深まる疑問
ダンリク視点
ダンリク達に近づいてきた男達は愁斗達の相手と同じように一定の距離をとって立ち止まった。
「お前何者だ? 紺ローブ達になにか用があるのか?」
返答は気にしていない質問であったがやはり返答はなかった。
「問答無用ということか」
「………」
「紺ローブの相手はペラペラ喋っているようだがお前たちは違うのか?」
「………あんな奴と一緒にするな」
だんまりを決め込む種類の人間かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「なんだ、しゃべれるんじゃねぇかよ」
そんな男たちにバートンが言葉を返す。
この男達はおそらく俺達と同じレベルに立つものだ。
足音をほとんどたてない歩き方といい、身体の周りを覆っている魔力といい、とてもただの暗殺者とは思えない。
それに暗殺者にもかかわらず敵の前に堂々と立てるその自信。おそらくそれなりの場数を踏んでいるはずだ。それも暗殺ではなく対人戦闘の。
そんなことを考えていると奴らはいきなり無詠唱で風魔法を放ってきた。
これで奴らを叩きのめす口実ができた。
怪しいというだけでは殺してしまう理由にはできない。
しかし寝ている人間に向かって魔法を放とうとし、それを目撃した俺達に対しても攻撃を仕掛けてきたとなれば話は別だ。
俺達は口を開くこともせずに散開する。
悔しいが俺達の中で一番強いのはメルナイアだ。戦闘においては俺やバートンよりも強い。
だから自然と一人は俺とバートン、もう一人はメルナイアが相手をするという組み合わせになる。
俺は今回バートンの補助に回る。
対人戦闘の訓練もバートンから受けているが経験が圧倒的に足りない。
魔物相手には魔法を組み合わせた俺の戦闘技術なら問題ないが、対人戦闘は魔物との戦闘とは全く別物だ。
こればっかりは実力差が大きくなければ経験がものを言う。
だからこその補助だ。
俺はまず小手調べとして土魔法で岩塊を生み出して射出する。
しかしそれを最小の動きで避けた奴はまた同じように風刃を放ってきた。
どうやら奴も俺と同じようにこちらの戦闘能力を測っているみたいだ。
それならば俺が補助に回らずとも、奴が本気を出してしまう前に無力化してしまおう。わざわざ全力を見るまで戦うなどと言った道を選ぶ必要などないのだから。
「力を籠めろ!」
そう言って俺は地面に土属性の魔力を流して土を操り、バートンを敵に向かって一気に吹き飛ばした。
物体にその属性の魔力を流して操る技術は『無詠唱で魔法を行使できる』というのが最低条件であり、これは魔法の技術の中でも最高難度のものだ。
例外はあれど一般的に普及されている魔法というものは生み出すものであり、現存するものを操るものではない。火属性なら火を、水属性なら水をというように、自分で生み出したものを操る技術こそが魔法というものなのだ。
これを極めることができれば他人が生み出したものを自分の魔力を流し込んで操ることができると言われているが、これを達成できたものはいないとされている。
『力を籠めろ』という言葉はこの技を繰り出す時の合図であり、バートンは俺のこの合図に合わせて自身の強化魔法を発動し、十メートル近くの距離を一瞬で縮めた。
俺が土で押し出したのとバートン自身の強化魔法を使った踏み込みで、想像を絶するスピードを生み出すことができるのだ。
「っ!!」
流石にこのスピードに対処することはできないらしく、ギリギリまで回避を試みていたが結局間に合わずに右のわき腹にバートンの拳が炸裂した。
一般的な防具による防御すらも容易く打ち砕くことのできるその膂力は、わき腹に抵抗を許すことなく抉り取った。
「ぐっっ……意表を……つかれたか…………」
一点への威力が強すぎるが故に肉体が吹っ飛ぶなどということが起きず、わき腹を抉られて尚その場所に立ち続ける殺し屋。
内臓すら少し失っているはずなのになぜ生きているのか不思議ではあるが、無駄に生命力がいいとこういう時に苦しむことになる。
生命力がいいというのも考え物だ。
すでにフラフラで立っていることすらままならないはずなのだが、瞬時に回復薬を口にするくらいの力は残っていたみたいだ。
しかし回復薬を飲んでも抉り取られた場所が再生するわけではない。そんな回復薬は秘薬と呼ばれるような超希少薬だけだ。
出血は多少収まったがあくまでその程度だ。
どうあがいてもこの場所から逃げることはできないだろう。
しかし、まだ終わりではなかった。
メルナイアの相手をしていた奴がいきなり戦闘を中断してわき腹を抉られた奴の傍に近寄ってきた。
わき腹を抉られた奴が虫の息で何事かつぶやいた瞬間、突如その場から小さな閃光が起こった。
これは…………。
「あれは契約魔物よっ!!!」
メルナイアの声に合わせてその場に姿を現したのは…………小さなドラゴンだった。
小さなドラゴンとは言っても比較対象が他種のドラゴンであり、そのドラゴン自体も十メートル近くはある。
このドラゴンの種類はおそらくワイバーンの一種で三級魔物に分類されていたはずだ。
ドラゴンの最下級であるがそれでも三級。ドラゴンとは単体でそれほどまでの力を有するのだ。
「チッ!!」
既にドラゴンの背に乗った二人はすぐにこの場を離れようとする。
俺はそれを食い止めるために魔法を放とうとするがそれは相手のほうが先に考えていたらしく、メルナイアの相手をしていた奴が魔法を、ワイバーンがブレスを放とうとする。
「攻撃だ防げ!!」
俺に言われるまでもなくメルナイアは分厚い水の障壁を作り出し、俺はその一瞬後に厚さ一メートルほどある土壁を生み出して対処する。
奴らの攻撃がそれぞれの障壁に炸裂し俺達の視界を奪った。
目が使えなくても魔力感知が優れている俺は魔力感知に集中するが、感知した敵の位置は既に数十メートルは離れている。
どうやら逃げられてしまったらしい。
「逃げられちゃったね」
メルナイアが残念そうな声を上げるが、その表情はあまり気にしていないように見える。
「すまない、遅くなった」
ようやくここでバートンが戻ってきた。
人外のスピードで打ち出されたバートンは急停止がきくはずもなく、百メートル以上の距離をそのまま突き進んでいくのだ。
今回は周りが木に囲まれているためそこまで遠くに飛ばされたわけではなかったが、それでもここまで戻って来るのに時間がかかってしまう程度には離れていたらしい。
早めに決着をつけようとして隠し技の一つを使ってしまったのだから仕方ないのだ。なぜなら俺達は魔物との戦闘が主であり対人戦闘は専門ではないのだから。
「どうやら逃げられちまったみたいだな。一撃で仕留めたかったんだが………………ワイバーン使いの殺し屋といえばあいつだよな?」
「たぶんな。ワイバーンみたいな竜種と契約している殺し屋がたくさんいてたまるか」
「それよりもシュウト君たちは? 戦闘音が聞こえないけど?」
「…………あっちだ」
俺が魔力感知ですぐに居場所を突き止めた。
急いでその場所に向かってみるとすでに戦闘は終わってしまっていたらしく、紺ローブが気絶している殺し屋をじっと眺めているように見える。ローブのせいで顔が見えない。
そこで何か違和感を覚えた。
何かがおかしい。
何かが…………。
そのとき、先ほどの自分を思い浮かべその違和感が払拭された。
戦闘痕がない。
そんなことはありえない。
強者同士の戦闘であればあるだけ周囲に及ぼす影響は大きくなる。
それこそ三級冒険者同士の本気の戦闘ともなれば半径数十メートルは荒れ地と化す。今回は森の中ということもあってすぐ近くには木々が生い茂り、意図せずとも戦闘痕は木々に残ってしまうものなのだ。
それなのにこの周囲には全くと言っていいほど戦闘痕がない。
これではまるで片方が圧倒的な力で相手をねじ伏せたように思える。相手に反撃を行わせるまでもなく。
地面に転がっている殺し屋はまだ死んでいない。
暗闇であるためどのような外傷があるのかわからないが、少なくとも大きな傷はないように見える。
「その男をどうやって倒した?」
俺は答えないかもしれないと思いながら質問をしたが、今までじっと殺し屋を見つめていた紺ローブはあっさりと俺の質問に答えた。
「特に何も。ただ、魔法の発動があまりにも遅かったから先に風魔法を使って首を絞めただけだよ」
あっさりと返事を返したからには嘘は言っていないのだろう。
しかしそれはありえないとも思う。
もし俺達が倒した殺し屋『竜使い』のケルべイン・ソルスほどの腕前があったならば、相手の意表でも突かない限りそんな簡単に倒せるはずがない。俺達は人外の速度を助走なしで生み出すという行為をして運よく決着がついたのだ。
それなのにこいつは魔法発動速度が遅かったという。
そんなはずはない。
俺達と同格であったであろう相手が一番あってはならないはずの魔法発動速度を他人に遅いと感じさせてしまうことなど。
こいつは何かを隠している。
しかしここでそれを訊くべきでないと俺の常識が語る。
他人の手の内を調べることはいいとしても、無理して聞き出すことはマナー違反だ。
自分の手の内は自分の生命線であるのと同義なのだから。
「この男について何か情報は得たか?」
「確か……ロータス・ベムとか名乗ってたよ」
「何ですって!?」
「何だとっ!?」
俺の質問に答えた紺ローブの発言に真っ先に反応したのはバートンとメルナイアだった。
しかしその気持ちは俺にもよくわかる。
ロータス・ベム。
その異名を『惨殺鬼』。
裏社会ではかなり有名な殺し屋だ。
どんな殺人も惨殺に行うことからその異名がつけれらた殺し屋。そのあまりの惨さから畏怖を象徴してつけられたのだという。
こいつは俺達が相手をした『竜使い』ケルべインよりもヤバいやつだ。
ケルべインは竜使いであるが故に畏怖されているがその実力は三級冒険者相当と言われている。それでもこの世界ではかなりの実力者なのだが。
しかしロータスに限っては完全にその実力から畏怖されている。
こいつは俺達の実力の上をいく。
要するに冒険者の中でこいつとまともに戦闘を行える者は五人だけということになる。
さらに悪いことにこの世の中にはこいつらより質の悪いやつらがまだ数多く存在するのだ。
そういうやつらの多くはとある一つの組織に所属している。この世界の裏社会で名を轟かせるその巨大裏組織『メリグレブ』だ。
俺でさえやつらは敵に回してはいけないと師匠に教えられた。
なぜ紺ローブ達がそんな組織に狙われている?
なぜ紺ローブ達にそんな組織の構成員を三人差し向けている?
こいつらはそれほど重要な奴等なのか?
考えても答えは出ない。
「そんなやつを倒すなんてお前等もなかなかやるな! てかよ、そもそも今回の襲撃はなんだったんだ? どうしてあんな奴らに目をつけられてる?」
俺が訊こうと思っていたことをバートンが訊いた。
「………以前フェルネを何者かに攫われそうになって返り討ちにしたことがあったんだ。おそらくそれの仕返しだと思う」
明らかに嘘をついている。
確かにそれで仕返しされる可能性は決して低くはない。
しかしその程度のことで『メリグレブ』の構成員三人というのは明らかに過剰戦力だ。それこそ未だ実力の底が見えないこいつらが相手だったから良かったものの、他の人間が対象だった場合は必ず殺されていただろう。
「そうか。じゃあこれからも気を付けることだな」
どうせ質問したところで教えては貰えないだろう。
それならもうここにいる必要はない。
彼のことは少しだけだがわかった。
最低でも俺達に匹敵する実力。
人格はまだ断定はできない。
これからも観察が必要だ。
そう言ってダンリク達三人はマルタ町に帰って行った。