切羽詰まっていない限りはメッセージに従い、早めにログアウトするようにしていた。時計は21:42。まだ、ThanKsが使用した補助魔法のうち、幾つか効果が残っている状態である。一度ログアウトすると次回のログインの時に継続されないことを考えれば、勿体なさを感じたが諦めてログアウトの操作に入った。


 操作により、画面が停止する。


『お疲れさまでした!』

『Go out of Gardenでのあなたの勇姿をお待ちしております!』


 いつも通りのメッセージが現れて、消えた。

 そして、一瞬の真っ黒い画面のその後で――――ログアウト。


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