家の改良1
扉を開けるとそこには一人の男が立っていた。
無精髭を生やして厳つい表情で愁斗達を睨みつけるように観察する。愁斗にはそれが悪人にしか見えなかった。
「どなたですか?」
愁斗にはこの家を建てた責任者であることがわかっていたが、会話のとっかかりを掴むための質問である。
「そんなことはどうでもいいだろうが。俺達には仕事があったんだが、お前たちを最優先するように上から命令されたんだ。こっちは堪ったもんじゃねえよ」
「それはすみませんでした」
愁斗は素直にそれについて謝罪する。
一週間でこれ程の家を完成させるのがどれだけ困難なことであるか、豊富な知識を持つ愁斗にはよくわかっていたからである。
しかし殺気こそ放っていないがフェルネの目が据わってしまっていた。
「ったくよぉ。ほれ、これ鍵な。申し訳ねぇが俺には時間がないんで家の説明はしてやれねぇ。自分で勝手に見な」
その男は愁斗に鍵を投げつけて寄越すと、そのまま家を出ていってしまった。
「……………」
「……………」
愁斗は唖然としていて、フェルネは怒りを抑え込んでいたために、二人はその後しばらく声を出すことが出来なかった。
後にこれが原因でこの世に一つ絶叫が生まれることになったのだが、それは愁斗の預かり知らぬことである。
家の一階部分は店舗ということもあり、四人掛けテーブルがかなり余裕を持って十個は入るだろう。会計などは日本のファミリーレストラン同様に食事後に払うことができるように、受付を入り口の前に設置してある。もちろん注文時に受け取る可能性もあるため、必ずこの受付を使用するとは限らないが。
一階部分の入り口の正面に厨房、その脇にトイレなどがあり、厨房の奥には控室が設けられている。その控室に二階に上がるための階段がある。
二階には主にリビングや風呂などの生活空間が広がり、そのまま階段を上がっていけば個室が八部屋もある三階に辿り着く。
「俺達二人には大きすぎる家だけど、レイナやアイナと合流したときのために大きめに造っておくのは悪くないよね」
「そうだな。しかし掃除などが大変だ」
「ああ、それなら使わない部屋は時間を止めておくから気にしなくていいよ」
「……そういう手があったか」
時間さえ止めてしまえば汚れるという変化が起きないため、掃除をする必要がなくなるのだ。
「今日中に家具や店に使うテーブル、椅子を買ってしまえば明日には店を開けそうだね」
家があっても家具はベッドしかないため揃える必要があるのだが、一つでも手に入れられれば後は愁斗が同じものを増やすことができる。自室に置く家具などは自分の好みに合うものを置きたがるものだが、愁斗もフェルネも互いに相手と同じものでも良いと思っていたために、複数買いそろえる必要がなかった。欲しくなったらいつでも買えばいいと思っているのも理由の一つである。
また実際に店を始めるとき、宣伝などを事前にしっかりとこなすことで開店初日から利益を出すのが定石だが、利益目的で店を始めたわけではないからか宣伝など何一つしていない。客が来なかったら来なかったで、休暇ができたと喜ぶだろう。
「それじゃこないだ渡したお金の残りで家具を買っといて。俺は家でいろいろやることがあるからさ」
「了解した」
フェルネがそのままマジックポーチだけを持って家を出て行ったのを見送ってから愁斗は行動を始める。
まずは愁斗は一旦外に出て、家を囲む石垣を見渡す。
石垣の高さは二.五メートルで厚さは三十センチある。そこそこ威力のある魔法一撃で破られてしまいそうなほど心もとない造りであるが、石垣が大きすぎて敷地面積が減ってしまうのは愁斗の望むところではない。
愁斗は崩れないように付与魔法で強化魔法を付与する。
家の中に戻った愁斗は、水場にそれぞれ水魔法を付与した親魔石を設置していく。その設置方法もノズルのようなものの中に入れることで、親魔石の盗難を防ごうという狙いがあった。この家に侵入することができるほどの人物が、たかだか親魔石に目を奪われることなどないだろうが。
余談だが、冒険者大国の完備している下水道を真似て、周辺国家にも下水道というものはある。しかし下水工事にかかる費用と人材はとてつもなく膨大なものである。完備されているのは主要都市だけなのは仕方がないだろう。
その他にも光魔法を付与した親魔石を天井に設置する。これは親魔石が見えないように、この世界では一般的な安価で純度の低いガラスで隠す。そうすることによって程よい明るさを実現することができるのだ。それでもこれほど明るい店など滅多にないので外から見れば目立ってしょうがない、ということに愁斗が気付くのは少し後のことである。
もともと設置されていた光源はカンテラがいくつも壁に取り付けられている状態だったのだが、それは愁斗にすべて撤去されてしまった。カンテラの明るさは手元を照らすには十分だが、店舗が広いために壁際と中心で明るさに差がでてしまうのだ。
三階に上がった愁斗は八つある部屋のうち五つの部屋に時魔法をかける。窓や扉を含めて時魔法で時間を停止させたため、絶対に開かないし壊れたりすることもない。何せ時を止めるということは変化が起きないし起こせないということなのだから。ちなみにこの時間の止め方にもいろいろあるのだが、それは今は置いておくことにする。
三部屋の内の二部屋にはベッドと光源を設置し、残りの一部屋には空間魔法を用いて新しく契約魔物が住むことになった無人島―――――パンドーラ島(愁斗命名)と繋げる。これで広い庭の警備をするため、という名目で契約魔物の行き来が可能となる。万が一にもこの門の存在に気付くことがないように、闇魔法によってこの門の存在を契約魔物とフェルネ以外が認知できないようにすることも忘れない。
ところでその庭なのだが現在何もない状態なので、この家の門から魔物が全部丸見えである。そこで愁斗は土魔法で生み出した石を積み重ねて、門から店舗の扉までを囲い、石垣の延長になるようにした。もともとほぼ正方形の敷地であり、門に近い場所に建てた家だったので、大きな違和感はないだろう。
一通りの準備ができたところで、愁斗は契約した魔物達を呼ぶ。
すると待ってましたとばかりに多くの魔物が三階の部屋になだれ込んできた。
「……………こんなにいたら流石にマズいかな?」
警備は多いほうがいいが、多すぎると魔物の存在がバレる可能性は高まるため、どうすればいいのか悩み始める愁斗。
「そもそも上級魔物は隠れるのだって得意だよね? それなら少しくらい森の中に似せてやれば………」
構想が固まった愁斗は、さっそく行動に移る。
まずはパンドーラ島から契約魔物達に雑草を持ってこさせ、庭の大部分に植えることで庭そのものを覆うことである。大人の腰ほどもあれば、魔物達は十分に隠れられるだろう。
次に樹を十数本ほど持ってこさせ、雑草が枯れない程度の日光が雑草に降り注ぐように植えさせる。高さは三階からの眺めが損なわれないように七、八メートルほどのものが選ぶ。
雑草の移植が終わったところで次の指示を出そうと思ったとき、愁斗は一つの問題に突き当たった。
「この樹はどこから出てきたことにするんだ…………」
大きい口のマジックポーチといえども、流石に樹を取り出すことなど不可能だ。
こんなものがいきなり街の中に出現すれば、どうやって出したのか不思議に思って然るべきである。
「中からが無理なら外から持ってくるしかないか。でも何往復もするなんて時間の無駄且つ他の人の迷惑だし、俺が十数本を同時に引きずってたら化け物認定なんて間違いなしだし…………」
いろいろな方法を検討してみた結果―――――――――――
「すみませーん。自分の腕力に自信のある方ー。今から数時間だけ仕事をしませんかー。報酬は金貨一枚ですよー」
街中に仕事の依頼を触れ回ることにしたのである。
当初は冒険者ギルドで依頼を出すことを検討していた愁斗であったが、王都の冒険者ギルドは王都周辺が安全なこともあり、上級冒険者が集まることはない。要するに難易度が高く報酬が多くもらえる仕事はほとんど無いのである。
よって王都の冒険者ギルドにいる人の多くは力自慢ではなく、小さな仕事をコツコツこなしていくタイプの人が多い。それは今愁斗が必要としている人材ではないのだ。
愁斗のそんな触れ込みに多くの人々は胡散臭そうな目を向けてくるが、その中の一人、上腕二頭筋が大きく盛り上がっている中年の男が愁斗に話しかけてくる。
「数時間で金貨一枚なんて随分と太っ腹なこった。んで、どんな仕事をやらせようってんだ?」
その目は子供を馬鹿にするような目つきであったが、愁斗は特に気にすることもなくそれに答える。
「七、八メートルほどの樹を門の外から俺の家まで運んでほしいんだ。報酬はちゃんとあるよ」
そう言って愁斗はマジックポーチから金貨を一掴みしてその男の目の前に持って行く。
それ見て驚いたのはその男だけでなく、周囲でそのやり取りを見聞きしていた人たちも大きく目を見開いて驚きを表していた。
「へぇー、嘘じゃないみたいだな。ちなみに何人雇うつもりなんだ?」
まるで周囲に聞こえるように大きな声で訊いてくるその男の質問に、愁斗も敢えて大きな声でそれに回答する。
「運んでほしいのは十数本だからそれを運ぶのに必要な人数だけ雇うよ。一人で一本運べるならその人には金貨五枚ぐらい出そうかな。今日中に終わらせたい仕事だから報酬が高いんだ」
それを聞いていた人たちからどよめきが起こる。
強化魔法をしっかり使いこなせる人なら、それぐらいのことはやってのけるだろう。
報酬が高い理由については嘘があったがそんなことは誰も気付かない。とはいえ銀貨では人が集められないだろうし、銀貨複数枚だと用意するのも配るのも面倒だ、なんて考えることができる人がいるかどうかは疑問だが。
「面白い。その話乗った!」
「それじゃ行こうか」
そうやって少しずつ人を増やしながら、外門に向けて人を集めていった。




