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命と引き換えに2

ケルべイン・ソルス視点

 俺達に近づいてきた男は今回の殺害対象であるシュウトと呼ばれる青年だった。


「まさか俺達を襲撃しておいて逃げられるとでも?」


 今の状況がわかっていないかのような発言をしたその青年は、まるで散歩でもしているかのような気楽さでゆっくりと近づいてくる。


 次の瞬間。

 今まで俺達をじっと見つめていた白狐はいきなり青年に飛び掛かった。


 逃げるなら今だ!!


 そう思って動こうとしたが予想外の現実が俺の足を止めた。


 突進ともとれる速さで飛び掛かった白狐を青年は事もなげに受け止めた。

 それだけではない。

 腕に抱かれている白狐はまるで好きな主人にするように頭を青年の胸にこすりつけ始めた。


「……まさか………」


 こいつはこの白狐と魔族契約しているのか?


 もしかして…………


「君の想像の通りだよ。この白狐とは魔族契約をしてる。というよりも周囲にいる魔物は全て契約しているよ」

「何……だと………」

「みんな、ワイバーンが怯えてるから威圧するのはやめてあげようよ」


 青年の言葉の後、今まで自分の心臓を握りつぶさんとしていた雰囲気から一瞬で解放された。


「…………」


 あまりのことに言葉が出ない。

 今まで思い違いをしていた。


 この青年を暗殺する?

 できるはずがない。

 もし先ほどの戦闘でこの中の一体でも俺達の前に姿を現していたら、それだけで俺達は詰んでいた。

 ではなぜ契約した魔物を一体も呼ばなかったのか。

 そんなことは言葉に出さずとも明白だ。こいつがこの魔物達よりも強いからだ。


 しかし疑問も残る。

 俺ほど戦闘慣れをしていればある程度は相手の力量を見抜くことができる。

 そして俺の見立てではこいつはこの魔物達を従えることができるほど強くはない。そもそも魔族契約とは主従契約ではないが、こいつが魔物達を従えていることは先ほどのやりとりから明白だ。

 こいつの冒険者としての力量であればかなりのものだろう。身のこなしもそこそこだ。あくまで近接戦闘の能力だけを考えるならば、こいつは確かに強いと言える。

 しかし俺の有する情報では魔法の腕が立つということだけで近接戦闘については触れられていなかった。

 それだけではない。

 魔法の腕が立つ者というのは得てして纏う魔力も洗練されているものだ。それなのにこいつは違う。こいつはそもそも魔力を発していない。この世界で生きる者は魔法が使える使えないに関わらず必ず魔力を発しているはずなのだ。魔力を発していないなどありえない。そんな生き物は存在するはずがない。

 ではどうしてこいつは魔力を発していないのか。

 考えられる理由は二つ。

 一つはこいつが自ら魔力を隠しているというもの。もう一つは何かしらの道具を使って魔力を隠しているというものだ。

 どちらも考えにくい。そもそも魔力を隠してどうするというのだろうか。相手に魔法の実力を隠すというのならば考えられなくもないが、そんなことに集中を割いていざという時に本領を発揮できなければ意味がない。


 ただ、もし常に魔力を全く漏らさないほどの魔力コントロールをしていたら、そしてその行為が全くの負担になっていなかったとしたら………


 これが的を射た予想だった場合、俺達は組織に捨て駒にされたことになる。

 こんな達成できるはずのない依頼を俺達に押し付け、たとえ失敗したとしてもそこから情報を引き出し次に役立てる。

 わかっていたことだがやはりクソな組織だった。

 どれだけ困難な依頼なのか説明されなかった。あの組織があれ程の報酬を提示したんだ、最低でもどれだけの戦力を用意しなければならないのかわからないはずがない。


「捨て駒にされたのは間違いないね」


 クソッ!!

 お互いに利用しあう関係だったのだとしても、こんな簡単に捨てられると流石に腹が立………


 …………今なんて言った?


「捨て駒にさてたのは間違いない、と言ったんだよ」

「お前………思考を読めるのか?」

「闇属性保持者だからね」

「そんな馬鹿な!! お前は四属性保持者だと聞いているぞ!!」

「そんな情報を鵜呑みにして俺のところに来たの? もしかしたら他の属性も使えるかもしれないとは考えない?」

「考えるわけがないだろうが!! 四属性保持者でさえ一国に数人いるかいないかなんだぞ。五属性保持者である可能性なんかを考えたらきりがないんだよ!!!」

「なるほどね……」


 こいつ俺を舐めてるのか?


「当たり前でしょ? この状況がわからないの?」


 ……チッ。

 思考が読めるんだったな。


「………わかっている。既に俺達が逃げられないということくらいはな」

「そうだよ。ところで一つ提案なんだけど」

「……何だ」

「これからは俺のためにその力を使わない?」

「…………は?」

「だから、その力を俺のために使わない? どっちにしろここからは抜けられないよ。君たちは今幻覚を見ている。周囲の風景が一変したんじゃないかな?」

「…………」

「ここは俺が生み出した幻覚の中の世界。右に向かっているつもりでも実際は左に向かっているかもしれないし、前に向かっているかもしれない。ここから生きて出るためには俺の下につくしかないんだよ。もちろん光魔法を使えるならこの幻覚を打ち消せるかもしれないけど。それに、死ぬつもりなら俺が記憶を塗り替えて俺の駒にするという手段もあるから心配はいらない。あんまりやりたいとは思わないけどね」


 こいつ完全に狂ってる。


「狂ってる? 君たちにどう思われようが何とも思わないけど、自分を殺しに来た人に対して慈悲なんか与えるわけないでしょ?」

「……俺達に何をさせようとしている?」

「簡単だよ。俺と一緒にいた少女が二人いたでしょ? 彼女たちを本人たちにバレないように見張っててほしいんだ。それで命が危険にさらされたら助けてあげてほしい」

「何故そんなことをする必要がある? お前が守ればいいだろうが」

「俺は彼女たちがもう少し成長するまで距離を置こうと思ってるから。彼女たちには自分達だけで生きていくための術を学んでもらおうと思ってるんだ」

「ならお前の契約した魔物にでも見張らせればいいだろうが。それに俺が裏切って彼女たちを攫うかもしれないし、お前の情報を『メリグレブ』に流すかもしれないぞ」

「町で魔物の行動は制限されるから人を使うほうがいい。それに君たちは裏切れないよ」

「……どういうことだ?」

「君たちはこれから先、逃げる人生を送るみたいだからね。それほどの実力があればこの先どうとでもできるんだろうけど。でも俺は逃がさないよ。君たちが大陸の端から端に逃げても必ず見つけ出せる。それに情報を流したいなら流せばいい。どうなるかはやってみればわかるから」


 そんなことできるはずが――――――


「できるんだよ。既にこの子たちは君達の匂いを覚えたからね。さすがにこのクラスの魔物がこの数で探せば見つけられるでしょ」

「っ!?」

「もし見つけたらどうなるかわかるよね? 闇魔法がどういったものなのかあの組織に所属していてわからないはずがない」

「…………」


 そうだ。

 暗殺や拷問などに向いている闇魔法というものをあの組織は積極的に研究していた。

 闇属性保持者を保有しているという話も聞く。

 狂いたくても狂えなくなり、死にたくても自殺さえできなくなる。

 使う者が使えばどんな武器よりも恐ろしい。


「君たちには今二つの選択肢がある。ここでこの子達の餌になるか、それとも命を懸けて彼女たちを守るか」


 どうする。

 どうすればいい。

 俺達はどちらにせよこの先あの組織に狙われる。

 ならここでこの青年に乗り換えるというのもありだ。

 この青年はもしかしたら『メリグレブ』など歯牙にもかけないほどの戦力を有しているかもしれないのだから。


「クラクスはどうしたい?」

「……自分は師匠と同じ道を行きます」

「そうか………」


 ならば………


「決まった?」

「ああ……少女達を守ろう」

「なら決まりだね」


 そう言うと青年はバッグの中から一つのバッグを取り出した。

 青年や少女達の身に着けているバッグがマジックポーチであることは知っている。


「はい、これ」

「これは……?」

「マジックポーチ」

「はぁ!?」

「別に持ってても不思議じゃないでしょ? 俺達のバッグもマジックポーチだって知ってるみたいだし」

「限度ってもんがあるだろうが!! いくらかかったんだよこれ!?」

「覚えてないよ。金ならたくさんあるしね」

「おいおい………」


 こいつ一人でいったいどれだけ金持ってんだよ………。

 それにマジックポーチだって滅多に市場に出回らないものなんだぞ。それを一個人が五個も持ってるなんてありえないだろうが……。


「まぁそれを有効活用してよ。これからは自分の身を守りつつ彼女たちを守らないといけないんだから」

「……了解した」

「それとその中には三つのマジックアイテムと回復薬が入ってる。一つ目は『ライト』と唱えるだけで光を発する玉。もちろんイメージによって光量は変わるから。解除したいときは『キャンセル』と唱えるだけでいい。これは付与魔法がかかったものと同じだね。二つ目は着ているだけで雰囲気を消すことができるローブ。一応二着あるけど無くさないようにね。三つ目は水を生み出すマジックアイテムで『ウォーター』と唱えればいい。回復薬は大きな瓶にかなり入ってるけど大事に使ってね。効果は保障するよ」

「………」


 こいつはいったい何者なんだ?

 一つ目と三つ目はかなり高価だが同じようなものはある。しかし二つ目は聞いたことがない。そんな便利なマジックアイテムがあって普及しないはずがないから俺の無知ということはない。

 ということは『メリグレブ』でも把握しきれないほどの巨大組織が裏にいるかもしれないのか?

 いや、そんなはずはない。『メリグレブ』がそれほど高度な技術を持った組織の情報を有していないなどありえない。

 では俺達に意図的に情報を隠しているのか?


「このマジックアイテムを用意した人のことなんてどんなに探したって見つからないよ。たとえ『メリグレブ』でもね」

「……………神創遺産ということか?」

「違うよ」

「……………ちなみにこのマジックアイテムの使用期限や回数制限などはあるのか?」

「そんなのはない…………と思う。少なくとも俺が使用していてそんなことはなかったから」

「そうか……了解した。ありがたく使わせてもらう」

「そうしてくれ。じゃあ俺はもう戻るから後はよろしく。それと俺に連絡を取りたいときはこいつに伝えてくれ。それじゃ」


 シュウトという青年はそう言い残すとあっという間に俺達の前から姿を消した。

 それと同時にまた周囲の風景が一変する。

 レルクの震えもどうやら収まったみたいだ。


 その時、俺の胸元に付いているポケットに何かが入り込んできた。

 俺は気づかれずに俺の胸ポケットに入ってきたそいつに驚くが、さっきあの青年が言っていた魔物か何かなのだろうと思い、そっと胸元を覗きこんでみた。

 そこにいたのは一匹の鼠だった。

 しかし一般的に知られている弱いラット系の魔物ではない。

 目は真紅に染まり牙も先端が鋭く尖っている。真っ黒な毛並は硬いせいか肌にチクチクと僅かな痛みを与えている。

 おそらく用があったらこいつに言えということだろう。


「なんか一気に話が進んだな……クラクス、すまない」

「いえ、気にしてません」


 クラクスは本当に何とも思っていないというような表情でそう言った。


「そうか……」


 そこで早速彼女たちを探そうとしたところで、初めてそれに気づいた。


 大きく抉られていたはずのわき腹が完全に元通りに戻っていた。

 それどころか俺が怪我をした痕跡がない。血で染まっていた防具すらも全て元通りに戻っていた。


「何がいったい………どうなってやがる…………」


 俺は未知の力を多数有するアレに大きな畏怖を抱いた。

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