ケイト家族の拉致1
晩餐は残りの王族との初顔合わせが目的の一つであったらしい。
国王ヴィルヘルムと王妃のサルーナ。
王女ララリアに王子のクロスだ。
王女は今年で十九歳で王子はその三つ下だそうだ。
特に何かがあった晩餐ではなかった。
軽い談笑はしたがそのくらいだった。
俺が拉致されたあとのことを訊いてくるかと思ったが何も訊いてこなかったのは嬉しい。
やはり多少なりとも罪悪感があったのだろう。
食事が終わり風呂に入ったらすぐに寝た。
次の日、午前中から訓練を始めると聞いていたので指定された場所で姉妹と一緒に待っていた。
周りには続々とこの国の兵が訓練に集まってきた。
どの人も俺達を知らないようだ。
ただの新人とでも思っているのだろうか、興味すらなさそうに一瞥して去って行った。
さすがに姉妹に興味を持つ者はちらほらといたが。
やはり俺の召喚に参加したのは近衛騎士や騎士だけみたいだ。
少し待つとサリバンさんとラスタルさんの二人が数人の騎士をつれて俺のところに来た。
「おはようございます、シュウトさん」
「おはようございます」
ラスタルさんが挨拶をしてきたので俺も普通に返す。
「おう、じゃあさっそく騎士団の訓練所に移動するぞ」
「はい」
どうやら兵とは別に騎士団専用の訓練所があるらしい。
俺と姉妹が騎士たちについていくと、俺達に興味を持ち始めた兵達がコソコソと話し始めた。
「おい、あいつら誰なんだ?」
「そんなこと知るか」
「兵を飛び級して騎士になったのか?」
「コネでも使ったんじゃね?」
「どこの貴族の坊ちゃんだ?」
「いくら払ったんだろうな」
聴力のいい俺には意識すればどれもよく聞こえる。
サリバンさんにも聞こえたのだろうか。
額に青筋をたてたサリバンさんはいきなり怒鳴り声を上げた。
「てめぇら、真面目に訓練しないと後で俺が直接訓練するぞ!!」
サリバンさんの言葉に兵達は顔を青くして散っていった。
……俺大丈夫かな。
自分で頼んでおきながら不安になってきた。
騎士団の訓練所の入り口に着いたところで一人の騎士が俺たちが来た道を走ってやってきた。
「申し上げます!ケイトという女性を連れた騎士一行が王都から数キロの地点で襲撃にあった模様。敵はアリステ町と王都の両方から挟み撃ち。敵数は四人でこちらは騎士が五人とケイトという女性の夫の六人。その情報以降連絡がとれません」
このタイミングでか。
挟み撃ちとはやってくれるな。
「私が行きます」
俺のこの言葉にラスタルさんは止めにかかる。
「危険です。すぐに追撃部隊を組みますので少し待っていてください」
「待てません」
俺はラスタルさんの言葉を無視してそのまま全力で走り出す。
愁斗の姿はほんの数秒で見えなくなった。
残されたサリバン将軍とラスタル近衛騎士団長は愁斗のあまりのスピードに呆気にとられていた。
さすがご主人様!!
あそこまでの速度で走ってるの初めて見たよ。
全力かどうかはわからないけどね。
「おいおい……」
「……ありえない速度ですね」
サリバン将軍とラスタル近衛騎士団長の姿を見て満足そうにアイナはうなずく。
そりゃ当然よ!
私たちのご主人様は何もかもが規格外なんだもんね。
ラスタル近衛騎士団長はすぐに正気に戻りアイナ達に訪ねてきた。
「あなたたちはシュウトさんに心話を使えますか?」
「うん、使えるよ」
「では今から言うことを伝えてもらえますか?」
「わかった」
アイナはラスタル近衛騎士団長に言われたことをそのまま愁斗に伝える。
『ラスタルさんが襲撃者は生かして捕らえてほしいって。それと自殺しないように手足と口を布か何かで縛ってほしいって言ってるよ。あと心話を妨げるために魔法で結界を作っといてだって』
『了解』
愁斗はそれに同意した。というより、もともとそうするつもりでいた。
自殺がどうこうではなく魔法を行使できないようにするために。
さすがに無詠唱で魔法を使えるような実力者を敵国のど真ん中に置いておくとは考えにくい。
心話を妨害することは思い至らなかったが。
街を出るとすぐに魔力感知の範囲を拡げる。
毎日のように魔力感知の練習をしていたら拡大範囲も相当なものになった。
意識して練習していたわけではない。
街の中にいないときはできるだけ魔力で魔物を感知するようにしていた。
それを毎日のようにしていたのだ。
どんどん魔力操作と魔力感知能力が向上していっているのが実感できて楽しい。
ちなみにレイナもアイナも魔力感知は近くにいる人だけしかできないという。
姉妹曰く「そんな魔力感知が誰にでもできていたら見張りなんて必要なくなるでしょ」とのこと。
全くその通りだと思い反論できなかった。
かなり遠くで魔力感知に二つの集団が引っかかった。
王都により近いほうの集団は六人の集団。全てが動かずに止まっている。魔力の器が横たわっているのでおそらく攻撃されて動けないのだろう。
もう一つの集団も六人の集団だがこれは今も徒歩で王都から遠ざかっている。三人はケイトさんの家族だろう。子供が一人いるのがわかる。街道を外れて森に入っているから安心でもしているのだろうか。徒歩と舐められたものである。
まずは街に近いほうの集団の傍にワープした。
そこから見えるのは酷い光景だった。
アリステ町の騎士は全員が倒れて動かない。周囲には血だまりができている。
三人はかろうじて息をしているが二人は既に息をしていない。死んでからまだ時間が経っていないから元の世界の蘇生方法で助かるかもしれない。もちろん口付けは異性にしかやらない。ここでは魔法で空気を送り込もう。
ミネリク皇国の人間と思われる人間も息をしていない。助けたくはないが生きて連れてくるように言われているため仕方がないがやるとしよう。
近くに寄り回復魔法を広範囲でかけて傷口だけを塞ぐ。
そこから風魔法を使い心臓の圧迫と空気の送入を同時進行する。
なかなか緻密な操作だったが何とか成功した。
全員が息を吹き返した。
そこからは後遺症が残らないように一人一人丁寧に治療していった。
意識が戻った人には残りの人を任せる。もちろん結界のことも頼んでおいた。
ミネリク皇国の人間には近くにある馬車の中にあった布を口に詰めて、同じくそこにあったロープで手足を縛る。
やるべきことをやった俺は次の集団へと向けて走り出した。