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ダウンベルト王国4

 この世界に解き放たれて、僅か数時間で世界に興味の失せた竜人は眠っていた。

 この世界の文明レベルが自分の知っている文明レベルの遥か下にあると気づいてしまった故に。

 まず以前の世界の町に外壁などというものは存在しなかった。何故なら大陸を支配していたのは人族等だったのだから。しかしこの世界ではそんなものが必要になる程度には人族等が弱体化している。

 さらに町の至る所にあったはずの魔力を動力源にして動く魔道具が、この世界では全くと言っていいほどに見当たらない。

 それだけではなかった。様々な種類で相手に大きなダメージを与えていた以前の高威力の魔法とは違い、現在の魔法はどれも威力が乏しく、種類も似たり寄ったりで単調。

 この三つに気付いただけでこの世界がどういう状態にあるのか否が応でも察してしまうというものである。

 だからしばし眠ることにした竜人。することもしたいこともないのだから。

 しかしそれも長くは続かなかった。

 それが竜人にとって幸運なのか不運なのかはわからないが。


 それは突然の出来事であった。

 竜人の鋭い知覚範囲内に一つの個体が姿を現した。その速度たるや竜人の知る人間とは隔絶したものであり、一瞬魔物か何かだと判断しかけたくらいである。

 しかし竜人はそう判断しなかった。何故ならそれは全身を黒い・・ローブで覆い隠しながらも、ローブがはためくことで二足歩行である証の二本の脚が見えていたからである。

 その人物はまだ僅かながらに残っている外壁――――それでも三、四メートルの高さはあるが――――を跳躍で軽々と飛び越えた。そして瓦礫で非常に悪くなっている足場を、まるで整備された歩道の上を走るかのように進んで行く。

 この時点で竜人はただの人間ではないと察していた。


 竜人はゆっくりと翼を広げて、城壁の手前で立ち止まったその人物を睥睨した。


「何の用だ、人間」


 もしかしたら何も答えないかもしれないと思っていた竜人であったが、その人物はあっさりとそれに返答する。


「どうも。今日は勧誘にやってきたんだよ。俺達の仲間にしてあげようかなと思ってね」

「勧誘だと?」


 竜人はあまりにも上から目線な口調に僅かながらに怒りが芽生える。

 しかし数百年を生きる竜人はこの程度で怒り狂ったりはしない。この程度の身の程を知らない人間や魔人を今まで何度も見てきたからである。

 それに何より青年――――声と口調から判断してまだ大人ではないと竜人は判断した――――の戯言だと内心嘲笑っていた。


「そう、勧誘。それほどまでに強いと友達がいないんじゃないかと思ったんだ」

「まるで俺様の力量を既に知っているかのような口振りだな、小僧」

「まさか。戦ってもいないのに相手の力量を推し量れるわけないよ。俺は君が翼を広げる動作しか目にしていないしね」

「減らず口を……まぁいい。それで俺様を仲間に勧誘、だったか? 人間ごときが俺を仲間に引き入れようとするなど片腹痛いわ」


 竜人は青年の発言を笑って切り捨てた。




 かつて竜人に勝利したことがあるのは魔人ただ一人。その魔人はその時代で魔王と呼ばれ、魔人の頂点に君臨していた。


 生まれたときから竜人とは特別な存在であった。

 まるで強者であれと生み出されたかのように周囲の生物、魔物とは格が違い、訓練などせずとも本能に植えつけられた戦闘本能だけでどんな敵にも圧倒的な勝利を収めてきた。弱すぎる者ではその目に見つめられただけで自ら死を選ぶようになるほどだ。

 だから勝利を望んだこともない。竜人にとって勝利とは望まずとも付いてくるものだった。


 友達や仲間などはいなかった。しかしそれを苦しいと感じたこともなかった。友と一緒に過ごすのがどういうものかを知らなかったが故に、それを望んだことすらなかったのだ。

 ただ家族や仲間と楽しそうに過ごす生物を見ると無性に殺意が湧いた。しかし竜人にとってそれはそういうものと割り切っていたため、そのことについて深く考えたことはなかった。唯一それを解消することができたのはそれを破壊して消し去ったときだけ。だから竜人はそういう光景を目にする度に自分の力を行使してきた。

 毎日毎日目につく生物を殺して破壊して滅しているとき、一人の魔人が竜人に接触してきた。

 そしてその魔人は竜人に向かってこう言ってきたのだ。

 「私の仲間にならないか」と。

 「友達になろう」と。

 竜人がそれを拒絶すると、魔人は一つの勝負を持ちかけた。

 もし自分が負ければ潔く引き下がるが、勝ったときは仲間になることを約束してほしいと。

 竜人はそれを鼻で笑って引き受けた。自分に勝てると考えていることが可笑しかったし、何よりも負けても生き残っていると思い込んでいることを嘲笑っていた。


 しかしそのときの竜人では全く相手にならなかった。自分の全ての攻撃を躱すか受け流され、相手の全ての攻撃が自分の身体の奥底まで浸透してきた。

 今までどんな相手もほぼ一撃で屠ってきた竜人は、自分の攻撃が全く通らない魔王に対して未知の感情を抱いた。

 それは複雑な感情であった。恐怖とは違う、しかし辛苦でもない感情。

 勝つことが当たり前であった竜人には理解できないもの。


 生まれて此の方、負けというものを味わったことがなかった竜人は魔王との約束である仲間になることを受け入れ、魔力交換による契約を結んだ。

 それからは魔王に言われるがままにあらゆる戦闘訓練や学習をした。それが自分を高めることだと教えられたし、自分でも以前より強くなっている実感があったからだ。

 しかしそれは竜人にとって服従を意味するものではなかった。今までは何もせずとも有していたが故に、欲しいと思うことすらなかった力というものを自ら欲したのだ。

 雪辱を果たすために。

 自分に敗北という感覚を思い知らせてくれた魔王に勝利し、勝負で負けたときに植えつけられた感情を理解するために。




 そんな竜人に対して、青年は淡々と言葉を綴る。


「でもそれだとずっと孤独だよ。仲間もいない友達もいないじゃ何も楽しくないでしょ?」

「楽しいだと? 楽しみなど俺様には必要ない。ただ力の限り全てを破壊し消滅させる、それだけだ」

「そんな簡単なことしてて自己満足とか可哀想な人生なんだね」

「……何だと?」


 憐れみなど未だかつて向けられたことがなかった竜人は、今度こそその目にはっきりとした怒りが灯った。

 翼を僅かに動かしいつでも動けるように体を解す。その副産物として周囲に突風が吹き荒れた。


「事実でしょ? 力があれば破壊なんて誰にでもできるんだよ」


 しかし竜人は暴れださない。

 目の前の青年の話がまだ終わっていなかったから。


「誰にでもできるとは限らないのは創造。無から有を生み出すことなんだよ」


 最後まで話を聞き終わった竜人はしかし、青年の言葉を笑い飛ばした。


「キャハハハハ!! 餓鬼のくせによく回る舌だな! 数百年を生きてきたこの俺様にたかが数十年しか生きられぬ人間が説教かっ!? 滑稽とはまさにこのことだ!! キャハハハハハハハハハ」

「………」


 青年はその口を閉ざした。

 それは言い返せないからか、はたまた言い返さないのか。


「俺様は生まれたときから今日この日まで説教をされたことなど一度もなかったが、まさか最初にされた説教が人間からとはなっ。笑わせてくれる!!」

「はぁ………あの魔物はもう少し聞き分けが良かったんだけどな」

「あ゛あ゛? なんだって?」


 まるで自分が聞き分けが悪いと馬鹿にされたように感じて、竜人の顔色が再び変わった。


「なんでもないよ。この前勧誘した魔物は結構簡単に仲間になってくれたよ。自分の力量もしっかりと把握できていない君とは違ってね」

「小僧………」


 青年の言葉にいよいよ我慢ならなくなってきた竜人はその大きな翼を自分の存在を誇示するように限界まで広げ、眼を細めて青年を睨みつける。

 大抵の人間はこれだけで身動きが取れなくなるが、果たして目の前の人間はどうか。


「あんまりそうやって周りを威圧しすぎないほうがいいよ」


 しかし青年には全く効いていないようであった。


「咬ませ犬に見えるからさ」


 むしろこの状態に耐え切れなくなったのは竜人のほうであった。


 翼を大きく一度はためかせる。

 それによって青年の前方に竜巻が発生した。その竜巻は竜人が封印から解放されたときとは比べものにならないほど巨大で、下部の直径だけでも十メートルはあった。

 それがゆっくりと青年に近づいて行く。


「俺様をここまで虚仮にした貴様の名前を聞いてやる」

「名前かぁ……」


 危機が目前まで迫っているにもかかわらず、その青年の態度が変わることはなかった。


「死ぬ前に早く言え」

「………俺の名前は――――」

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