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ベッド作成

 熱中してゲームをしていると時間感覚が麻痺して、朝始めたのにもかかわらず気付いたら一日が終わっていた、なんてことは往々にしてよくあることだ。もちろんそれは読書をしていても同じである。

 熱中してれば時間が過ぎるのはとても早く感じる。

 のめり込めばのめり込むほどそれが起きるわけであるから、こんな・・・恐ろしいことも起こるわけである。


 普通の人が暗記物をずっと繰り返していればすぐに飽きがやってくるのは誰もが認めることであるから、そんなことを長時間続けられるというのはとんでもない才能であるということは言うまでもないだろう。

 では一度見たら完璧に暗記できてしまうという異常体質に、やる気が投与され、底なしの体力という特殊効果を発揮するとどうなるか。




「………なんてこった」


 本を購入してから数日間、毎日宿でひたすら知識を詰め込むという作業を繰り返していると、その単純作業(?)がなんだか楽しくなってきた愁斗は時魔法を身体に、強化魔法を頭にかけるという離れ業のおふざけを始める。

 するとどうなるか。

 日が昇ってきたころに食事を済ませ、それからおふざけを敢行。気付いたら夜になって・・・・・しまっていたという事件が起こったのである。


 これにはさすがのフェルネも呆れ顔になり、愁斗自身はといえば現実逃避を始める。


「そ、そうだよ、これは俺が悪いわけじゃないんだ……誰かが俺の時魔法を弄ったに決まってるんだ…………」

「………」


 時魔法に干渉するするということはすなわち時属性保持者でなければできないわけだが、そんな当たり前なことにさえ目を向けようとしない程度には取り乱す。

 では何故このことでこれほどまでに取り乱しているのかというと―――――



 ―――――小説以外の書物を読み終えてしまったのである。



 ユークリウス王国の首都ガルバインで書店と言う書店で本を買い漁った結果、小説を除いても一万近くの書物を買ったのだ。

 それをたった数日で読み終えるという異常性がわかるだろうか。

 おふざけ中の愁斗はパラ、パラ、パラと読むのではなく、ペラペラペラと読んでいたのである。

 日本で育った常識人である大崎愁斗にはこの異常性が他の誰よりもよく理解できた。


「今思い返せば、あの時の俺は人間を辞めていた」


 などと愁斗は呟いていたが、


「今更何を言っている?」


 とフェルネに言われた時は、若干涙目になりながら「人間だと思われていなかったのか……」と返したそうな。




 次の日の朝、いよいよやることが無くなった愁斗は、かねてから計画していた新型ベッド作成に移ることを決意する。

 今回この件で愁斗が最も重要視しているのはスプリングである。

 ベットのシーツや布団に使われる素材と、それを布に加工したりする者には既に検討をつけていた。

 ではそのスプリングをどうやって手に入れるのかというと、実はスプリングの概念はこの世界にも浸透していたが、その使用方法が武器などに偏っていただけであり、布団に適用されていないというものだったのだ。

 愁斗は即座に金属部品を扱っている店へ赴き、そこでスプリングを一つだけ特注する。大まかなサイズや弾性率(値ではなくどれくらいの負荷でどれほど縮むか)を伝えると、一日欲しいと言われて銀貨五枚(五千円)を要求される。

 そこで愁斗は申し訳なく思いながらも、今日中に満足のいくものが出来上がったら金貨一枚(十万円)で買い取ると伝えると、その職人は嬉々として作業に取り掛かっていった。スプリング一つでこの利益が出たら大儲けもいいところだろう。平民の一家あたりの収入が金貨二枚であることを鑑みれば、破格の利益といってもいい。


 そんなこんなでスプリングについても目途が立ったところで、愁斗は箱庭に赴く。

 昼に姿を現すことは滅多にないためか、現れた瞬間に始まる恒例の鬼ごっこの参加者はいつにも増して多かった。


「今日の用事は糸を吐き出せる仲間を探しているんだけど、俺こそはという者はここに集まってくれ」


 すると十六匹の蜘蛛系魔物と四匹の芋虫系魔物が集まってくる。

 どの魔物も愁斗に擦り寄って身体を擦り付ける仕草を始めたので、愁斗は微笑みながら優しくその身体を撫でる。


「それじゃあみんなに仕事をお願いしたいんだ」


 糸を操るということに関しては人間よりもずっと優れている蜘蛛と芋虫であるわけだが、ここにいる上級魔物はただそれだけというわけではない。

 種類の違う糸を出すことは普通の蜘蛛にもできるように、魔物にだってできることである。むしろ生物学的に言えばずっと種族的に優れている上級魔物は、自在に糸の種類を操れるだろう。

 更に上級魔物ともなればほとんどが高度な知能を持っている。喋るための器官を備えていないがために人間と会話をすることはできないが、文字を読むことも書くこともできるようになるのである。

 故に愁斗は裁縫や編み物、織物の知識を蓄えて、それを魔力交換によってできた繋がりを介して知識を送り込むのである。糸引きなどの作業は、繭や巣を作る段階を省略できるのだが、一応教えておく。

 それに加えて日本に住んでいた頃の記憶で、僅かながらに覚えている布の網目などの情報も教えることにした。もしかしたら作成途中にその編み方を見出すかもしれないという希望を込めて。


 残念なことに芋虫系の魔物は糸を出せても裁縫や編み物、織物ができるほど器用ではないことが、繋がりを介して思いとして伝わってくる。

 落ち込み始めた魔物達を優しく撫でながら、愁斗は励ましの言葉をかける。


「そんな何でもできるような人はいないんだ。それは魔物だって同じだよ。織物や編み物はできなくても、糸を出すことはできるんだから落ち込まなくても大丈夫……あ、そういえばこういう糸は出せる?」


 そういって愁斗が芋虫系魔物に伝えたイメージは、蚕の繭のような糸である。蚕の繭からできるのは絹であり、これが出せるのであればこの世界には存在しないものが作れる。

 すると芋虫系魔物はそれを出せるという思いを愁斗に伝えてくる。


「それは良かった! じゃあその糸で絹を作ってくれるかな? 蜘蛛君達に手伝ってもらえば、これほど繊細な作業もできると思うから」


 糸そのものを変化させられる上級魔物達が直接糸を吐き出せば、製糸までの作業を省略して絹の作成に取り掛かることが出来る。

 まさに適材適所とはこういうことを言うのであろう。


「今日の夕飯は楽しみに待っててね。働いた分だけ量も質も増やしてあげるから」


 そして愁斗は作業に取り掛かった魔物達を見ながら、腕を組んで考え込む。


 日々新しい魔物を見つける度に魔力を交換して契約し、どんどんとその数を増やしていっているが、正直この箱庭も容量オーバーを起こしそうな状態を迎えつつあるのだ。

 動物を飼っていた経験などなかったため排せつ物などの問題も特に気にしていなかったが、現状どんどんと悪化しつつあるのだ。自然から隔離された空間であるためか、自然による自浄作用もうまく働いてくれないというのも大きな原因の一つである。


「お引越し先を考えなければ……」


 愁斗が引っ越し先の候補として最も当てにしているのは無人島である。それもこの箱庭よりもずっと巨大な島である。

 開拓が進んだ現代地球ですら無人島というものは数えきれないほど存在している。技術的に大きく劣るこの世界には人族や獣人族、妖精族といった知的生命体がいない大陸が残っている可能性は非常に高いと言えるだろう。

 近々それを見つけることも進める必要がある。


「いやいや、俺一人で探すよりも仲間に手伝ってもらうほうが効率的だよね」


 愁斗は即座に空を高速で飛行できる魔物達を招集する。

 集まってきた魔物は百を優に超え、それらが空を覆っている様は圧巻であった。


「みんなには人族なんかの知的生命体がいない大陸、無人島を探してほしいんだ。いいかな?」


 魔物達が大きく頷いたので愁斗はみんなを箱庭から転移させる。

 そして今度こそすることが無くなった愁斗はベッドの骨組みとなるものを作るために、傍に立っている樹を一本引っこ抜く。

 日本で使っていた収納付きのベッドの構造を思い浮かべ、それを頭で整理しながら空間魔法を用いてスパッ、スパッと切り分けていく。頭で平行性や長さをイメージしながら切り分けているからか、噛み合いなどの点についても何の問題もなく切り分けることができる。


 そんな作業を夕方まで続けていた愁斗は出来上がったベッド、布などを亜空間に仕舞いこむ。

 糸の種類をいろいろ変えながら糸を織ってもらったためか、綿、麻、絹、羊毛で作られたかのような布以外にも、不思議な肌触りがする布が複数出来上がった。


 お給料として数種類の肉や葉を亜空間から取り出し、おやつ代わりの食事として与える。蜘蛛系魔物が二本の樹に糸を張って橋渡しとし、それを利用して織物をする様は見物料をとってもいいと思えるぐらいに素晴らしいものだったので、こっそりとお肉を与えたのは愁斗と蜘蛛系魔物だけの内緒である。


「今日はありがとう。すごく助かったよ」


 そう言って一旦お別れをする。

 数時間後にはいつも通りまたここに戻ってくるので、お別れを惜しんでいたりはしない。

 ちなみに別れ際にこっそりと芋虫系魔物に好物の葉を渡していたのは、愁斗と芋虫系魔物だけが知り得ることであった。

 「努力にはそれに見合う対価を」である。


 王都に戻ってきて真っ直ぐにスプリングを注文した店へと向かい、そこで出来上がっていたスプリングを確認して、注文通りだったことで満足した愁斗は、金貨を二枚渡すことでこれの対価とした。


 ベッドを製作するための全ての材料が揃った愁斗は、先に夕食をとることにして、その後箱庭に戻ってから組み立てを始めるのであった。

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