ダウンベルト王国6
城へ向かって走り出した聯斗は数キロは離れていた距離をものの数十秒で踏破し、壊されてしまった結界を眺めた。
破壊された四枚の結界は既にそこにあったことが嘘であるかのように見当たらず、何とか大きな罅が入るだけにとどまった最後の一枚は蜘蛛の巣状に刻まれてる亀裂がレーザーの威力を物語っている。
その結界を構築した聯斗には、その威力が誰よりもよく理解できていた。
「あんな技を一対一の戦闘で使うのってアリか………?」
聯斗は我知らずポツリとそう呟く。
躊躇いもなくあんな攻撃を繰り出した竜人がこちらに高速で飛翔しながら向かっていることを知覚し、げんなりとした気分に陥った聯斗だったが、それをなんとか気力だけで持ち直し、再度結界を構築する。先ほど張った結界よりも多くの魔力を費やした強固な結界が十枚である。これでなんとか先ほどのような攻撃も耐えきれるだろう。
魔力がごっそりと持って行かれて若干ふらつきながらも聯斗は竜人に視線を移す。
竜人は飛行しながら物凄い勢いで加速を続けているようで、自分に届くまでの時間間隔が狂わされていた聯斗は迎撃に出る。
加速していることで直線的な動きになりがちなことを考慮して、この世界で一般的な一軒家を遥かに凌駕する大きさの火球を五つ生み出し、それを弾丸の如き速度で射出する。
「―――――――――!!!」
竜人は何かを叫んでいたが、音速を超す速度まで達しているためか聯斗の耳に届くことはなく、竜人はそれらの火球を回避して聯斗の近くに轟音を響かせながら着地する。
そのときの竜人の顔は人間である聯斗でさえ読み取れる程度には怒り狂っていた。
その顔を見た聯斗は先ほどの火球のことで怒っているのかと一瞬考えてしまったが、そうではないとすぐに気付くことができた。聯斗の目には竜人の前面の鱗の半数近くがひび割れて、所々出血している状態が映っていた。
おそらく先ほどのレーザーの余波を浴びてできた傷を治癒できていないからであろう。防御力が高すぎる鱗を持つが故に、防御を突破された時に肉体が受ける傷を肉体自体が想定していないのだ。
自爆とも思える現象に思わず笑ってしまう聯斗。
「ぷっ―――――」
「貴様………」
しかしどうやら竜人の怒りは聯斗の想像を上回っていたらしく、僅かに開いている口の端々から真紅の炎が漏れている。
「この俺様をここまで怒らせたのは俺様の人生で二人目だ」
「いやいや、さっきのは絶対に自爆でしょ!? 俺のせいにされても困るから。それに一対一の戦闘であんな攻撃しかけてくるそっちもいろいろと問題があると俺は思う」
「………」
怒り狂っているためか聯斗の言葉が耳に入っていない様子の竜人。
聯斗はそんな竜人を見て、今のうちに倒してしまおうと決意する。
人差し指を竜人に向け、その先に莫大な魔力を込める。それと同時に火属性の魔力に変換しつつ圧縮も行う。
全ての火属性魔力が一つの米粒大の火球に変化したところで聯斗はそれを竜人目掛けて打ち出した。
万が一避けられたときのために聯斗は竜人の次の動作に気を配っていた。
特級魔物として相応しい実力を有する竜人だからこそ、避けられない速度で撃ちだされたものも避けるかもしれないと警戒していた。
そして結果的には竜人はそれを避けられなかった。
―――――――――否、避けなかった。
竜人は飛んできた小さな火球を前に、口を大きく開くといった行動に出る。
先ほど竜人が放ったレーザーに近しい威力を誇るその火球は近距離で迎撃するには危険に過ぎ、それは悪手であると言わざるを得なかった。何せ先ほどはその余波で前面の鱗が割れてしまったのである。近距離で迎撃などしようものなら、間違いなく致命的な損傷を負うことになるだろう。
しかしそこで聯斗の予想を上回ることが起こった。
聯斗は迎撃するものだと予想したのだが、竜人はその火球を丸呑みにしたのである。
直後、竜人の身体が僅かに膨張し、ゆっくりと収縮して戻って行った。
「………そんなのセコくない?」
収縮が終わった後には亀裂が入っていた鱗が復元し、出血も止まっていたのである。
それだけでなくゆっくりと減っていっていた竜人の魔力も回復していた。聯斗の魔力は残り二割弱ほどなのに対して、竜人は七割近くまで回復してしまっている。
これからどうやって攻めようか考えていた聯斗だったが、竜人の変化はそれだけに止まらなかった。
全身の筋肉が盛り上がり、翼はより大きく、尾はより太くありながら先端は鋭く凶悪に変化していった。
「貴様は絶対に殺すッ!!」
眼が血走った竜人は翼を大きく一振りする。
すると無数の風刃が発生して聯斗に襲い掛かった。少し前までの竜人の攻撃とは桁違いな威力に、聯斗は防戦一方になっていく。
隙を見て火水風の魔法で反撃していくも、どれも竜人に傷一つ負わせることなく鱗に弾かれて掻き消える。
「ちょこまかと小賢しい!」
傷を負うことはなくとも小さな攻撃を受け続けるのは竜人にとっても疎ましいらしく、さらに聯斗が竜人の周囲を高速で移動するのもその苛立ちを助長していた。
竜人は聯斗の隙を見つけて口から火炎を吹き荒らす。
それは広範囲に渡る攻撃であり風で受け流そうとした聯斗だったが、ただの火炎と違い威力も勢いも普通の竜が放つものとは桁違いなものであったため、やむなく結界と高速移動で避け続けるしかなくなる。
聯斗は魔力を防御だけに使うことが自分の首を絞める行為だと自覚しながら、それを逃れられないことに僅かな焦りを覚え始めた。
「弱い者苛め反対っ」
「戯けッ!!」
焦りを紛らわせようと軽く冗談を言った聯斗に竜人は一瞬で間合いを詰める。
単純な殴打を放ってきた竜人に対して、聯斗も同じく拳で応える。
二つの拳が衝突した瞬間大気が震える。それはおよそ拳同士の衝突とは思えないほどの衝撃であった。
拮抗は一瞬、打ち負けたのは聯斗の拳であった。
勢いを殺しきれず吹き飛ばされた聯斗は風魔法と自身の身体能力で強引に態勢を整えて着地する。
咄嗟に右の拳を見た聯斗の瞳に映ったのは、ありえない方向に折れ曲がった手首と肘から突き出した骨であった。
それを見た竜人は楽しそうに嗤う。
「そろそろ終わりかよ?」
「まさか」
右腕を一瞬で完治させた聯斗は平然とした顔で返す。
しかし魔力が残りわずかな聯斗はここで賭けに出ることにした。
「このままだと俺が負けそうだ。そこで一つ提案がある」
「貴様は殺す。逃がすという選択肢なんてねぇよ」
「そうじゃないよ。魔力も残りわずかだし最後に最大火力の勝負にしない? それで負ければ俺に勝ちはないと思う」
それは竜人に利のない賭けであった。
どの道このまま通り戦闘を続けていれば、先に魔力が枯渇するのは聯斗のほうである。魔力が枯渇すれば自身の怪我を治す力も、遠距離から攻撃する手段も、敵の攻撃から身を守る結界の力も失う。
必然的に竜人の勝ちとなるのである。
近接戦闘を主とする戦闘を行う戦士なら魔力は必要ないのかもしれないが、聯斗は魔力を主体に戦っている。そして武器の一つもなくては話にならないだろう。
そして今回は遠距離攻撃を無数に放ってくる竜人が敵である。敵が悪すぎた。
「………いいぜ。火力なら俺様に勝てると思っているその考えをぶち壊してやるよ」
「それは面白い」
一見、受ける必要のない賭けである。
普通の判断をする者なら乗らないだろう。
しかし竜人は乗る。
自身の力こそ最強だと考えているが故に。
それは聯斗にはよくわかっていた。
「最後に名前を教えてよ。魔王に名付けられた名前があるでしょ?」
「これから死ぬ奴に教えてやる義理なんてねぇが人間の分際でこの俺様を怒らせたんだ。教えてやってもいい」
竜人はゆっくりと魔力を集めていく。
「俺様の名前はフューリー。この地上で最強種の竜だ」
「じゃあ俺も改めまして、聯斗だよ。最後によろしく」
聯斗もゆっくりと無駄なく魔力を練っていく。ここで全ての魔力を使い切ると心に決めて。
魔力が枯渇すれば気絶して動けなくなるかもしれない。
しかし聯斗にとってそんなことはどうでも良かった。
ここで勝てなければ逃げることもできずに負けることになるからである。
一定の距離を置いて向かい合う二人。
二人は体内に存在する魔力を支配していく。
この攻撃がこの戦いの幕引きになると確信して。
二人がそれぞれ口を開き、腕を前方に突き出すのは同時だった。
竜人は余波だけで自身の鱗を破壊できるレーザーを更に上回る威力のレーザーを撃つために、聯斗はこの勝負で勝利を得るために必要な魔法を放つために。
かくして二人は同時にそれらを解き放った。
竜人から放たれたレーザーと聯斗から放たれた稲妻は竜人寄りの地点で衝突した。
二つの力の塊が衝突した瞬間、そこに内包されたエネルギーが周囲に解き放たれる。目視不可能なほどの光量、そこから溢れ出る熱量は金属すら瞬時に蒸発させるほど。
必然的に結界を張れない竜人と、全身を守る結界を張るだけの魔力が残っていない聯斗はその場から離脱しなくてはいけなくなる。
しかしその破壊の波が襲い掛かる速度には及ばない。
波に飲み込まれそうになった瞬間、聯斗は上半身を守る程度に残しておいた結界を張る。
竜人はその波から逃れながらも、聯斗が消し炭になるところを見ようと視線を聯斗に向け続けていた。
そして竜人は目撃する。聯斗の下半身が消し飛び、結界も割れ散る瞬間を。
――――俺様の勝利だッ!!!
そこで口角を吊り上げた竜人も破壊の波に飲み込まれた。