近づく四人組
愁斗とフェルネがマルタ町を去っていってから、レイナとアイナはひたすら依頼をこなそうと考えていた。
レイナもアイナも四級冒険者としての実力は十分だと愁斗から太鼓判を押されていた。足りないのは冒険者そのものの実力だとも言われていた。
だからこそ二人はとにかく依頼をこなし、経験や知識を積み重ねていこうと話し合っていたのだ。
愁斗と一緒に冒険者として必要な知識を学んでいった二人だが、愁斗の物覚えの良さは二人とは圧倒的に違う。ほとんどのことを一度で覚えてしまう愁斗と違って、レイナもアイナも上級冒険者という点を除けば普通の女の子である。愁斗の学習速度について行けというのが酷というものだろう。
しかしアイナは愁斗から裏技を教わっていた。それは学習時に自分の頭に強化魔法をかけて頭の回転を速めることである。強化魔法とは強度を増すだけの魔法ではない。目に強化魔法をかければ視力が上昇し、耳に強化魔法をかければ聴力が上昇する。実はとても使い勝手のいい魔法なのだ。
もちろん誰にでもできることではない。上級冒険者に相応しい魔力操作能力があってこその芸当である。愁斗と魔力交換していなければおそらく一生できなかっただろう。
もともとレイナとアイナは貧しい村の出身だった。どこにでもある普通の村である。その村が現在小競り合いの続いているミネリク皇国の近くでさえなければ、より良い生活が送れたかもしれなかった。二人はそのことを両親に恨んだことなど一度もなかったのが。
二人は両親に愛をもって育てられたが、ある程度成長して二人の弟が生まれたときに変化が訪れた。
満足な食事もままならなくなり家計が一気に傾いたのである。
両親はそれでもレイナとアイナを大事に育てようとしたが二人がそれに耐えきれなくなったのだ。
心の優しい少女達である。
自立すると言い、そのときのために勉強や訓練を始めた。旅や冒険といったものに憧れがあったことも後押ししたのだろう。
運良く二人とも魔法の才能があったため、村で唯一魔法の使えた近所のおじさんに頼んで簡単な魔法を使えるようにし、定期的にやって来る行商人に冒険者としての軽い知識などを伝授してもらった。
旅立ちの時は両親が溜めていた僅かな貯金を手に、行商人に村の一番近くにあるセイラスと呼ばれる町まで連れていってもらったのだ。
セイラス町に着くと真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かい冒険者として登録した。最初は日銭を稼ぐことだけを考えて町の中の依頼だけを受けていた。どれも高度な能力を必要としない雑用のようなものであった。
その日の食事のための金銭を稼ぐだけで精一杯だったそんなある日、冒険者階級が一つ上がり七級冒険者になった二人は依頼の報酬が僅かに上がったことを機に貯金を始める。雀の涙ほどの僅かな金額ではあるが毎日毎日それをこなし、僅かに余裕ができてきたところで安物の武器と防具を買って町の外の依頼も受けるようになった。
回復薬すら買うことのできない二人は町の周りに近寄ってくる弱い魔物だけに的を絞って、二人で確実に仕留めることにしていた。知能の低い低級魔物ならば二人がかりで確実に仕留めることができるのである。
これによって報酬は倍近く変わった。貯金のスピードも倍になり生きること自体が難しくない程度に稼げるようになったところで一つの大きな依頼を受けたのだ。
商人の護衛の依頼である。
セイラス町の周辺は六級以下の魔物がほとんどであり、七級冒険者が複数人集まれば負けることはまずない。だから商人は依頼料が少なくても済む七級冒険者や六級冒険者を雇って町と町の間を渡ることにしたのである。
隣の町に着いたとき二人は今まで手にしたことのない大金を手に入れた。あくまで二人にとっての大金であり世間一般的に見れば普通の金額である。
二人はもう一つ隣の町へ行くという商人に頼んでその依頼も受けさせてもらうことなった。このとき二人は忘れてしまっていたのだ。なぜ護衛依頼の報酬が高いのかを。これは初心者の冒険者にありがちな慢心である。師匠すらいなかった二人にはそれを教えてくれる者がいなかった。
次の町に向かって街道を進んでいたときに盗賊に出くわしてしまった。治安の良いユークリウス王国では数少ない盗賊の一つである。こればかりは運が悪かったとしか言えないであろう。
結局少女であった二人以外は殺されてしまい、二人は捕らえられてすぐ先に迫っている絶望に項垂れるほかなかった。
そんなときである。
彼女達の運命を百八十度変えた一人の青年と出会ったのは。
そのときが彼女達の運命の分岐点であったといえよう。
一村娘であったレイナとアイナは国を大きく動かす人物へと変わったのだ。
愁斗達がマルタ町を出ていった次の日の朝、いつもお世話になっている宿の二階でレイナとアイナは目を覚ました。とはいえ、いつもレイナが先に目を覚ましアイナを起こしているのだが。
「うーん………おはよう、お姉ちゃん…………」
「こらアイナ、起きなさい。今日からはご主……シュウトさんもフェルネさんもいないのよ」
「そういえば…そうだったね……」
アイナは若干寝ぼけながらも愁斗と一時的に別れたことははっきりと頭の中を駆け巡っていた。昨晩は久しぶりに姉妹の二人きりで寝たため、すごく寂しさを感じていたのだ。
「次いつ会えるのかな……?」
アイナのそんなつぶやきにレイナはビシッと答える。
「そんなこと何度も話し合ったでしょう! 次会う時は私達が三級に昇級したときです!!」
意外に迫力のある声に思わず身体をビクッと震わせたアイナ。
そしてレイナの顔を見上げたアイナは、そこで若干曇りの混ざる表情を見て自分の失敗を悟った。
何も寂しいのはアイナだけではないのだ。レイナだってアイナと同じだけの時間を愁斗と過ごし、同じだけの想いを愁斗に抱いているのだから。
「ごめんね、お姉ちゃん………そうだよね。頑張って三級に上がって、愁斗さんに胸を張って会いに行くんだよね!」
「そうです! というわけで早く朝食を食べてギルドに向かいましょう」
気持ちを一新して前向きな気持ちで依頼をこなそうと決心したレイナとアイナはすぐに着替えを済ませる。もちろん武器や防具などはまだ身に着けない。
着替えを終えてから一階に降りて食堂に向かう。
食堂にはすでにいくつかの集団が朝食を摂っていて、そこそこ賑やかな場所となっていた。
二人もすぐに朝食を頼んで空いている席に座る。
「なんかいつもより賑やかだね」
「そうですね……宿泊客が多いのでしょうか?」
いつもより人が多いのは決して気のせいではなく、実際に多くの人々がこの町を訪れていた。宿が賑やかになるのも必然だったのである。
その原因は言うまでもなく『九属奏』である。
この世界――――――大陸間の交流がないため「この大陸」という表現のほうが正しい――――――でその名を轟かせる九人の内の三人が一つの町に集結しているのである。その姿を一目見ようと多くの人々がこの町に押し寄せたのだ。地球と違いアイドルなどの有名人というものがほとんど存在しないこの世界では、個人で一国の軍に匹敵する『九属奏』は地球で言うハリウッドスター以上の人気がある。
今この宿に泊まっている人の半数近くは、一部の例外を除いて『九属奏』目当てなのである。
愁斗やフェルネと出会う前のレイナ達ならばこんなことに気付かないことなどなかっただろうが、異世界人や魔人と行動を共にしてきた二人は感覚がいろいろとおかしくなってしまってしまっていた。
レイナとアイナのそんな発言を聞いた傍に座っている髭面の男はそんな会話を耳にして驚いた顔をする。
「おいおい………そんなの『九属奏』を見に来た人が大勢いるからに決まってんだろ」
レイナ達はその発言になるほどといった顔で頷く。
しかし髭面の男が二人の顔を視界に収めたところで、またもや驚いた顔をする。
「って、お嬢ちゃん達ってまさか四級冒険者だったりするか……いやいや……しますか?」
いきなり丁寧な口調に変化したことに二人は戸惑った。
「えっと、はい。四級冒険者のレイナといいます」
「私はアイナだよ。一応私も四級なんだ!」
「そ、そうですか! なるほどなるほど……………四級までになってくると『九属奏』に知り合いがいてもおかしくないな」
最後のほうの言葉は小さすぎてレイナとアイナの耳には入らなかったが、自分達に遠慮しているということだけは察することができた。
目をレイナ達から逸らした髭面の男は席を立って、そそくさと遠くへ行ってしまった。
呆然とその様子を眺めていたレイナ達は気付かなかったが、髭面の男を射殺すような目で睨んでいた人達が周りに大勢いたことが原因である。
実のところこの宿に限り、レイナとアイナを一目見に来たという人も決して少なくはなかった。
二人は十代で、しかも姉妹で四級に至ったということでかなり有名になりつつある。実際に四級になるような人は有名になってから四級になる場合がほとんどであるため、周囲の町で知らない人がほとんどいないのである。二人は四級に上がるのが早かったために、未だにその名声が拡がりきっていなかった。
どちらにせよ、この世界で千人もいない四級冒険者になったのだから有名になってしまうことは避けられなかっただろうが。
「なんだったんだろう?」
「さぁ? きっと何か用事があったのでしょう」
「そんな風には見えなかったけどなぁ……」
二人がいつものように他愛ない会話をしていると一つの集団が食堂に入って来る。三十代になったばかりだろう四人組で内一人は女性である。
ちょうど入り口に背を向けていたレイナは気づかなかったが、アイナはその集団が真っ直ぐに自分達のほうへと近づいてくることに気付き、僅かに身体に力を入れる。
まだ十代の少女達である。その年代で冒険者に登録している少女はほとんどいないため必然的に注目を集めることになってしまう。しかもむさくるしい男どもの集まりである冒険者ギルドでは軽い痴漢にあうことも少なくない。もちろんそんなことをレイナとアイナにすればどうなるか、この宿にいるほとんどの人間が知っているが。
アイナがじっと入り口のほうを見ていることに気付いたレイナもその視線を追った。そこでようやく近づいてくる四人に気付いた。
迷いなく一直線にレイナ達に近づいてくることから、レイナ達に用があるというのは間違いようがないだろう。
レイナ達が黙って待っているとその四人はレイナ達の前で立ち止まる。
そして先頭に立っていた男が口を開いた。