よくでる2000
序
長く、甲高い、悲鳴。それが町の静寂を切り裂いた。
1
20XX 5/11 02:12。俺の携帯にはそう表示されていた。少なくともこのあたりでこの時間に電車は走っていない。どうするかねえ、と俺はぼりぼり頭をかいた。
町の中心部は未だに眠る気配を見せていないが、大分離れたこの公園ではその喧騒も遠くから聞こえる。俺はきぃきぃとブランコを揺らしながら酔って火照った体を夜風で冷やしていた。先ほどまで降っていた雨のおかげで適度に涼しい。しかし気まぐれで入ったあの居酒屋はいい店だったな。まさか「時間を忘れる」なんて現象が現実に起こりうるなんて思いもしなかったぜ。いやまあそのおかげで俺は電車に乗り遅れて帰り損ねたわけであるが。明日が休日なのが唯一の救いだ。
きぃきぃきぃきぃブランコがゆれる。
しかしどうやって帰るかねえ。タクシーは却下だ。そんな金はほかの事にまわさなきゃならん。同理由でホテルなども却下。24時間営業のどこかで過ごす手もあるが、こんな酔っ払いを一晩中おいておくアホな店も無いだろう。いっそこの公園で夜を明かすか――。
ふと、俺の目線があるものをとらえた。
どうやら俺はかなり酷い泥酔状態にあるようだ。こんな簡単なことに気付かないなんて。歩いて帰りゃあいいじゃねえか。どうせこの町から俺の家までは10km程度しか離れてない。2、3時間あれば帰れる。道なんて目と耳と鼻があれば迷わん。
じゃ、あの道から帰るか。
俺が今とらえたのは、入り口。最初俺が公園に入ってきた入り口とは逆方向にあった入り口だ。なんとなく薄暗いのでその存在に気付かなかった。その先の道もどことなく薄暗く、人通りが少ないであろうことがこんな頭でもすぐ理解できた、
俺はその入り口に向けて歩き出す。いや、この場合は出口というべきか?
――――ヒヒヒッ、キタきタ――――
――――ソコはイリグチ、ダヨォオ――――
――――ギギッ、ギギッ、ギギギャギャギャ――――
……? 夜風にゆすぶられる木の葉の音に隠れて、妙な声が聞こえたような気がした。気にするこたあ無いと、俺はすたすた歩き出した。
2
ボクは、ステラレた、カイじュウのヌいグルみ。
こノ、ゴミすテばニ、ズッと、マエに、ステらレタ。
ぼクは、さびシい。ダカら、オトモだチが、ホしイ。
アタりまエ、だヨネ?
――マた、オトモダちが、キた。
コンどノ、おとモダちハ、おオキナ、オにイさン。
デモ、ダイジょうブ。オなじクらイノ、おとモダチも、イる、かラ。
オニイさンも、きッと、サビしくナい。
ぼくノ、マエヲ、オニイさンが、とオル。
ボクニ、さワッて、クレれば、オニいさんも、ボクノオトモダチ。
ネエ――――ボクノオトモダチニ、ナッテヨ?
……え? ちょ、何で素通り? 何スタスタ歩いていってんの? いや、こんな引っ張ったんだからさ、せめて何かあるべきじゃない? こういうときならボクを拾うのが王道でしょ。え、ちょ、マジで無視? 華麗にスルー? いやいやいや、そんな展開があるはず無い無い。もう大分離れたけど、そろそろ足を止めてボクを拾いにくるはずだ。ちょ、何で止まらないの? マジで拾いに来ないつもり? あー、そう、そういうつもりなんだ。いーよもう。もう君呪い殺すのに決定したから。君の位置なんてどうせすぐわかるし、人間ごときにボクが対処できるはずも無いのに。君死んだね、よかったねー。……いや、ごめん、今の嘘嘘嘘。ね、だから戻ってきて、なんかもう目に見えないくらい離れちゃったけど、戻ってくるんだよね? ちょちょちょ、何角曲がろうとしてんの? いや嘘でしょ、ボクが呼んでるの聞こえてないわけ無いよね? いやだから待って、待ってってばぁああぁああ!!
3
少し高い台地にあるこの町はやたらと階段が多い。私はその中でも人通りが特に少ないこの階段を縄張りとしていた。
私の祖先にあたる「提灯お化け」という妖怪は、時代が進むにつれて提灯から「電灯」へ擬態する戦略へと路線変更をした。現代の日本において、ある程度の人口がある町なら、電灯の無い道などほぼ存在しないからだ。ましてや都会ならば、どれだけ人通りが少なかろうと電灯が無い道は皆無といっていい。私の住みつくこの階段でさえ、歩くのには不自由しないだけの光が補給されているのだから。
さて、そんなことを考えながら私は電灯に擬態していた。今日は階段の中ほどのあたりの電灯に化けてみた。ただの気分の問題なのだが。蛾がまとわりついてくるのはどこでも変わらない。ひどくうざったいが彼らの本能なのだから大目に見てやるべきだろう。
――おや。
……獲物が来た。二十歳ほどの長身の男である。ふらふらとした足取りで階段を降りてくる。どうやら酩酊しているようだ。絶好のカモ。私の存在に気付く可能性は無い。
さあ食事の時間だ。後は男が私の間合いに入るのを待つだけ。後10歩も階段を降りればこの男は私の血肉となる。その行動に恨みも憎しみも無い。それは人間とて同じことだろう。
そうして、男が間合いに入る瞬間――酩酊とぬれた足場の相乗効果で――男が足を滑らせた。そして、頭から階段下へと――
「――危ない!!」
そう叫んでから、あたしは擬態を解除して電灯からとびおりた。人型に戻り、倒れていく男の腕をつかむ。そして手すりをつかんで男の体重を支えた。
あ、あっぶないなぁ、もう! ただでさえ急な階段なんだから気をつけなさいよ!
「……あ?」
不安定な体勢のままで男は顔をあたしに向けた。きょとん、という副詞がぴったりくる表情。何が起こったのかわかっていないみたい。ひとまず男の体勢を立て直す。
「今落ちかけてたわよ、大丈夫?」
「……? ……あ、ああ。マジ助かった。ありがとう」
まったく、なんでこう人間ってのはトロいのかしら。危なっかしくて見てらん無いわね。よいしょっと、あたしは男に肩を貸す。
「ほら、足元気をつけて」
「あ……あぁ……」
そうして男を一段ずつゆっくりおろしていく。途中でやっぱり何度か足を滑らせたけど、盛大に転ぶことはなく、なんとか最下段まで到着。ふう、やれやれ。
「いい、お兄さん? いくら大人でお酒が飲めるからって、足元がお留守になるくらい飲むなんてどういうつもり? ましてや
雨が降ったばっかりで足場の狭い階段を手すりも使わず降りるなんて、自殺行為もいいところよ。今回はあたしが偶然いたから良かったけど、もしあたしがいなかったらどうなってたと思うの?」
びしっ、と言うべきことをきちんと言う。人間は言われなきゃ分からない節があるから、こうやって言ってやらないと。あたしの剣幕に少々押されたのか、男は気持ち小さくなって「す、すまん」とつぶやいた。分かったならよし!
「もしこの丘を降りていくつもりなら、こっちの道を行くといいわ。階段も少なめだし、その階段もきちんとされてる」
「……お、おう。何から何まですまねえな」
「ま、いいのよ。助けられるなら助けなきゃ」
本当はこの丘を降りきるくらいまで面倒を見てやりたいけど、さすがにそこまではやってしまったら、ただのお節介だろう。この男も一度教訓として覚えたのだから、同じ失敗をするほど馬鹿じゃないはずだ。
「それじゃ、気をつけて」
「ホントありがとうな。嬢ちゃんも気をつけて帰れよ」
そうしてあたしはその男を見送った。ああ、やっぱりいいことをした後はきもちいいなぁ――
――ハッ。
しまったぁぁぁぁぁぁぁ! 私はまた同じ失敗をォォォ……! くそっ、これで何人目だ!? 『人を食らう悪い妖怪』を志してから何十年たった!? ちっ、どれもこれも人間が間抜けでドンくさいから悪いのだ。つい助けてしまうような失敗をしてくれる! 大体人間は――で……その……――……(以下、後略)
4
この町の中心部より大分下った場所にある公園。我が輩は1人の女と対峙していた。この女は恐らく妖魔を退治する者――おお! 偶然にも洒落になっていたぞ! 無意識のうちに洒落を作れるとは……我ながら恐ろしいな、クククッ。
「クククク……フハハハハハハハハ!! よくぞこの『F町2丁目』を統括する我が輩をここまで追い詰めたものだ!」
我が輩は笑う、嗤う、哂う――。高らかに、その声を響かせる。眼前の女は形容のしがたい表情で我が輩の様子を眺めていた。ククク、さては我が輩に気おされたな? フハハハハ、当然! 2丁目を統括する我が輩を目の前にしてみればそうなるのも至当! ましてや人間の女ならばなおさらよ!
「……何か妙に狭い地域ではありませんか?」
「ククク、貴様ら人間の格言にあるだろう。『鶏口と為るも牛後と為るなかれ』――実にすばらしい言葉だな!」
「……追い詰めたというより、今会ったばかりでは」
「身を隠していた我が輩をあっさり見つける時点で十二分の評価に値するッ! 敵ながら見事と言ってやろう!」
……む? ――馬鹿な!? 女の視線に何故温度を感じるのだ!? しかもこの冷気……こやつ、視線だけで術法を使えるとは……クククッ、相手として申し分なしよォ!
「……あー、はい。分かりました。では、始めても?」
そういうと、女の右手に日本刀が出現する。刃こぼれもなく、名刀といって差し支えぬだろう。クククッ、なるほど、銃刀法違反で逮捕されぬための戦略か。実に見事だ。――だが、我が輩は常に貴様の先を行くがな!
「ハハハハハハ、いいだろう! 我が輩のほうも下準備が終わったことだしなァ!」
「――?」
「まさか今までの問答に何の意図も無かったと思っているのか? だとしたら我が輩の前言を全て撤回させてもらうとしよう!」
そう、我が輩は全く無意味に時間を稼いでいたわけではない。我が輩の能力は「計算」! 女との戦闘における「結果」を求めていたのだよ! そしてそれにおける結果は――……
「フハハハハ、これはすばらしい結果が出たぞ女よ! 我が輩の勝率が約1%に対し貴様は――完全に0%! もはや勝負あったも同然だな!」
「……そちらの勝率もやけに低くないですか?」
「ククク、貴様は0の恐ろしさを知らんようだな! 0と1の差は刹那と無量大数との差を遥かに凌駕する! それが分からん時点で貴様は終わったも同然よ!」
「あー、そうで……――!」
女の表情が急激に変化する。む、どうし――そして我が輩もそうなった理由を理解した。フフフ……ハァーハッハッハッハッハッハ!! なるほどなるほど! これが奴の勝率が0%の理由か!
我が輩はこれでも妖怪、人間よりは感覚の鋭さに自信がある。気付いたのだ――1人の男が、ここに近づいてきているのを!
どうやってここに近づいてきたかは知らんが(恐らくこの女は一般人が入ってこないよう結界を張っている)そんなことはどうでもいい。この男を人質としてとれば「女」が「我が輩」に「勝つこと」はないということだ! しかもその男は千鳥足もいいところ。実に容易く人質としてできる! そこまで考える前に我が輩は公園を飛び出した。
背後から地を蹴る音がリズム良く聞こえるが、我が輩との距離が詰まる様子は無い。我が輩の身体能力の低さは絶望的だがスピードだけは女と同等の様だ。ハハハハハハハ! 無駄なあがきを見せてくれるではないか!
男を視界に捕らえた。長身――それ以外に特徴の無い男であった。ふむ、十分に酔っ払っているようだ。ククク、貴様の飲んだ酒は美味かったか? もし運命が違えば、貴様と酒を飲み交わすこともあったかも知れぬのになァ! ハハハハ――ハ?
男の右こぶしが握り締められる。男が右方向に大きく腰をねじる。ねじりを開放する。握りこぶしが我が輩の顔面に激突する。――直後、我が輩はホームランボールとなった。
考えてみれば当然である。結界を破って入ってくるような人間がごく一般人であるなどという決定を下した我が輩は愚かというほか無い。そしてもう1つ。我が輩の計算が完璧すぎたのが原因であろう。我が輩の計算は「女」が「我が輩」に勝つ確率が0%だったのだ。「男」が「我が輩」に勝つ確率ではなかった。
ふむ、こうやって宙を吹っ飛びながら思考するというのも中々粋なものよ。さて、次に着地する地はどこであろうか?
ハァーハッハッハッハッハッハ!!
「……貴方……何者なんですか?」
「んー? 見りゃ分かるだろ、ただの酔っ払いだよ」
「大体どうやって入ったんです? それにあいつを空のかなたに吹き飛ばしたりとか……」
「知るか。じゃあな、さっさと帰れよ。それとお前、銃刀法違反してんじゃねーのか? それ」
「……」
「……あ、――さん? ……ええ、はい。結果的には退治できました。……ええ、それを今話します。変な酔った男があいつを空のかなたに……いえ、本当なんです。私自身も信じられませんけど……しかも――さん特製の結界を破ってですよ? ……はい。そちらでもう詳しく説明します」
5
あーあ……くそ。やっと着いたぜぇ……。
俺はようやくアパートに到着した。現在時刻は午前5時半。太陽は既に昇りかけており、朝焼けが俺の住む町を照らし始めていた。くそったれめ、本当に丸一晩かかったぜ。すっかり酔いも冷めちまった。
しかし、妙な目にあったなあ。酔っ払って半ばトリップしてた所為だろうが、気色悪い怪獣のぬいぐるみが何か話しかけてきたり、突然現れた少女に助けられたり、襲ってきた変態野郎を殴りつけたり、銃刀法違反の女に話しかけられたり。なんだったんだよ、ったく……。
そして一応手紙入れを見ておく。売り込みチラシを捨てて、と……ん? 1枚の紙切れがひらりと舞う。俺はそれを拾い上げ字に目を――
「ご入会、まことにありがとうございます。
昨日の未支払い分を期日までにお支払いください」
……え? 色々と書いてある部分をすっ飛ばす。
「計 31万6320円
完全会員制 銀火――F町店
期日 20XX 6/11 まで」
長く、甲高い、悲鳴。それが町の静寂を切り裂いた。
初投稿となります。リペヤーというものです。
意味不明のこのタイトルは「太鼓の達人」というゲームから拝借しました。ストーリーは完全オリジナルですが。




