封印されし古代の魔物2
とある村の男性視点
俺の人生はこんな幕引きだとは思ってもいなかった。
俺はもともと冒険者だった。最終的に六級までしかなれなかったが今ではそれが周りの役に立っている。
依頼先の村で恋に落ちた女性と結婚して子供も二人できた。すごく幸せだったのだ。
小さいころから憧れていた冒険者になっていろいろな経験をしてきたが、さすがに力仕事以外では役に立てる仕事はあまりなかった。もしかしたら不器用と呼ばれる部類なのかもしれない。
だから俺は町の周辺にいる魔物を狩るのを率先して行い、村の一員として認められるようになったのだ。
今日も朝食はいつも通りに食べて午前中は村の人々の手伝いをし、午後は狩りにでも行こうと思っていた。
しかしいつもと森の様子が違う。慌ただしいというか騒めいているというかそんな感じなのだ。
だから念の為に騒がしい方向の森の入り口で腕利きの狩人を集めて警戒していた。
俺の冒険者のときに培ってきた勘が何か異常なことが起こっていると警告を発している。
しばらくすると大地が揺れだした。
やはりおかしい。今まで地震など一度もなかったはずだ。
しかも揺れ方も気になる。何かが歩いているかのようにドスンドスンというリズムで揺れている。
何よりも気になるのはその揺れがだんだんと大きくなってきているということ。
揺れがますます大きくなりさらに少し時間が経過した頃、いきなりそれらは襲い掛かってきた。
数えるのが馬鹿らしくなってくるほどの多数の魔物。しかも村の周辺には存在しないはずの五級魔物までいる。中には少数ながら四級魔物や文献でしか見たことのない三級魔物までいるようだ。
警告を出すまでもなく村の人々はいち早くこれを察知しすぐに建物の中に逃げ込んだ。魔物がやってきたときは俺達狩人が到着するまで屋内に閉じこもり時間を稼ぐという手はずになっているのだ。魔物と戦えない村人が森に逃げ込めば生きて帰れないということは周知の事実だったからだ。
俺達は覚悟を決めて魔物達に向かっていこうとした。俺達が屋内に逃げ込めば大切な家族を守れない。
俺達と魔物が接触しようとしたまさにその瞬間、魔物が俺達を見ていないことに気付き慌てて避けた。敵意を持っている相手にならこんなことをすれば殺されてしまうかもしれない。しかしそうでないなら追手は来ないだろう。少なくとも敵意のない魔物とまで戦う余裕はない。
見渡せば少なくない数の狩人が轢かれている。そこまで大きくない魔物だったから死んではいないが、すぐに治療しなければその命の灯が消えてしまうのはそう遠くないはずだ。
一瞬思考が止まってしまったがすぐに我に返り、他の村人を守らなければと振り返って村を見まわしたらまたもや不思議なことが起こっている。魔物は村などまるで目に入っていないかのように村をも通り過ぎていく。
そう、まるで建物がないかのように押しつぶしながらだ。おそらく中にいる人々は無事だろう。全ての建物には小さいながら地下があり、そこに籠っている限り魔物に殺されはしないはずだ。俺達が生きてさえいれば助けることは可能なのだ。
俺はここで初めて違和感に気付いた。魔物がまるで何者かから逃げるような動きをしていたことに。
気付いた時には既に遅かった。大地の揺れは震源がすぐそばにあるかのように大きくなっている。
そして先ほどまでは魔物に夢中で気づかなかったが、山が移動してきていることに気付いた。
そんなことはありえないと思っていても現実はそうはならない。
この災厄の中でも唯一幸運だったことと言えば、この山が村を目的に近づいてきているわけではないことだろう。進行方向に限りなく近くはあるが村に直接被害を出すわけではなさそうだ。
そしてこの災厄の中で最も運が悪かったことと言えば、進行方向に限りなく近い位置にこの村があったことだろう。
山が近づいてくるのにしたがってようやくその山の姿がわかった。
亀だ。
それも体を覆っている甲羅には間違いなく木が生えており、顔と手足を隠せばそれが魔物だと気づく者はいないだろうと思わせるものだ。
この魔物の顔は頑丈そうな皮でできており、明らかに普通の攻撃が通らないだろうことを想像させた。
その亀の瞳がいよいよこちらをとらえた。それだけで避けようのない死を身近に感じさせるものだった。
その亀が顔だけをこちらに向け、こちらを観察するように数秒間この村を眺めていた。
そしてゆっくりと口を開いたかと思うと口の前に小さな光球が生まれた。しかし小さかったのは最初だけだ。恐ろしいほどのスピードでその光球が巨大化していく。
この後に起こることは容易に想像できた。
普段ならこんな窮地に頭を支配するのは大切な家族を守らなければというものだろう。
しかしその窮地が自分が対処しうる限界を遥かに超えていたため、呆然と眺めることしかできない。
光球の巨大化が止まったところでその光球が放たれた。
それが及ぼす威力を予測すれば絶対不可避の一撃であることは誰にでもわかることだろう。
物凄いスピードだろうそれは何故かゆっくりとしたものに感じた。自分の人生の最後というものを強く理解させるための時間なのだろうか、そんなことを考えていた。
周りの狩人たちも諦めきった顔をしている。
俺も無駄な抵抗はやめることにする。あんなものはどう頑張っても防ぎようがないのだから。
自分が死ぬということの僅かながらの恐怖心が自然と目を閉じさせた。
次の瞬間に訪れる死を覚悟して。
しかし数秒経っても自我があることに気付く。
しかも聞こえてきた爆音の位置は明らかに俺達よりも数十メートルは前方である。
理解できないながらもその現実を目視しようとゆっくりと目を開ける。
そこで目にしたものは今までの光景を嘲笑うかのようなものだった。
俺達の数十メートル手前のとある境界を境にして森が消え失せていた。
まるで先ほどの一撃の威力全てを何かの壁が遮ったかのように。
意味が分からなかった。
あんな攻撃は人間にどうにかできるようなものじゃない。
今まで出会った中での一番の強者は四級冒険者だが、あのような才ある人物の攻撃ですらあの攻撃に比べたら蚊に刺されるよりも弱弱しいものに思えてしまう。
そんなことを考えていたら奴が動き出した。
最初はまた攻撃してくるのかと足が震えてしまったがどうやらそうではないらしい。奴は体の向きを変えたらその方向を目指してゆっくりと歩き去ってしまった。
しばらく呆気にとられてしまったがふと我に返り、村のみんなを助けに行かなければと思って周りを見まわしたらまた呆気にとられてしまった。
先ほどまで動くことすらままならないであろう重傷を負っていた狩人達が不思議そうな顔で自分達の身体を見回しながら起き上っていたのだ。服を真っ赤に染めている血が先ほどの怪我が実際に起こったことであると主張している。
いったい何が起こったのか。
いや、この際そんなことは後回しでいい。
今は村のみんなが無事であることを喜ぶべきだ。
そう考えて先ほどの頭にこびりついた光景を思い浮かべながら、家族を助けに行くのだった。