箱庭2
俺が目を覚ましたのは太陽が天辺に昇り、普段なら昼食を食べているだろう時間だった。
いつも持ち歩いている時計を確認してみると長針は十二を、短針は一を指さしている。
どうやら大分寝坊してしまったらしい。
不穏な気配を感じただけで覚醒する疲労知らずの俺の身体も、あれ程の魔力を消費すれば疲れるようだ。
魔力を使いすぎると眩暈のような症状が起きるらしいが俺にその兆候はなかった。しかし少なくとも五割は消費した感覚だ。
ワープ、契約時の魔力譲渡、箱庭拡張、大地の転移、水生成、疑似太陽生成、空間固定。
大規模空間魔法の連続使用が結構魔力を消費している。
しかしこれだけではまだ終わらないのだ。
毎日無風というのは気持ち悪いだろうし、コウリュウ以外の魔物の食料についても考えなければならない。あの数の魔物の食料を毎日用意するなんて不可能だ。ここはもう時魔法で増やすしかない。
以前はこれをやったら負けだと思っていたがここまで来たらもうどうにもなれだ。契約した魔物を餓死させてしまうぐらいなら俺が折れるくらいなんともない。俺に擦り寄ってくる魔物達はとても可愛いものだった。それが数メートル級の魔物だったとしてもだ。
他にも大地を転移させたときに一緒に中に入れてしまった魔物のこともある。俺が今回契約した魔物には大分劣るが、そういう魔物がどのような進化を遂げるのか興味がある。
今晩もやることが多そうだ。
そんなことを考えながら眠気から解き放たれたころ、俺が起きたことに気付いた三人が慌てて近寄ってきた。フェルネまで慌てているのは珍しい。
「ご主人様、大丈夫ですか!?」
「具合でも悪いの!?」
「何かあったのか!?」
三人のそんな反応に嬉しく思いながら俺はその質問に答える。
「昨日の夜に少し遠いところまで行って魔法の練習をしてきたんだ。雷魔法とか土魔法はあんまり使う機会がないからね。そこで少し魔法を使いすぎてしまったみたいなんだよ」
俺の発言に姉妹は安堵の表情を見せたがフェルネはそれに納得できていないようだった。
「私ですら想像することしかできないほどの魔力量を持ちながら疲れるほどの魔力を消費したのか? 一体どんな練習をしていたのだ?」
フェルネのこの発言にはさすがの俺の肝が冷えた。
そういえばフェルネは最上級魔人並みの実力を持っているのだから、膨大な魔力を消費するのがどういうことを意味しているのか理解していないはずがなかった。
しかもこの発言に姉妹まで納得という表情をして俺の顔を見つめてきた。
背中を流れる冷や汗が止まらない。
しかしこの冷や汗を止めたのは冷や汗を流す原因となったフェルネだった。
「まぁシュウトほどの実力があるのなら私には理解できないようなことが多々あるのだろう。隠し事はあまり好ましくないが、シュウトがそうしたいというなら私はこれ以上訊かないさ」
「そ、そっか……そうしてもらえると助かるよ」
俺達の会話を聞いていた姉妹からも質問はなかったためその場はそれで終わりとし、三人が作ってくれた昼食を食べてからマルタ町に向けてまた走り始めたのだった。
マルタ町に着いた頃には箱庭はそこそこ環境が良くなった。
あの日以降に最初に行ったことは大地を切り取ったときに一緒に連れて来てしまった魔物との契約だ。
範囲がかなり広かったためサヤク森林で契約した魔物達よりも大分多い魔物と契約した。と言っても魔物自体はそれほど強くはなかったが、それでも進化後はそこそこの強さの魔物に進化した。嬉しかったことと言えば半数近くの魔物は契約する気がなかったらしく、最初に契約した魔物達の餌になってもらった。
魔物達に食べさせる食料は俺が毎晩届けに行っている。フェルネの鋭すぎる感覚に引っかからないように闇魔法を使って気配を消すことが何よりも神経を使った。しかもその魔法もほぼ効率百パーセントの魔法でなければすぐに魔法そのものに気付かれてしまう。だからこそ非常に神経を使った。最小の魔力で最大の効果を。
これが魔法でなかったらほぼ効率百パーセントなんて不可能だ。人間でさえエネルギー効率が約五十パーセントだということを考えると、魔法のエネルギー効率は驚異的としか言いようがない。まぁフェルネでさえ約九十パーセントだということを考えればピンキリなのだろうが。
そんなわけでフェルネにばれないように餌を与えに行くのがとても難しいのだ。
無風状態を解消するためにはところどころに風魔法を付与した高さ二十メートルほどの土柱を立てた。
これがランダムで風を起こしている。
風は絶対に必要というわけではないのでこんなものでいいだろう。
雨についても少し考えてみたのだが、これはこの世界に植物がいる限り必要不可欠なものだ。だからこそ月に三度ほどの大雨を降らせるように、疑似太陽と同じ球体に水魔法を付与して天辺よりも少し低い位置に固定した。これがスプリンクラーのように広範囲に雨を降らせる。
四季については無視することにした。
日本人は四季のはっきりした世界で暮らしているから、この世界が耐えられないという人もいるかもしれない。しかし日本から一歩外に足を踏み出してみれば、四季が曖昧で一年中熱い国や寒い国など探すまでもなく見つかるのだ。
この箱庭までそんなシステムを取り入れる必要はない。いや、俺の魔法ではそんなことはできない。いやいや、頑張ればできなくはないかもしれないがめんどくさすぎる。
こんな感じでいいだろう。所詮は数十キロしかない小さな世界だ。
欠陥だらけのシステムでできている箱庭ではあるが、極論を言ってしまえばこんなものがなくとも魔物は生きていけるのだ。雨以外はあくまで居住環境を良くするためのものであって、必要不可欠というわけではない。雨も魔物ではなくそこに植えられている木々のためのシステムだ。
そんなわけで今はこれでいいだろう。他に重要なことに気付けばその都度取り入れていけばいい。いざという時はこの世界とつなげるという手段もある。つなげること自体に魔力を消費するが、そんなことは気にするほどのことではない。
今一番気にすべきことは魔物の食事だ。食料についてではない。食事をどうやって与えるかだ。
あの魔物達は今は一日一食の食事で我慢してくれているが、本来あのような強力な種族がその程度の食事で我慢できるはずがない。少なくとも一日数食は必要だろう。
一度に多くの食料を配布して一日ゆっくり食べてもらうということも考えたが、目の前に食事があるのにそれを我慢しなくてはいけないというのは辛すぎる。
しかし昼は俺の傍に人がいることが多いため、そう簡単に箱庭に行けるわけではない。そう考えるとやはり餌を与えるために誰かしらを雇うべきだ。
問題なのはその雇った人には俺が強力な多数の魔物と契約していることを明かさなくてはいけないことと、空間魔法が使えることを伝えなくてはいけないことだ。ここが一番ネックだ。姉妹達にさえ明かしていないことを他の人に伝えなくてはならない。それに多くの時間を箱庭で過ごすためにこの世界の住民を簡単に連れていくことができないということだ。一住民が突然消えたなどということになれば大事になってしまう。
こればっかりは簡単に見つかるようなことではないので問題の解決は後回しにしよう。あの魔物達ならばわかってくれるはずだ。
それと、これは重要なことではあるのだがどうすればいいのか迷っていることがある。
それはあの魔物達の戦闘訓練だ。
敵のいない世界で毎日まったり過ごしていてはいかに強力な魔物といえども弱くなるだろうし、進化したはいいが元に戻ってしまっては目も当てられない。実際に元に戻るのかどうかわからないが。
よって俺が契約した魔物同士で戦闘訓練をしてもらいたいのだが、強力であるが故に大怪我をする可能性も考えられる。殺しはご法度であるが怪我をさせずに訓練などできるはずがない。要するに回復魔法が使える者が必要なわけだ。俺がいれば問題なのかもしれないが、生憎俺にもこの世界での仕事があるし、姉妹達を俺の不在で不安にさせたくない。
と考えると回復要因が必要になるわけでやはり人材がほしい。回復魔法を付与したものを作れるので、その人材が回復魔法を使うことができる必要はないのだが。
ちなみに戦闘場所は既に作ってある。約一平方キロメートルの土地を均して作った。他の作業比べればずっと簡単な作業だった。
結論から言ってしまえばとにかく人材が必要なわけだ。それも俺の秘密を知っても他の人に漏らさないような信用できる人材が。
…………闇魔法で俺の秘密を話せなくするという手もあるな。
このことも考慮しながら考えてみるとしよう。