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魔力の質

 愁斗とフェルネがケルトール魔具店を尋ねた翌朝。

 愁斗は宿屋のベッドの中から出られずにいた。


 季節は初冬。

 寒いということに変わりはないが、それが原因でベッドから出られずにいるわけではない。そもそも寒さを感じても自分の着ているものに火魔法を付与すればいいだけのことだ。

 では何かが愁斗の身体を拘束しているのか。

 この可能性の方がありえないだろう。愁斗は最上級魔人と肉弾戦ができる肉体と膂力を有しているのである。そんな愁斗を肉体的に拘束することができる者がいるとしたら、それこそ最上級魔人やそれに匹敵する特異・・な特級魔物だけである。

 ちなみに愁斗とフェルネは同じ宿に泊まっているが同じ部屋に泊まってはいない。もちろんそれは愁斗の精神衛生的に問題があるとの自己判断からきている。よってフェルネが愁斗を拘束しているという考えは削除される。


 ではベッドから出られない原因はどこにあるのか。




 コンコン。


「おはよう、愁斗」

「…………」


 コンコン。


「どうしたんだ?」

「………………」


 コンコンコンコン。


「具合が悪いのか?」

「今日は絶対に休む!」

「…………」


 フェルネが愁斗の部屋の扉を叩くこと数回。

 ようやく愁斗が返事を返した。しかし言っていることの意味がよく分からず、フェルネは困惑するばかり。


「どうして休むんだ?」


 フェルネがそう尋ねると同時に目の前の扉が開いた。

 そこから愁斗は顔を覗かせたが、やはりフェルネには愁斗の体調が悪いようには見えない。

 たっぷり数秒ほど愁斗を観察したフェルネは肉体面の問題ではないと判断した。


「………それがさ、なんか俺達って働きすぎてると思わない?」

「……………は?」


 愁斗の発言はフェルネの予想を斜め上に行き、三百六十度ほど回って戻ってきたくらいには意味の分からないものであった。

 フェルネは何と返せばよいか全くわからず、ますます困惑せざるを得なかった。


「まぁとにかく中に入ってよ」


 意味の分からない発言を始めた愁斗も、さすがに部屋の前に女性を立たせておくことの意味までわからなくなってはいないようである。

 フェルネは黙って部屋の中へと入って行く。

 中にはフェルネの部屋と同様、簡素なベッドと机、椅子があるのみである。私物は全て愁斗お手製のマジックポーチにしまってあるので、物が散らかっているということもない。


 フェルネはベッドに腰掛け、愁斗が椅子に腰かけたのを確認すると先ほどから気になっていたことを尋ねる。


「働きすぎ……とはどういうことだ?」

「いや、だってさ………俺達には休日ってものがないでしょ?」

「そんなことはないと思うが」


 冒険者とは冒険者ギルドに行って自ら仕事を探さない限りひたすら休日なのである。

 愁斗はあまり冒険者ギルドには顔を出さないし、謂わば常に休日であるといえるだろう。


「確かに依頼は受けてないけどさ、俺達は依頼以外にすることがありすぎて休日と呼べるものがないでしょ? 俺達が前に住んでいた世界では一週間に一日か二日は休日があったんだよ。ゴロゴロしても良し、遊びに行っても良しな休日がね。それなのに俺はこの世界にきて働いてばっかりなんだ」

「………」

「そろそろ俺達にも休日、いや長期休暇が必要だと思う!」

「………」


 フェルネは愁斗の発言に何と返せばよいか全くわからなかった。

 しかしフェルネは最近の出来事を頭に思い浮かべて、確かに休暇があって然るべきだと思い直した。

 旅の途中に国王から呼び戻されて特級魔物を結果的に討伐することになり、それの事後処理としてマルタ町の周辺に移動してきた上級魔物の排除しようとしたら殺し屋に狙われ、次は王都まで戻って殺し屋を差し向けた人物と対面。

 もしこれが本当に仕事だったとしたら、間違いなくその会社はブラック企業認定を受けるであろう。なにせ移動時間も考慮すれば数週間は動きっぱなしになるのだから。


 愁斗とてこの程度のことで肉体的疲労が溜まってしまうほど軟弱な肉体をしてはいない。

 しかし愁斗は考えていた。肉体的疲労を感じないからといって休まないというのはいかがなものかと。こういったものは後に重大な病に侵されてポックリ逝ってしまうものだと。

 この世界に来る前は大学受験生であった愁斗はもちろん過労死というもののことをよく知っていた。英語にもローマ字表記で過労死というものが生まれてしまうほどなのだから。


「休むのは別にいいと思うがどうするのだ?」

「どう、とは?」

「宿から出ないつもりか?」

「そんな日があってもいいと思う。長期休暇にするつもりだから娯楽で休暇を満喫するのもいいし、趣味に時間を費やすのもいいと思う」


 愁斗の何気ない『趣味』といった単語にフェルネは思案気な顔を作った。

 百年以上生きているフェルネであるが、生まれてこの方、趣味といったものを持ったことがないのである。だからこそ趣味を持つといった感覚がフェルネにはよくわからなかった。


「趣味、か………愁斗には何か趣味があるのか?」

「うーん……趣味と言っていいのかわからないけど、最近楽しいと感じることはできたなぁ」

「それはなんだ?」

「魔物の進化を見て、知ることが楽しいんだよ」

「魔物の進化?」


 フェルネでさえも見たことがない現象に僅かながらに興味をそそられる。


「そうだよ。これは文献と俺の経験から導き出した一つの仮説なんだけど、異種族同士が魔力を交換すると普通なら僅かながらに力を得られるでしょ?」


 異種族とは人族、妖精族、獣人族、魔人族、魔物のことを指す。

 実際に異種族同士で魔力を交換しても得られる力は僅かながらである。しかし愁斗は人族、魔人族、魔物のどれと魔力を交換しても相手に多大な力を与えてきた。愁斗自身は何も得られなかったし失わなかったが。

 だから愁斗はこう考えた。


 魔法の強さは魔力の量と質、魔力操作能力によって変化するが、魔力交換によって引き起こされる力の強弱はその魔力の質の変化に伴うものなのではないか、と。

 種族に関係なく自分よりも質の高い魔力を取り込めば、自分の魔力の質を上げて結果として力を得ることができるのではないか、と。


 この仮説はある程度は当たっていた。

 しかし一つだけ異なる点がある。

 それは全てが質で決まるという点である。

 愁斗は自分が人族に魔力を渡すことによって力を得たという体験をしたが故に間違った回答を導き出してしまった。同族同士でさえこの質に左右されるのではないかと疑問を持ってしまったのである。

 しかし実際は違う。似た魔力を持つ同族同士では魔力の質が向上することはない。

 幸いなことに愁斗は自分の魔力が地球のものである可能性も含めて考えているため、人族同士で実験をしたりしないが。


 しかし愁斗はこの考えすらも誤り(・・)であると気づくことはできなかった。

 異世界人と魔力交換をしても他者に多大な力を与えることなどないという文献が存在しないが故に。




 愁斗の説明を聞いてフェルネは納得したと頷く。


「だからフェルネがそうであったように、魔物も俺の魔力を受け取って力を得るんだよ。進化という過程を経てね」

「なるほど。確かに愁斗の魔力は異常・・なほどに綺麗だしな。見ていて思わず見惚れてしまうほどだ」

「そう言われると恥ずかしいけどね……」


 愁斗は僅かながらに顔を赤くした。


「私も魔物の進化とやらにはとても興味がある」

「でしょ!? やっぱりフェルネならわかってくれると思ってたよ。ありがとう!」

「そ、そうか?」


 そしてフェルネは僅かながらに照れを顔に浮かばせる。

 これが乙女フィルターがかかった状態というわけである。


 こんなやり取りを他者に見られたらなんと言われるか、などと二人とも頭の中には全くなかったが、もしそうなった場合に睨まれることになるのは愁斗だけだっただろう。


「だからこれからもまだ契約してない魔物と出会うたびに契約していこうかなと思ってるんだ」

「なら次に契約するときは私の前でしてほしい」

「もちろん。フェルネに箱庭のことを話す前まではちょくちょく抜け出して契約魔物を増やしてたんだ。だから契約自体はすぐに見せられると思う」

「なら今から行かないか?」

「………今日は休まない?」

「なぜだ?」

「久しぶりに差し迫った用事もないし、何より一日ベッドでゴロゴロしていたい」


 フェルネはバックレイウ男爵の件について国王に訊きに行くという用事が一瞬だけ脳裏を過ったが、それについては触れずに頷くことで返事をした。


 そしてフェルネはそのまま愁斗・・のベッドに横になった。


「………」


 しかし愁斗はその行動の意味が理解できない。

 フェルネが愁斗の黙りこくった様子に気づき、疑問を投げかける。


「シュウト、どうしたんだ?」

「いやいや、それはこっちのセリフだからね!? なんでそこのベッドに横になってるの!?」

「ん? 今日は一日ベッドでゴロゴロするのだろう?」

「そうじゃなくて! なんでここのベッドで横になるの!? フェルネにはフェルネの部屋のベッドがあるでしょ!!」

「ここのベッドで一緒に横になるのはダメか?」

「ダメじゃないけど………」


 正直愁斗ははっきりと理由を告げたかった。

 これほど美人でスタイル抜群な女性と一緒のベッドで横になるのはいろいろと危険であると。

 しかしそれを口にするのはかなりの勇気を必要とするのである。それこそ二つ名を持つほど有名な殺し屋と対峙するよりも。

 レイナやアイナの場合も緊張しないわけではないが、彼女たちは愁斗にとっては保護対象のように感じていて、フェルネに比べればソッチ系の感情に引き込まれにくいのである。


「そもそも私は何故二人で一部屋にしないのか疑問に思う。そちらのほうが安上がりなのだろう?」

「………」


 愁斗はこの後、あまりに難しい説得を再び始めるのであった。

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