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幕間 鬼のその上

 愁斗がオオサキ料理亭の店舗前に立てた看板で大きな問題を起こしている頃、ダウンベルト王国ではありえない・・・・・速度で復旧作業が進んでいた。


 現代の地球において大きく重量のある物を運ぶ際はトラックを用いるのが当たり前となった環境であるが、愁斗の召喚されたこの世界では馬車、牛車などを利用したり真っ直ぐな樹を敷いてその上を転がすといった用法をとっている。または強化魔法をかけた人が複数人で担いで運ぶといったこともよく見かける光景である。

 こういったことがあるためか、どうしても運搬そのものに大きな時間と労力を費やさざるを得ないのだ。今回の復旧作業では十万を超える人々の手を借りることが出来ると言っても、それを為すために必要となる物資がなければ意味がない。逆にこの問題を解決できるとすれば、それはこの世界では類を見ないほどの速度で作業が捗ることを意味している。


 そして現在のダウンベルト王国ではこの問題を解決してしまっていた。いや、正確には解決してもらったというべきだろう。

 聯斗と呼ばれる青年の手によって。


 ダウンベルト王国の食料事情は残りの保存食と聯斗が力技で獲ってきた食料、または周辺の町の援助によって賄われている。これだけでもすでに国が聯斗に対して支払える報奨金が一般人では想像できないほどの金額となっているだろう。

 しかしながら聯斗は復興に対しても大きな救いの手を差し伸べていた。

 それが四体の契約魔物の貸出である。どの魔物も冒険者ギルドの記録に存在しないため新種の魔物―――いわゆる特級魔物という分類になったわけだが、それらの魔物が物資の運搬において常識外れの仕事をこなしている。

 その魔物は四体とも人型であり、多くの者はその姿を見て大鬼オーガ彷彿ほうふつさせた。とはいえ決定的に違う点が一つある。それは見る者を圧倒するその巨体である。三十メートルを超すその巨体と、その巨腕から引き出される馬鹿力は人に限界という概念を忘れさせる。大木を片腕で数十本抱えても全く堪えた様子もなくむしろ軽々とした様子で運び出す様を初めて目にした者達は、人間という種族の矮小さをその胸に強く刻まれたことだろう。


 その四体の魔物の種族名は聯斗が命名した・・・・・・・という形で冒険者ギルドに提出し、四腕クアッドアームズ巨人ギガンテス複面テトラフェイシーズ巨猿エイプ鋼鉄銀毛シルバースティール狒狒バブーン巨手之ヒュージマヌス巨鬼タイタンという名前に決定した。

 どの魔物もその巨体と恐ろしい顔のせいで人々の恐怖をその心に植えつけるはずなのだが、聯斗が契約しているという事実がその恐怖を引き起こさせない。それは聯斗を信じているというよりも妄信しているという表現が近い状態にあるからであろう。もちろん他の町からこの王都に援助や仕事探しに来た者達は例外であるが、そういった者達も周囲の人々が気にしていないことや魔物が人のために働いている姿を見続けていれば、近寄ることはできないとしても視界に入る程度であれば時間をかけずに慣れていく。


 これらの魔物の貢献はこれだけに止まらない。

 本来ダウンベルト王国の王都ヘルナスを囲んでいた外壁が消え失せた今、この王都を魔物の脅威から守ってくれるものは何もないはずだった。

 しかしこの四体が王都の外側にいるだけで、魔物は全く近寄ってこない。これによって防衛に必要な人材を大きく削減できているのはダウンベルト王国の首脳陣にとって青天の霹靂であろう。あれらの魔物が守ってくれていると考えるだけで、今まで王都で暮らしていたときよりも大きな安心感を得ているのは皮肉なことだが、現在心労の絶えない首脳陣にとっては望外の幸運である。

 余談だが、外壁がなくなったため今までよりも更に大きな町とするべく、外壁建設予定地は過去の場所よりも更に城から遠い位置となっていた。具体的には以前直径十キロメートル余りあった王都が、十五キロメートル程まで拡張されるのである。易々と町を拡大できないこの世界では、この機会に拡大するという選択は間違っていなかった。


 では防衛に割かれるはずであった騎士達はというと―――






「え、もう終わり? 冗談でしょ?」


 時は昼過ぎて、太陽が頂点から人々を照らしている頃。

 聯斗の前には地面に倒れて苦痛でうめく者や、立ち上がろうとして失敗する者達で溢れ返っていた。見渡せば立っている者は聯斗以外にいない。


「こんな情けない騎士だから魔物一体に国を滅ぼされかけるんじゃないの? 気概って言葉知ってる?」


 聯斗は一向に立ち上がろうとしない千人近くいる騎士に向かって次々と挑発の言葉を投げかけていく。

 騎士達はそんな聯斗を憎々しい目で睨みつけるも、そんな意志に反して身体は動こうとしない。

 それは当然だ。何故なら昼前には十キロを軽く超える武器防具を身に着けた状態で、外壁建設予定地の上を走り続けていたのだから。

 しかしながらそれだけではない。聯斗はその訓練に制限時間を設けたのだ。具体的には外壁建設予定地一周を四時間以内に走り抜け、と。よりわかりやすくまとめれば、十キロを超す装備を身に着けた状態で五十キロ近い距離を四時間で走破しろ、ということである。

 地球人がこんな訓練をこなそうとしても不可能であることは明らかだが、聯斗は自らもその訓練を行うことで騎士達に不可能だと言わせなかった。

 中には強化魔法を使ってなんとか一周を走り終えた者もいたのだが、聯斗はそんな者に対してそれは爽やかな笑顔を向けてこう言った。

「強化魔法を使ったならもう一周いけるよね?」と。

 実際に限界まで来ていないことを聯斗だけでなく本人もわかっていたのだが、だからといって強化魔法を使えば体力だけでなく魔力も消耗するのだ。二周も走り抜けられるほどの余力はなかった。

 それからは強化魔法を使わずに一周走った方がマシだと考えたのか強化魔法を使う騎士は極端に減ったのだが、中にはこっそりと使おうとする者がいた。しかしどんな手法を用いたのか、聯斗はそのことごとくを見破り、更なる訓練を課した。こうして聯斗が訓練の指揮を任されてすぐに不正を行う者はいなくなったのだった。

 この訓練は時間内に走破できるまで続き、終わらなければ昼休憩が減るだけだ。昼休憩の無くなった者は味気ない栄養食だけで昼食を済ませ、回復魔法を聯斗にかけてもらった後に、午後の訓練を始めなければならなくなるのである。過度な訓練は身体を壊す原因になるものだが、この世界では壊れた身体をすぐに治す手段が存在している。もちろん回復魔法を使用しても筋肥大の阻害になりはしないということは、この世界の誰もが経験上知っていることである。


 午後の訓練は体術の訓練後に剣術の訓練、最後に魔法の訓練という順番である。

 これらは聯斗対全騎士という形でひたすら訓練を行うのだが、毎日午後の体術の訓練を始めて三十分で誰も起き上がれなくなってしまい、ここで再び休憩をとることになってしまうだ。


「何度も言ってるけど、こんなんじゃ君たちの目指す場所にはいつまで経ってもたどり着けないよ。体力がない? そんなの一番最初に解決すべき問題でしょ。身体的不調は回復魔法で治っているはずなんだから、動けないのは体力的問題と精神的問題だけ」


 聯斗は嘲りの視線を周囲に向ける。


「結局その体たらくは今までの訓練が甘かったからにすぎないんだよ。今まで人並み以上の努力をそれなりにこなしてきたのかもしれないけど、それだけで強くなった気でいるのなら君たちに先はない。騎士の場合は努力しようと結果が伴わなきゃ意味がない、先に待ってるのは『死』だけの職業なんだから」


 騎士達の手に力が籠る。そこに宿るのが怒りの感情であるのは誰の目にも明白であった。


「君たちが目指す先は種族的に人族を超えたところにいる上級魔物から国を守れるようになることなんでしょ? ならまずは自分の限界を超えなければならないよ。自分の限界を超えられない人が種族的限界を超えるなんて不可能もいいところだ」


 ここまで聯斗に言われたら流石に我慢できないのか、痛みを堪えながら懸命に立ち上がろうとする騎士達。

 それを見た聯斗は僅かな間どこか眩しそうに騎士達を見つめる。そしてその視線を自らの両手に移し、手を閉じたり開いたりしながら一瞬悲しげな表情に変化した。

 その一連の動作に気付いていた騎士は残念ながら一人もいなかったが、それに気付いたとしてもそのことについて尋ねることができるほどの余裕が騎士達にはなかったであろう。


 気持ちを切り替えたのか、再度体術の構えをとった聯斗は先ほどと同じように騎士達を挑発もとい鼓舞する。


「特級魔物を単独で打ち破ることのできる人と訓練できるのはこの大陸にある国々の中でもここだけか、もしくは一部だけだと思う。君たちはそういう意味で今絶好のチャンスを掴んでいるわけだ。俺がいつまでこの国にいるのかはまだ決めてないし、いつまで君たちの訓練の相手をしてあげられるかわからないけど、今この瞬間の努力を怠ることは未来において大きな損失であることは変わらない」


 ようやく起き上ってきた騎士たちに対し、聯斗は手を抜くことなく打ち倒していく。


 今後この訓練を乗り越えていった騎士達が彼ら自身でさえ驚くほどの変化を遂げていることに気付くのは、聯斗がいる限りはまだまだ先の話になるだろう。越えられない壁に直面し、心折れることなくそれに愚直にも挑み続けることで得られる力は、自覚することが難しいものの確実で強大なものだ。

 慢心を防ぐという意味ではそれに自覚できないことはむしろプラスに働いていることに違いなかった。









 そんな町の外の訓練光景を遠くから見つめる者が一人いた。


「あいつは間違いなくこの国を乗っ取ろうとしている……! 私があの男をこの国から追い出してご覧に入れます、陛下………」


 それはクリューガーという名の近衛騎士の姿だった。

 その表情はまるで長年の恨みが凝り固まったかのようなおどろおどろしいもので、普段の彼を知る者からすれば別人のように見えたであろう。

 そんな彼の呟きは誰の耳に届くこともなく、虚空へと静かに消えていった。

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