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オオサキ料理亭2

 愁斗がオオサキ料理亭を開店してから三週間が経過した頃。

 オオサキ料理亭は収入が支出を遥かに上回る状態をキープし続けていた。とはいえ、もともと支出などあってないようなものなので、単価の高い料理しか提供していないこのお店では、支出が収入を上回ることの方がむしろ難しいわけであるが。

 

 最初は昼前から開店をしていたこの店も今では夕刻からの開店へと変更し、愁斗とフェルネの自由時間が増えている。もともとは働きたくないからこそ、客が来なくても店を開いておけば働いていることになる、という愁斗の持論をもとに始まった料理亭であるため、いかに働かないかのアイデアを生み出すのは愁斗にとっては最優先事項ともいえるのだ。もちろんそれだけの理由で開店時間が短くなったわけではなく、昼間はほとんど客が足を運ばないことも、愁斗がこれに踏み出した理由の一つと言えよう。


 客層は愁斗の想像通りで、現状では大商人や貴族と一時の贅沢をしにきた平民が釣り合っている状態である。これも時間が経てば平民の割合が減っていくであろうことは、誰の目にも明らかである。逆に貴族に関してはこれからも増えるだろうと愁斗は予想していた。この世界の金持ちは娯楽に消費する金額が大きすぎるのだ。さらにその娯楽に関する情報網も平民には想像の埒外なところにあるといっていい。


 ところで平民と貴族が同じ場所で食事をするなどという前代未聞の試みに対し、当然文句を言ってくる貴族がいないわけがない。ユークリウス王国の政治に関わる大貴族などの首脳部の多くは、愁斗が拉致される前の召喚時に愁斗の顔を記憶しているが、全ての貴族が愁斗の顔を知っているわけではない。平民と同じところで食を口にしたくないなどと言ってくる者も後を絶たないのだ。

 しかし愁斗がそれに怖気づいてしまうはずなどなく、毅然とした態度で「それが受け入れられないなら帰ってもらって結構」と口にすることで、多くの者は脅し文句ともとれる置き土産を残して立ち去って行く。どれほど酷い悪評を立てられようが店の痛手になりはしないため、まったくといっていいほど愁斗は気にしなかった。

 通常の店で客足が遠のくことは経営破綻の最も大きな原因となろうが、愁斗にとって客が減ることはむしろ楽ができると喜ぶべきことなのだ。それに密かに自分の料理に対する自信もあったため、どんなに悪評を立てられようと来る者は来ると考えていた。実際、愁斗の正体を知っていた大貴族はそんな悪評がデマであると看破し、幾度も足を運んだというのは当然と言えるだろう。


 問題はこれだけに止まらない。

 オオサキ料理亭に初めてくる客の大半はこう考えている。

 「本当に高級肉を使った料理なのだろうか」と。

 実際にそれを尋ねてくるものは少なからず存在し、愁斗はこれに対して自信満々にこう答える。

 「食べてみてその金額に見合わない、高級肉を使っているというのは嘘だ、と思ったならお代はいらない。その代わりにこれ以降の入店を禁止する」と。

 これを聞いた者は面白いと感じただろうが、それも長くは続かなかった。

 根拠のない確信に基づいて質問をしている者の中には、どうせ高級肉であるはずがないと思い込み、最も高額な料理を頼んでしまうのだ。すなわち一食分で白金貨一枚という法外な値段の料理である。そしてそれを食した後に多大な後悔が押し寄せてくる。想像したこともないような味に全身で打ち震え、再び食べたいと心の奥底から願ってしまうが、一食分に白金貨一枚も使ってしまえば再び来ることが出来るようになるまで長い年月を要し、お金を払わなければ二度とこの店に来ることが出来なくなってしまうのである。

 この情報もすぐに王都中を駆け巡り、同じような失態を繰り返すような人は減ったのだが、既にオオサキ料理亭に足を運ぶことが禁じられた者達は自業自得という他ないだろう。


 しかし愁斗にとってこれらの出来事は正直どうでもいいと言って差し支えないものでしかなかったが、逆にどうでもいいと流せない問題も発生していた。

 言うまでもなくフェルネに関する問題である。

 オオサキ料理亭でも愁斗とフェルネが暇を見つけて収集した酒類を多数提供しているが、それを飲んで酔った壮年の男性がフェルネに対して痴漢紛いの行動をとった瞬間、フェルネが即座に腕をへし折って店から放り出したのである。今までも街の路上で似たようなことは何度かあったのだが、その時は自業自得だと放置していた愁斗も、自身の店でそれを放置すれば問題となってしまう。しかし心情的にはフェルネに謝罪を促したくはないため、折られた腕を元に戻して何事もなかったかのように店を続けているわけである。

 傾国の美女と呼ばれてもおかしくはない美貌を誇るフェルネに手を出そうとする輩は多く、愁斗も常に目を光らせているのだが、如何せん距離と仕事があるためかどうしても反応が遅れてしまう。


 よってこの店でのルールを設け、それを文章化した板を人目につく壁に大々的に設置したのだ。


 一つ、この店内では身分を問わず食事できるものとする

 一つ、この店で扱っている食材の購入や情報に関する商談を禁止する

 一つ、この店内では従業員に対する暴力行為またはわいせつ行為をした者への反撃を許可するものとする

 一つ、


 二つ目のルールは商人などに向けたルールである。初めてこの店を訪れた商人に多い問題で、この店で扱っている食材を買い取らせてほしいと交渉してくるのである。しかし問題はそれだけではなく、この店の従業員が二人しかいないことを悟った者達が、どのように上級魔物の肉の仕入れを行っているのか、仕入れ先はどこなのかなどの探りを入れてくるのだ。最初は丁寧に受け答えを行っていた―――もちろん答えることなどできないと伝えていた―――のだが、それがあまりにしつこかったために、わざわざ目につく場所に示す必要があったのである。


 三つ目のルールはこの世界では当然と言える暗黙のルールではあるが、それをあえて文章化することによって相手に有無を言わせないという効果がある。どちらにせよフェルネに手を出すことがどれだけ愚かな行為なのかは、いずれ噂として街中に広まっていくだろう。その類稀なる美貌ゆえにフェルネは有名人であるのだから、その情報が回るのも速いだろう。


 そしてそれらのルールを記した板の下にあえて空欄を作っておくことによって、問題があればさらにルールを増やすと暗に示しているのだ。

 これだけで安心できるわけではないが、このユークリウス王国で多くの問題をどうにでもできるのが愁斗とフェルネである。貴族にちょっかいをかけられれば、その相手の弱みを見つけ出して脅し返せばいいし、武力行使されれば返り討ちにすればいい。どの道、愁斗をこの王都から放り出すことは王が許さないであろうから。





 そして現在、ルールに記載すべき新たな問題が発生しているところである。

 オオサキ料理亭の客層の半分を占めるのは貴族や大商人であるわけだが、中には付けなどといってその場でお金を払わない客もいないわけではない。この世界の上流階級で付けは一般的であるし、それが上流階級の者が有する一つのポテンシャルでもある。もちろん金額も大きいため後日払いに来るという話を信じて待つということも重要になってくるであろう。

 では周りの者にほとんど認知されていない程度の商人を名乗る者だったらどうだろうか。


「だから後日お金は払いにくるからさぁ、今日は付けといてもらえるかな?」

「許可できない」


 まだ青年と呼んで差し支えない容姿の男は、少しばかり痩せているためかあまり覇気のない声でフェルネに付けを言い渡す。その言い方はどちらかというと、命令に近いニュアンスが含まれているように周囲には聞こえていた。

 彼の背後には護衛として体格の良い二人の男が控えており、若干フェルネを威圧している。もちろんフェルネは全く意に介していない。


「いいじゃないか、私が大成した暁にはこの店をより大きくすると約束しよう!」

「そんな必要はない、さっさと金を払え」


 そんなフェルネと青年商人のやり取りを見ていた貴族の一人が、立ち上がって二人の下へと歩み寄ってくる。その貴族はオブラートに包んで尚、太っていると表現するしかない体格をしていた。頭の髪も薄くあまり健康的には見えないが、その堂々とした歩き様には威厳のようなものが備わっていた。


「おい小僧、ここはお前みたいな下賤の輩が喚きたてていいような場所ではない。目障りだ、その姦しい口をさっさと閉じろ」


 ここは貴族も平民も平等に食事のできる場所として売り出しているが、この状況下ではさすがに青年商人を擁護する声は上がらなかった。

 しかし貴族に注意されたその青年はその言葉に臆することなく、薄ら笑いを浮かべながら貴族に言い返す。


「これでも僕は国に認められた回復薬専門の商人だよ。そんな口を僕に利こうものなら、回復薬を作成している仲間を連れて他の国に移っちゃおうかな」


 回復薬を薬草から作成できる者は少ないため、回復薬を販売できる商人も数が限られてくるのだ。この許可証は回復薬の詐欺を防止するだけでなく、回復薬作成者に無理な作成を行わせようとする商人を減らす意味合いもある。もちろん他の国に奪われないように、いくつかの特権などもこの許可証に含まれている。

 そんな理由もあり作成者と販売者は親密な関係である場合が多い。


「ふん、面白いことをほざく小僧だ。ならば国からもらった許可証を見せてみろ」

「これのことでしょう?」


 そう言って懐から羊皮紙を取り出して、眼前の貴族に手渡す。

 その貴族は結ばれていた紐を解き、中に書かれている文章や回復薬販売の許可証について取り仕切っている侯爵家の紋様、この青年のものであることを示すだろう氏名を見て、少なくともこの青年商人が本物の回復薬専門の商人であること理解する。


「どうやら本物の商人のようだな。だが貴様の名を私は聞いたことがないんだがな」

「最近商人になったばかりだし、そもそもあなたは全ての回復薬専門の商人の名前を暗記しているわけじゃないでしょうに」

「…………ならさっさと金を払えばいいのだ。わざわざ私の食事を邪魔しおって」


 この青年商人に関する(いさか)いが予想より長く続いたからか、そこへ自作エプロンを身に着けた愁斗が厨房から出てきたのだった。

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