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蒼髪の青年2

 その重厚な扉を破りその前に積まれていた資材を登ってきた蒼髪の青年は、周囲を見渡すと周囲が動き出すよりも早く大きな声で言葉を発する。


「俺は聯斗といいます。皆さんを助けに来ました」


 一瞬の静寂。

 それは誰もが理解に苦しむ状況と、その大人になりきれていない容姿の青年が発した言葉からきていた。

 助けに来たとはどういう意味か、どうやって堅牢であったはずの扉を破ったのか、そもそも王都を占領していた古代の魔物はどうしたのか。

 理解できない現状を無理やりにでも理解しようと、多くの者の頭が高速回転を始めたとき、その青年はゆっくりと優しげな口調で質問を投げかけてくる。

 その言葉には何故か敵ではないと思わせるような独特の雰囲気が混じっていた。


「えーと、ここの指揮権を持つ方はどなたですか?」


 それに対する返答を真っ先に行ったのは、やはりダウンベルト王国の国王オルゲンであった。


「わ、私がこの国の国王であるオルゲン・ランバレーネ・ダウンベルトである。そなたはいったい何者か?」


 その言葉には未知の人間に対する若干の恐怖と、自国を代表するものとしての威厳が入り混じっていた。


「俺は通りすがりの旅人ですよ。この街に寄ろうと思ったら酷い状態だったので、原因と思われる魔物を排除してから、唯一無事だったこの城を調べていました」

「あ、あの魔物に勝ったというのか!?」

「そんなことできるはずがない!!」

「あんな化け物に一人で勝ててたまるものか!!」


 まるで埃を払ったかのように言う聯斗の言葉を、国王を警護している近衛騎士は受け入れようとはしない。

 それはダウンベルト王国の中でも最上位に位置する力量を有するが故に、あの魔物の持つとてつもない力を大まかにでも理解することができることから来るものであった。

 あれには一人で勝つことはできない、一国でさえ勝つことはできない、そう思わせる覇者のオーラを放っているように見えていた。


 しかし聯斗はそう思われることを予想していたようで、大して慌てることなく冷静に言葉を返す。


「別に俺の言葉を信じていただかなくても結構ですが、どの道このまま籠城していたらいずれ食料不足で全滅してしまうわけですから、選択肢は残されていないように思えますが」


 それはこの場にいる全員が想像していた最悪の、しかし最も起こり得る事態であった。それも数日以内に突入しかねない問題である。

 しかしながらいきなり出てきた青年一人の言葉を鵜呑みにするほど馬鹿な者はいない。


「で、では私が外の安全を確認してきても?」

「それは容認できない」


 多くの騎士を束ねる騎士団長が自ら聯斗の言ったことを確認しようと立候補するが、貴重な人材をこんな信用ならない青年の言葉で失われるかもしれないと思ったオルゲンはそれに反対する。

 人の上に立てる存在というのはあまり多くない。彼の判断は間違っていないといえた。


「自分が行きます」


 そこで一人の男が立候補する。

 ハーメックである。

 竜人に吹き飛ばされ、着地する瞬間に左腕を犠牲にして死を免れた男だ。しかしその代償として左腕の上腕骨、橈骨、尺骨はバラバラになり、ダウンベルト王国一の回復魔法の操り手でさえ治すことはできなかった。戦闘において物が握れなくなる程度であれば、まだ片手でもなんとか戦い続けることはできるだろうが、バラバラになった骨が原因で腕が全く使えないとなるとバランスのとり方に支障をきたしてしまう。実質的に戦力外に陥ったと言っても過言ではない状態になってしまったのである。

 それを誰よりも理解していたハーメックは、自分の死という損失が現状に大きな影響を与えないと判断し、避難場所の外の確認という危険任務に立候補したのであった。


「なりません! 騎士はこれからのわが国に―――――」

「よい。彼に任せよう」


 国家の主力たる騎士一人でさえこの国の再建には重要であると考えた王太子ノーマンの発言をオルゲンが遮った。


「しかしっ!!」

「主もわかっているのであろう? あれではこれからの働きに期待できぬ」


 ハーメックの左腕に視線を向けたノーマンはその痛々しい姿に目を背けたくなってしまう。しかし国のために負った怪我から目を逸らすことはノーマンの意地が許さなかった。

 その左腕はもはや肩にただ繋がっているだけという状態で、ぶらぶらと揺れている。動かすことはできず、無理に動かそうとすると耐えがたい激痛が左腕を走るのである。


「それにな、彼が自ら最後の仕事を全うしようと立候補したのだ。それを妨げてはならん」

「………失礼しました、陛下」

「うむ、では彼に頼むとしよう」


 国王から直々に賜った仕事だけに、気合を入れ直すハーメック。

 そんなやりとりを黙って眺めていた聯斗は、隣まで歩いてきたハーメックを連れて外に向かう。

 少し前まで頭上よりもずっと高く積まれていた資材が、今や大の大人より少しばかり高いといった位置にまで崩れていた。それでも歩きやすくなったとはとても言えないような状態であるため、ハーメックには酷な歩行であることに違いはない。

 それを見ていた聯斗はハーメックな無事な方の右腕を掴んで歩行の補助を行う。


「………すまない」

「いえいえ。その腕じゃ仕方ないですよ」


 敵か味方かわからない者の手を借りることを普段のハーメックならば拒んだだろう。

 騎士はどの国においてもエリートである。そんな者が多くの者の目に留まる場所で、それこそ民に見られている場所で助けを得て歩いている場面を見られてしまうのは屈辱だったはずだ。

 しかしハーメックの中ではもうそんなことは些事に変わってしまっていた。この避難場所を出られるような状態まで国が回復すれば、片腕が使えない騎士など御役御免であろうから。

 ならば最後の仕事くらいみっともない姿を見せようとも、しっかりと遂行して見せようと。


 そんなハーメックの内心を知ってか知らずか、聯斗は唐突に質問を投げかける。


「あなたはこのような状態を引き起こした連中について、個人的にはどのように考えてますか?」

「えっ?」


 突然思いがけない質問をされ面食らってしまうハーメックであったが、その質問を頭の中で熟考すると自然と口が動いていた。


「……憎い。罪のない人々を巻き込み、この国を破滅の一歩手前まで追い込んだ奴らが憎いっ!!」


 国王やその重臣、仲間である騎士達や一般的な民の聞いているこの場において、考えないようにしていたことを考え出すと、もうその怨嗟を止めることはできなくなっていた。


「何故我々がこのような目に遭わなければならないのだ! 私はこのダウンベルト王国が平和であればいいと、ただそれを願って毎日を過ごしてきた。他人の恨みを買うような悪行や他人に迷惑のかかる行為などだってしたことはないと断言できる。この国だって他国の迷惑になるような侵略や略奪だってしてこなかったはず」


 実際過去にそんなことがあったかどうかをハーメックは詳しくは知らなかったが、ハーメックの知る限りでは他国との争いは近年のミネリク皇国による侵略以外には記憶になかった。

 その発言を聞いていたこの国の首脳陣もその発言に後ろめたいことがなかったのか、表情を変えたりするような人はいない。


「にもかかわらず我々から奪って行こうとする者がいる! 我々の幸せをぶち壊そうとする者がいる! これが許せるものかっ!!」


 その言葉を聞いていた者たちは皆、歯を食いしばっていた。

 それを口に出していいような状況ではなかったのか、そんなことを言っている余裕さえなかったのか。今までそれを考えないようにしていた者達は、その言葉を聞いて内から溢れてくる激情のやり場を探していた。


「何故こんなことになってしまったんだ……どうして、どうしてっ………!!」


 その逃げ場のない怒りは涙となって流れ落ちる。

 ハーメックは無意識に動く右手で聯斗の胸倉を掴んでいた。

 頭では聯斗が悪くはないとわかっていても、それを止めることができない。この掻き毟りたくなるような怒りをどうにかできるのならば、全てがどうなってもいいとさえ考えそうになっていた。


 そんなことをされても聯斗の表情が崩れたりはせず、むしろ真剣な表情でハーメックを見つめる。


「弱かったからですよ」

「っ――――――」

「悪意に立ち向かえるほどの力がなかったから奪われた。抵抗するだけの力を備えていなかったから守れなかったんです」


 その残酷とも言える現実を聯斗と名乗った青年は平然と答える。


「あんなものに……勝てるはずがないじゃないかっ!!」

「まぁ、そうですね。確かにあれは俺が見てきた魔物の中でも戦闘能力という面においてはかなり上位だった。あなた方では勝てなかったでしょう」


 そう、あんな魔物には勝てなくて当然。

 同じ魔物ならまだしも、人間が勝つことは非常に困難であることは万人が認めるところである。


 しかし――――――


「ではあなたはそんな敵が現れることを想定した鍛錬を、今までやってこれたと自信を持って断言することができますか?」

「そんなこと――――」

「――――できるはずがないと言いたいんでしょう? あんな魔物が出ることは想定外、それさえなければ今も平穏に暮らせていたと。しかし現に魔物は封印を解かれてこの世界に解き放たれた。長年封印が解かれることはなかったからこれからも解かれることはないと、そう慢心していたのはあなた方の、ひいてはこの国の問題なんじゃないんですか?」


 聯斗はその言葉とともに国王であるオルゲンに視線を向ける。

 その視線の中に非難が込められていることを理解したオルゲンは何も言えずに俯いてしまう。

 監視の意味で封印地の上に王都を建設したという事実を知っていながら、それを甘く見ていたのは国王のおごりが原因であると、他ならぬ国王自身が認めているからである。

 封印が解かれることすら想定して事前に対策を講じるのは、国の統治者として当然であることに相違ない。


「結局はあなた方の怠慢が原因なんだと認めたほうがいいですよ。そしてこれを教訓にしてこれからの国のために努力していってください。きっと外を見ればいつまでも下を向いている暇はないとわかるでしょうし」


 聯斗はそういうと先ほどと同じようにハーメックを支えながら地上目指して進んで行く。

 それが残酷な現実を突きつけることになるとわかっていながら。

ここまで口を出してそれで終わりというわけではないので

今後の聨斗の活躍に期待してください

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