九属奏
入ってきた人は美形の男性だった。
まさに優男とはこういう人のことをいうのだろう。細目をしており髪の毛は薄い黄緑色で肩まで伸ばしている。
ニコニコしている表情と容姿的にはあまり強そうに見えない。
しかし俺にはすぐにわかった。今まで会ったどの人よりもこの人は強いのだと。
彼が保有している魔力量はそこらへんにいる冒険者とは格が違う。何よりも動きが洗練されている。
彼の登場はギルド内の雰囲気を一変させた。
知らない人はほとんどいないのだろう。彼を見た人の多くは目を見開いて固まっている。
そんな中ドイケルも目を大きく見開いてポツリとつぶやく。
「『春塵』のサーリフ…………」
やはり俺は知らない人だ。
しかしドイケルのつぶやきを聞いた姉妹は驚いた顔をしてサーリフと呼ばれた人物を凝視した。
俺はこっそり姉妹に尋ねる。
「あの人を知ってるの?」
「………あの方は【九属奏】の一人ですよ」
「【九属奏】?」
なんだろう。
これにも聞き覚えがない。
「冒険者だけでなく一般人でも知っている世界的に有名な方ですよ。【九属奏】というのは―――――――――――――――」
【九属奏】とは火・水・風・土・雷・光・闇・回復・強化属性保持者のそれぞれの最強の冒険者の存在を総称して呼ばれる。
付与属性保持者は商人になることが多く、時・空間属性保持者はそもそも見つからない。
【九属奏】になるには三級冒険者以上の階級を持つことが最低条件とされている。
例外は『暗静』のカプレカと『治清』のカナリスだけだ。
闇属性保持者は恐れられることが多く人前に出たがらず、さらに保持者が限りなく少ないためだ。
回復属性保持者は戦闘に向いていないためギルド階級で判断できない。ちなみにカイン病を治せると噂されている唯一の人物とはカナリスのことだ。
「―――――――――――――――というのが一般常識です。サーリフさんは風魔法で最強の人物だったはずです。彼の扱う風魔法は春に吹く微風のような風から全てを切り裂き粉塵にまで変える危険な風まで多種多様らしいですよ」
風でそんなことまでできるとは思えないけどそれほどすごい風魔法の使い手ってことか。
それなら有名になってもおかしくないな。
サーリフの先ほどの言葉にドイケルが恐る恐る答える。
「………それはどういう意味ですか?」
「言葉そのままの意味ですよ。君は相手の力量を見抜く力のない愚か者だという意味です」
サーリフは笑顔を崩さずにそう返す。
「俺に……力がないと言いたいのですか?」
「もちろんです。むしろこちらが訊きたいですね。どうして君のような人間が四級になることができたのか。僕は不思議でたまりません。魔力制御も特に優れていない、立ち振る舞いも普通の冒険者。いやはや不思議です」
サーリフのあっさりとした発言にドイケルは言い返せない。
しかしそれも仕方がないことだ。
サーリフのこの発言を否定するということはサーリフに人を見る目がないと言っていることと同義だ。
【九属奏】を否定したりでもすればギルドを否定しているのも同然となる。【九属奏】を選んだのはギルド自身なのだから。
何も答えないドイケルを無視してサーリフは話し始めた。
「話は最初から聞かせてもらいました。大丈夫ですよ。お嬢さん方は四級冒険者に十分相応しい力を持っていますから。僕が保証しましょう」
サーリフの言葉を聞きギルド職員は慌てて姉妹に駆け寄り謝罪を始める。姉妹は気にしなくていいと言っていたが職員は大変恐縮していた。そして姉妹からギルドカードを受け取りそそくさと奥へと引っ込んでいった。
ドイケルはというと悔しげな顔をしながらギルドから去って行った。
しかしギルド内の沈黙は未だに続いている。
サーリフが立ち去る様子がないからだ。
サーリフ自身は周りの様子など気にした様子はない。おそらくこのような状況に慣れているからだろう。
サーリフは俺に向きなおると俺と俺の仲間も含めて真空の膜で覆った。無詠唱の魔法だった。
「少し遅れてしまって申し訳ないですけどお互いに自己紹介をしましょうか。僕はサーリフ。今は二級冒険者です。一応は【九属奏】の一人ですよ」
俺は彼の目的がいまいちわからないが一応自己紹介をする。
「始めまして。愁斗といいます。今は五級冒険者です」
サーリフは俺の言葉にあまり反応しなかった。
まるで俺のことを知っているかのように。
「君のことはよく知っていますよ。歴代最速で五級冒険者になりすでに四級魔物を倒せるレベルにあるそうではないですか。しかも四属性保持者だそうですね。素晴らしい!」
「そんな荒唐無稽なことを信じるのですか?それに四級魔物を倒したのはそこにいる姉妹のレイナとアイナですよ」
回復魔法が使えることは既にギルドにバレていたか。
怪我人を助けてしまったのだからいつかバレるだろうと思っていたのだが。
「もちろん信じますよ。【九属奏】はギルドの内部事情についても詳しいですからね。それに実際に君を見て確信しました。君の姿勢は洗練されています。素人のそれじゃありません。かなり長期間の鍛錬を行ってきたのでしょう。どうして未だに五級冒険者などをやっているのですか?君ほどの実力者なら四級冒険者でもおかしくないと思うのですが」
どうやら俺の力はバレていないらしい。
自分が完璧に力を抑えることができているか不安があったのだがどうやら杞憂だったようだ。
「それに………」
一旦言葉を切りフェルネを見てから口を開いた。
「彼女は何者ですか?」
やはりフェルネのことを感づかれたか?
俺から見ても存在自体が圧倒的だ。力を解放したフェルネは今まで見てきた上級魔物が霞んで見えてしまうほどの圧力を周りに与える。
普段は周りを威圧しないように限界まで力を抑えてもらっている。
しかし見る目のない、それもドイケルのような者は気付けないが、サーリフのような強者には彼女が相当な力を有していることに気付いてしまうのだろう。力を抑えるといってもまだこの強大な力を持つようになってからほとんど日数が経っていないのだから少しぐらいできていなくても仕方がない。一般人を威圧しないようにできているだけでも十分賞賛に値することなのだ。
「やはり気付かれてしまいましたか。彼女の名前はフェルネ。私の冒険者パーティーの中で最も強い人物です。周りには気付かれない自信があったんですけどね。彼女の家は訳アリなので目立ちたくないそうで力を隠しているのです。私たちがここまで強くなれたのも実は彼女に鍛錬してもらっていたからですよ」
何かを誤魔化そうとするときは饒舌になってしまう。これは直さなければと言い終わってから気付く。
しかし半分は事実だ。彼女が訳アリだということは嘘ではない。
「なるほど…………それならここまで早く五級になれたことやお嬢さん方が四級になれたのも納得ですね。シュウトくんも早く四級になってくださいね。二級で待っていますよ」
「そこまで上がれる気がしません」
「彼女と鍛錬していればそんな遠くない未来に二級になれますよ」
「それならいいのですが………」
何とか真実にたどり着くことは阻止できたらしい。
もう少しフェルネの魔力操作能力を向上させる必要がありそうだ。
ここからは俺の質問の番だ。
気になっていたことを訊く。
「それで本当の用件は何ですか?話はそれだけではないのでしょう?」
「………気付いていましたか。そうですね。君についての話を聞いてみて会ってみたい思ったのが一つ。もう一つは勧誘でしょうか」
「勧誘……ですか?」
「はい。君たち全員を僕の冒険者パーティー『奔放旋風』に招待しようかと思いまして。現在私以外に一人しかいないので君たち四人で満員となります。どうですか?【九属奏】の冒険者パーティーに入ると特典がたくさんありますよ」
「例えば?」
「そうですね………まずいろいろな国で自分の顔を広めることができます。そこでコネができますよね。多くの後ろ盾を得ることができます。それにこれは個人の自由ですが僕のチームに入っていることがギルドカードに刻まれるわけですから貴族と同じような扱いを受けることもできますよ。例えばギルドのある国のどの門も検閲なしで入ることができるようになりますし、宿だって無料で泊まれるようになります。一か所にとどまることはあまりありませんからね。他にもいくつも特典があるのです」
「それほどの対価を払ってまで引き留めようとするほどの仕事や制約をギルドなどに要求されるのでは?」
これほどまでの特典がタダで与えられる?
そんなわけがない。
それと引き換えに何を支払わなければならないのだろうか。
「………どうでしょうか。これ以上は僕のパーティーに入ってからでないと教えられません」
「ですよね。でも私たちは今の生活に満足しているので。それに二級の実力に見合う力が今はありませんから」
「ではそれを手に入れたら?」
「それはその時考えます」
「……わかりました。ではその気になったら僕のところに来てください。いつでも待っていますから」
サーリフはそう言ってお辞儀をするとあっさりとギルドから出ていった。