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ケルトール魔具店6

 愁斗とフェルネがケルトール魔具店に行き、ベルバッハと面会をした日の夜。

 愁斗は箱庭へ契約魔物への食事や訓練をしに行き、フェルネは一人でケルトール魔具店の前へと来ていた。愁斗はフェルネから用事があるとしか言われていないため、どこに何をしに行ったのかは知らなかった。


 フェルネは躊躇いもなくケルトール魔具店の入り口のドアを開ける。バキッという音と共に開いたドアは何事もなかったかのように開いていく。もちろん鍵は壊れていて、もう使い物にはならないだろう。

 マジックアイテムを専門に扱う店だけあって、無理やり開かれたドアに仕掛けられていたトラップが発動する。昼に愁斗とフェルネに向かって放たれた毒針と同じ毒の塗られた矢が四本同時に放たれてフェルネを襲う。

 しかしフェルネは動揺することもなく淡々と素手でその矢を受け止めた。闇魔法には毒や腐食といった能力もあり、それを扱う者を毒で殺せるわけがない。矢そのものの速さもフェルネからしてみればあくびが出るほど緩慢な動きなのである。


 フェルネはそんなことは気にも留めず、まるで何事もなかったかのように奥へ進んで階段を上り始めた。

 さほど時間もかからず最上階の五階へと辿り着き、ノックもせずに一番奥にある扉を開けた。

 そこにはフェルネがここまで来た理由である人物が一人で事務仕事をしていた。


 まるで何者かがここまで来ることがわかっていたかのように落ち着いた雰囲気で扉が開くところを見ていたベルバッハはそこに立っている人物を見て軽く目を見開いた。


「フェルネさんでしたか……こんな夜遅くにどうしました?」


 急いでその場で立ち上がり姿勢を正したベルバッハ。

 しかしフェルネはそれには答えず、そのままベルバッハに向かって歩いて行った。


 どうすればいいのかわからず黙っていたベルバッハはフェルネに胸倉を掴まれたところで初めて混乱し始める。


「なにを――――」


 ベルバッハは何かを言いかけたがフェルネはそれに取り合わず、そのままベルバッハを持ち上げると目の前の机に叩きつけた。机が大破し破片が周囲に飛び散った。幸運なことに床が抜けることはなかったが、それはフェルネがそうなるように手加減していたからである。


「ぐっ―――――」


 思わずうめき声を漏らしてしまったベルバッハだが、フェルネはそれすら構わずに再度持ち上げ違う机に叩きつけた。ベルバッハの身体は常人よりも遥かに鍛えられて優れており、この程度で骨折するようなことはない。しかしだからこそフェルネは何度も何度も床に叩きつけた。

 ベルバッハは抵抗しようにも力の差が開きすぎていて何もできない。されるがままであり続けるしかなかった。


 数十回の叩きつけが終わったところでフェルネは闇色の霧のようなものを手に纏う。ベルバッハの朦朧としていた意識も、それを視界に収めたところで瞬時に覚醒する。


「やめ――――あ゛ぁぁぁあああああああ!!!」


 闇色の霧は腐食能力のある霧である。

 それを纏った手で腕を掴まれればどうなるか。

 肉は焼け爛れたように赤くドロドロとしたものになり、一般人なら見ただけで気絶してしまいそうなほど酷い有様になった。腕が溶け落ちなかったのはもちろんフェルネがそう仕向けたからである。


 絶叫を上げるベルバッハを冷たい瞳で見つめるフェルネ。その手は既にベルバッハを放している。

 普通なら周りの住人や巡回中の警備兵が気付きそうなものだが、裏組織を牛耳る『メリグレブ』の王都支部長ともなれば防音対策はばっちりである。この部屋の音が外に漏れることはない。


「ひっ、ひっ、ひっ」


 闇魔法で精神に直接攻撃されるよりは苦しみは少ないがそれでも常軌を逸した激痛を味わい、ベルバッハは過呼吸を起こしてしまう。


 フェルネは一通りベルバッハの苦しむ姿を眺めた後、愁斗から冒険者階級の昇給祝いにもらったマジックポーチから小瓶を取り出し、それを無理やりベルバッハの口に押し込む。

 中に入った液体がベルバッハの喉を通り過ぎると、全身に負った傷や焼け爛れた腕が瞬時に元に戻った。こんな完璧な治癒など普通の回復魔法術者には不可能だが、これは愁斗が回復魔法を付与して作った回復薬である。腕が消し飛んでいたりしない限りほとんどの怪我や病気は完治する。

 しかし全身の傷が消えたにもかかわらず先ほどまでの痛みがすぐに引いたりはしなかった。それは痛みが強すぎるあまり、脳が引き起こした余韻のせいであった。


 ベルバッハの過呼吸も治まり、ある程度会話ができるような頃を見計らってフェルネが口を開いた。


「話せるようになったか?」


 その言葉には先ほどまで自分がしたことへの罪悪感など一欠片も存在していなかった。

 それも仕方がないだろう。

 最上級魔人であるフェルネからしてみれば愁斗とレイナとアイナ以外の人間は羽虫同然である。今この瞬間にこのユークリウス王国を消し飛ばしてもフェルネはおそらく何も感じない。人間が羽虫の住処を躊躇いなく駆除できるように、魔人も人族等の住処を躊躇いなく駆除できるのだ。フェルネがそれをしないのは単に愁斗を悲しませないためである。


「な、何故……この、ような……ことを………?」


 ベルバッハは恐怖のあまり口を思うように動かすことができない。


「何故、だと?」


 訊いて当たり前のことを訊いただけなのだが、それはフェルネの逆鱗に触れるものであったらしい。

 感情をあまり顔に表すことのないフェルネの表情は悪魔が尻尾を巻いて逃げ出すほどに怒りに満ち溢れていた。それはフェルネが最上級魔人であるという事実も相まって、ベルバッハが思わず死を選びたくなってしまうようなものであった。


 何も言えなくなってしまったベルバッハにフェルネはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「貴様がシュウトに殺し屋なぞ差し向けたが故に、シュウトは自分が近いうちに死ぬかもしれないと私に告げてきたのだ。これがどういう意味かわかるか?」


 自分の発言を自分で聞き更に怒りが増したのか、フェルネの表情はさらに激しいものへと変化していく。


「なぜ貴様のような分際のせいでシュウトがそのようなことを考えなければならない………なぜシュウトが自分の死を予感しなければならないっ!!!」


 フェルネが怒りのままに床に手を叩きつけるとその床がぶち抜かれるだけに止まらず、その衝撃は一階の床すら突き破って地面に大穴を穿った。底が見えないほど深い穴である。この建物の周囲に広がった振動は凄いものであっただろう。

 一階に陳列されていたマジックアイテムの半分近くはそれに伴って使い物にならなくなった。


 恐怖に支配され最早口を動かそうという思考すら麻痺してしまったベルバッハ。

 しかしフェルネは俯きながら続ける。


「シュウトは心優しい男だ。弱いが故に爪弾きにされていた私をシュウトは種族の違いなど気にせずに仲間にしてくれた。百年以上空白だった私の心をシュウトはたった数日で満たしてくれた。それなのに……」


 フェルネは凄い形相でベルバッハを睨み付ける。


「お前はそんなシュウトに対して何をした? なぜシュウトが殺し屋を差し向けられなければならないのだ!!」

「そ、それは……依――――――」

「依頼だからとでもいいたいのか? そんな人間の事情など私にとってはどうでもいい!!」


 フェルネにとって人間の事情などは気にするに値しない。

 自分の心の拠り所である愁斗を中心に物事を考え、愁斗が是と言えば人殺しさえも躊躇しないのだ。


「貴様はこれからその罪を償いながら生き続けなければならない」

「………ど、どうすれば…………?」


 普段のベルバッハならこんな戯言に耳を貸したりしなかっただろう。自他共に認める強者であり、他人に人生の方針を決められるなど我慢ならないはず。

 しかしフェルネは別である。

 どんな多くの努力を重ね、ありとあらゆる剣の流派を学び、現存する全ての魔法を修めたところで、種族の間の存在する巨大な壁は少しも変わりはしないだろう。

 そんな相手にどう立ち向かえというのか。


「これからはシュウトと私に忠誠を捧げ、シュウトのためになる行動だけをしろ」

「…………」


 ベルバッハは恐怖という理由だけでなく、絶句という原因も追加されて益々声が出せなくなった。


 愁斗は行動にある程度の制限をかけるだけで見逃すことにしていたが、フェルネは人生全ての行動を制限してきた。それは国のために剣を捧げた騎士よりもずっと重いものだ。なにせ引退という言葉が存在しないのだから。


「シュウトは優しいから貴様に報復したりしなかったようだが私は貴様を許してなどいない。シュウトにあんな顔をさせた罪をその人生をもって償え」


 ベルバッハはもう頷くしかなかった。

 それ以外の道は存在しなかった。

 頷かなければ闇魔法で拷問されていたかもしれない。人の腕を溶かして眉一つ動かさなかったのだ。それが単なる妄想であるなどと言い切ることはできない。


「まずは『メリグレブ』とやらを手中に収めてみせろ」


 フェルネはそう告げると、今までこのやりとりを見守っていたクロウスに向きなおった。


「できればこのことはシュウトに言わないでほしい。これはシュウトのための行動なのだ」


 クロウスは僅かに頭部を縦に動かした。

 クロウスは愁斗の言うことしか聞かない馬鹿ではない。人間並みの知性を持ち、自分の考えに従って行動することができるのである。それが本当に愁斗のためになる行動だったならばクロウスはそれを行う。


 フェルネはそれに満足そうに頷く。


「ありがとう」


 クロウスに礼を告げたフェルネは闇魔法を使って自身の存在感を消し去り、窓を開けて出ていった。

 ケルトール魔具店の周りは突然起こった大きな揺れに慌てた住民が集まってきて、騒がしいことになっていたのだ。一階から出れば警備兵に捕まっていただろう。


 残されたのは呆然と虚空を見つめるベルバッハと、それを見つめるクロウスだけであった。

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