箱庭4
愁斗はフェルネに向きなおると一つの指輪を手渡した。
「これは……何属性だ?」
フェルネはすでに五つの指輪を身に着けていた。それぞれ火・水・風・土・雷の魔力を付与した指輪である。
一般的には魔力ではなく魔法を付与する。そもそも魔力の属性を変えて魔力そのものを付与するなどといった詠唱は存在しないため、無詠唱で魔法を行使でき、且つ魔力の属性を見分けられるという離れ業ができる愁斗にしかできない芸当である。
フェルネの場合はある程度のものは闇魔法で操ることができるため、あえて魔法で付与する必要はない。
周りの目がある場所では冒険者ギルドに登録してある火の指輪だけを使うフェルネだが、念のためにと他の属性についても持たせているのである。
どの指輪にも宝石のような石が填め込まれており高級品である。この石は親魔石といい、魔力の親和性が高い鉱物である。他にも魔力の親和性の高い鉱物はいくつかあるが、親魔石は出回っているものの中で最も一般的であり安価である。安価であるといっても直径十センチほどの大きさになれば金貨数十枚はいくだろう。
付与属性保持者が物体に対し魔法を付与する場合、基本的にはこの親魔石を用いる。親魔石に付与した魔法はただの物質に付与した場合に比べて数倍長持ちするのである。もちろん使いすぎればすぐに付与魔法は解けるし、使用できる回数が変わるわけではないが、使い回しの利く物質であることが救いであろう。
付与を依頼する側も数日で付与魔法が解けてしまうものより、十数日もの間使わずにとっておける方を選ぶ。付与魔法の依頼はなかなか高額である場合が多いため、短期間で解けてしまうと何度も依頼することができない。愁斗の付与はこんな短期間で解けたりしないため特に気にしたことはなかった。
「今回のは空間魔法の『ワープ』を付与してある。フェルネが一人でもここに来れるようにね」
「空間属性の魔力ではなく?」
「そうだよ。実態のないものを闇魔法で操るのはすごく難しいし、空間魔法は使用を誤るとかなり危険だからね。さすがにこれは魔力で付与することはできないよ」
「了解した」
愁斗は続いてマジックポーチからマジックポーチを取り出してフェルネに渡した。
「それは契約してる魔物達に与えてる食料を入れてる袋だよ。もう気づいてると思うけどマジックポーチは俺が亜空間をバッグの入り口につなげて作ったんだ。亜空間そのものに時魔法で時間を止めてるから中のものが劣化しないんだ。世間に出回ってるマジックポーチは中身の時間が止まってないから劣化するらしい」
「そうだったのか…………ちなみにこれをなぜ私に?」
「もし俺がここに来れなくなったりしたらフェルネにみんなを頼みたいんだ………ダメかな?」
愁斗の物言いに何かを感じ取ったフェルネは訝しんだ目で愁斗を見つめた。
「……………それはどういうことだ?」
「俺がどうしても抜けられない用事ができたらフェルネに頼みたいってだけだよ」
愁斗が笑って答えるもフェルネの目はじっと愁斗を見つめていた。
それは愁斗のことを普段からよく見ていたフェルネだからこそ気付けた僅かな違和感だったのかもしれない。少なくとも第三者から見て今の愁斗は普段の愁斗と大差はない。
しかしフェルネは愁斗の物言いに引っかかりを感じた。
愁斗はそれでも誤魔化そうとしたが、結局フェルネの態度が変わらないと判断して本音を打ち明けた。
「……俺ってこんな力を持ってるからいろいろと巻き込まれちゃうしさ…………常に鍛錬して自分を磨き続けても不安が消えないんだよ……………もうすぐ何かの拍子に死ぬんじゃないかって……」
「………私はそうは思わないが」
「俺も現状ではそう思うよ。でも俺って少し前までは普通の人間だったから、人間がどんなに脆い生き物なのかよく知ってるんだ。人っていうのは自分が想像もしていないようなことであっさりと死ぬんだよ」
愁斗がまだ日本にいたとき祖母が亡くなったことがあった。
本当にいきなりのことで愁斗にはその話を聞いてからしばらくは実感が湧いてこなかった。お通夜に行ってそこで初めて死というものについて考えるようになったのだ。
テレビを見てみれば今まで深く考えることのなかった死というものがそこらじゅうに散らばっていた。
そして実感する。
『人間とはこんなにも脆い生き物なのか』と。
この世界に来てからはそれが顕著になった。
日々大切な人が死に、悲しみに暮れる人々を多く見てきた。
道端には親を亡くした子供がお腹に入れるものを求めて周りの人々にすがり、冒険者ギルドでは仲間を失ったメンバーがお互いを慰め合っている。
この世界ではそれが当たり前であり、今までは愁斗もそれを受け入れていた。
しかしレイナ、アイナ、フェルネだけでなく、契約した数百の魔物達にまで愛おしさを感じ始めたとき、この世界で初めて失うことへの恐怖を持った。
もしかしたら普段目にしているような人々のように、自分もいつか大切な人や仲間を失うかもしれない。もしかしたら自分が死ぬことによって大切な人々を守れなくなるかもしれないと。
自分の仲間たちがそんな簡単にやられないということは愁斗が一番分かっていたが、それでも心はそうでないかもしれないと叫んでいた。
そういった諸々の思いを愁斗はフェルネに伝えた。
「…………そんなことを考えていたのか…………すまない、今まで気づかなかった………」
「いやいや、普段からそんなことを考えてるわけじゃないよ。こうやってみんなのことを見てたり、フェルネ達と話してたりするとたまにね」
そんなことを言う愁斗の顔はどこか悲しげだった。
「だから俺に何かあったらみんなのことはフェルネに頼みたい」
「…………もちろんだ。それに私はシュウトのことも守るぞ」
「……ありがとう」
自分の胸のつっかえが少しとれたのか、先ほどとは打って変わって明るい表情になった。
「まぁ俺がそんな簡単に負けるとは思えないけどな! これからも今の自分に胡坐をかくつもりはないし」
「………もちろん私は協力する。何かあれば言ってほしい」
愁斗の冗談にフェルネはいつも通り真顔で答えた。
だからこそ愁斗は気づかなかった。普段からあまり表情を変えないフェルネの内なる思いを。
魔物達の食事が終わり少し休憩を挟んだところでフェルネを交えて訓練を開始する。
人間なら食後は休憩したくなるところだが、元気の有り余る魔物達は食後も変わらず元気である。
一時間ほどで訓練を終えると愁斗はみんなに別れを告げてフェルネと共に元の世界へと転移した。
深夜。
この世界では夜に起きている者はほとんどいない。
夜にランタンの明かりをつけるのはタダではない。毎日明かりをつけようと思えばオイルにそれなりのお金がかかってしまうだろう。共働きの両親を持つ四人家族で平均月収が金貨二枚ほどであり、毎日数時間明かりをつけようとするとその半分はかかってしまうのである。
夜起きていることがどれだけ家計に影響を与えるか、大人でそれを知らない者はいない。
冒険者でさえ照明道具は持ち歩かない。遠出で野営をするときは基本的に焚火で済ませ、依頼の報酬が減らないようにするのである。
マルタ町でも警備兵はいつも通り明かりを生み出すマジックアイテムを使って巡回している。これがどれだけ税を消費するか町に住む人々が知ったら間違いなく暴動が起きるであろう。
しかし安全に、明るく周囲を照らすとなったらやはりマジックアイテムに頼る他ないのだ。日本でも夏の深夜にカブトムシを獲りに行くのに、ろうそくの灯りでは全然足りないだろう。
そんな警備兵の目を掻い潜って一つの宿の二階を見つめる四人組の人間がいた。どれも二十代後半から三十代前半ほどで、身長は全員が高いがそのうち一人は女性であった。
警備兵が近くを通りかかってもその四人に気付かなかったのは警備兵が真面目に仕事をしていないのか、それともその四人の気配を消す技術が高いのか。
どちらか片方ではなく両方である。
警備兵のほうは真面目に仕事をしていないというより、最近この町に連れてこられた有名な殺し屋『惨殺鬼』のロータス・ベムが気になって仕方がないのである。
普段ならこの二倍の警備兵が巡回をしているのだが、『惨殺鬼』の異名からくる恐怖がロータスの監視に多くの人員を回さざる得なくさせているのである。警備兵は速くこの町から消えてほしいという願いから二級冒険者である『水雅』のメルナイアに王都までの護送を依頼し、途中までという条件付きでそれを受けてもらうことになった。王都まで護送するとなると数週間はかかってしまうので、王都からも腕の立つ騎士が派遣されることになったのだった。
しかし四人組の方はというと、この状況を大して喜んでいたわけでもない。ロータスについては箝口令が敷かれているため、警備兵の少なさについて特に疑問を持っていなかったのだ。そもそも警備兵が今の倍に増えたところで見つかりはしなかっただろう。それほどに周囲にうまく溶け込み、気配を消し去っていたからだった。
四人の内、一番真剣に宿を睨んでいるリーダーらしき男が囁いた。
「あれで間違いないな?」
その質問には残りの全員が真剣な顔で答えた。
「容姿は情報通りだ」
「酒場で情報を集めたが間違いない」
「冒険者ギルドでも情報を集めたのだけど間違いないわ」
三人の言葉に僅かに頷いたリーダーらしき男は今まで何度も言ってきたセリフを口にした。
「どうやら間に合ったようだ。それではこれより行動を開始する。『我が命、御方がために!』」
「「「『我が命、御方がために!』」」」