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「うっわ、面倒そうだなこれ」
夏休みを一週間後に控えた夜中。期末考査も終わって気分上々の颯壱は新作テレビゲームの評判を見ようとネットサーフィンをしていたが、途中で目的がオンラインゲームの情報集めに変わっていた。今話題にはなっているものの批判が目立つテレビゲームより、批評サイトの広告に名前が挙がっていたオンラインゲームが気になったからだ。
パソコンを使用する多人数参加型オンラインゲーム【Go out of Garden】――通称GO。中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界観を背景となっていて四つの種族からプレイヤーの分身であるキャラクターを作成し、未開地の開拓を進めるためにモンスターとの戦闘を行う、または街を発展させる為の生産活動で育成していくといった内容である。6年前から正式サービスを開始しているようで、ランキングサイトに書き込まれたコメントには「頻繁に行われる緊急メンテナンスさえなければ数あるオンラインゲームの中でもそこそこ優秀なゲーム」といったどちらかと言えば好意的な評価が多い。
すっかり興味をそそられて公式ホームページでゲームガイドから順に読み、技能の説明ページを開いたが、そこで彼は思わず呻いてしまった。
このゲーム、基礎能力自体はレベルアップ毎に与えられるポイントを六つの能力値に振り分け成長させるが、職業といった枠組みはなく基本的に武器や防具の装備を使い続けることで技能を自由に取得、成長させていくものだ。スキルの系統の事をSkilltreeと呼び、スキルの使用しスキルレベルを上げる。しかし、最大スキルレベル――その状態をOvergrownと呼ぶ――まで必ずしも育てる必要はなく、むしろ取得できる総合スキル数、総合レベルは限られているので、無計画にレベルを上げると欲しいスキルを覚えられなくなる。例として挙がっているスキルだけでも数が多く、颯壱はページをスクロールするものの冷えた麦茶の入ったコップを片手にただ眺めるだけ。読み込もうという気は失せていた。
――取得するスキルはほとんど自由っていうのはおもしろそうだよな……。
ユーザー数も既に多いようだが、夏休みに合わせてか先々週から期間限定新規加入者キャンペーンが開始すると宣伝ページがあった。ゲームに参加する為に必要な基本料金だが、この期間の新規加入者はキャンペーン中基本料金無料及び経験値1.5倍、限定アイテム配布があるようで、微妙な評価のテレビゲームを買うより、夏休みの間はこちらのゲームで遊んでみようかという気にさせる。
颯壱はオンラインゲームをまだやったことがないが、最近買ったばかりのパソコンは、ゲームプレイに必要なスペックを満たしている。
――物は試し、か。
職業がないこのゲーム、ステータスのポイント振り分けとスキル選択が生命線だろうと、ゲームをインストールしている間に、育成方法を少しは把握しようと『Go out of Garden 初心者』で検索をかけると多数のページが弾き出された。
公式ホームページだと最低限の情報がひたすら羅列しているだけだったが、ファンページだと初心者向けにどのスキルが使えるかどうか、選択できる四つの種族の特徴、取得できるスキル数とそのレベルについての考察――これについてはゲーム会社が公表していない為、非公式である注意書きが大きく記載されていた――が、いっそ公式ホームページよりも丁寧に纏められているようだ。
まずは戦って遊びたいか、物作りを楽しみたいかだと彼はひとまず前者だった。キャラクターの種族選択はステータスの他スキルに対する経験値にメリット、デメリットがあるので、何のスキルを取得するかで選んだ方が無難なようで、先に戦闘系スキルのページを開く。戦闘での攻撃スキルを大きく分けると物理攻撃か魔法攻撃か。物理攻撃を更に分けると近距離か、遠距離か。装備の系統毎にスキルツリーは存在し、近接でも短剣、片手剣、両手剣などの種類があり――『初心者はまず物理・近接系キャラで資金を貯めていこう』とアドバイスがある。しかし、こつこつゲーム内の資金を貯めるほど遊ぶか分からない彼は、スキル選びに迷わず済み、かつ、楽しめそうな物を選ぼうと画面に目を走らせた。
メインとなるスキルを考えた後、種族は人間の他、妖精、獣人、竜人とあり――ボーナスもなければペナルティもない人間にすることにした。種族毎のスキル経験値のペナルティのほか、『ステータスポイントを2ポイント消費することでステータスが+1となる』などのステータスペナルティがあると育成に悩みそうだからだ。その分、種族ボーナスとしてステータス上限値が他種族より高く設定されているので、彼は少し迷ったが、結局は人間を選ぼうと決めた。
二時間ほどかけて他の初心者向けの攻略サイトを幾つか掻い摘んで読み漁り、育て方を決めた上で再び公式ホームページに戻って参加登録の手続きを済ませて、ゲーム開始――。
――開始したいのにゲームインストール終了まで、まだ後、六時間っ……。
明日も授業がある学生として、本日からのプレイ開始は諦めインストール中のパソコンをそのままに寝るしかなかった。
『ようこそ、Go out of Gardenへ!』
『楽園の外に踏み出す勇気あるあなたへ、幸運をお祈り致します!』