面倒の始まり
俺とセイルズさんが話していると、フェルネ達が掲示板から離れて俺のところに戻ってきた。
姉妹とは以前一度会っているセイルズさん達は、すぐに姉妹に気付き挨拶しようとしたところで動かなくなった。
その目線の先には姉妹の横を歩いてこちらに向かってくるフェルネがいた。
フェルネ自身はそんな視線は眼中にないらしく、セイルズさん達に目もくれることはなかったが。
「どれも討伐依頼ばかりだった。三級魔物の詳しい情報を集めたら金貨一枚もらえるらしい。もし倒せたら金貨五十枚だそうだ。この依頼なんかどうだ?」
「依頼の階級は?」
「これは特に設けていないらしいな。受注する必要もないらしい」
「そっか、じゃあその依頼でいこう」
俺がフェルネと話していると、固まっていたセイルズさんが慌てて俺達を止めようとしてきた。
どうやら固まっていても話だけは聞いていたらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! あの依頼は偶然遭遇してしまって逃げ切れた人に向けた依頼であって、自分達から調べに行くための依頼じゃないぞ!?」
「そうなんだ」
俺としては力を隠したいところだが、『九属奏』の人達にはフェルネがかなり強いということは既にバレているようで、三級魔物を討伐するくらいなら問題ないだろう。
フェルネは目立とうと気にならないらしいし。
「そうなんだ、って…………もし逃げ切れなかったら間違いなくて死ぬぞ!? 三級魔物なんて一度も見ずに人生終えたほうが幸せなはずだ」
「俺もそう思う」
「俺も絶対会いたくねぇ」
「だよな」
「同感だ」
セイルズさんの言葉に後ろに立っている四人が同意を示す。
「俺達は大丈夫だよ。じゃあ俺はそろそろ依頼に行くね」
そのまま俺達は後ろで何か言っているセイルズさんと別れて町を出発した。
町を出て街道を一時間ほど歩いていると、多くの魔物が森の中で魔力感知に引っかかるようになった。
以前なら今の五分の一もいなかったはずだ。
どれも七級や六級の魔物ばかりで五級魔物すら近くにいない。
さすがに街道付近にまで大量に出てくるとなると町の周辺を閉鎖しなければならなくなる。それがないだけまだマシなほうだ。とはいっても雇う護衛の冒険者は最低五級と言ったところだろう。俺と会う前の姉妹みたいな冒険者が受けることはできないはずだ。
俺達はここら辺を魔力感知を拡げながら歩き回る。
俺はかなりの広範囲を魔力感知で感知することができるがフェルネも一キロほどの魔力感知は普通にできるそうだ。姉妹はというと集中していても百メートルといったところか。
そんなわけで俺だけは魔力感知を拡げずに歩いている。フェルネ達の訓練もかねて三人に任せることにしたわけだ。
俺はこのことに対して不安は少しも持ち合わせていない。何かあってもフェルネがいれば事足りるからだ。
そんな感じで夕方に差し掛かったところで少々困りごとが発生してる。
いつもマジックポーチがあるので野営道具がないという状況は発生し得ない。だからこそ今日はここで眠ってしまおうと思っていた。幸い今は初秋であり、夜はどちらかというと涼しいくらいだ。
だから困りごとというのは野営に関してではない。
俺達を監視している三人が原因だ。
俺達が町を出ると予想通り『九属奏』の人達が俺達についてきた。
彼らは俺達と一キロ近くの距離をとっている。おそらくそれなりの魔力感知能力を三人の中の誰かが有しているのだろう。
この人たちも問題ではない。彼らが付いてくることは聞いていたし、俺達に害をなそうとするはずもない。
問題は他の三人で、俺達から三百メートルほど離れた位置で俺達をずっと付けてきている人達だ。
この人たちはおそらくダンリク達に気付いていない。三百メートルしか俺達と離れていないということは、それぐらいが彼らの魔力感知の範囲の限界なのだろう。それに町を出たのはこの三人が先であり、ダンリク達が後ろにいることに気付いた様子はなかった。ダンリク達は俺達を観察できているわけだから、当然その三人にも気付いているはずだ。
そんなわけでどうすればいいのか俺には少しわからなくなっていた。
ダンリク達がいる以上、殺すというわけにはいかないだろう。しかし放っておいて寝ている間にちょっかいをかけられても困る。命の危険を気にしているのではない。ただ単に夜中に起こされるのが嫌なだけだ。
野営の準備も終わり夕食を食べ、俺達はそれぞれ寝袋に入った。
俺が寝付けずに一時間ほどイライラしながら待っているとようやく不審者三人が動き出し、それに合わせてダンリク達も動き出した。
ゆっくりと近づいてくる三人組だが、やはりダンリク達三人に気付いた様子はない。
そのまま俺達との距離がゆっくりと縮まっていき、五十メートルを切ったあたりでダンリク達が一気に距離を縮めてきた。
三人組が俺達を視界に入れるギリギリの距離まで近づき魔法を練ろうとしたのか身体の魔力が活性化したところで、ようやくダンリク達に気付いたようだ。俺が魔力感知したところによると放とうとしていた魔力の属性は風。風が速ければ速いほど、要するに熟練者であればあるほど暗殺に向いている魔法属性だ。
ダンリク達も魔力に気づいたのか、自身も魔力を練りながら大声を上げてきた。
「おい!! 起きろ!!!」
その声ははっきりと俺達に届いた。
フェルネは最初から気付いていたようでゆっくりと上体を起こし、姉妹はというとフェルネと違ってガバッと上体を起こしあたりをキョロキョロと見回している。
「どうやら襲撃みたいだね、人間の」
俺の言葉にハッとした姉妹は急いで防具などを身に着け始めた。
普通の冒険者は防具をつけたまま寝たり、靴を履いたまま寝たりするそうだが、俺達は結界を張って寝ているので、起きてからそれらを身に着けても十分間に合う。というよりもそもそも結界が破られることを想定していない。この結界を破ることができるようなそんな化け物が近くにいたら姉妹でも嫌でも気付いてしまうだろうから。
俺達が起きたということに気付いた不審者三人は逃げるのかと思ってみればそうではなかった。
むしろ俺達に一人、ダンリク達に二人という別れ方をしてそれぞれ近づいてきたのだ。
彼は俺達四人と十メートルほどの位置に辿り着いてようたく立ち止まった。
服装は至って普通の冒険者のような防具を身に着けており、ただ近くを通り過ぎただけならば記憶に残ることもないようなものだ。
「こんばんは、みなさん。早めに仕事を終わらせたかったのですが、どうやらそうもいかないようで残念です」
彼は四人と相対しているのにまるでその余裕を崩そうとしない。
「そっちが何を目的に俺達に近づいてきたのか想像はつくけど、どうしてそんなに余裕でいるのかな? こっちは四人でそっちは一人。しかも後ろには世界最強の一角が三人もいるんだよ?」
俺は純粋に質問をしたつもりだったのだが、俺の言葉を聞いた男は一瞬呆けたような表情をした後、突然笑い出した。
「クククク、世界最強の一角ですか? 確かに表社会ではそうなっているようですね。しかしそれは大きな間違いですよ。彼らはあくまで冒険者最強であって世界最強ではないのです。実際に裏社会では彼らのような実力者を私は何人も知っています」
彼の言葉を聞いて俺は少しばかり感心した。
言われてみれば確かにそうだ。最強最強と聞いていたから世界最強だと思っていたが、そんな存在が表社会にしかいないはずもない。むしろ隠れた実力者のほうが多いに決まっている。その方が目に留まることなく行動しやすいのだから。
「なるほど。確かにあなたの言っていることは間違ってない。そこで質問なんだけど、もしかして自分もその最強の一角だと思ってるわけ?」
「まさか! 僕が強いことは確かですが僕より強いものなど両手両足では数えきれないほどいますよ。
まぁ三級の冒険者風情に負ける気はしませんが。僕の後ろにいる二人も同様です」
「へぇ……」
大層な自信があるようだ。
俺には井の中の蛙に見えるのだが。
「一応聞いておくけど誰に雇われたの?」
「知りたいですか?」
「だから訊いてるんだよ」
「教えませんがね」
今の発言には結構イラッとしてしまった。
もともと睡眠を邪魔されてイライラしていたのだが、こいつの話し方と発言はそれに拍車をかけてくる。
しかしこっちも本心で聞いているわけではない。
情報は既に記憶を覗いてわかっている。
残念なことは大した情報が得られなかったことだ。どうやら彼は暗殺の本職らしく依頼した人物も知らなければ、他の暗殺者についての情報もわからなかった。
これほど徹底していると少し気持ち悪い。
彼に依頼を直接した人のことならわかったので後で訪ねてみよう。
「まさか教えてもらえると本気で思っていたのですか? 平和ボケには困ったものですね。少しばかり、いや、かなり滑稽です」
「………暗殺者なのに敵の前に堂々と立つとかそれこそ滑稽だよ」
「自分が弱いから暗殺しているわけではありませんよ? 殺し合いに飽きたから暗殺者になったのです。あなたにはわかりますか? 相手が何も知らぬまま、呆然とした表情のまま死んでいくというこの楽しさが? 最っ高ですよ!!」
少しじゃない。かなり気持ち悪かった。
「あなたは運が悪かったのです。私に依頼が来たということはかなりヤバいところから目をつけられている証拠ですよ。何をしたんですか?」
「教えるわけないでしょ」
と言いつつも心当たりがない。
むしろ迷惑をかけられているのは自分のほうだ。
毎回いろんなことに巻き込まれてこの世界を満喫できているとは言い難い。
そろそろ俺を敵に回すことの愚を裏社会の人達に教え込むべきだろうか。
どうせ俺の情報なんて大したものはないのだから、俺の正体を掴んだからといって彼らにできることなど何もない。
「さて、挨拶も済んだことですしそろそろ始めましょうか。しっかりと楽しませてくださいよ?」
「あなたが本当に強いのなら、楽しめるんじゃないかな」