愚か者の仕返し
フェルネが六級になった次の日の早朝にこのモルネイアを発った。少し早いがもちろんフェルネにも昇給祝いとしてマジックポーチを渡しておいた。
町を出て馬車を走らせること一時間。
さっそく道を妨げる者が現れた。
そいつは街道のど真ん中をニヤニヤした表情で仁王立ちしていた。
まるで自分の存在を強く主張するかのように。
「よう、久しぶりだな。偽四級冒険者諸君」
ドイケルである。
もともとドイケルが立っていることはとっくに気づいていたし、おそらく俺達を待ち伏せしているであろうことにも気付いていた。
姉妹達にも伝えていたので特に気にした様子はない。いつも通りの自然体だ。
しかし実際にふんぞり返っているその姿を見て呆れるどころかむしろ感心してしまった。
仮にも四級冒険者の端くれであるのだろうに暇なものである。
「どうしました?道にでも迷いましたか?」
モルネイアの近くの街道に立っている男にそう訊く。
ドイケルは少し青筋を立てたがすぐに元通り余裕そうな態度に戻りニヤニヤし始めた。
「自分の状況を理解していないようだな。かわいそうな奴だ」
ドイケルはそう言って余裕ぶって見せる。
もちろん俺がこんな単純な策にかかるわけがない。
「そうですか……どうしてかわいそうなんですか?」
何が言いたいのか知っているのだが敢えてこのやり取りをしてあげることにする。
俺の言葉を聞いたドイケルは残忍な表情でその質問に答えた。
「今お前は窮地に立たされているのに何も知らずにいるからだ。これをかわいそうと言わずになんと言う?」
ドイケルはその言葉を告げるといきなり指を鳴らした。
そしてその音に応えるように森の奥から多くの人間が姿を現す。
その数およそ五十。
身に着けているものから盗賊や山賊であることは明白だ。
多くの人間が俺達を取り囲んでいることには気付いていたが、まさか盗賊たちと繋がっているとは思いもしなかった。いや、こいつ自身が盗賊の一人なのかもしれない。
なるほど、これ程の戦力があれば四級冒険者になることもあるいは可能かもしれない。
冒険者は結果が全て。
冒険者の階級の上げ方を知らなくても、これ程の戦力があり周囲の人々にバレなければ階級を上げることは可能だろう。それこそ森に生きる彼らの補助は大きなものになる。
「どうやって盗賊たちを味方につけたのですか?」
「そんなこと知ってどうする?」
「そんな大した意味はありませんよ。あなたみたいな弱者がこんなに多くの人間を従えることができるなんて不思議だなと思いまして」
俺の言葉に今度こそ我慢ならなかったらしい。
怒りの形相を顔に浮かべる。
「殺れ!!」
ドイケルの命令に盗賊たちが――――――――――――――――動かなかった。
不思議に思ったドイケルがもう一度盗賊たちに命令した。
「おい!どうした!?早く殺れよ!!」
しかし盗賊たちはまたもドイケルの命令を無視する。
正確には動こうとはしているのだ。しかし身体がいうことをきかないのだろう。
俺が何か魔法を使ったわけではない。
何かをしたのはフェルネだ。フェルネも別に魔法で何かをしたわけではない。
ただ威圧しているだけ。
たったそれだけのことで普通の人間ならば気を失う。ショック死の可能性も大いにあり得る。威圧に慣れている冒険者ですら下級冒険者では身動きすらできないほどの恐怖を魂の奥底に植えつけられる。再起不能になってもおかしくない。
盗賊たちは異次元の強さを初めて目の当りにして今まで感じたことのない感覚が心の内を支配する。
それは絶望だ。
盗賊たちの顔はもはや絶望で一色に染まっていた。全員がフェルネを凝視して視線を外すことすらできない状態でいる。
森で過ごしている彼らは五級程度の魔物と戦うことはよくあることだ。四級も稀にだが遭遇することはある。そのときも魔物に威圧されたがそれでも絶望したりせずに何とか生き残ってきた。
そんな彼らでもフェルネの威圧に耐えることはできなかった。
いや、まだ立てているだけで耐えることはできているともいえる。
しかし既に逃げるだけの力も湧いてこない。
ドイケルが今何も感じていないのはフェルネがドイケルを威圧していないだけのこと。
「………こいつらに何をした?」
「あなたにもしてあげましょうか?」
少しだけ恐怖の色を浮かべたドイケルの顔を見て俺はそう尋ねる。
「チッ。何をしたかわからねえがそれでも俺の優勢は変わらないな」
ドイケルの発言から一拍後、ドイケルの両隣に魔力が集まり突然三メートルほどの魔物が二体現れた。
その魔物はどちらもオーガと呼ばれていて、知能が低いが人族等を遥かに上回る膂力を持っていることで知られている。目の前のオーガは契約していることで知能も腕力も上がっているだろう。
魔物としては五級の上位ぐらいなので大したことはないが、契約者の指示通りに動けるのだとすれば四級に匹敵する魔物と考えられる。
正直俺はうんざりしている。
何から何まで他人に任せようとする他力本願な考え方は好きじゃない。というよりも嫌いだ。
こいつらに時間を使っているのが馬鹿らしく感じてきた。
「ここで降参するなら全員の命の安全は保障しますよ?」
俺は最後通告をする。
「それはこっちのセリフだ!!殺っちまえ!!」
どうやら俺の言葉を聞くつもりもないらしい。
それならば仕方がない。
いくら俺の言葉が理解できないオーガだとはいえ、俺達を殺しにかかってきている魔物に同情の余地はない。
俺が一撃で仕留めようと魔力を練ろうとしたときフェルネがいきなり俺の前に出た。
「ここは私に任せてくれないか?以前シュウトからもらった指輪を使ってみたいのだ」
「……わかった。任せるよ」
俺がフェルネにオーガの始末を任せたとき、いきなり予想外の人物から連絡が入った。
『シュウト様、いきなりのご連絡で申し訳ありません』
ララリア王女だ。
『いえ大丈夫ですよ。もしかしてミネリク皇国がついに攻めてきたのですか?』
小競り合いなら今まで何度もあったことだ。
しかし本格的に攻めてきたとなったら今すぐに戻らなければならない。
『攻めてきたわけではないのですが、ミネリク皇国絡みの話です』
『何があったのですか?』
俺に連絡が来るということは余程のことがなければないことだろう。
『少し長い話になってしまうので、できればすぐに我が国に戻ってきていただいて直接お話がしたいのですが………今はどちらにいらっしゃるのですか?』
『マーラッハ公国のモルネイアという町の近くです』
『そこまで遠いと王都まで来るのに一月以上はかかってしまいますね………』
『いえ、急いで戻れば一週間ほどで帰れますよ。ただその場合、仲間達をここに置いて行くことになりますが。どれほどの切羽詰まった状況なのですか?』
『できれば半月以内には帰ってきてもらいたいのです。無茶を言っていることは重々承知しているのですが………』
半月ぐらいならなんとかなりそうだな。
フェルネなら俺のスピードに付いてこられそうだし、俺達が一人ずつ姉妹を抱きかかえて走るか。
『わかりました。半月以内に王都まで戻ります』
『本当ですか!?ありがとうございます!!』
『いえいえ。それではまた後ほど』
心話が終わった頃にはとっくにフェルネの戦闘は終わっていた。戦闘というよりも虐殺と言えるものだったかもしれないが。
特に複雑なことをしたわけではない。
指輪から生み出した火球をフェルネの闇魔法で操って二つに分け、それを弓のような形にしてから二匹のオーガに向かって射出したのだ。
オーガに当たった瞬間の爆発はそこそこ凄まじく、オーガ二体が完全に炭の塊となってしまっていた。
その様子を呆然として眺めていたドイケルは魔物が死んだことを悟りそのままそこで膝をついた。
もう戦意など微塵も残っていないだろう。
なにせ最後の切り札も一瞬で失ってしまったのだから。
ドイケルと契約したオーガたちには冥福を祈っておこう。
その後すぐにドイケルと盗賊たちをモルネイアまで連れていき騎士に引き渡した。
そこでもいろいろとあったが話すまでもないことだ。
姉妹達にララリア王女から心話で連絡が入ったことを伝え、すぐに王都に戻ることの了解を得た。
姉妹が俺達に運ばれるということについてどちらが俺に運ばれるかで少し口論が始まりそうだったので一日交代ということで話は落ち着いた。
馬と馬車はこの間まで泊まっていた宿に金貨十枚ほど握らせて数週間のお世話を頼んでおいた。
そして今日は俺がアイナ、フェルネがレイナを抱きかかえて王都ガルバインに向かって走り始めた。