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オオサキ料理亭4

更新遅れてしまい申し訳ありません。

更新を催促する感想はとても嬉しいのですが、すぐに更新できなかった場合の罪悪感が大きいです………

もちろんこれからも何かあれば感想欄にてお待ちしています!

 店で暴れ始めた青年商人の護衛を驚くべき妙技と演技で倒した愁斗は、それを見物していた客に大仰に礼をしてみせる。

 それを見ていた観客達は一人の例外もなく愁斗に拍手を送る。


「騒がしてしまってすみません、どうぞこのまま食事を続けてください。自分は今からこの三人を騎士詰所に置いてくるので」


 もはや青年商人やその護衛を人として扱っていないかのような発言にところどころから苦笑が漏れる。

 しかしその苦笑の対象である青年商人はといえば、何がおかしいのか壊れたように不気味に笑い始める。


「………ふ、ふふふふ……あははは! 僕を捕まえるのはやめた方がいいって言ったのに! みんなどうせ死ぬことになるんだからさぁ!」


 小刻みに震え始め、その眼に溜まる僅かながらの滴を見て取って、弛緩していたこの場の雰囲気に急に緊張感が満ち始める。狂気さながらの青年商人のその様子は場の空気を一変させるのに十分すぎるものだった。

 そんな中でも愁斗の冷静さは少しも失われておらず、泰然とした態度で青年商人に問いかける。


「言ってることが支離滅裂でよくわからないんだけど、いったいどういうことかな?」

「そんなこと言わなくてもわかるでしょう……僕はあの最恐最悪にして最大の裏組織『メリグレブ』に所属しているんだ!」


 周囲の空気が凍り付く中で、愁斗の心は周囲とは逆に冷静さをより深めていく。


「……だからどうしたの? たとえそうだったとしても君の浅はかな行動を鑑みるに、まだまだ下っ端の下っ端といったところだろう。そんな人間のやらかした小さな問題にわざわざ行動を起こすとは思えないけどね」

「ぶ、部外者に何がわかるっていうんだっ!」


 実は部外者などとは呼べない程度に『メリグレブ』と関わりのある愁斗とフェルネであるが、そんなことをこの場で公表しようものなら周囲の人々だけでなく世界中から非難されることは容易に想像できるため、そのことには触れずに話を進めていく。


「別に俺の考えを理解してもらいたいとは思わないけど、たかだか『メリグレブ』に所属しているというだけでは俺に対する脅しにはならないと教えておくよ」

「後悔することになるぞ……!」

「下っ端に相応しいご忠告ありがとう。まぁ以前あなたを逃がした時点で既に後悔しているけどね。それじゃとっとと騎士に引き渡しにいきますか」


 青年商人までの距離を一瞬で縮めた愁斗は、そのまま鳩尾に掌底を叩きこむ。身体中に響き渡った衝撃に耐えきれず、青年商人はその場で倒れ込んだ。


 これで一応の事態収拾を終えたわけだが、『メリグレブ』の名が出てしまったからか周囲の雰囲気は僅かながらに暗いままだ。

 愁斗には悪意を退けるだけの力がありそれに失敗したことがないため、周囲の人々の『メリグレブ』に対する認識と多少の誤差があることは愁斗自身理解していた。しかしそれと同時に、愁斗は他者の記憶や感情を読むことで『メリグレブ』に対する正しい認識もまた以前獲得していたのだ。

 要するに、愁斗の知る『メリグレブ』は既に退けたことがある組織であり、どうにもならない敵ではないという認識であるが、それを他者に伝えたところで受け入れられないだろうことも正確に知っているのである。

 巨大すぎる組織というものは少なからず情報が漏洩し、拠点の一つや二つ発覚しても仕方がないだろう。しかし『メリグレブ』においては未だに一つの拠点も発覚していないのだ。これがいかに異常なことなのか推して知るべしである。


 この事態の所為でおそらくオオサキ料理亭の来客数は今後減ってしまうだろう。『メリグレブ』とやりあった、『メリグレブ』を敵に回したとなれば、この店との関わりを絶とうとするのは当然ともいえる。それは日本に住んでいた頃の愁斗であっても例外ではない。

 しかし愁斗は今回のそれを許容する気はなかった。

 もともと利益を上げたいとも来客数を増やしたいとも考えていない愁斗ではあるが、それはオオサキ料理亭にマイナスイメージがない状態での話である。もっとわかりやすく表現するのならば、利益を上げようと思っても上げられないことと、利益を上げられるのに上げないことは全くの別物であるのと同じく、自分で利益を減らすことと、他者に利益を減らされることは別の話だ。

 今回の件はまさしく意図せぬ減益なのだ。愁斗はそれを受け入れるつもりはなかった。


「申し訳ないのですが今からこの三人を騎士詰所まで連行して行くので、私が戻ってくるまでお待ちいただけますか。もちろん今日のお詫びとして代金はお支払いしていただかなくても結構ですので」


 その愁斗の言葉に少しばかり顔色が戻った平民の客がいたが、それでも大半の人の顔色は優れない。

 もとよりそれほど今回の件を気にしていないのは、愁斗の実力を知る貴族たちだけである。ある程度抗う力を持っているということもあるし、山ほどもある特級魔物を消し炭すら残さずに滅却した愁斗の力があれば『メリグレブ』といえど恐怖に値しないと自分に言い聞かせていることも大きいだろう。


「グレゴリオ伯爵、今回の件はとても助かりました。後日来店していただいた暁にはどの料理も無料で提供させていただきたいと思います」


 愁斗がそう言って深く頭を下げると、グレゴリオ伯爵はそんな愁斗を眺めてニヤリと笑う。


「それはとても嬉しい限りだが、一人の晩餐というものは寂しいものだとは思わないかね?」

「………あぁ、なるほど。もちろん構いませんよ、何人かお連れしていただいても」

「そうか、それは良かった。ここの食事は言葉で表現するには難しいものがあってな、この味を是非とも友

人たちと共有したいと思っていたのだよ」


 こんな機会でもなければ友人を誘って食事などできないだろう。この店の大きな欠点はその価格にあるのだから。しかし愁斗自身はそのことを欠点とは考えていないため、価格問題が改善されることはないと愁斗とフェルネだけが知っていた。




 愁斗がロープで三人の手首を縛って騎士詰所まで連れて行った後、戻って来てから閉店までの時間はいつもと違って短かった。

 既にこの店で起きた出来事は店を出て周囲に伝わり始め、客足が遠のくという事態は進行していたのだ。

 愁斗はあまり悲壮感の感じさせないため息を吐きながらフェルネに話しかける。


「はぁ、面倒なことになっちゃったね。これからの方針はどうすればいいと思う?」

「気にせず今まで通り続けていけばいいと思うが」

「でも『メリグレブ』に挑発的な発言をしたわけだし、それが原因で客足が遠のいてしまうのは避けられないんじゃないかな?」

「私達の懐は十分すぎるほどに豊かになったと思うぞ。客足が遠いても何も問題がないだろう」

「それは確かにそうだけど…」


 愁斗が気にしているのは利益などの問題ではなく、他者に損害を与えられたことによる不快感である。元より金銭目当てで始めた事業ではない。この出来事で今後の収益が見込めなくなったとしても、愁斗、フェルネ、レイナ、アイナの四人が残りの人生を豪遊で過ごして尚有り余る程度には資産が蓄えられている。

 愁斗がその不快感を抑えることができるのなら、今後の行動方針を変える必要はないのだ。


「『メリグレブ』の下っ端のせいで損害を被ったっていうのはなんか癪に障らない? 負けたみたいで気分が悪い」

「それには同感だ。しかしこの出来事は客が減るいい機会だと思うぞ。わざわざ客を増やすような真似はするべきではないだろう」

「……どういうこと?」


 客が減ることのどこにメリットがあるのか愁斗には理解できなかった。


「愁斗はあまり働きたくないと言っていたが、現状は働きすぎだと思うぞ。一人だけで同時に十品を超える料理を作るのは、側から見ていれば忙しそうに見える」


 満席の状態であろうと厨房一人、ホール一人という状況は変わらない。どんなに忙しくても料理は一人で作る以外に方法はなく、どんなに忙しくても接客は一人でこなさなければならないのだ。

 フェルネはそんな愁斗が僅かの休みもなく働き続けている姿を見て心配しているというわけである。


 厨房で料理を作る仕事というものは仕込みがものを言う。例えば、サラダを提供するにしても事前に切り分けておけば盛り付けるだけで済むし、タレやスープなどを予め作っておけば後は提供するだけで済む。

 しかしこの世界の仕込みはとても難しいものなのだ。来客のピーク時に、その数をその日の天候や周辺でのイベントの有無、または平日と休日(この世界の休日は職種によって異なる)などを鑑みて仕込みの量を変更しなければならないものだが、冷蔵庫がないこの世界では基本的に作られた料理はその日だけで消化しなければならない。

 愁斗の場合は余りを出してしまってもそれを消費してくれる仲間が大勢いるので、残すことにそれほどの躊躇いはないはずだが、それとは違う個人的な理由で仕込みをほとんどしないのだ。


「俺は別に疲れを感じたりしないし、忙しいと思ってはいないけど…………フェルネは忙しいのかな?」


 同時に複数のフライパンや鍋、包丁を使って材料を捌くことは、忙しいを通り越して異常だ。愁斗にはそれをこなせる体力と、同時に複数の物事を処理できる頭脳があるために問題なくできているが、もし同職のプロがオオサキ料理亭で同じことを求められたら発狂しても仕方がないだろう。何せ最大で五十人分の料理を作らなければならなくなるのだから。

 それでいてあまり客を待たせることはなく、実際にクレームが一件もないことを考えれば愁斗の異常性が理解できるというものである。

 ちなみに開店当初に比べればそのメニュー数は十数倍に増えているため、似たようなものだけを作っているわけではない。特に最初は肉料理だけを提供していたオオサキ料理亭だが、最近は良心的(?)な値段の前菜メニューも増えてきた。もちろん使われる素材が滅多に市場に出回らないような高級食材だけであるため、最も安いメニューですら銀貨で支払えるものはない。


「私は何も問題はない。だが愁斗はあまり働きたくはないのだろう?」

「俺は長時間働くのが嫌なんだよ。かなり忙しいけど短時間で終わる仕事と、あまり忙しくないけど長時間かかる仕事なら俺は前者を選ぶ、って感じかな。疲れないから忙しくないってわけじゃないけど、肉体的に問題ないから現状に文句はないかな」

「なるほど、ある程度は理解した。ならば客を増やす策を練るのか?」

「うーん、どうしようかねぇ」


 煮え切らない愁斗の態度を前にしてもフェルネに怒りを覚えた様子はない。

 その原因は言うまでもないのだが。


「客を増やすことは望まないけど、『メリグレブ』に屈したと思われるのも受け入れられない。とすれば………」


 愁斗がいろいろな策を検討しているとき、フェルネが物騒なことを言い出した。


「ならば公式に『メリグレブ』を挑発するというのはどうだろうか?」

「………あぁ、何となくフェルネの考えがわかった気がする」


 しかしその意味を容易に理解できてしまった愁斗もまた物騒な思考の持ち主だと言わざるを得ないだろう。




 ちなみにその日の就寝前に、


 一つ、付けによる清算は公的身分の明らかな者が二度目以降の来店時に可能なものとする


 という一文が加えられたのは言うまでもない。

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