ケルトール魔具店1
愁斗とフェルネがユークリウス王国の王都ガルバインに戻ってきたときはマルタ町を発ってから数日経ってからのことだった。本来なら一月間以上かかる距離なのだが愁斗とフェルネの脚力ならばこれでもまだ手を抜いたほうである。
ちなみに愁斗が空間魔法を使うことができるということをフェルネはすでに知っているので転移しても大丈夫なのだが、そのことに思い至ったのは王都に着く直前のことであった。町の間の移動は常に姉妹が同行していたのでうっかりしていたのだ。
数時間かけて王都に入り、真っ直ぐに向かったのケルトール魔具店と呼ばれるマジックアイテム専門店であった。
商店街の中でも一際目立つほど巨大なその商店はこの大陸でも珍しい五階建てという建築物であり、その商店を初見で儲かっていると連想させるほどの様相を呈している。実際にこの大陸でも唯一の大陸中に展開している超大型チェーン店である。
大陸中に出回っているマジックアイテムの九割以上はこのケルトール魔具店で生産されており、技術を独占しているがためにこの分野において並ぶものなしの状態になっているのである。自分でこの商店のマジックアイテムを購入して研究を進める人も決して少なくはないが、マジックアイテムは専門性が高く、気合や根性ではどうにもならないのである。何よりこの大陸の識字率はとても低く、研究をできる人の母数が圧倒的に少ない。
マジックアイテムは今やこの大陸にはなくてはならない技術であり、なくなれば大混乱が起こるであろう。
そして愁斗が『メリグレブ』を易々と潰すことのできない理由がそこにあった。
ケルトール魔具店が表の商売、『メリグレブ』が裏の商売を担っているのである。そして愁斗にはどこまでが『メリグレブ』に関わっているのかわからない。だからこそ潰すべきものを見分けることができないのだ。それに『メリグレブ』を完全に潰せば解決するのか、『メリグレブ』を潰したらケルトール魔具店まで潰してしまうことになるのかもわからない。
要は愁斗は現段階で完全に情報が不足している状態なのである。だからこそ愁斗は直接ケルトール魔具店に乗り込むことにしたのだ。少なくともここガルバイン支部の支部長が『メリグレブ』の幹部であることをロータス・ベムの記憶から知ったのだから。
ケルトール魔具店の商店部分である一階は人で賑わっていた。五階建てだから一つのフロアが狭いかと言われればそういうわけでもない。最低でも二百坪はあるだろう。マジックアイテムが安物のように見えないように一つ一つ間隔を空けて丁寧に陳列されている。置いているのはあくまで一種類につき一つであり、それでもこれだけの広さのフロアを埋め尽くせる程度には種類が豊富だ。愁斗から見ても圧巻である。
マジックアイテムはとても高価なものであり、その時の気分で買えるようなものではない。ここにいる人々の大半は冷やかしなのだろう。それでもいつまでも冷やかし続ける客を他の店のように追い返したりはしない。そういう点においては愁斗も賞賛できる。もちろん盗まれないように多くの店員が目を光らせており、一種類につき一つしかないそれが消えればすぐにバレるだろう。
愁斗とフェルネが店に入ると、すぐに男の店員が笑顔で接客をしてくる。
「いらっしゃいませ。本日はどういったものをご要望ですか?」
この世界の接客は馴れ馴れしい者からぶっきらぼうな者なものまで様々である。日本で育った愁斗には最初は少し不快だったが、そんなことも悪意があってやっているわけではないとわかっているためかすぐに慣れた。
それを考えればこの接客は愁斗を大いに満足させるものであるはずだったが、あくまで馴れ合いに来たわけではなく、むしろ敵対しているといっても過言ではない組織であるため、愁斗の機嫌を良くするには至らなかった。
「商品を購入しに来たわけではありません。ここの支部長であるベルバッハさんと面会させていただきたいのですが」
「…………どうして店長のお名前を? お知合いですか?」
「まぁそんなものです。愁斗という者が会いに来たと伝えてほしいのですが」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
男の店員は丁寧に頭を下げると店の奥へと消えていった。
愁斗はそれを魔力感知で追う。
この店員が『メリグレブ』の関係者でないことはすでに闇魔法で記憶を覗いて知っていた。
あまり闇魔法で人の記憶を探るということはしたがらない愁斗であるが、だからといって必要な時に躊躇ったりはしない。知りたいことがすぐに調べられる地球と違って、この世界では情報はあまり出回らず、さらに正確性に欠く噂ばかりが多く出回っているからだ。
情報化社会で過ごしていた愁斗にとって情報が全く手に入らない、または間違った情報ばかりが手に入る現状はとてもストレスであった。
とはいえ、記憶に存在する情報が正確かと問われればそうとは限らないだろう。本人が嘘の情報を教えられてもそれを真実だと思っていれば真実として記憶に定着してしまう。だからこそ脳の情報は必ずしも真実とは限らない。少し深く記憶を読めば情報の入手先や、情報が真実だと判断した思考回路も読めることが幸いなことだといえよう。
愁斗達の対応をした男が受付の奥にある扉を潜ったところで、一人の男に話しかけている。愁斗が読み取った記憶にある顔と違うため、その男がベルバッハという男でないことを愁斗は知っていた。
おそらく先ほどの店員の上司であろうその男は、部下であろう男の言葉に頷き階段を上がって行った。
先ほどの店員はというと急いで愁斗達のところへと戻ってきた。
「申し訳ありません、ただいま店長と掛け合っておりますので少々お待ちくださいませ」
「わかりました」
「ありがとうございます。では失礼いたします」
そう言ってその店員は他の客の対応に向かって行った。
愁斗とフェルネは先ほど階段を上がって行った男の行動を追って行った。実はというと二人はすでにベルバッハが五階にいることも知っていた。たった十数メートルの距離など二人にとっては魔力感知を拡げずとも知覚できてしまうほどの近距離である。
男は階段を最上階まで上がり、廊下を一番奥まで進んだところで立ち止まった。
そして目の前の扉をノックする。
何かしらの返事があったのか扉を開いて部屋の中へと入った男はそこで口を開いた。
愁斗はそこでのやり取りを聞き取るために、空間魔法を用いて自分とフェルネの耳元にベルバッハがいる部屋へのつながりを作った。もちろん部屋の隅に移動して二人の周囲に真空膜を作り、こちらの音があちらに聞こえないようにしている。
『どうした? 何か問題事か?』
高級感漂う椅子に腰かけ、眼鏡をかけて書類仕事をしている四十代ほどの男が一瞬だけ目の前に立つ男に視線を送る。
ベルバッハである。
『いえ、店長に面会を希望されている方が来られているそうです。名前はシュウトという男性だそうです』
『………何?』
目の前に立つ男の発言を上手く聞き取れなかったのか、険しい顔で聞き返すベルバッハにその男は同じ言葉を繰り返す。
『シュウトという男性だそうです』
『…………』
眉間に皺を寄せて黙り込んでしまったベルバッハにその男は黙って返事を待っている。
数秒後ベルバッハは無言で机の引き出しを引き、その中に並べられていた三つの半球体の物質を見てさらに顔を顰める。
『どうされますか?』
『……………ここに通せ』
『はぁ……わかりました』
部屋を出ていった男を眺めながら何かを思案していたベルバッハは一度ため息を吐いて、その顔をだんだん笑みへと歪めていった。まるでいいことを思いついたとばかりに。
それを見ていた愁斗は何かしてくることを予想し改めて気を引き締め直す。マジックアイテムの発動原理を知らない愁斗は敵が魔法以外の何かで手を出してくると不意をつかれると考えているのだ。
マジックアイテムといえば以前愁斗は奴隷の首輪で痛い思いをしている。人間の力を遥かに上回る力で首を絞めつけられれば当然苦しいだろう。しかしあれは本当に自分を殺すに足るものだったのか今の愁斗は判断できずにいた。
愁斗はこの世界に来た頃はまだ自分の体の使い方についてよく理解していなかった。木をも軽くへし折る力を持ちながら人間を基準に作られたものを扱えるのは、その気にならなければその力を無駄に発揮せずに済むからだ。もしそうでなければドアノブすら人と握手する強さでペシャンコにできる愁斗はフェルネ以外と握手することなどできないし、無意識に小石を蹴りあげればどれほどの勢いで飛んでいくことになるのか想像もつかない。
それを考えればあの苦しみはあくまで苦しみ止まりであって、愁斗自身を傷つけるには至らなかったのかもしれないと考えていた。首を絞められ続ければ流石に愁斗でも耐えられるかどうかは本人すらもわからないことではあったが。
愁斗は先ほどの男に案内されることで五階まで上がり、愁斗を見送ったその男が一階に戻って行ったところで正面の扉をノックをした。
「入ってください」
言われるとおりに扉を開けると中にはベルバッハがまるで仲間でも迎えるかのような笑顔で愁斗達を出迎えた。
「ようこそ、ケルトール魔具店王都ガルバイン支部へ。私がここの支部長のベルバッハです。シュウト君とフェルネ嬢だったかな?」
「はい」
「…………」
愁斗は名乗ることもせずに淡々と返事をした。敵と確定している相手に礼儀を尽くす必要など感じない愁斗はぶっきらぼうでも構わないと考えていた。
フェルネに至っては無視である。だがそれは無関心が故ではない。フェルネは射抜くような視線でベルバッハを観察していた。もし愁斗と共に自分の力を抑える訓練をしていなければ、周囲に多大な影響が出ていたかも知れない程度には部屋の空気が重くなる。それは愁斗には気にならない程度のものでしかないが、驚くべきことにベルバッハも笑みを崩さなかった。
「では、こちらへどうぞ」
ベルバッハはこれまた高級感溢れるソファーに二人を勧めた。