姉妹の修行
「そちらに行きましたよ!」
「わかってるって、お姉ちゃん」
愁斗がオオサキ料理亭の運営を始めてから数日後のこと。
晴れて奴隷という身分から解放されて、冒険者という職業の修行に臨むこととなったレイナとアイナは、現在森の中で複数の魔物に囲まれていた。
愁斗と出会う前の二人ならば絶命は逃れられないような状態であったが、今の二人は特に気負った様子もなく、冷静に対処することができていた。
「『リーインフォース』!」
強化魔法を使用したアイナは、三メートルはあろうかという猿型魔物の拳を自らの拳をもって迎撃する。アイナの二倍はあるその巨体が大きくのけ反った様子を、間近で見ていたレイナは若干呆れた表情でため息をつく。
「まったく………女の子らしくはありませんね。もう少し女の子らしく倒せないのですか?」
「お姉ちゃんこそ、そんなことにこだわって傷でも負ったりしたら、愁斗さんに嫌われちゃうんだからね!」
「そ、それは関係ないでしょう! ―――――――『アイスアロー』!」
氷を生み出す魔法は水魔法に属するが、魔力操作が難しいだけでなく多くの魔力が必要となるため、水属性保持者の多くは使うことが出来ない。そんな魔法を瞬時に使用できている時点で、すでに上級冒険者に相応しい力量を保有していると考えていいだろう。
レイナが放った氷の矢は、襲い掛かって来ていた魔物の眉間に狙い違わず命中する。それを受けた魔物は大きな地響きを轟かせながら倒れ伏した。
それを確認したレイナは満足げな顔で頷くと、即座に次の魔物へと狙いを定める。
そして数分後には、二人の周りにあるのは魔物の死骸だけとなっていた。
レイナが出した水でアイナが汚れた手を洗っていると、四人の人間が近づいてきた。その四人は全員が三十代前半くらいの容姿をし、好感のもてる笑顔で歩み寄ってくる。
「その年で素晴らしい戦闘能力だ。とても少し前まで七級だったとは思えないな」
声をかけたのはこの四人のリーダーで、この四人の中では最も背が高く、肩幅も広いためか巌を想像させる容姿だ。髪は丸刈りにされており、厳格さを滲ませているためか、笑顔ではあるが怖いと感じてしまう人がいてもおかしくない。
「まぁまぁデリック、そんなことどうでもいいじゃん? レイナちゃんもアイナちゃんも若干引いちゃってるみたいだしさ、そんな顔はやめとこうぜ」
リーダーをデリックと呼んだ軽薄そうな男は、そう口にしながらデリックの肩に手を置く。当のデリックはと言えば、そんな軽薄そうな男―――――ショーンの手を鬱陶しげに払う。
そんな光景を眺めていた四人組の中の最後の男は、苦笑いしながら二人を窘める。
「確かにデリックの顔は怖いけど、しかめっ面よりも笑ってるほうがいいと僕は思うなぁ」
物腰の柔らかそうな雰囲気を醸し出しているその男―――――ライヤは、この四人の中で唯一魔法を主とした戦闘を行うためか、魔法を使うものによくみられるローブを身に纏っている。そのためか、優しげな雰囲気と相まって弱弱しく見えてしまっている。
「よくよく考えてみればどっちの表情でも怖いものは怖いな。いっそ仮面でもつけていれば少しは女の子が寄ってくるかもよ?」
「勘弁してよ、そんな不気味な男と一緒に行動なんて御免だわ。それより早く帰ってお風呂に入りたいんだけど」
ショーンの発言に真っ先に反対の意見を述べたのは、この四人組の中で唯一の女性であるメルリウスだ。この世界では一般的な赤毛の髪をポニーテールにまとめ、引き締まった身体に多少残念な胸部、そして特徴的なつり目をめんどくさそうに細めているところが印象的である。
「そんなに風呂が好きなら俺が身体を洗ってあげよう!」
「殺すわ」
ショーンの冗談を冗談として受け取らなかったのか、メルリウスは背にくくりつけてあった大剣を平然と抜き放ち、それを大きく振りかぶった。
つり目の女性が大剣を振りかぶって相手を睨みつけている様子は、傍から見ても恐怖を誘う。
「おまっ、じょ、冗談に決まってるじゃん!? 普通に考えればわか―――――って、おいいいぃぃぃ!」
躊躇なく大剣を振り下ろしたメルリウスから大きく距離をとることで、なんとか生き延びることができたショーンであったが、先ほどの振り下ろしがおふざけでも何でもなかったことを悟ったことにより、今の一瞬で全身が汗でびっしょりになっていた。
それを見ていたレイナとアイナも絶句した状態で立ち尽くしていた。
そんな二人に対してデリックはすぐにフォローを入れる。
「いつもことだ、気にする必要はない」
「今のは本気に見えましたよ………?」
「私にもそう見えた……普通の人だったら間違いなく死んでたよ」
自分だったら避けられただろうかと考えながらも、そんなやりとりができるほどこの四人の腕が立つということを再認識し、二人は改めて自分達の幸運に感謝していた。
愁斗と行動を別にした次の日、朝食をとっていたレイナ達のもとへと近づいてきた四人組は、自分達を最近四級になったばかりの冒険者パーティー『天命の使徒』だと名乗り、自分達のパーティーに入らないかと勧誘してきたのだ。
いきなりのことで唖然としていたレイナ達だったが、唐突にすぎるということで、一度互いの実力を見せあってパーティーを組むかどうかを検討することになり、実際に魔物討伐の依頼を受けて互いの実力を確認した六人は、その後パーティーを組みこととなった。
もちろんレイナ達は三級冒険者になるに相応しい実力を身に着けたら、パーティーを抜けるつもりであると前もって伝えており、『天命の使徒』のメンバーはそれを受け入れてパーティーを組むこととなったのだ。
『天命の使徒』メンバーの個々の力はレイナ達とほぼ同等であったが、四人であることと近接戦闘を得意とする者が三人もいることで、魔法を使用した戦闘を主とするレイナ達にはない安定感を発揮していた。二人の剣術は初心者に比べれば強いと言える程度の強さを有しているが、実戦で格上の相手に使えるほどではないのだ。
さらに冒険のほとんどを愁斗やフェルネに依存していた二人とは違い、実力で四級まで上がってきた四人の冒険のノウハウなどは、レイナ達が最も欲していたものでもあったので、二人はパーティーを組むことを決意したのだった。愁斗にも冒険のノウハウはあったのだが、魔法でできることが多かったためか、普通の冒険者とは少し、いや大幅にズレてしまっていた。
レイナ達が加入することで六人のパーティーとなった『天命の使徒』は、現在マーラッハ公国で冒険者稼業に励んでいた。この国に来た理由はといえば、愁斗達が以前保有していた馬車と馬がこの国のモルネイアという町の宿で預かってもらっていたため、それの受け取りに行くついでにこの国で依頼を探すこととなったのだ。
マーラッハ公国は多くの上級魔物が跋扈する危険な森林がユークリウス王国よりも多く、人の立ち入れない場所が広い。よって適度に腕の立つ冒険者はこの国に多く存在しているため、冒険者としての修業を積むには最適な場所なのである。
先ほどの戦闘はマーラッハ公国の首都であるアンスマイヤに向かっている途中であり、夕食を探して森の奥に入って行ったところ、予想以上にいろいろな魔物が釣れてしまったという状態であった。
「もうそろそろ日も暮れそうだ。今日はここで野宿をするとしようか」
「わかりました。では今日の夕食は私達が作りますね」
「了解した、我々は寝床を用意するとしよう」
既に何度も行われてきたやりとりをした後に夕食をとったレイナ達は、近くの川に向かうとデリックに告げ、マジックポーチを持って歩き去っていく。
そんなレイナ達の後ろ姿を最後まで見送ったデリックは仲間の下へと向かう。
「俺達はあの姉妹が戻って来てから川に向かうとしようか」
「レイナちゃん達が向かったなら私も向かおうかしら」
「そうしてくれ、二人からできるだけ目を離したくないからな」
「そうね」
メルリウスがタオル一枚持ってレイナ達の後を追うと、デリックはそのままショーンとライヤに向きなおる。ショーンは樹に背を預けてナイフを片手に爪を削り、ライヤは姿勢を正して本を読んでいた。
「おいショーン、何度も言っているが爪は爪切りで切ったほうが楽だ」
「俺にはこっちのほうが慣れてるんだよ。いちいちそんなこと気にすんなって」
「仕上がりは爪切りのほうが綺麗になるんだぞ?」
「そんな強面の顔でそんなこと言うと気持ち悪いってば」
「まったく………ライヤも何か言ってやってくれ」
「ははは……僕を巻き込まないでほしいな………」
ライヤは一瞬だけ苦笑いを浮かべて本から顔を上げたが、すぐに読書に戻る。
そんなライヤの姿を見たショーンはにやりと笑うとデリックをからかいだす。
「はっ、どうやらあんたの仲間はここにはいないようだな! そんな女々しいもんを使ってるやつのほうが俺には理解しかねるね」
「そうは言うが、メルリウスもライヤも爪切りを使っているぞ」
「なっ!? ライヤも使ってたのかよ!」
「まぁ便利ではあるし、ナイフほど時間がかからないからなぁ」
「それでも男か、裏切り者!! 男なら爪を切るときでさえナイフ操作の向上を目指していくもんだ!」
ショーンが独自の爪切り理論を展開していると、不意に僅かな殺気が三人目掛けて飛んでくる。それにいち早く行動に移したのはナイフを手に持っていたショーンだった。
最小限の動きで投擲されたナイフは狙い違わず対象に突き刺さる。ショーンはめんどくさそうにそれに歩みより、すでに絶命していたそれをつまみ上げた。
「ただの雑魚魔物だったよ。まったくもう少し相手を選べっての」
「逆に俺達を警戒するようでは任務に支障がでる程度に腕が鈍っているということだ。雑魚に狙われるようでなければならない」
「まぁ確かにそうだよな、あの訓練が無駄ではなかったと思いたいしね」
そう言って魔物からナイフを引き抜いたショーンの表情は、月光を反射するナイフに付着した魔物の体液の所為もあってか、不気味に見えた。