依頼の後処理2
前回と全く同じメンバーで話は始まった。
俺とフェルネは特に緊張といったものはない。姉妹の緊張は国王や王女の前に立っているところからきているので、この場の張りつめた空気とは少しずれている。
国王達は俺達がここまで早く帰って来るとは思っていなかったのだろう。悪い想像でもしているのか、纏っている雰囲気は重い。
最初に口を開いたのはやはり国王だった。
「では依頼の結果について報告してほしい」
落ち着いた口調だが雰囲気で僅かな焦燥を感じる。おそらく村人たちを本気で心配しているのだろう。
こんな国王だからこそ俺は力を貸してあげたいと思えるのだ。
「村人たちを安全なところまで護衛するということでしたがその必要はなくなりました」
「………どういうことだ? まさか――――――」
俺は国王が悪い想像を口にする前にその答えを遮った。
「違いますよ。元凶そのものを排除したんです」
俺がそれを口にした途端、部屋の時が止まった。
この世界で『部屋の時が止まった』などという表現をすれば、実際に時を止めることのできるこの世界の時間が魔法などによる何らかの手段で、実際に時間が止まったのかと思い込んでしまうかもしれないが、そうとしか表現できないほど部屋の中が静まり返ったのだ。
おそらく俺の言葉をよく理解できていないのだろう。
「すまん………言っていることの意味がよくわからないのだが」
案の定、俺が思っている通りの返答が返ってきた。
「要するに、村人を安全なところまで連れていくのではなく、村そのものを安全な場所にしたわけです。原因の魔物を排除して」
「…………なんだと!?」
普段は落ち着いた物腰で人と接している国王だが、さすがに今の俺の発言には平静を保っていられなかったらしい。しかしそれも仕方ないだろう。特級魔物とは国の存続にかかわる災厄なのだ。それを一個人が倒したともなれば衝撃を受けないほうがどうかしているだろう。魔人なら普通にやってのけるだろうことも人族等にとっては命がけなのだ。
「件の魔物はもういませんよ。ちなみに跡形もなく消し飛ばしたので残骸はありませんが」
「…………ちなみにどのような手段を使ったのか訊いてもいいか?」
先ほどあれ程狼狽していた国王だが、さすがは国王と言える立場にいるだけあるのだろう。今ではゆっくりと平静を保ちつつある。
「火魔法を全力で放ちました。私は最初から無詠唱で魔法が使えたので何か呪文を唱えたわけではないのですが、呪文が知りたいのならお教えしますよ? どれだけ魔力を消費する魔法なのかは、実際に現場を調べてもらえばわかるかと思います」
少し嘘が混じってしまったが、これは周りの人々に悪影響を及ぼす類のものではないので許容範囲だ。
「そ、そうか、それは良かった?というべきか………呪文に関してそちらで止めてもらいたい」
「わかりました」
あれ程の魔法を制御できる者がいないとでも考えたのだろうか。
しかし実際に練習ができる魔法ではないため、知っていても意味がないと考えている可能性もある。
「依頼に関しては以上です。他にもいくつか話しておきたいことがあるので話を続けても?」
「うむ、続けてもらいたい」
「ありがとうございます。一つ目はできるだけ急いで行動してもらいたいことなのですが、今回の騒動の実行犯はどうやらミネリク皇国と繋がりのあるこの国の貴族でした」
「それは………………本当か?」
今の長い空白は俺の言葉を疑っていたのだろう。しかし残念ながらこの部屋の雰囲気は冗談を言えるような雰囲気では決してない。
それを国王自身も気づいていたからこそ俺に確認してきたのだと思う。
「本当です。特級魔物を監視していた者たちを少々手荒な手段で訊きだしました。確かバックレイウ男爵という方だそうです」
「あやつがか!?そんなことをするような奴ではないのだが……………しかし、さすがにシュウト殿の話でもこれ程の話を鵜呑みにすることはできない」
これも予想通りの返事だ。
「その気持ちは理解できますが、たとえ鵜呑みにできなかったとしても彼を捕縛するなりなんなりしてもらわなければ困ります」
「それは何故だ?」
「その質問に答える前に私の質問に答えてください。国王陛下は今回の件に私が介入していることをバックレイウ男爵に伝えていますか?」
「…………確かに彼には伝えているがそれがどうかしたのか?」
やはりそうか。
彼がこのことを知っているとなると一つの可能性が浮上してくる。
「こうは考えられませんか?これがミネリク皇国の指示なのかバックレイウ男爵の独断なのかはわかりませんが、彼が今回の事件を起こしたのは私とあの魔物を戦わせるためなのではないかと」
「どういうことだ?」
「私もこれに気付いたのは少し前なのですが……どうして今まであの封印を解いていなかったのでしょう。もし本当にこの国を潰そうと考えているのなら、私を拉致してすぐにあの封印を解除すればこの国に大きな被害を出させることができたはずなのです。それにもかかわらず今更あの封印を解除しました。それは私をあの魔物に殺させるため、または私の戦闘能力をあの魔物で測るためなのではないかと」
国王は俺の言葉を聞いて黙り込んでしまった。
しかし俺の話はまだ終わらない。
「それだけではありませんよ。一度はこの国から出たはずの私が今回の件で戻ってきたということは、私と魔力交換をしたものがこの国にいるということ。他にも遠距離にいる人と会話のできる手段があるのなら別ですが。さらに封印が解除されたことを知っているのはこの国の中枢にいる人物だけ。となると私と魔力交換をしたその人物はミネリク皇国からすると邪魔になるわけで、消そうとする可能性が高いのではないでしょうか」
心話とは魔力交換をすればするほど魔力操作が難しくなるものなのだ。だからこそ一生のうちに一人の人間が魔力交換をするのは多くても四、五人が限度ということだ。
さらにこの世界の全ての人間が魔力を持つが、全員が魔力を操作できるかと言わればそうではない。一国の統計では全体の五割だということだ。ちなみにこの中で実践に耐えうる魔力操作を行える者がさらに半分になるらしい。
これらの理由で魔力交換のできる人物はかなり限られてくる。
ということは国の中枢で魔力交換ができる人物は限られてくることになる。
それだけでなく魔力交換をしたら一生体内に他人の魔力が残るため、交換した相手が死んだとしても他の人とまた交換しようとはしない。
ということは俺と魔力を交換した人間を殺すことは決して無駄にはならないのだ。
これぐらいのことは国王でもすぐに思い至ったらしく顔が青褪めてきている。
何しろ愛娘に危険が迫っているのだから。
「時間をかけて調査をしている場合ではありませんよ。彼が情報をミネリク皇国に渡す前に彼を捕らえなければなりません。幸い、敵国であるミネリク皇国と何度も情報交換をできるわけはありませんから一度に多くの情報のやり取りをするでしょう。おそらくまだ間に合うのではないかと」
「…………しかし」
「彼が今回の黒幕なのは間違いありませんよ。断言できます。理由を答えることはできませんが」
何しろ記憶を直接覗いたのだから、嘘である可能性はない。
俺の最後の言葉を訊いて国王は少しの間俯いて黙り込み、そして何かを決心したように表情を変え口を開いた。
「…わかった。今回はシュウト殿を信じよう」
「ありがとうございます」
「うむ。ではザルザよ、すぐにバックレイウ男爵を捕縛せよ」
「かしこまりました」
国王の命令を受けたザルザはその言葉に躊躇うことなく部屋を出ていった。
おそらく彼もいろいろと思案したのだろうが、結局は王の決定を受け入れたのだろう。
そして一旦落ち着く、ということもなく次の話題へと話が進んだ。