秘密と真実
愁斗とフェルネが姉妹から別れた後は王都ガルバイン方面へ向けて走っていた。
「シュウト、私達はいったいどこへ向かっているんだ?」
フェルネはずっと疑問に思っていたことを愁斗に尋ねた。
姉妹と一緒にいては姉妹の冒険者としての訓練に意味がないということは理解しているフェルネは深く考えずに愁斗に付いてきた。しかしそれでもこれからどこへ向かって何をするのか疑問に思うのは仕方がないだろう。
「そういえばフェルネには説明してなかったね。ごめんね」
「いや、謝るほどのことではないさ。私は愁斗と一緒にいられればそれでいい」
「そっか、ありがとう。それでどこに向かっているかなんだけど、行く場所はいくつかあって最初は王都ガルバインだよ」
フェルネの小さな告白をさらりと受け流した愁斗は少し考え込み、ゆっくりと減速した後に止まった。
「今周囲に誰にもいないしちょうどいいかな」
魔力感知によって周囲に誰もいないことを確認した愁斗は同じく減速して止まったフェルネの目を見て話を始めた。
これから大事な話を始めるかのように。
「レイナとアイナにもまだ言ってないことがあるんだ。二人にとってこれを知るのは荷が重いんじゃないかなと思ったし、万が一フェルネみたいに闇魔法を使える人がいたらあっさりバレるかも知れなかったから」
「そうなのか。ということは今からその話を始めるのか?」
「そういうことになるね。じゃないとこれからすることの説明ができないから」
この件に関して何か思うところがあるわけでもなかったフェルネは、特に気負うでもなく話を聞く姿勢をとった。
「実は俺さ、闇魔法が使えるんだ」
「……やっぱりそうなのか」
「え…………? もしかして気付いてたの?」
「いや、確証があったわけではないんだ。ただ、今までの人生のほとんどは闇魔法だけを見て生きてきたから、闇魔法を使える人がなんとなくわかる」
「そういうこともあるのかな?」
要領を得ない物言いだったが、自分よりも百年以上生きているからこそ分かることもあるかと無理やり納得した愁斗はそのまま話を続ける。
「それで昨日の襲撃者の記憶を覗いたんだけど、殺し屋同士は別段仲が良いわけでもないらしくて、殺し屋についての情報はほとんどわからなかったんだ。それに『メリグレブ』の本拠地も調べられなかった。でも支部ならわかったよ」
愁斗がロータスの記憶を覗くといくつかの支部を突き止めることができたが、この国で最も大きな支部が王都ガルバインにあったため今回はそこに向かっている。
さすがに巨大な都市であるガルバインの細部までを国が把握できているわけではないらしく、大きな裏組織の侵入を許してしまっていた。こればかりはどうしようもないのかもしれないが。
「そういうことだったのか。ではその組織を潰しに行くのか?」
「それなんだよなぁ………。潰してしまってもいいのかもしれないけど、裏組織がもたらすものが害ばかりじゃないみたいだからどうしようか迷ってるんだよなぁ」
愁斗がこの裏組織を壊滅に追い込むことを決心できない大きな理由はこの組織が表の組織で行っていることに原因があった。
少なくとも『メリグレブ』の王都ガルバインにある支部で行っていることを止めさせれば、国にとっても大きな損害となるだろう。それに裏組織を潰したことで表組織で何も知らずに働いている人々が無職になってしまうことを考えるとどうしても割り切れないのだ。
職員全員が裏組織のことを知ったうえで働いているようなら愁斗も容赦はしないのだろうが、表組織の規模が大きすぎてそんな可能性は限りなく低い。
「どうして殺されかけたのにこんなことで悩んでるんだろ…………」
「実際には殺されかけたとは言えないと思うがな」
「……確かにそうなんだけどね」
フェルネのツッコミに思わず笑ってしまった愁斗だがすぐに真剣な表情に戻った。
「とにかく王都の支部に行って様子を見てみよう。できればそこのトップと話してみて、話にならないようなら力ずくでどうにかする」
「力ずくでどうにかするとは? 消し飛ばすのか?」
「できれば記憶を書き換えるとかかな。相当大きな組織みたいだから無くなったら困るだろうし、俺達が死んだと思わせればそれでいいんじゃない?」
「なるほどな。了解した」
一応今後の行動方針が決まったところで、愁斗は残りの秘密も話してしまう。
「それとまだ言ってないことがあって………以前話した魔法属性以外にまだあと二つ使える属性がある」
「それは時と空間か?」
「そうだよ……って、なんでその二つの属性を知っているの!?」
魔人には闇魔法以外は使えない。
だからこそ愁斗はフェルネが以前教えた属性以外知らないものだと思っていたのだ。
特に時魔法と空間魔法は世界に一人いるかいないかという希少さなのである。
「もちろん我々魔人だって人族についてはある程度学ばされるからな。魔法以外にもその性格特性や生活についてもだ」
魔人は人族の数倍から数十倍生きるという。
よくよく考えてみれば、それほど生きていれば様々な分野を長時間かけて学ぶことができるのだ。多くの魔人が人族等について調べ尽くしていたとしてもおかしくはない。
なんといっても魔人が闇魔法で雰囲気を消せば上級冒険者ですら魔人の存在感の一端すら掴むことができないのだから。人間に気付かれずに観察するなど魔人にとっては造作もないことなのだ。
「そうだったんだ……。ちなみに性格についてはなんて教わったの?」
「簡単に言い切れるものではないと思うが。強いて言えば獰猛で欲深く、争いが好きな種族だと教わったな」
「それってそのまま人間が魔人に思っていることと被っている気がする……」
「我々魔人が獰猛で欲深く、争いが好きだということか? いくらシュウトでもその発言は容認できないぞ」
「それは……ごめん。俺は魔人のことをそう思っているわけじゃないんだ。少なくともフェルネは俺達と一緒にいてそういったことを言ったこともやったこともないことは十分承知してる。でも実際にこの大陸は魔王の手によって破壊され尽くしたらしいよ。人間が魔法の技術の大半を喪失したのもそれが原因みたいだしね」
現在は過去の魔族との大戦により魔法技術が喪失しており、一般人が使えることのできる魔法が半分以下にまで減っているという。
一般人は魔法を発動するのに明確なイメージと詠唱を必要とする。その詠唱を記した書物のほとんどを失ってしまい、現在では一つの属性につき十数種しか存在しないのだ。
闇魔法や時、空間魔法においては二・三種類しか残っていないという。おそらくこの魔法については使える者がほとんどいなかったために過去の文明でさえあまり研究が進んでいなかったのだろう。それにもかかわらずその書物さえ失った現在で二・三種類の詠唱がわかってれば十分というものだ。
「それについては確かに魔王様がおやりになったらしいがその原因を作ったのは人族等だぞ。我々は意味なくそんなことはしない」
「えっと、どういうこと?」
「過去の人族等と魔人の戦争は全て人族等が魔大陸に侵攻してきたから起こったのだ。我々はそれに抗い、場合によっては人族等の数を減らしていたにすぎない」
「…………それ本当?」
「当たり前だ。我々には我々の大陸でやるべきことがある。人族等のなどの弱小種族に構っていられる余裕などないのだ。歴代の魔王様も何度も人間に対してそれを伝えてきたらしいが人間は我々の発言に耳を貸したりしなかったらしい。どこから情報が出回っているのかはわかっていないらしいが我々の大陸は人間にとっては宝の山らしいからな」
「魔大陸には人間が攻め込んでまで手に入れたいものがあると?」
「どうやらそうらしいな。我々の大陸はこの大陸とは比べものにならないくらい空気中の魔力濃度が高い。その魔力を吸収してできた植物や鉱物などは人族の大陸ではあまり手に入らないそうだ。何千年も前はそれを貿易で人族の大陸に流していたこともあったらしいが、強欲な人族等はそれでは満足できないらしく、私達の大陸に攻め込んできた。だから私達はそれに抗っただけなのだ」
そこからの話で愁斗は初めて人族等と魔人の戦争の意味を知った。
魔人が邪悪なのではなく人族等の欲が邪悪だったのだと。
人間はとても欲深く、自分達の利益のためならばその他の種族がどうなろうが気にしない。だからこそ人間は欲するものがあれば略奪する。それができなければ戦争をして相手を滅ぼすのだ。たとえ高潔な精神の持ち主でも、人の上に立ち続け上から見下ろす感覚に常時晒され続けていれば、自分が正しいと思い込み自分が歪んでいっていることに気付くことなく強欲になっていく。
戦争するための理由だってなんでもよかった。邪悪だとか邪悪でないとかそんなことは関係なく、たとえ邪悪でなくても欲を満たすために人民に対して適当な理由を掲げ戦争を起こすのだ。
大昔から人族等と魔人との間で戦争があったがどれも似たようなものだった。
だからこそ魔人は人族等の数を減らすしかなかった。数が増えれば付け上がり強くなったと思い込む。そして他の種族を貶めるようになるからだ。
しかも返り討ちにされれば再び戦争をするための理由にされた。
これが延々と続けられているのだ。
愁斗は同じ人間としてそれを否定できなかった。
それは人の強欲さを知っているために。
「フェルネ、ごめん。俺は魔人を誤解していたみたいだ」
「いや、私は全然気にしていないぞ。シュウトはもともとこの世界の人間ではないのだ。歪められた事実だけを聞かされれば誤解してしまうのも無理はない」
「……それでも謝っておくよ。そうじゃないと自分の気が済まないから」
「そうか………では謝罪を受け入れよう」
謝罪を受け入れたフェルネは愁斗に優しくほほ笑んだ。
愁斗はというと超がつくほどの美人に向けられた笑みに思わず顔を赤くしてしまう。それは滅多に見せない笑みだったことも原因の一つだろう。
大きく話が脱線してしまったが、秘密を打ち明けてお互いを改めて理解しあったことで二人の距離は今まで以上に親密なものとなった。
二人は走る速度を合わせて再び前へと進んでいった。