必要最低限の仕事
自作ベッドが完成した次の日の朝。
愁斗は宿の一室で、フェルネと共に考え事をしていた。
自分のベッドがあったとしても、宿にそのベッドを持ち込むことはできないし、交換してもらうなど論外もいいところだろう。
よって宿を引き払い、自分用の家を購入しなければならなくなったわけだが、その家をどういったものにしようか悩んでいたのだ。
「フェルネはどういった家がいい?」
「シュウトに任せる」
しかしフェルネに尋ねても特に意見を出してくれるということもなかったので、自分なりに頑張って決めようとしていた。
未だに二十歳にすらなっていない愁斗だが、家を購入するということに関して忌避感のようなものはない。それはこの歳で億万長者になってしまったからかもしれないが、それだけが原因とも言い難いだろう。
もともと愁斗はこの世界に召喚されて目覚めてから数週間は、自給自足の生活をしていたのだ。日本で自給自足ができるのはほんと一部の地域に住む者だけかもしれないが、この世界では愁斗ほどの力を備えていれば、どの地域でも生きていける。
「自分の家がある、生きていくだけのお金がある、長期間この街を離れられない、となると………ニートになる自信があるね」
「既にニートだと思うが」
「…………」
フェルネの発言には悪意がない分、愁斗の胸に深く突き刺さる。
ダウンベルト王国の首都が狙われたことで、次にユークリウス王国の首都が狙われる可能性を考えて、あまり長期間ここを離れるわけにはいかないと考えるようになった愁斗。
もしダウンベルト王国を襲った脅威と同等の脅威にこの王都がさらされたとき、同じように抵抗空しく壊滅させられるだろう。それを思えばやはり王都を離れないのは正しい選択と言えよう。
では愁斗がミネリク皇国に攻撃を仕掛けにいく、という手もなくはないだろうが、中には戦争を良く思っていないような人々もいるだろう。そういった人々にさえ悪影響を及ぼしかねないというのは、愁斗の本意ではない。しかも何処までが闇魔法による支配を受けて従わされているのかもわからないのだから。
結果、現状では攻めてきた相手を殲滅するという手段をとっているのである。
閑話休題。
愁斗自身ニートというものに若干の抵抗があるが、親の金で生活しているわけではなく自分で稼いだお金で生活しているからか、ニートになってしまっても良いと思っている節がある。
それと同時に、ニートになってしまったらレイナとアイナを幻滅させてしまうという考えもあるため、たはり多少なりとも働かなければならないと思っているのだ。
「うーん………いっそのこと家そのものを働く場所にしてしまうとか?」
「いいんじゃないか。シュウトがそれでいいならば」
「少しはフェルネにも意見を出してほしいな」
「私はシュウトがやることを応援したいし、手伝っていきたいと思っている」
フェルネは愁斗に並々ならぬ敬意と愛情を持っているため、あまり自分の意見を言おうとしない。
愁斗自身それを少なからず嬉しく思っているが、逆に悲しくも思っていた。
百年以上を孤独に生きたフェルネに、少しの間だけでも甘えさせてやりたいと思ってしまうのは、いったいどのような気持ちから来るものなのだろうか。
「じゃあ何かを販売する?」
「例えばどんなものをだ?」
「そこまで具体的には考えてなかったけど……俺達にしか用意できないものなら、少しの売り上げで高収入を得られそうだ」
「愁斗が付与したものとかをか? シュウトやレイナ達を除いた人間風情には無用の長物だと思うが」
人間をそこらに生えている雑草程度にしか考えていないフェルネに対して、それに慣れてしまっている愁斗は躊躇することなく返答する。
「無用の長物かどうかは置いておくとして、さすがにそんなものを売る気にはなれないよ」
「なら私達に用意できる物とはどんなものだろうか? 私には何かを作る技術などないのだが……」
「フェルネは今まで何も作ってこなかったから現状ではそうかもしれないけど、その気になったら何でも作れるんじゃないかな? 最上級魔人としての潜在能力は相当なものだと思う」
実際には「すごい」なんて言葉が陳腐に思えてくるほどに、その潜在能力はずば抜けている。手先の器用さでいえば脳外科医が尻尾を巻いて逃げ出すだろうし、集中力でいえば世界最高のチェスプレイヤーが平伏すだろう。物覚え一つとっても人間などとは次元を異にしている。
「俺もものづくりはあんまり経験がないんだけど……魔法ならかなりの自信はあるかな」
「それなら私もあるぞ。シュウトほどではないと思うがな」
「そこまで自分を卑下しなくても………とはいえ、魔法で何かを作るなんて言われても土魔法くらいしか思いつかないんだけどね」
愁斗は土魔法を行使して、その場で九尾の白狐アーレンの石像を手のひらの上に生み出す。手のひらサイズではあるが躍動感溢れるその造形は今にも動き出しそうである。
フェルネはそれを見て表情を変えることはなかったが、腕に自信のある土属性保持者がこの瞬間を目にしていたら、卒倒してしまっていたかもしれない。
ところで本来、土魔法とは土を生み出すものではない。
一般的に土とは砂に有機物などが含まれているものを指しているが、土魔法で有機物を生み出すことはできない。よってどちらかと言えば、土魔法というよりも砂魔法といった方が、現代知識を鑑みれば正しいということになる。
しかしこの世界において物質を有機物と無機物で分けるという考えそのものが存在せず、翻訳魔法によってこの世界で言う「土」魔法ということになっているのである。
そして砂は岩を細かくしたものでもあるので、土魔法で岩を生み出すこともできるというわけだ。
「それを売ればいいのではないか? なかなか素晴らしい出来だと思うが」
「平民はこんな精緻な置物を買おうとは思わないよ。それに自分が作ったオブジェを売るのってなんか気恥ずかしいし……」
貴族だけが買うオブジェを売るというのも愁斗的に言えば悪くはなかった。
ただ、それなら店舗兼住宅にする意味がないだろう。貴族が自ら買い物に出かけることなどないし、使いの人も何度も店にきて高額のオブジェを冷やかすことなどないだろうから。
「他に俺達にしかできないことといえば……」
そんなこんなで丸一日を費やして愁斗とフェルネの両方ができること、かつ二人にしかできないことを話し合っていった。
そして最終的に決定したのは、高級肉料理店というものであった。これは高級の肉料理店ではなく、高級肉の料理店のことだ。
高級肉料理店に決まった理由はいくつか挙げられる。
まず一つ目の理由として、高級肉は単価が高くてもよく売れるからである。
多くの場合、高級肉というのは階級が四級以上の魔物の肉のことを指している。これは階級が高い魔物ほど肉質が良く、魔物にとってだけでなく人にとっても美味しいと感じられるからだ。
高級肉のほとんどを貴族や大商人といった者達が買い占めてしまうため、平民の口に入ることはまずない。これは貴族たちの口に入ることが少ないというだけでなく、入手に莫大なお金がかかることによって、四級魔物の肉一キロでさえ金貨単位で取引される。
二つ目の理由としては素材を自分達で用意できるからである。
料理店を経営するにあたって、一般的な店では冒険者ギルドや傭兵、または冒険者個人に依頼を出して調達してもらっている。それらにかかる費用は決して安くはなく、経営者に大きな負担を強いている点でもある。
しかし愁斗にはマジックポーチがあるだけでなく、肉などの食材も全て自前で調達することが可能だ。火や水、光源に困ることもなく、商業権を手に入れることと店舗兼住宅を建てること以外の諸経費はほとんどかからない。そして初期投資さえも今回のことでいえばマイナスにはならないだろう。家を建てることが第一の目的なのだから。
これらを考えれば「一つ売れたときから黒字」という状態なわけである。
最後にして最大の理由は人があまり来ないことが予想されたからである。
高級というだけで多くの者は尻込みしてしまう。しかもそれが高額であること間違いなしの高級肉ともなれば、祝いの場などでしか訪れることはないだろうしリピーターはほとんど来ないだろう。
そう、忙しくなることはないのだ。
利益を出そうと思わなくても利益は出るし、努力して人気になる必要もない。
あくまでも仕事をしているという建前と、ニートではないという証拠が欲しいのであって、金儲け自体は狙いではないのだから。
そんなこんなで高級肉料理店を始めることに決めた愁斗とフェルネはすぐに行動を始める。
まずは商業組合所にて商業権を獲得するところからである。しかしこれ自体はさほど時間がかからずに終わる。
氏名や店舗を構える場所などの必要事項を記入した後に、商業権利金を月に銀貨三十枚払えばいいというものであったのだ。それも事前に数か月分を払っても良いのだという。
愁斗達はとりあえず一年分払っておき、まだ店舗を構えていない旨を説明すると、組合所の人に営業を始めるときにもう一度報告するように言われる。
そこで店舗の建設についても相談しようとしたところ、フェルネに「それに関しては任せてほしい」と言われて愁斗はフェルネに任せることにした。前もって内装などは話し合っていたので一人でも問題はないと愁斗は判断し、フェルネに白金貨を三十枚ほど渡すと愁斗を残してその場から去っていった。
その後愁斗はいくつかの注意事項についての説明を受け、同じくその場を後にする。
その日の夜。
愁斗が宿でフェルネを待っていると、いつもの夕食をとる時間になってから、とても満足したと言いたげな顔で帰って来る。あまり表情を変えないフェルネのそんな顔を見て、愁斗は少し驚いたといった顔でフェルネに尋ねた。
「良い取引ができたの?」
「もちろんだ。土地は白金貨二枚、店舗兼住宅は白金貨三枚で造ってくれるそうだ」
これを聞いたときに既におかしいということに愁斗は気付いていた。
この世界でも土地の値段は決して安くはない。外壁に囲まれた限られた土地にしか人は住めないのだから、土地の価格は必然的に高くなってくる。
そして愁斗達は最低でも三百坪の土地に百坪の住宅は欲しいという話になっていたのだ。しかも住宅は三階建てで、一階が店舗、二階がリビングや風呂などの生活空間、三階が寝室のはずである。
いくらこの世界の貴族たちが住む豪邸に遠く及ばないと言っても、一般人では近寄ることすら躊躇われる豪邸だ。
それほどのものがたかが白金貨五枚なんてあるはずがない。
「ま、まさかとは思うけど、闇魔法を使ってはいないよね……?」
「もちろんだとも」
「……脅してもいないよね?」
「当たり前だ。最後には笑顔で別れることができたぞ」
「そ、そうだよね……ははは」
フェルネの表情から嘘は見られなかったため、それがとりあえず嘘ではないと信じることにした愁斗。
「ちなみにどれくらいかかるって言ってた?」
「一週間だそうだ」
「………………」
フェルネの色気に負けたのだろうと思い込むしか、愁斗に残された手段は存在していなかった。