一時の別れ
いきなりで申し訳ないのですが、第三者視点のほうがわかりやすいというコメントをいただきましたので今後は第三者視点で進めていきたいと思います。
急な変更で申し訳ありません。
愁斗がマルタ町の騎士団にロータス・ベムを引き渡した翌朝。
姉妹とフェルネは食事を終えた後に話があると愁斗に言われ、現在宿泊している宿の部屋にあるテーブルを囲んで四人は向かい合っていた。
「レイナとアイナに重要な話があるんだ」
愁斗はいつになく真剣な顔つきで話を切り出した。
「はい」
「どうしたの?」
レイナもアイナもその雰囲気を敏感に感じ取り今後を左右するとても大事な話だと悟った。
その間フェルネは黙って三人を見守っている。
「結論から言うと、レイナとアイナとは少しの間だけ距離を置こうと思ってるんだ」
「「えっ?」」
二人は姉妹らしく同時に間の抜けた顔を晒した。
それは愁斗の言っていることの意味を瞬時に理解することができなかったことと、理解したくないという気持ちが混ざり合ってできた表情だった。
愁斗は姉妹が何かを言い返す前に言葉を続ける。
「もちろん理由はいくつかあるよ。それをゆっくりと説明していくから二人は落ち着いて聞いてほしい」
「……はい」
「……わかった」
「まず一つ目は二人の冒険者としての実力を伸ばすため。二人とも戦闘に関していえば四級冒険者として相応しい力を持っているんだ。でもそれは四級冒険者として適切な行動ができるということには繋がらないよ。二人は冒険者としての力が足りない。だからその力を俺とフェルネがいない状態で学んでほしい」
二人の戦闘力に関しては間違いなく一流と呼ばれる領域に至っている。
二人で戦えば四級魔物に負けることなどないだろうし、三級魔物相手だって少しは持ち堪えられるだろう。
しかし冒険者として仕事をしていく上でそれだけでは足りないのだ。
依頼先で野営をするとき今までは見張りなしで眠ることができていたが、それでは他のパーティーと依頼をする際に慣れない見張りをして実力を十分に発揮できないかもしれない。
それ以外にも他のパーティーと一緒に依頼をする際の行動などを学ぶべきなのだ。森の中で行動するときは常に周囲に気を配る必要がある。それはチームの全員が担う役割である。地面の中や木の上などにも魔物は潜んでいるのだから。今までは愁斗やフェルネがいたから緊張感などなしに気を配っていたが、実際の森の中で緊張感がない場所などは存在しない。そんな中での訓練も二人には必要だった。
「二つ目は殺し屋とか暗殺者に俺が狙われるようになったから、しばらく俺の周囲が危険な状態になるんだ。だからこそ二人には俺の傍にいてほしくはないんだよ。昨日だってあいつらが俺達に接近してきたのを二人は気付けなかっただろう?」
ロータスが愁斗と別れる直前に彼は愁斗にこう言った。
「『メリグレブ』は一度受けた依頼は必ず成し遂げる。俺が消えたら次の奴が来るはずだ」と。
このことから『メリグレブ』という組織が仕事を途中で投げ出すような三流組織でないことがわかる。
このことを聞いた愁斗はすぐに納得した。裏社会など舐められればそれで終わりなのだから。
だからこそ何よりも危険な自分のそばに置いておくべきではないと愁斗は考えた。少なくとも『メリグレブ』が自信をもって送り込んでくる刺客では姉妹など相手にならないだろうから。
もちろん愁斗はそれだけで姉妹の安全が保障されたと勘違いはしていない。本人を叩くことができなければ人質をとるという可能性は十分に考えられた。だからこそそのことについても十分な対応策を複数準備したのだ。
姉妹がロータスの接近に気付かなかったことについては愁斗にあまり文句はなかった。
そもそも姉妹よりも遥かに実力が上であるロータス達が気配を隠しているのだから察知できるはずなどないのだ。
しかし姉妹はそれに気が付かず何も言えなくなってしまう。
「最後の理由は俺にはやるべきことがあるからだよ。この機会を使ってそれを片付けてしまおうと思うんだ。だからレイナもアイナも俺がそれをやっている間に多くのことを俺達がいない環境で学んでほしいんだ」
「…………どれくらい離れることになるの?」
アイナが泣きそうな顔で俺を見つめてきた。
愁斗は場違いながらも「可愛いな……」と思ってしまうが、それをすぐに消し去り柔らかい笑顔で答えた。
「詳しくはわからないけど、二人が自分の冒険者としての実力に自信を持ったらかな。そうしたら俺に心話で教えてほしい」
愁斗が姉妹の実力を見て決めるのではなく、姉妹が自分の実力を認めて決めるのだ。
こうすることで愁斗が姉妹の様子を見に来る手間が省けるのだ。
これからいろいろなところを駆けずり回ることになる愁斗がいちいちマルタ町に戻ってくることなど無駄でしかないのだから。
「それに俺達は魔力で繋がっているんだ。何かあったらすぐに連絡してよ。そしたら俺でもフェルネでも急いで駆け付けるから。俺達がどれだけ速く移動できるか知っているだろう?」
姉妹は今の言葉を聞いて少し安心を覚えた。
普通なら離れすぎれば魔力の繋がりが希薄になり心話ができなくなるのだが、愁斗の魔力交換ではそうではないことを姉妹は知っていた。
さらにその連絡を受けて自分達のもとへと駆けつけてくれる愁斗の速さが常軌を逸してることも。
それらのことは多くの時間を共に過ごした姉妹だからこそ知っているのだ。言い換えればここまで愁斗のことを知っている人物は姉妹とフェルネを除いて他にいない。
そのことを再度思い知らされて嬉しさで心が満たされた姉妹。
こういうところは年相応の女の子であり、まだまだ甘いと言わざるを得ないことなのだが。
ちなみに愁斗はこのことを予想して発言したわけではない。
「…………わかりました。ご主人様がいない間、私とアイナで頑張ってみようと思います。アイナは?」
「うーん……わかった。頑張ってみるね。何かあったらすぐにご主人様を呼ぶから!」
「…………万が一のことが起こったらだからね? 何かあるたびに呼んだりしちゃダメだからね?」
「わかってるよぅ……」
何とか離れることの承諾を得た愁斗だが、ここで重要なことを思いだす。
「あ、そういえば、その呼び方についてなんだけど。冒険者ギルドに行ってその首輪を外してもらおっか」
「……どうしてですか?」
レイナが「まさか本当は捨てるつもりだったのか?」といった表情になったのを目にした愁斗は慌てて弁解を始めた。
「ち、違うよ!? これから当分離れることになるんだしその首輪があったら邪魔でしょ? それにそんな首輪が無くても俺達には繋がりがあるんだからさ」
愁斗が二人を助けた翌日に首輪を壊そうとしたとき、アイナは愁斗との繋がりが無くなることを恐れてそれを拒絶した。
それから何か月もの日々が過ぎ去りすでにただの知り合い以上の関係になった三人には首輪などは必要ない。
愁斗の秘密を共有し冒険者ギルドでパーティーを組んで魔力交換をした。
こんなことができている以上、主従関係でいる必要などどこにもないのだから。
特に魔力交換などはただの冒険者仲間でさえできはしない。他人の魔力を自分に取り組めば自分の魔力操作能力に大きな支障をきたすのだ。それを覚悟でやったとしても人生でほんの数人だけである。
「これでようやく意識だけではなく立場も対等になるんだよ。これからはご主人様じゃなくて愁斗って呼んでほしいんだ」
「…………わかりました。では……シュウトさん」
「………ありがとう」
赤らめた顔でレイナに名前で呼ばれることを恥ずかしく思った愁斗も思わず顔を赤くしてしまう。
もちろんそれを隣で見ていたアイナも負けじと名前を呼んだ。
「私も名前で呼ぶ!!」
「もちろんそうしてほしい」
「じゃあ……シュウトさん」
「ありがとう」
先ほどの対応で僅かながら耐性のできた愁斗は今回は顔を赤くせずに済んだ。
しかしそれに納得のいかないアイナは姉であるレイナを睨みつける。
「どうしたの、アイナ?」
「…………お姉ちゃん……」
そんなアイナをすまし顔でサラッと流したレイナにアイナの肩がわなわなと震えだした。
そこまで鈍感ではない愁斗はそれの原因がわかっているが、意識して顔を赤くすることができないため黙っている。
何だかんだ言ってとても仲の良い姉妹であるため大喧嘩に発展しないということが愁斗にとって幸いだった。
「それと、冒険者パーティーも一旦解散しよう。また俺とパーティーを組むまでの間に他の人とパーティーを組んで行動するかもしれないし、チームのリーダーが長期不在っていうのも避けたいからね。いいかな?」
「はい、わかりました」
「私も了解!」
今後の方針も大まかに決まったところで四人で冒険者ギルドに向かう。
そこで姉妹の奴隷身分からの解放とパーティーの一時解散をして別れとなった。
余談だが奴隷身分からの解放に必要な金銭は全部姉妹の自腹で払った。これは愁斗がそう言ったわけではなく自分を買い戻せるための貯金があったからだ。
「じゃあ焦らずゆっくりと確実に冒険者としての実力をつけてね。次会える時を楽しみにしてるから。それと、二人だけでどうしても対処できない事態が起こった場合はすぐに俺達を呼ぶこと」
「わかりました。私達の成長を楽しみにしててください。きっとシュウトさんを驚かせてみせますから!」
「私も頑張るから楽しみに待っててね!」
「私も二人の成長を楽しみにしているぞ」
四人で別れの言葉を残してその場を後にした。
姉妹はこれからの鍛錬に意気込んで。
愁斗はやるべきことを頭に思い浮かべて。
フェルネはこれから愁斗が何をするつもりなのか不思議に思いながら。