同時のお引越し
愁斗とフェルネが商業権の獲得や、新居を建築する契約を結んだ次の日の朝。
二人は愁斗の契約魔物、獅子王鷲の背に乗って他大陸に向かって大空を飛んでいた。
この鷲系魔物の獅子王鷲は愁斗の契約仲間の中でも非常に知能が高く、あまりいない言葉を発することのできる魔物の一体である。
頭から尾羽の先まで五メートル以上あり、翼開長は十メートル以上ある巨体を誇る。
嘴、爪の鋭利さは言うまでもないが、この魔物の最も驚愕すべき点といえばその視力であろう。もともと大空を飛ぶことに特化した鷲の視力は一キロ以上先のものを見分けられるが、師子王鷲の視力なら百キロ先の小石を見分けることができる。
さらにその巨大な翼をはためかせることで得られる推進力は、音速を軽々と突破するほどの力がある。
普通ならそんな速度を出す乗り物に人間が乗ることはできないが、そこは愁斗とフェルネである。前方に結界を張って風を横に受け流していた。
「もうそろそろかな、アグイル?」
「……ああ」
言葉少なに返事をした獅子王鷲であるアグイルは、それ以上何も言うことなく羽で大空を打つ。
アグイルはあまり会話をしようとしないが、それが照れからくるものであることを知っている愁斗は優しく羽を撫でてやる。他の人がこの魔物の態度を見たら――――――普通は失神してしまうだろうが―――――そこに王者の風格を見出すだろう。アグイルは他の契約魔物にはあまり照れている様子はないので、それが愁斗だけに対するものであることも愁斗は知っていた。
「やっぱり一番最初に無人島を見つけてくれるのはアグイルだと思ってたよ」
「………ありがとう」
「…………」
しかしその二人の会話を聞いているフェルネはあまり面白くなかった。
とはいえ二人の会話を邪魔するほど無粋でもなかったため、フェルネはだんまりを決め込む。
速度がとてつもなく速いからか、ガルバインを発ってから半日ほどで無人島に到着する。
ラドミール王国の南方に位置するその無人島は陸地面積が四国程もある巨大な島だ。
大きな楕円形を描いたその島は、植物や魔物なども愁斗が見たことのないものばかりが生息している。魔物の進化を見るのが趣味の愁斗にはまさに宝の山といえた。
そんな島を隅々まで観察し、知的生命体がいないことを再度確認する。もしいたとすれば領土侵犯をしていることになってしまうが、人が住んでいない島はこの世界では誰のものでもないのだ。
そもそもこの世界では船というものが全く発達していない。
何故なら水の上が危険すぎるからである。
陸地に住んでいて目視できる六級魔物ですら、人々の大半は勝つことができないのだ。水の中にいてその習性や特徴など何も解明できていない相手と闘うことなどできるはずもない。
さらに目視できない相手がいつ襲ってくるかわからないという恐怖故に、海に出ようと考える人もほとんどいない。
よって海上技術が発展しないのだ。
それだけではない。
人々によって全く減らされることのない魔物の数もその質も、陸よりもずっと高い段階にある。木船で海に出ようものなら、海の食物連鎖の底辺に位置する魔物にすら瞬時に沈められてしまうだろう。
現状、海というのは立ち入ることのできない不可侵領域なのである。
よって人がいないことで自分がもらってしまおうと考えた愁斗は、即座に契約する魔物を集めるために莫大な量の魔力を周囲にばらまき始める。
知らない魔物が現れる度に魔力を飛ばして、その周囲にいる契約を望んできた魔物ごと契約をすることで、大陸のおよそ一パーセントが愁斗と魔族契約を結ぶことになった。
フェルネとアグイルに手伝ってもらいながらこの作業を朝から晩まで続けていた愁斗は、自分達の新居が完成するまでに間に合わないと考え、三人同時に時魔法を用いて加速することにした。
それでぎりぎり新居完成予定の前日の夜に作業を終えることができたのである。
「いやー、本当にすごい数だったね。契約しすぎた所為か、繋がりが多すぎて少し頭が混乱してるみたい」
「当たり前だ。魔族ですらこんな馬鹿げた数の魔物と契約する人はいない」
「でも不思議だよね。なんで俺の魔力だけこんなにモテるのかな?」
「前にも言っただろう? 愁斗の魔力はありえないくらい純粋で美しい魔力なんだ」
「……まぁ多少の自覚はあるよ」
原因は不明だが愁斗の魔力には濁りがないのだ。
どんなものにだって濁りはあるはずだ。飲むことが出来るほど澄んでいる川の水ですら不純物は多い。不確定性原理が示唆する通り、自然に存在するものに百パーセントなど存在するわけがないのだ。
それにもかかわらず、愁斗の魔力には不純物が存在していないかのように綺麗な魔力をしている。
「考えてもわからないことにいつまでも気をとられるわけにはいかない。思考を切り替えよう」
「私もそうしたほうがいいと思うぞ」
気持ちを一新した愁斗は箱庭とこの世界の扉を開き、そこにいる契約魔物を呼び寄せる。
全ての魔物が出終わってから、箱庭を作った当初の状態に戻して完全に閉じる。今後必要になる可能性を考慮して、消滅させるという選択肢はとらなかったのだ。
無人島探しに出ていた飛行可能な魔物から念のために他の無人島の情報を受け取った愁斗は、全ての契約した魔物達に心話で語り掛ける。
『今からここがみんなの住む島だよ。俺と契約してない魔物がほとんどだけど、できる限り仲良くするようにね。食事は今まで通り俺が用意するから心配しないでいいよ。さすがに数が多すぎるから俺と前から契約してる仲間たちに手伝ってもらうけど』
そういって事前に用意していたマジックポーチを百個、傍にいた魔物達に手渡した。
この中の空間は全て一つに繋がっているため、そこに愁斗は食材を送り込むだけで済むのだ。あとは魔物達がそこから食料を取り出すだけである。
『世の中は弱肉強食だから無闇矢鱈に殺したりしなければ、自分の食べる分だけ殺すのも禁止しない。でも殺し過ぎるといろいろ問題が起きるんだ。それを避けるために俺が食事の用意をするんだからね?』
契約魔物から同意の意思が伝わってきた愁斗は満足げに大きく一度頷く。
『それとこれからの訓練は、箱庭のときから契約していた魔物達が先輩として新しい仲間たちに教えていくんだよ? 契約してない魔物達が参加してもいいから。ちなみに回復魔法を付与した水を出せる袋もマジックポーチの中に入れておくけど、できるだけ怪我は最小限にね』
全員の了解を得たところで解散を告げる。
すると新しい島に興味があるのか、魔物達は一斉に散っていった。
「シュウトよ、島を制圧するとはお主もなかなか大胆なことをするではないか」
そう愁斗に声をかけたのは、山かと錯覚するほどの巨体を有する魔物コウリュウである。
「制圧なんて人聞きが悪いな。ただの移住だよ」
「責めているのではない。普段は目立ちたがらぬくせに、やるときはやるのだなと感心しておるのだ」
「そりゃあ仲間しかいないなら手を抜く必要もないからね」
愁斗はそのままコウリュウの背に向けて大きく跳躍した。
着地と同時に傍にそびえ立つ樹々に実っている果物などを採って、マジックポーチに仕舞っていく。
愁斗から分けてもらった魔力を蓄えるために実ったその果物などは、魔力を再び分けてもらうだけですぐに実らせることができるため、いつでも好きなだけ採っていいと愁斗は許可をもらっていた。
そのときアーレンが走って愁斗に近づいてくる。
「おっ、アーレン。俺がいないときもちゃんと訓練やってる?」
「してるよ! いつも回復魔法頑張って使ってる!」
「そうかそうか」
頭を撫でてくれる愁斗に気持ちよさそうに目を細めるアーレン。
そんな姿を見て愁斗の口も思わずほころぶ。
「回復魔法だけじゃダメだぞ? 他の八つの魔法も練習しなきゃいけないんだ」
「やってるもん!」
「あはは、知ってるよ」
毎晩箱庭に足を運んでいる愁斗でも、全ての契約魔物に毎回会えるわけではない。
それでも会話のできる魔物はそこそこ連絡を取り合っていた。
「そういえばアーレン、今度新しい家を建てることになって明日できる予定なんだけど、家の警備に仲間を連れていこうかなって思ってるんだ。アーレン来る?」
「行く行く! 絶対に行く!」
「よし。でもアーレンだけを特別扱いするわけにはいかないから、家の三階とここを繋いで自由に行き来できるようにしておくね」
百坪の家を建てるのに三百坪の敷地を用意したのはこのためであった。
高級肉などという滅多に市場に出回らないものを多く保有していることが知られれば、馬鹿な輩が侵入して奪おうとするかもしれないからだ。高級肉とはそういう類のものなのだ。
だから大きめに敷地を用意しそこを上級魔物に守ってもらえば、侵入することは不可能になるわけである。
実は魔物と契約すること自体が極端に稀なことであり、さらにいつでもどこへでも呼び出しができてしまうために、ユークリウス王国では街へ魔物を入れることへの法整備が進んでいなかった。
街に入れたい場合は自らその契約魔物に何かを見につけさせて契約していることを示すか、または凶暴そうな見た目をしていない魔物だけを入れるということが暗黙の了解である。凶暴そうな見た目の魔物を連れ歩くことで周囲を怯えさせ、自身の評価を下げるような馬鹿な行いをする者は本当に珍しいのだ。
「それじゃあ、俺はそろそろ行くね」
そう言い残して愁斗はフェルネと共にガルバインに戻った。
次の日の朝、愁斗はフェルネに連れられて業者に指定された場所に向かう。
商業街から少しだけ離れたそこは、人通りが多いとも少ないとも言い難い、良く言えば適度に落ち着いた雰囲気の場所であった。
そこで目的地に到着すると、そこには愁斗が想像したよりも立派な家がその存在感を主張していた。
周囲の家々がほぼ二階建てであるためか、目立ちに目立ってしまい若干恥ずかしく感じてしまうのは仕方がないだろう。二階建ての建造物の多くは一階部分が店舗になっている場合が多く、そうでない人々は一般的にお金持ちと呼ばれるのだ。そんな中、三階建ての建造物が建ってしまったからか、興味津々といった顔で観察の目を向ける人がそこら中に立っている。
そして周囲が石造りの家であるのに対し、愁斗達の家は木造であることがさらに悪目立ちを助長させている。これさえも愁斗の意見を取り入れた結果であるため、文句を言うことができない。
「じゃあ中に入ってみようか」
「ああ」
愁斗は新居を購入したという実感とともに、家の扉を開けた。
自重をどこかに置き忘れてきてしまいました