先輩冒険者と大きな過ち
マルタ町に到着すると予想通りの事態が起こっていた。
以前来た時とは少し違い、町全体が小さな緊張に包まれている。
上級魔物が滅多に出現しない場所の近くで複数体も現れたともなればこうなってしまうのも当たり前だ。
四級魔物の場合、実力者が一人もいなければ町には籠城以外の道はない。
三級魔物の場合、町の騎士全員が総出で時間稼ぎをして住民を逃がすしか道はない。
これぐらいの強さの魔物だと普通の城壁はあまり役に立たないからだ。要塞都市などであれば別なのだが。
実際にこのことを理解している町民はあまりいない。強力で自分達ではどうにもできない魔物だというぐらいしか知らないのだ。もし四級魔物や三級魔物のことに詳しい町民ならばパニックを起こしているに違いない。では情報統制されているわけではない現状、魔物に詳しい者が上級魔物の出現を聞いてパニックを起こしていない理由は何か。
それが今、俺達の前方を歩いている。
マルタ町に入り冒険者ギルドに向かっていると、ギルドの前の通りを反対側から歩いてくる集団があった。
よく見てみればその多くが野次馬であることがわかる。なぜなら前方を歩く三人を見ながら周囲の人々と話し合っている様子がよくわかるからだ。三人にそれをあまり気にしている様子はない。
前方の三人はどれも冒険者が身に着けるような武器や防具を身に着けている。
左側を歩く長身で筋骨隆々の男性の雰囲気は自身に満ち溢れている感じだ。黄土色の髪で漢臭い顔の所々には小さな傷跡がいくつもある。これが普通の冒険者であった場合、小物臭が漂ってしまうところだが彼は違う。そんな雰囲気の中にも周りを威圧するような鋭さがあり、その実力が確かなものであるということが俺にもわかる。
右側を歩く女性はストレートロングの紺藍色の髪を腰のあたりまで伸ばしている。堂々と歩いている姿からはしっかり者という第一印象を与えられた。
そしてとにかく周囲の注目を集めているのは三人の中で中心を歩いている人物だ。
見た目は少年だ。だいたい中学生ぐらいの年代だと思われるその少年はミディアムショートの焦げ茶色の髪で、何よりも目立つのは周りの人々を貫きそうな鋭い眼光とそれを放つツリ目。さらに左側を歩く男性のように周りを威圧していることだ。左側の男性と違う点は存在そのものが威圧しているのか、自ら威圧しているのかという違いだ。残念なことに両隣を歩く二人の大人と無意識に比較してしまうため、その子供が大人ぶっているように見えなくもない。しかし俺にはわかる。その内包する魔力量は三人の中で一番多く、そこらにいるガキではないということが。
三人が三人とも洗練された魔力を持っており、魔術師であることに間違いはない。ただ左側を歩く男性の傷跡から考えるに、俺と同じように戦闘に魔法と格闘などを混ぜるのだろう。
俺がそんなことを考えてながら歩いてると、ちょうど冒険者ギルド入口のところで鉢合わせになった。
俺のほうが少しドアに近かったので先に入ろうとしたらその少年が口を開いた。
「邪魔だ、失せろ」
何を言ってくるのかと思ったら、思いっきり失礼な発言だった。
俺は少しばかりイラッときたので無視することにする。
ちょっと生意気な少年ならまだわかる。中学生ぐらいの年代ならば喧嘩が強ければそこそこふんぞり返っていられるだろうから。
しかしこの少年はそんなタイプの人間ではない。その年齢とは釣り合わない落ち着きと冷静な思考を持っている。それぐらいのことは目を見ればある程度のことは察することができる。
要するに冷静な思考を持ちながら先ほどのような発言をしたのだ。
だから俺はその発言を無視する。
しかし相手がそれを許さない。
「聞こえなかったのか? 失せろと言ったんだ、紺ローブ」
俺はそれすらも無視しようする。
そこで周りの雰囲気がおかしいことに気付いた。
張りつめたような、これから何か起こるようなそんな雰囲気だ。
俺は少年に向きなおり何かが起こる前に注意する。
「年上にはもう少し敬意を持って発言をするべきじゃないかな?」
「お前こそ先輩には敬意を持って道を譲るべきじゃないのか? それにフードで顔を隠しておきながら何を馬鹿なことを言ってんだ?」
…………確かに。
顔を隠しておきながら年齢を推察しろというのは無理がある。
「それは申し訳ない」
俺は素直にフードをとって顔を晒した。
俺がフードをとるとその少年の目が俺の髪に釘づけとなり驚愕の表情となった。
そこで俺は大きな過ちを犯したことを悟った。
髪の色を変えるのを忘れていたのだ。
俺は黒髪の人間をこの世界で未だに見たことがない。
確かに黒髪が珍しいことは認めるがそれで異世界人だということがバレるわけではないだろう。日本にいたときだって緑髪の人を見たとき珍しいとは感じても異世界人だと思ったことはない。
「お前まさか………」
しかしこの発言が俺の冷静さを失わせる。
今の発言は黒髪がどういう意味を持つのかはっきりと理解していたようなそんな発言だった。
もしこれが俺の顔に驚いていたのならミネリク皇国の人間であると考えたかもしれない。俺の素顔を見ている人物などこの世界ではかなり限られてくるのだから。
しかしながらこの少年は俺の顔には見向きもせずに、視線は俺の髪に釘づけだった。
俺はこの世界にきてここで初めて人間に対してこの闇魔法を行使した。
記憶を覗きこむ闇魔法だ。
もちろん大雑把にしか覗かない。細かいことを覗く必要がないからだ。
どういう人物なのかがわかればそれでいい。
そこで俺は驚愕の事実を知った。
この少年の名前はダンリク。現在三級冒険者で『九属奏』の一人だ。土属性保持者最強で二つ名は『土纏』。
生まれは冒険者大国のヨザクラであり、そこを統治している一族に連なる者だ。
ヨザクラ自体が日本の異世界人によって建国され、代々その異世界人の力を受け継いでいる。
しかしその力はだんだん衰えていき現在ではそれほど強力な魔術師が生まれなくなっていた。
ダンリクは先祖返りでその力に覚醒し、小さいころから魔物と戦ってその魔法を鍛え上げている。
俺が階級アップの最速記録を出す前の最速記録保持者であり、以前はその記録自体にそれほど執着はしていなかったが、俺に抜かれたことから俺の名前を頭の隅に止めるようになった。
俺の黒髪に反応したのは先祖が元々黒髪で、それが異世界人の髪の色であると知っているからだ。
ダンリクの記憶によれば両隣に立っている大人もそれぞれ『九属奏』で、左の男性が三級冒険者『剛塊』のバートン、右の女性が二級冒険者『水雅』のメルナイア。
バートンは強化属性、メルナイアは水属性の最強だ。
現在はこの三人で冒険者パーティー『大津波』を組んでいるらしい。
俺はまだこの黒髪の真実を俺のパーティーメンバーとユークリウス王国の関係者以外に知られるわけにはいかない。少なからずミネリク皇国を潰すまでは。
だからこそ俺は闇魔法で記憶を弄ることにする。
俺がこの場で黒髪を晒したという記憶を赤髪を晒したという記憶に変えるのだ。
周囲を時魔法を使って時間を止める。
町全体を覆うように時魔法をかけたのだ。後から辻褄が合わないなどということが起きないように俺の髪を見た全員の記憶を書き換える必要がある。
俺の位置から見える人物を片っ端から闇魔法で記憶を書き換えていく。
そして最後に俺の髪の色を赤髪に変えてから時間の動きを再開させた。
この一連の動作にかかった時間はおよそ十秒程。だからこそ時間を十秒程早送りさせた。時計などで他の町と大きな誤差があっては困るから。
「…………? 俺は今何を言おうとしたんだ?」
ダンリクが俺の髪に視線を合わせたままそう言って不思議そうな顔をする。
しかしすぐにどうでもよくなったのか、俺の目にその鋭い眼光を向けた。
「どけ」
俺はその言葉に何も言わずに道を開けた。
先ほどのおかしな雰囲気はダンリクが暴れださないか周りが心配していたのと、『九属奏』の力を間近で見られるかもしれないという期待が入り混じった雰囲気だったのだ。
残念ながらダンリクはあそこで暴れたりはしないだろう。
今の俺にはわかる。
ダンリクはその雰囲気や目つきとは裏腹にとても心優しい性格なのだと。
目つきも口調も悪いが困っている人がいたら愚痴を言いながらも助けてしまう、そんな性格をしている。
俺達のやり取りを黙って傍観していたバートンとメルナイアは俺に軽くお辞儀をしてギルドの中に入って行った。
もちろん俺もそれに軽いお辞儀を返してフードを被り直してからギルドに入った。