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赤の少女 ~名無しのレッド~

本編開始、という事になるのかな。

序章からそれなりに経過した時間軸です。まずは一人目、レッドの話から。

 レッドの仕事は、多岐にわたる。

 基本的にはそのどれもが実力行使だが、内容は護衛であったり奪還であったり追撃であったり強奪であったり、それこそ組織の都合に併せてなんでもやる。

 その中には暗殺なんてものもあって、実際のところ何かを守ったり奪ったりするよりも、ただ壊すだけでいいその仕事が一番レッドは楽だった。

 好きか嫌いかは、別として。


 今日も一仕事終えて、事務所の裏口から彼女はいつものように堂々と退去する。暗殺者らしからぬ堂々とした態度だが、赤黒く汚れたドレスを目の当たりにすれば、彼女が会社の令嬢、なんて勘違いをする者はいないだろう。

 一般人が目にすれば、呆然として、次に悲鳴か絶叫。警察が呼ばれるのに時間はかからないだろう。レッドの酷薄な薄笑いを前に、ドレスを染める深紅が少女の血、なんて勘違いを起こすはずもない。

 その一方で、他人の血にまみれながらもいつもと変わらぬ慄然とした姿勢を崩さず、返り血を化粧のように纏う少女の姿は、その道に生きる者の目を引きつける。

 レッドに使える部下達は、大抵そんな者ばかりだった。

 今も、すぐ外で控えていた黒服の大男達がレッドにかしずくと、労いの言葉を送っている。

「お疲れ様でした、姉さん」

「ええ。帰りはお願いね」

「はっ」

 別の黒服が恭しく黒塗りの車両のドアを開いて待ちかまえる。窓ガラスがスモークで、エンブレムが金色のいかにも、といった感じの外車だ。レッドは手をひこうとする黒服を袖で払い、血で内装が汚れる事もいとわずに滑り込む。ドアが閉じられてたちまち外の雑音が消え失せると、クラシックが静かに流れる別世界だ。満足そうにうなずいて、レッドはどっかりとソファに座り込んだ。

 運転手をつとめる男に、緩慢な仕草で顎をあげる。

「出して」

「はい」

 す、と車が動き出す。さすがに高級車だけあって発車は静かだ。それに何の感慨もなく、レッドはどこからか出した手ぬぐいで顔についた返り血を拭っていた。

「全く。脂ぎった中年の返り血なんてベトベトして最悪だわ。それも、幼児愛好家で死体愛好家ときた。早くシャワー浴びたいわ」

「姉さん。やっこさんは子供を生け贄にしてただけで、別に愛好家って訳じゃ」

「なら余計に最悪だわ。それともなに、貴方あの腐れ外道の弁護でもするの?」

「全く持って、そんな事は」

「ならいいのだけど。身内に変態趣味がいるなんて冗談じゃないわ」

 ふん、と言い放って、レッドは袖に手を隠したまま、器用に髪を払う。が、その拍子に乾きかけていた血がべっとりとゴールドの髪にからまって、心底げんなりとした表情になる。そんな彼女の様子をバックミラーで確認しながら運転するドライバーの男は、こっそりそんな彼女の様子に目を奪われている。

「前、見なさい」

「すいません」

 子供、どころか下手をすれば孫ほどに年の離れた小娘に注意を受けるドライバー。普通だったら態度には出さずとも反発心の一つも抱きそうではあったが、二人の間でそれはない。レッドは男達がその程度で感情を顕わにするほど素人ではないと考えていて、男達はレッドをそれこそ女神のように敬っている。お互いにその認識のすれ違いを理解する機会には残念ながら恵まれていないのだが。

 それはそれとして、髪についてしまった血を少しでもとっておこうとタオルを手にレッドが悪戦苦闘していると、ふいに車内に電話のコール音が鳴り響いた。レッドが眉を潜める。

「……姉さん。若頭からです」

「いいわ。つないで」

「へい」

 ブッ、というノイズ音と共にコールがとぎれる。続いて聞こえてきたのは、不機嫌そうな若者の声。

『私だ。任務ご苦労だったな、レッド』

「なんで貴方がかけてくるのかしら。私は、ドクター直属という事になってるはずだったと記憶しているのだけど」

『ふん。口の減らない小娘だ。今回の任務は私が手配したものだ。その成否を直接確認する事の何が悪い。ドクターからは許可をとっている以上、貴様に文句を言われる筋合いはないがな』

「そう。で、私がここでこうしてる以上、成否なんてわかるでしょう? それとも何、私があの変態に殺されて生け贄にでもなってた方がよかったかしら?」

『殺されても死なないようなくせに、よく言う。まあいい、こちらの用件は一つ。あの男が持っていた書物、あれはどうした?』

 顔の見えないまま、電話越しに取り立ててくる相手に、レッドが不快そうに目を細める。彼女の機嫌が急激に悪くなってきたのを察してか、ドライバーの男が「必要以上に事を荒立てない方が……」とレッドに目配せしてくる。いや、本当にそう考えているかはレッドにはわからないが、なんとなくそういう意味を見て取って、彼女は脳裏に浮かべていた罵倒の数々をとりあえず棚上げにした。

「ああ、あの趣味の悪い装丁の本ね。なんか得体のしれない皮が張ってあった」

『ああ、それだ。話によればあの男は、あの書物を手に入れてから様子が一変したという。本物の可能性が大きい、可能ならば回収を……』

「可能性も何も本物だったわよ。あの本片手に、中年がなにやら呟いたら死体が起きあがってくるわ、でっかいウジ虫がその中から這いだしてくるわ、散々だったわ」

『やはりか! それで本はどうした?』

「あー……」

『おい、まさか……』

「仕方ないでしょ。とどめを刺そうとした時に盾にしてきたから、それごとまっぷたつにしちゃったのよ」

『貴様……よりにもよって……!』

「責められる筋合いはないわよ。本がほしいなら事前に言えばよかったじゃないの。それとも何? こっちが依然、古き魔女の一人を撃退した時に持ち帰った箒のきれっぱしがそんなに美味しかったの? そう任務外の戦果を当然のように求められてもこっちは困るのよ」

 先ほどドライバーに頼み込まれたばかりにもかかわらず、この攻撃的口調である。ドライバーが顔を真っ青にしているが、しかしレッドはそうは思わなかった。

 少なくとも、電話先の相手は、馬鹿ではない。自分の方が明らかに筋違いだと理解すれば、引くぐらいの度量はある。

 そして実際に、若頭はレッドに対し怒気をぶつけてくるような事はなかった。

『ちっ……。まあ、仕方ない。お前の意見のほうが筋が通っているか』

「まあ、そういう訳だから。破れててもいいんなら、ページの何枚か黒服達に回収させましょうか?」

『破壊されたのではそれは唯の文字の羅列だ。回収する意味もない。まあよい、今後類似する事例があった場合は可能な限り回収するようこちらから指示をする。それでいいな』

「私も記憶にとどめておくわ」

『用件はそれだけだ』

 再び、かかってきたときと同じように一瞬のノイズの後、途切れる通話。再び静かなクラシックの響きが、車内に流れ始める。

 そんな中で、ドライバーの男が、おずおずとレッドに訪ねた。

「姉さん、ひとついいかい?」

「何かしら? 私、今とっても気分が悪いの」

「すいません。……その、盾にして両断しちまったってのは、嘘でしょう?」

「……どうして?」

「姉さんが、そんな凡ミスするとは思えないんでさ。姉さんだって、そのよくわからんですが、本かなんかを回収しないといけないのはわかっていたんでしょう? 少なくとも、人質ごと犯人を切り刻むような下手を、姉さんがするとはとても……」

「ねえ、貴方。ホラー映画はよく見るかしら?」

「へ? ええ、まあ。人並みには」

「そう。……じゃあね。首を吻ねても心臓を抉っても相手が起きあがってきたら、どう思う?」

「へ?」

 ぎょっとして、バックミラーごしにレッドの目を伺うドライバーだが、彼女の目は至って真面目だ。

「その、すんません。それって、何かの例え、ですかい? すんません、俺ってば無学で……」

「……やれやれ。もうちょっと、いろいろ学んだ方がいいんじゃない? 全く、私の専属運転手があきれるわ」

「すいません」

 苦笑いして、元に戻ったレッドの様子に安堵するドライバー。そんな彼を相手に、レッドは髪にブラシを通しながら、自分の言葉を思い返す。

 たとえ話。そんな訳はない。

 口にしたのは唯の事実だ。

 あの事務所を管理していた、副組長だかなんだか。あれは、得体のしれない術を使うだけではなかった。首と胴体を切り離しても、心臓を貫いて握りつぶしても、手足を切り落としても、アレは死ななかった。いや、止まらなかったというべきか。あの状態を、生きている、と表現するにはいささか無理がある。首を切り離したら胴体と頭が別々に動いて、心臓を貫いて握りつぶしても一滴の血すらでず、手足を切り落としたら腹から臓物が触手のように飛び出してこちらを襲ってきたのだから。

 そして、とっさの機転で男が手にしていた本を引き裂いてみれば、ごくあっさりとあれは動かなくなった。こちらが拍子抜けするぐらいに、簡単に。

 本を破壊したのは、偶然ではなく、そうしなければならなかったからだ。そして、あんなおぞましい出来事を現実にしてしまうようなブツを、ほしがってる相手がいるからと差し出せるほどレッドは馬鹿でも阿呆でもない。念入りに引き裂いて、使用不能にしてきた。

 それでも一抹の不安はあったが、そういった”よくわからないもの”を集めている若頭が、ちょっと裂けたぐらいで駄目になる、というならそれで一安心だ。

「全く。不思議なものを集めるのはかまわないけど、ちょっと質とか問いなさいよね」

 うちの組織の考えることはよくわからない、とレッドは窓際に頬杖をついて、しばし物思いに耽った。

 齢、10代半ばかそれより若く。まだ人生の半分も生きていない少女にしては、その横顔は大人びている。

 彼女の本当の名前を知る者は、組織において誰もいない。ただわかっている事は、ドクターと呼ばれる幹部の元で動き他の誰にもなびかないという事、そしてその活動指針。

 まるで自らを追い込むように、生還困難な任務に身を投じては、敵の返り血を浴びて舞い戻る。

 黄金と深紅に彩られた、凄絶たる少女。彼女は敵対する者達から畏怖と侮蔑を込めて”キリングドール”と呼ばれている。

 そして彼女は自分の事をこう定義する。

 名無しの赤の女、すなわち”レッド”と。

 


閲覧ありがとうございました。

一話あたりの分量ってどのぐらいがいいんでしょうね?なかなか塩梅が難しい物です。

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