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家の改良2

 人を集めながら王都の外門目指して進んでいくと、外門の外側に辿り着いたときには百人を少し超えていた。その中の多くの人は自分が雇ってもらえるか不安に思っているのか、あまり表情が良くない。

 それを察した愁斗が大きな声で発言する。


「ここにいる方々は全員雇うつもりですので、今から俺の前に並んでください」


 指示に従って一列に並んで行く男達。中には数人だけ女性も混じっていたが愁斗は気にしない。

 愁斗の前に来た人から名前を聞いて、一人一人に番号を振っていく。愁斗はそれを紙に書き留めていき、同時に顔も覚えていく。

 全ての人に番号を割り振り終わったところで再度大声で仕事内容を説明する。


「さて、今からみなさんには近くの森に入って樹を掘り起こし、傷つけないように俺の家まで運んでもらいます」


 それを聞いていた人達から僅かな困惑が漏れて愁斗に伝わってくる。腕自慢の者達でも街の外にほとんど出ないからか、魔物というものを怖がっているのだ。

 しかしもちろん愁斗はそれを予想済みであった。


「俺はかなり魔法が得意です。これを見てください」


 愁斗は無詠唱で火魔法を行使する。

 すると生み出された大きな炎は百個近くに別れ、そのまま三十センチほどの猫を形どる。

 それを見ていた人々は驚いた表情を浮かべていたが、その中でも魔法の知識が深い者は今の非常識な魔法の凄さが理解できてしまい、絶句したまま動かなくなってしまった。


「この子達は自ら敵に突っ込んで行って自爆します。なかなか威力があるので絶対にみんなを守り切りますよ。この仕事中の怪我は全て俺が治すので、何かあれば言ってください」


 愁斗の言葉を聞いていた人達はようやく安心したのか、表情から不安が消え去った。


「基本的に報酬は一人金貨一枚ですが、相応の働きをした者にはそれなりに報酬を上乗せしますよ。みなさん頑張ってください」


 愁斗はそこで話を終えるとそのまま歩き出す。

 雇われた者達はそのまま愁斗に続いて森の中に入って行った。




 森と言っても街から少し離れれば大抵は森である。

 そこから目的の大きさの樹を掘り起こせば、後は運ぶだけというなんとも単純で簡単な仕事だ。

 しかし愁斗はその「掘り起こす」という作業を面倒に感じてしまい、土魔法で樹が根を張った周囲の土を柔らかくほぐすと、そのまま力任せに引っこ抜く。魔法が達者だということが知られているからか、樹を地面から引っこ抜くという行為もすんなりと受け入れられていた。

 引っこ抜いた樹は愁斗の周りに待機していた人達に渡していき、そのまま先に街に戻ってもらう。その中で一人だけ、愁斗に最初に話しかけた男だけが一人で一本の樹を運ぶことが出来ていた。

 十三本の樹を雇った人達に、二本の樹を愁斗自身が両肩に乗せて運んでいく。

 家までの道案内のために愁斗自身が先導すべきだと考え、一番前まで走って行った愁斗を眺めていた人々はもはや苦笑いしか出てこない。


「それじゃあついてきてくださいね」


 そのまま愁斗に先導されて街までたどりつき、一人一人確認を終えて通路を進んで行く。このときこの国の王族が特別に発行した身分証明書を提示したことで、並ばずに中に入れてもらったのは言うまでもない。しかしそれを見ていた雇われた者達がいよいよ何者なのかわからないといった顔をしていたのは、仕方がないことだっただろう。


 周囲の人々は十本以上の樹々を一般人(・・・)が運んでいる光景が興味深いのか、そのままついてくる人までいる始末である。

 そのまま最短ルートである商業街を突っ切って、愁斗の家の前まで辿りつく。


「この樹を植えてくるので少し待っててください」


 二本の樹を持ったまま門を通りぬけ、数分後に戻ってきた愁斗は一番門に近いところにいた人の樹を受け取ると、そのまま番号と名前を答えさせてる。

 そして番号と名前が一致している確認が終わった人から、報酬を受け取って解散である。


「ありがとうございました」

「いやいやこっちこそありがとな! ところでよ、なんでこんなところに家を建てたんだ? こんだけ金があるならもっと静かなところに家を建てられただろうに」


 立派な家にしては立地がおかしいと疑問に思った一人の男が、その理由を愁斗に尋ねる。


「これは確かに俺の家ですけど、同時にお店でもあるんです」

「へぇー、何の店をやるんだ?」

「四級魔物以上の肉を扱った肉料理店ですよ」


 この言葉を聞いたときのどよめきは今日最も大きかった。

 愁斗の魔法が凄いだとか大きな家を持っているだとかそう言った話は、周囲に立っている人々からすれば結局は他人事でしかない。しかし高級肉料理店を開くという話はさすがに聞き逃すことはなかったようだ。四級魔物の肉ならお金を積めば買うことが出来るかもしれないが、それ以上の肉ともなればいくらお金を積んでも手に入れられる類のものではない。何せ市場に出回らないどころか、人の手に渡ることがないのだから。ちなみに王族や高位の貴族が口にする肉の多くは四級魔物の肉である。

 一般的には三級魔物の肉が出回ってきたなどという話の多くは嘘やハッタリであることがほとんどだが、愁斗の先ほどの力を見せられればそれが本当のことのように思えてしまうだろう。その本当の凄さを理解できたものがほんの一握りの人だけであったとしても。


「た、例えばだぞ? 四級魔物の肉を使った料理ならどれくらいの値段なんだ?」


 この話を一部始終聞いていた人達は黙って耳を傾ける。


「うーん…………まだ決めてないんですよ。たぶん……銀貨十枚から五十枚の間くらいですかね?」

「本当か!? それなら俺でも食べられそうだ! ちなみにいつ開店するつもりなんだ?」

「明日からですよ」


 それを聞いていた観衆が一斉に去っていく。

 お金のやりくりをしに戻ったのは誰の目にも明らかだった。


 その後も同じように樹を受け取っては報酬を渡すという作業を繰り返していると、一人の男が愁斗の前に出てくる。大剣を背負って防具を身に付けている、明らかに冒険者風の男だ。


「八十四番、バーガン」


 その男が告げた番号と名前は間違いなく存在し、確かに一致していた。

 しかし愁斗の記憶にある男の顔とは全く違う。


「それで?」


 愁斗はこのバーガンを名乗る男がどういう目的があって前に出てきたのかわかっていたが、敢えて気にしないことにした。


「それで、とはなんだ? 報酬を貰い受けにきたんだが」

「あなたの顔が記憶にないんだけど」

「お前の記憶が悪いだけだろ。早くよこせ」


 まるで自分の行いを悪いと思っていないような発言に、愁斗の顔が若干強ばる。

 すると焦れたその男は愁斗の片腕が樹を持っていることをいいことに、お金を移しておいたポケットに手を出してきた。


 イラっとした愁斗が蹴り飛ばそうとしたとき、雇われていた腕自慢の男達三人が愁斗とその男の間に入ってくる。


「おいおい、仕事してねぇ癖に調子に乗んなよ」

「汗一つかいてないやつが報酬よこせだと? ふざけんな」

「八十四番、バーガンは俺だぞ!!」


 これを聞いていた愁斗は思わず笑ってしまう。

 本人を消してから堂々と来るのではなく、本人が来る前に素早く報酬を受け取ってしまおうという杜撰な計画だったために、笑いを堪えきれなかったのだ。

 周囲に冷たい視線を浴びせられ始めたその男は、大きく舌打ちしてから愁斗を睨みつけると、足早にこの場を去って行った。


「ありがとうございました」

「いやいや、いいってことよ。それじゃあ俺はこれで」


 そう言ってバーガンを除いた二人が帰っていきそうになったので、愁斗は慌ててそれを止める。


「あ、ちょっと待ってください。先ほどのお礼で明日来てくれれば少し安くしときますよ」

「本当か!? そりゃ幸運だな!」

「さっきの自分に感謝だ!」

「お、俺も? なんか悪いなあ、ははは」


 愁斗はバーガンに言ったつもりはなかったが、間に入ってくれたことは事実だったので、それについては何も言うことはなかった。


 そのまま作業を続けて最後の一本になったとき、またしても小さな問題が起きる。

 元々はいなかったはずの十歳前後の少年二人と少女三人が大人に混じって樹を持っていたのである。

 最後の樹を持ち上げている男たちは少し微妙な顔をして、なんと言ったらよいのかわからないといった雰囲気を醸し出していた。


「そ、それがよ、街中に入った時から手伝ってくれてたんだけどよ………もちろん、やめとけって注意したんだが…………」


 子供をフォローする大人は気まずげな表情をしている。それは決して自分の報酬が減ることを危惧しているわけではなく、汗をかいてまで手伝ってくれたにもかかわらず報酬が出ないことを申し訳なく思っている表情であった。

 子供たちの力が大して助けになっていないことを誰もが知っていたが、汗をかくほどに頑張っていたことは明白である。

 そして何より、愁斗はもともと人員を募集しているときからこの子供たちが仕事を受けたそうにしていることも知っていたし、街の中に入ってから手伝いをしてくれていたことも知っていたのだ。


「わかりました」


 愁斗はまず大人たちへの報酬を渡したあと、樹を左腕で持ち上げながら子供たちのもとに歩いていく。 

 その子供たちは見慣れたからかその光景に驚いた様子はなく、むしろ仕事の報酬が受け取れるのか不安に思っている様子であった。


「わざわざありがとう。でも君たちは大人と同じだけの仕事をしたとは言えないから、他の人と同じ報酬は渡せない」


 その言葉を聞いた子供たちの表情はみるみるうちに曇っていく。


「でもしっかりと最後まで仕事を頑張っていたのは知ってるから、その分の報酬はちゃんと渡さないとだめだよね。はい、これがお駄賃ね」


 そう言って愁斗は一人につき一枚ずつ銀貨を渡していく。

 この金額は大人にとっても(はした)金などではなく、子供にとっては大金である。しかし愁斗はその分だけの仕事はしたと評価していた。

 しかし渡してしまった以上、そのことに最後まで考えなければならない。


「すみません。この子達を親御さんのところまで連れていってあげてくれませんか?」

「おう、いいぜ。ちょうど良い臨時収入が入ったところだしな」


 そう言って最後の頼みを聞き入れてくれたのは、子供たちを庇った男である。


「ありがとうございます。明日お店に来ていただければ、少し安くしますので」

「そりゃありがとよ! 一回高級肉を食ってみたかったとこだったんだ」


 豪快に笑いながら子供たちと去って行った男を見送ってから、最後の樹を植え終える。


「ふう……なんか宣伝しちゃってるじゃん…………」


 意図せずいつの間にか宣伝のようなことをする破目はめになってしまい、若干気落ちする愁斗。

 そのまま家の店舗部分へと足を踏み入れると、そこには少し大きめで高そうな四人掛けテーブルと椅子がそれぞれ一つずつ置かれ、そこにフェルネが腰かけていた。


「おつかいありがとう」

「いや。それより私はこのテーブルと椅子が気に入ったんだがどうだろうか?」

「俺もこの二つはいいと思う。これでいこう」


 愁斗はすぐにテーブルを十二個に、椅子を六十個に増やした。余分なテーブルと椅子は控室に置いておけば、大勢の客が来てしまったとしても対処できると考えてのものであった。


「これで何とか準備もできたし、最後は門に看板をつけますか」


 あらかじめ用意してあった看板を二人で門のところに取り付けにいく。


 その門に取り付けられた看板は木の板に焼き印のようなもので『オオサキ料理亭』と書かれたものであった。

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