四級魔物
姉妹がギルドで五級冒険者に階級アップを済ませたところで明日には町を出ることを決める。
そういえば街道を塞いでいた魔物はどうなったのだろうか。
愁斗はこのことについてギルド職員に訊いてみる。
「マーラッハ公国方向の街道に出現した魔物はどうなったのですか?」
「それが……冒険者が討伐隊を組んで依頼を受けたのですがまだ誰も戻ってこないのです」
「そうですか」
なんとなく予想はしていた。
四級の魔物とはそういう相手だということだ。
フェンリルのギンさんの話ではあのレッドベアは国の首都所属の騎士団員五人分に匹敵するレベルだということだ。レッドベアは四級の魔物だからそれくらいの戦力を用意しなければならない。
互角に戦うのに五級冒険者を十人以上は必要とするだろう。
五級冒険者から数が大幅に減ることから気にかけられることが少ないのだが、五級から四級に上がることは六級から五級に上がることよりもずっと難しい。
仕方ない。今回は無視して進むか。
目立たないためには致し方ないのだ。
質問に答えてくれた人にお礼を言ってギルドを出る。
この町ですることもなくなり翌日マルタ町を出発した。
馬車で出発して三日目のことだった。
特に何事もなく順調に街道を進んでいた時、偶々俺の魔力感知が街道から離れたところで人族等の魔力を感じ取った。
一瞬盗賊かとも思ったがそれにしてはおかしい。こちらを狙うような素振りを見せないのだ。
少し気になったので馬車を止めて見に行くことにする。
そこにいたのは重傷の人間等が十人ほどだ。
どれも冒険者風の服装をしていることから四級魔物の討伐隊に加わった人達だと推測する。
重傷を負いながらもまだ意識があり何かに怯えて隠れているような状態だ。
皆小刻みに震えて周囲を窺っている。
俺達は彼らに近づき話しかけた。
「大丈夫ですか?」
明らかに大丈夫じゃないが他になんと声をかけてよいのか思いつかなかった。
俺達の姿を見て驚いたような顔をし、そして少し怒るような表情で忠告してきた。
「ここに来ちゃダメだ!!近くに四級魔物がいるんだ!!早くここから逃げろ!!!」
どうやら俺の推測は正解していたらしい。
「討伐隊の皆さんですね。これで全員ですか?」
「………半分以上は死んじまったよ」
やはりそうか。
四級魔物を倒すのにこの数の冒険者じゃ少なすぎる。
全員の怪我が全く治っていないのは魔物にやられた者の中に回復属性保持者がいたからだろう。
「わかりました。では皆さんの治療は私がします」
そう言って続けざまに姉妹に指示を出した。
『二人は二面大猿の相手を頼む。今ちょうどこっちに向かってきているところだよ。向きはあの折れ曲がった木の方向だ。二人の実力じゃ問題ないと思うけど油断はしないでね』
先ほど俺の魔力感知に大きな魔物を感知した。
おそらくこれが二面大猿だろう。
二人が負けそうになっても俺が遠距離から助けられる。
心配事は何もない。
『わかりました』
『行ってきます!』
二人の言葉からは少しの緊張が伝わってきた。
それは仕方がないことだ。
数か月前まではただの七級冒険者だったのだから。
俺と出会わなければおそらく四級魔物と戦う機会など訪れなかっただろう。
しかし今の二人なら大丈夫だと思う。
二人の戦闘技術はまだ少し拙い部分があるがそれを差し引いても魔法の操作能力と威力はかなりのものだ。
油断さえしなければ二人は決して四級魔物にも劣らない。
姉妹である二人で戦えばそれ以上の魔物にも匹敵する強さとなるはずだ。
今回の戦闘で自信をつけてもらいたい。
こんな安全な場所でこんないい敵と出会える機会などそうそうないことだろうから。
二人が森の中に消えていく姿を確認したあと俺は治療を開始する。
「おい!女の子達が森の中に入っちまったじゃないか!早く連れ戻さないと二人の命が危ないぞ!!」
「大丈夫ですよ。彼女たちは想像以上に強いですから」
「相手は四級の魔物だぞ!?あんな華奢な体で勝てるような相手じゃない!」
女の子二人が森の奥深くに入って行くのを見て討伐隊の人達が焦りだした。
説得は無理そうだ。
放っておいて治療する。
最初はあまり俺の治療に期待していなかったようだがすぐに表れた劇的な効果に目を見開く。
「これは………あんたはもしかしてどこかの国の宮廷回復魔術師だったりするのか?」
「いえ、ただの五級冒険者ですよ」
「声からして若そうだがなかなかすごいんだな。あの二人は四級冒険者で君が回復専門の後衛といったところか?」
「別にそういうわけではありませんよ。二人も五級冒険者です」
ローブのせいで俺の年齢がよくわからないようだ。
俺の言葉に再び絶句するが俺の魔法と落ち着きようから本当のことだと信じたらしい。
治療を終えて少し経つとアイナが巨大な魔物を引きずりながらゆっくり歩いてきた。強化魔法を使っているのだろう。
姉妹はところどころ汚れているが怪我はなさそうだ。
おそらく何度か攻撃を受けたのだろうが俺の強化魔法が付与してある防具は四級魔物程度の攻撃では傷つきもしない。
姉妹が魔物との戦闘の報告をしてきた。
「ご主人様、魔物との戦闘は予想よりも簡単に終わりました」
「お姉ちゃんと私の連携はなかなかすごいよ、ご主人様!でもさすが四級だけあって今までの魔物なんかとは比べものにならなかった」
俺はそれの言葉にわかってるよと答える。
ある程度の戦闘は魔力感知を使って見ていた。
二人の連携が良かったのは俺も同感だ。
討伐隊の人達は絶句して固まっている。
おそらく二人の強さに言葉も出ないのだろう。
それも仕方がないことだ。
自分たちが何十人もの人数で相手して勝てなかった魔物を女の子二人で勝ってしまったのだから。
「おいおい……強すぎだろ…………てかあの子達はあんたの奴隷だったんだな。どれだけ金持ってんだよ………」
どうやら驚いていたのは二人の強さにだけではないらしい。
その後に魔物を解体して一部の肉だけはその場で食べた。
討伐隊の人達は二日間ぐらい何も食べていなかったらしい。
俺達の行動に感謝して涙を流す者もいた。
どうやら本気で死を覚悟していたようだ。
食事を終えて馬車に戻り、肉の一部を町に着くまでの食料として与えて別れた。
その時も大げさに感謝をされた。
本来冒険者は傲岸不遜な人物が多いのだが彼らは違ったようだ。それとも今回の件で何か思うところがあったのだろうか。
考えても意味のないことだと思い至り、気にせずに先に進む愁斗一行であった。
マルタ町に戻った冒険者達はあの場であったことをギルドに正確に語った。
結果、あの依頼は愁斗達の冒険者パーティーの功績となった。
これが四級に上がるための条件の一つを満たすことになるということを愁斗達は知ることがない。