ララリア
城に戻った俺はすぐに与えられた部屋に行き、落ち込んでグッタリしていた。
そこそこ長い間この王都で最高の武具を作ると意気込んでいたのに、むしろ真逆のゴールにたどり着いてしまったことに気付くこの辛さは小さなものではなかった。
別に武器防具のどちらも必要というわけではないし、今の安物防具でも強化魔法を付与した防具さえつけていれば高級防具以上の性能になるだろう。武器だって魔法で作った即席の剣でもかなり強い。
そもそも防具がなくても身体自体が頑丈だから、ここら辺に出てくる魔物では俺に傷をつけられるかどうかさえも怪しい。
それでも至高の業物が欲しいと思ってしまうことは止められないのだ。
目を閉じてそう考えていたとき突然ドアがノックされた。
眠りかけていたところへのいきなりの訪問だったため驚いて飛び起きてしまった。
「ど、どちら様ですか?」
少し慌てたような返事になってしまったが、言葉を発してから少しずつ平静を取り戻す。
「ララリアと申します。入ってもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
誰だ?
初めて聞く名前だ。
そしてゆっくりと開いたドアの前に立っていたのは一人の美少女だった。
容姿だけで言えば姉妹よりもずっと美しい。
「えっと……」
何て話しかけていいのかわからない。
知らない少女だったということもあるし、その佇まいから溢れ出る気品に圧倒されたというのもあった。
「私はユークリウス王国王女のララリアと申します」
「あっ、申し遅れてすみません。六級冒険者の愁斗と申します」
この国の王女だったのか。
そりゃ気品に溢れていても当たり前か。
俺の言葉にララリア王女はクスッと笑う。
「あなたほどのお方が六級冒険者の地位に甘んじているのですか?」
「一応召喚される前は一般人だったもので…………」
ララリア王女は召喚の話を出したら申し訳なさそうに謝ってきた。
「身勝手に召喚してあなたの人生を狂わせてしまって申し訳ありませんでした」
その目には薄く涙が溜まっていた。
いきなり泣かれても困る。
それに謝罪は彼女が本心から言っているように聞こえるし、別にこの世界に召喚されたことに対して憤りを感じているわけでもないのだから。
「謝罪は受け入れます。とにかくこちらに座ってください」
「……はい。ありがとうございます」
俺は部屋の中にあるテーブルに座るように促した。
いつまでも王女を扉の前で立たせておくわけにはいかない。
「別に私はあまり気にしていませんよ。今の生活はそこそこ楽しんでいますし大切な仲間もできました」
「そういってもらえるととても救われます」
口ではそう言っていてもあまり救われた気持ちにはなっていなさそうに見える。
彼女は何を思っているのだろうか。
「ところでここには何をしに来たんですか?」
「はい。ここには謝罪とお礼に。そしてお誘いに」
謝罪はもうしてもらったがお礼とは?
というか何のお誘いかな?
「あなたがこの国に帰ってきてくださって兵の皆さんがとても安心しています。ありがとうございました。少し前までは気落ちしていましたから」
「気落ち?」
「あなたがミネリク皇国に拉致されたことは皆さんがすぐに思い至ったことです。残念なことにもしあなたがあちら側に付いていたら、こちら側に勝ち目はありませんでした。あの国はそれほどまでに周辺諸国にとって脅威なのです」
「どうして周辺諸国で手を取り合って戦ったりしないのですか?」
「あの国が闇属性保持者を有しているからです。下手をすれば自国の戦力を大幅に奪われかねません」
「そんなことができるのですか?」
「闇魔法には未知の部分が多々あるのです。その中の一つに精神に直接働きかける魔法があるのですよ。それがどこまでできるのかわかりませんが、少なからず他者を操る精神操作のようなことは可能だそうです。人族等は呪文がわからないのでほんの一部しか力を発揮できませんけど、上級魔人が記憶を覗いたり弄ったり精神構造を書き換えたりした例があります。特定の魔族には死者や霊魂を操ったり毒や腐食に関する闇魔法に特化している者がいるらしいです」
やっぱり精神操作ができるのか。
今までやろうと思ったことはあったがやっても良心が痛まない相手がいなかった。
さすがに死者を操ったり霊魂を操ろうと思ったことはない。
まだまだ知らないことが多そうだしいろいろと試してみる必要がありそうだ。
俺は魔族同様に最初から無詠唱で魔法を行使できた。だから魔族が使える魔法を俺も同様に使える可能性は高い。
この魔法の可能性はかなり大きいらしい。
だからこそ人族等は闇属性保持者を恐れているのだろう。
でもまぁ使える魔法などほんの数種類だと思う。闇属性保持者の数を考えれば研究が進んでいないことなど容易に想像ができる。
ここでいくつか気になったことを訊いてみる。
「闇属性保持者はとても少ないのでは?そんな人がどうしてあんな国に付いているのでしょうか?闇属性保持者は人前に出たがらないと聞いたことがありますよ。あの国にいたら目立ち過ぎる気がします」
「正確に確認されているわけではありません。闇属性保持者は現在数人確認されていて、その中で実用に耐えうる使い手はカプレカという人物だけだったはず。しかし実際に皇国軍の中に周辺諸国の強者が取り込まれているのも事実なのです」
「それを解除できるのは?」
「光魔法か同じ闇魔法だけです」
なるほど。
「だから帝国にむやみに攻撃できないでいるのですか…………下手をすれば自国の戦力を削ぐだけでなく敵国の戦力の増強に手を貸すことになるでしょうから」
「はい。そこに異世界人が味方に加われば絶望的な戦いになったでしょう。シュウトさんはこの国にとっては希望なのです」
少し重いけどあの国に報復するためならやむなしか。
「わかりました。私も少し動いてみます」
「いけません!!もしものことがあっては困るのです!!」
「……そうですね」
もう行動することは決めたけどね。
謎の闇属性保持者がいきなり消えたりしたら相当動揺するだろうな。
潜入において俺以上に上手くできるやつはいないだろう。
潜入の知識がほとんどないとしてもそれを補って余りある魔法を使える。
戦争が始まるまでまだ大分時間がありそうだしこっちも準備を整えなければ。
「そういえばお誘いとは?」
「あっ、そうでした。今晩の晩餐をご一緒にどうかと」
「ララリア王女様と?」
「いえ、私の家族とです。ちなみにララと呼んでいただけると嬉しいです」
「ララ王女様ですね」
「ララです」
「ララ様」
「ララ」
「………ではララで」
「ありがとうございます」
ララはそう言ってニッコリとほほ笑んだ。
「不敬罪で捕まるかも」
「私のお願いを無視したほうが不敬罪に近いのではないでしょうか」
「………確かにそうですね。ではお受けいたします」
「わかりました。ではまた夜に」
ララはそのまま出て行ってしまった。
愁斗はこの時こう思っていた。
部屋に入ったころのような切羽詰まった表情よりも、最後のほうの普通の会話時の表情のほうが断然可愛いのにと。