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拒絶の意思

 愁斗が王都から本を買い占めたその日の夜。

 さっそく読書を始めていた。

 とはいえいくら愁斗でも普通に・・・この数の本を読み切るには半年以上はかかってしまうので、本を読み始めたら時魔法を自分にかけて加速するようにしている。自分が速いということは相対的に周りは遅いことになり、例えば愁斗が過ごす時間が一時間だとしても現実には十分しか経っていないということもできるのである。

 しかし流石に二十四時間も読書をしていたら飽きてしまう可能性があるということで、箱庭で訓練を終えて戻って来てからきっかり十二時間は読書に時間を費やすことにしたのである。現実時間では一時間分である。

 ちなみに身に着けている時計の時間が狂うと困るので二つ時計を用意し、片方は時魔法の効果範囲内に残りは効果範囲外にして、実際に経過した時間と自分が過ごした時間で使い分けるようにする。

 本の内容も物語などの小説は省き、知識を蓄えるための本を優先して読むことにし、全体の四割――――――娯楽の少ないこの世界では小説は多い――――――は現在読む必要がなくなったのである。


 四十冊ほどの本を読み知識を頭に入れた愁斗は実際に飽きるといったことは起こらなかったが、明日からも時間ならあると思って眠りについた。




 次の日の早朝。

 愁斗は改めて自分がとんでもない巻き込まれ体質であると実感する。


「…………」


 ユークリウス国王から愁斗に手紙が届いた。


 愁斗の覚醒はこの手紙を届けに来た近衛騎士のノックが原因である。

 この世界に来てから朝にそこまで弱くなくなった愁斗はすぐにベッドから飛び出し、その近衛騎士から国王からの手紙を受け取ったのである。


 実際に国王から一国民に渡されるものと言えば、城への召喚命令など国王権限に基づいたものが多いが、今回はどうやら国王からの依頼という形をとっているらしい。

 愁斗は去っていった近衛騎士から視線を手紙に落とす。

 羊皮紙でないことから燃やして焼却する必要があるほどのものであると愁斗は結論付けた。

 そしてその予感は見事的中する。

 書かれていた内容は約一週間前に隣国であるダウンベルト王国の王都ヘルナスが陥落した可能性についてであった。原因は人型の竜と思われる特級魔物の封印が何者かに解かれ、王都で破壊の限りを尽くしているとのこと。

 ユークリウス王国の軍では特級魔物に対抗できないため、その特級魔物を討伐してほしいとの旨が最後に綴られていた。


「……まぁ、いつか起こるだろうと思っていたけどね」


 ダウンベルト王国もミネリク皇国の脅威に晒されていたことはもちろん知っていた愁斗である。ダウンベルト王国に元魔王の契約魔物が封印されている場所があったとしたら、そのうち解かれるであろうとは考えていたのだ。

 どの道ユークリウス王国に件の特級魔物が攻め込んで来たら対処するのは愁斗なのである。それが予定より少し早まっただけだと考えれば、特に気にする事態でもないであろう。


 しかし愁斗は今ようやく休暇がもらえているのだ。冒険者ギルドで依頼を受けていない愁斗にとってはいつも休暇であると言えることは横に置いておいて。

 にもかかわらずそれを邪魔されるのは愁斗にとってあまり良い気分ではなかった。

 要するにあまり乗り気ではないということである。


「でもなぁ……」


 しかし今愁斗がそこに向かえば助けられる命が多くあるかもしれないと考えると、自分の休暇に僅かながらの罪悪感を覚えてしまうのだ。

 その罪悪感はほんの僅かかもしれない。何せ愁斗には何の関わりもない国の出来事である。ユークリウス王国に被害が出るまでは知らぬ存ぜぬを貫き通したとしても、誰も愁斗を咎めないだろうし誰も愁斗を咎める権利などないだろう。

 気持ちのいい休暇を過ごすことは放棄することになるが。


 そこで愁斗はいろいろと思案を始めた。

 自分の契約魔物を向かわせるというのもその一つの案である。

 しかし元魔王と共にいた魔物に自分の契約魔物が勝てるのか愁斗には判断できない。毎日愁斗がいる時は一緒に戦闘訓練をしているし、愁斗がいない時も遊び感覚で戦闘訓練のようなことをしている愁斗の契約魔物である。弱いはずなどない。

 それでもまだ特級になってから日が浅いのだ。もし相手が生まれたときから特級魔物相当の力を備えていて、数十年、数百年の時を生き抜くほどの戦闘経験を積んでいれば、愁斗の契約魔物が負けてしまってもおかしいことではない。

 それに元魔王の契約魔物であるコウリュウは町一つを軽々と消し飛ばせるほどの攻撃手段を持ち合わせていながら戦闘特化型の魔物ではないのだ。相手が戦闘特化型の魔物ならば尚更危険すぎる。それが愁斗の契約魔物にも同じことができたとしてもである。

 だから愁斗はこの案を採用しない。


 ではフェルネに向かわせて対処してもらうか。

 この案も愁斗にとっては論外である。

 自分が休憩したいからという理由で仲間に仕事を押し付けるのは愁斗の望むところではない。

 それに弱くないとは言っても女性にそんなことさせようなどと愁斗には思い浮かぶことすらない。


 愁斗はますます頭を悩ませることとなった。









 愁斗に手紙が届いた次の日の夜、ユークリウス王国の現国王ヴィルヘルム・オルデス・ユークリウスは自分の耳を疑った。


「それは……」


 信じられないといった表情で宰相であるザルザに顔を向ける国王。

 しかしザルザはその顔を真面目な表情で見つめ返した。


「事実です。現にシュウト殿は昨日から今までその宿から一歩たりとも外に出ていません」

「あのシュウト殿が………なかなかに信じ難いことだ。報酬は決して多いとは言えないが、彼なら自分の正義感に基づいて行動してくれるものと思っていた」

「それには同感ですね。私も彼はこの依頼を受けてくれるものと思っていました」


 国王は愁斗が王都にいるときに限り、常に監視をつけていたのである。

 これはすぐに連絡が届くようにするための処置であって、決して後ろめたい意味合いを含むものではない。だから国王は愁斗がこのことに気付いてしまっても問題はないと思っていた。むしろ気付いていて当然といった考えすら持っていたのである。


「我々の目を盗んで宿から出ていったとは考えられないか? 彼ほどの腕があればそのようなこと児戯に等しいのではないか?」

「それについては私も思いつきました。ですから宿の一階、食堂で監視させているのです。しかし先ほど夕食を食べているシュウト殿とフェルネ嬢を目撃したそうです。もしかしたら明日、依頼を受けてくれるという可能性もあります」


 そう言いながらもザルザの口調には冗談めかしたところがあった。


「いや、それはないであろう。受けてくれるなら早急に行動するように伝えた。二日間も行動がないとすれば今回の依頼は受けないということだ」


 ダウンベルト王国の王都民が城の地下に籠城していることとあまり長く持たないであろうことは愁斗に伝えたのだ。

 その日に行動を起こさないとなれば、それが依頼を受けないという返答であることは誰であっても気付くだろう。


 ユークリウス王国は大きくため息をつく。

 自分でもこの依頼の難度がわかっているのである。だからこそ依頼という形をとっていた。国一つをもってしても対処できないほど困難を極める仕事を、命令という形をとって相手に受けさせるのは国王の理念に反する。

 何より、もし愁斗を失えばこの国はミネリク皇国に対抗できる唯一の武器を失うことと等しい。そんなことは何としても避けなければならなかった。


「時間さえあれば私自らシュウト殿のもとへ向かうものを………」

「そんなこと許しませんよ。バックレイウ男爵以下三貴族の逃亡についての詳細がわかるまでは城下町に行かれることは許可できません」

「はぁ………頭が痛い問題だな」

「全くです」


 愁斗がコウリュウの封印を解いたのがバックレイウ男爵の手の者だと伝えたその日には、騎士数十名を伴った将軍自らが確保に向かっていた。幸いにして国境警備を担当している貴族以外のほとんどの貴族は、特級魔物の封印が解かれたことを聞いて王都に集まっていたのだ。

 しかし王都にある別荘に向かったときには既に遅かった。その別荘は蛻の殻となっており、あるのは数十人の使用人の死体だけであった。その死体の数も本来の使用人の数の半数ほどでしかなかった。

 逃げられることを想定して外壁にある門全てに警備兵を集結させていたため、そこから逃げられたという可能性は低く、すぐに王都中にバックレイウ男爵捜索令が敷かれた。

 しかしながら別荘にいたはずの多くの使用人ごと消えているというのに、その一人さえ見つけることはできなかった。

 確かに王都は広大で捜索は簡単ではないが、手がかり一つ見つからないのはいくらなんでもおかしい。

 そのまま数日間捜索が続行されたが、結局手がかりは何も見つからなかった。


 しかし問題はそれだけでは終わらなかった。

 同じように消えた貴族一家がもう二つあったのである。

 しかも同じように何の手がかりも得られない。


 このことは国王を含むこの国の貴族たちに大きな衝撃と恐怖を与えた。

 何の痕跡も残さずに瞬時に消えることができる方法。

 それは――――――



 空間魔法。



 一人で国軍に匹敵する価値のある魔法属性。

 現存する魔法は『ワープ』と『テレポート』。

 『ワープ』は魔力量の許す限り、自分をどこまでも遠くへ瞬間移動できる魔法。

 『テレポート』は魔力量の許す限り、物質をどこまでも遠くへと瞬間移動させる魔法。

 これらの価値は計り知れない。何故なら大軍を敵国の中枢に送り込むことも、戦闘中に敵の背後に瞬間移動することすらも可能なのだ。

 一度行ったことがある場所のみという制限など些細なことである。『ワープ』を連続使用すれば警備など一瞬で通り抜けることができるし、誰も『ワープ』を使う人間を捕まえることなどできないのだから。


 軍だけで既にユークリウス王国とダウンベルト王国の総力を上回っており、その上、空間属性保持者までいるとなれば勝負にならなかったであろう。

 もしかしたら寝返っていた貴族すらいたかもしれない。

 しかし大崎愁斗という存在がそれを食い止めた。

 一般的な騎士では傷一つ与えられなかった特級魔物を跡形もなく消し飛ばせる人材。イレギュラー中のイレギュラー。

 そんな人物がユークリウス王国の味方であったのだから。


 絶望的な状況でありながら絶望しなかったユークリウス王国は、思考を切り替えて次の命令をザルザに下す。


「すぐに王都の防衛体制を整えよ。さらに国境付近の民には避難勧告を発令する」

「かしこまりました」

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