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ケルトール魔具店2

 勧められたソファーに腰を下ろした愁斗とフェルネは机を挟んだ形で対面に座るベルバッハに視線を向ける。一般人だったら恐縮してしまうほど高額なソファーなのだがそんなことを気にしない二人である。それは愁斗の場合何かあっても弁償できると踏んでいるからであり、フェルネの場合は単に人間の作ったものに憚る必要がないと考えているというだけのことなのだ。


「さて、本日はどういったご用件で?」


 まるで何も知らないふりをするベルバッハに愁斗は不快そうに顔を顰める。


「ここまで来てあなたと馴れ合うつもりはないよ。それとも俺を挑発してるの?」

「なんのことだかさっぱり…………と言いたいところですが、あなた方が訪問された理由はわかっていますよ。ロータスさんあたりの件についてですね? 三人は元気にしていますか?」

「…………俺がここにいるにも関わらず、まるで生きていることを確信しているような口ぶりだね」

「ええ。大切な人材の生死は常に把握しておきたいものですから」


 愁斗はベルバッハが先ほど机を開いて確認していた三つの半球体を思い浮かべる。その数と確認した場面を考えればそれがロータス等三人の生死を調べるものだと容易に想像がついた。それがどこまで調べることができて、どのように調べているのかがまるでわからないのだが。


「たぶん元気なんじゃないかな。ロータスは返り討ちにして捕まえて、もう二人には逃げられたから実際には知らないけどね」

「それはそれは………あなたは情報通りなかなかお強いようだ」

「たまたまだよ。偶然的に強力な助っ人が三人もいたからね。ロータスは俺達が引き受けて残り二人は受け持ってもらったんだよ」

「ほう。して、その助っ人とは?」

「答える必要性を感じないよ」

「そうですか、まぁ当たり前ですよね。ところでどうやってこの場所を特定したのですか?」


 愁斗はここを特定できた理由をあらかじめ用意しておいた嘘で誤魔化す。

 実際にロータスは口の軽い男であった。本人はそうは思っていなかったが、ロータスは同僚からそう思われていた。


「会話を誘導したらロータスがペラペラ話してくれたんだよ。あんな口が軽い人を手元に置いておいた気がしれないね。それよりこっちの質問にも答えてほしい」


 本来なら質問などといった手段を使わずに強引に記憶を覗いて情報を引きずり出すところだが、それが今はできなかった。愁斗自身が何かされたわけではない。理由はベルバッハにあった。


 ベルバッハを視界に納めた瞬間、愁斗はすぐに闇魔法を発動させた。しかし見えたのはノイズが激しく人の顔すらはっきり見分けることができない光景だった。こんなに滅茶苦茶な記憶を持っていて平然と人が生きていられるはずがないと思った愁斗はベルバッハを魔力感知で観察した。そしてすぐにそれに気がついた。

 ベルバッハが身に着けているネックレスが光属性の魔力を纏っていたのだ。他にも光属性の魔力を放つ指輪やブレスレットのようなものまで身に着けている。おそらく何らかの光魔法が付与されているのだろう。闇属性の対抗属性でもある光属性のものを身に着けているが故に、闇魔法を用いて記憶を覗くことができないのであった。複数身に着けていてノイズになっていることから、一つや二つなら愁斗は容易に覗けたであろう。


 これは完全に予想外であった。

 光魔法を付与したものを身につければ記憶を覗かれないなど愁斗は考えたこともなかったのだ。この結果を見れば精神を乗っ取ることもできないであろうということも容易に想像がつく。

 愁斗が今の今まで知りえなかったことであるが光属性保持者は闇魔法によって記憶や精神を弄られることはない。これは光属性保持者が稀にしか存在しないことだけでなく、闇魔法の研究がほとんどの国の法で禁止されていることが理由で、二つの魔法にどういった関係があるのか知ってる人がほとんどいなかったのだ。

 フェルネはこのことも良く知っていたが、愁斗に訊かれずにいたので何も言ってなかった。これはフェルネが故意に教えなかったわけではない。訊かれなかったから答えられなかった、ただそれだけである。


 これは完全に運が悪かったといえる。

 数少ない光属性保持者が付与属性まで有しているなどツイていないとしか言いようがなかった。

 しかし愁斗は運の悪さだけを責めることはできなかった。

 闇魔法の研究を進める組織が光魔法の研究をしていないわけがないのだ。何かしらの対策をしていて当然である。それに気づかなかった愁斗の落ち度であるのだ。


 愁斗ならもっと多くの魔力を使えば強引に記憶を覗けたかもしれないがそれはまだしない。記憶を覗くのは繊細な作業だからだ。強引に進めれば対象を廃人にしかねない。

 当初は記憶を弄って自分達が死んだことにすればいいと思っていた愁斗だが、できれば今後役に立つかもしれないこの男をなんとか操りたいと考え直していた。


「答えられることでしたらいくらでもどうぞ」

「なんで俺達を殺そうとした?」

「それはもちろん依頼を受けたからですよ。ちなみに殺すのはシュウト君、あなただけです。他は殺す必要はないと伝えましたよ」

「………なぜ?」

「そんなこと決まっているじゃないですか。異世界人を殺したなんて偉業、生き残った人に言いふらしてもらわなきゃ困るからですよ」


 愁斗はこの発言を聞いて依頼者が誰なのかはっきりと理解した。

 何故なら愁斗が異世界人であるということを知っているのはユークリウス王国の城に勤めている人と騎士、爵位を持つ人の他にはミネリク皇国しかいないのだから。


「残念ながらそうはならなかったけどね」

「まぁそうですね。言いふらしてもらえれば我々の仕事ももっと増えたのですが…………」


 この期に及んで未だに仕事のことを考えているベルバッハに愁斗が疑問を抱く。

 この自信が一体どこからやって来るのか。


「依頼は失敗で終わったよ。おとなしく俺の提案を聞いた方がいい」

「依頼は失敗で終わった? なんのことです?」

「あなたが送り込んできた殺し屋は撃退されるか逃亡した。あなたの依頼はそれで失敗したよ。こっちもすごく忙しいんだから無駄な質問はしないでほしい」

「………くくく…まさかあれで終わり、と?」


 愁斗の発言を聞きベルバッハの笑みがさらに深まる。

 それは先ほどまでの友人に向けるような笑みではなく、自分の勝利を疑わない獰猛な笑みだった。


「まさかまだ私がここに残っているのに既にここを制圧した気でいたりするのですか? 殺し屋を従える私が弱いと? どう考えてもそれはおかしくありませんか? それに―――――――――――」


 ベルバッハはその場で指を鳴らす。

 次の瞬間この部屋に半透明の結界が張られた。愁斗には遠く及ばないがかなりの結界構築速度である。これほどの速度で結界を構築できれば冒険者でも引っ張りだこになるだろう。

 愁斗はベルバッハから魔法が発動されたことを知覚できなかったことからマジックアイテムによるものだと結論付ける。そしてそれは実際に当たっていた。


「ここは私達の領域ですよ? あなた方は逃がしません。部下の後始末なんて面倒なことはしたくありませんが、報酬は既に頂いているので致し方ありませんね」


 ベルバッハは立ち上がるのと同時に足で床を叩く。

 すると二人の座るソファーに高圧の電流が流れる。


「おお……」

「…………」


 愁斗は電気マッサージを受ける時のような感覚を覚えて思わず変な声を漏らす。

 フェルネは先ほどと全く変わらない平然とした表情を貫いていた。

 これはこの二人だからこんな態度でいられるのであって、普通の人間ならば瞬時にショック死してしまっていたであろう。決して電気マッサージ機ではないのだ。


 しかしベルバッハはそんなことも気にせずに次の手に打って出た。


「起動」


 ベルバッハがそう唱えると同時に複数のマジックアイテムが動き出した。

 ソファーの背から飛び出した強化魔法が施されている鎖が愁斗とフェルネをソファーに縛り付けると同時に、天井の四角に設置されてた球体から愁斗達めがけて風刃が射出された。

 さらに間髪入れずに天井に空いた視認することすら難しい無数の小さな穴から、数百本の針がかなりの速度をもって落下してくる。よく見ればその針に黄色い液体が付着しているのがわかるだろう。それは三級魔物である吸血黄毒蛇イエローブラッディスネークから採れる猛毒である。掠っただけでも数分で死に至る猛毒を持つ吸血黄毒蛇は上級冒険者も極度の緊張を強いられるほどの難敵であり入手は困難を極める。そんなものを持っているのはさすが裏組織といえるだろう。

 しかしそれだけでは終わらなかった。それらの攻撃が着弾ギリギリのところでそれらを覆うように結界が構築され、座っていたソファーが爆発したのだ。

 これらがほんの一瞬の間に起こった。このマジックアイテムが白金貨(一千万)単位でお金がかかる装置であることは誰の目にも明らかであろう。愁斗の暗殺がそれをさらに上回る金額で『メリグレブ』に依頼されたと知れば愁斗は驚くだろうか。


 風刃ならば強化魔法を付与された鋼鉄の鎧で対処できるかもしれない。

 毒針ならば『九属奏』であり回復魔法を最も上手く扱う冒険者である『治清』カナリスがいれば助かるかもしれない。

 それでも結界で密閉された状態の中で密着したものが爆発したらどうにもできないであろう。たとえ奇跡的に生き残っていたとしても結界を解かなければ中に充満する二酸化炭素と一酸化炭素で死に至る。こればかりはベルバッハも知らないことであろうが。


 誤って毒が目に入らないように、または爆発によって生じる閃光で目を焼かないように右腕で目を庇っていたベルバッハは結界内が煙で見えない状態であることを確認する。


「今回もうまく発動できたみたいですね。まったく……これにいくらかかると思っているんですか。マジックアイテムは製作にすごくお金がかかるんですよ? それにあの毒だってタダじゃないんですよ!? 異世界青年と美女の二人の命では釣り合いませんよ…………まったく」


 実際は逆の意味で釣り合わないからこそ超がつくほどの大金で暗殺を依頼されたのだが。

 ロータス等に払う報酬だけで済ませるつもりであったのが、こんなにお金を浪費・・してしまえば愚痴も言いたくなるだろう。


 ベルバッハは掃除でも始めるかと思い部屋にある窓をすべて開けて結界を解いた。


「そんなに愚痴を言うなら使わなきゃいいのに」


 その瞬間、聞こえるはずのない声が聞こえてしまった。

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