動き出す
愁斗たちが町を出て数日経ったころ。
すでにカイン病を治すことができる人がユークリウス王国にいるかもしれないと噂が立っていた。
もちろんダイズの家族がこのことを流したわけではない。
しかしケイトがカイン病にかかっていたことは周知の事実であったのだ。
ケイトが外に出ればカイン病の症状が軽減していることを知られるのは当然のことである。
この噂はこの町だけにとどまらない。
噂は瞬く間に広がっていった。
「カイン病の完治者が現れただと?」
「はい。この国の王都ガルバインの隣町アリステでのことでございます」
ユークリウス王国の国王は宰相の言葉を聞き、驚いた顔をする。
だがすぐに何かに思い至る。
「カナリス殿の治療か?あやつならできそうな気もするな」
「以前確かに数日かけて治したという話を耳にしたことがありますが、カナリス様は今この国にいらっしゃいません」
「では誰が治したのだ?」
「それが―――――――――――――――」
「ほう」
「事実よ。あの国に潜り込んでる諜報員からの報告だもの」
ミネリク皇国の皇主は『カイン病患者を完治させることができる人がユークリウス王国に現れたかもしれない』という報告を受けて思案したように黙り込む。
いくら愛人の言葉であってもここまで突拍子もない話を鵜呑みにはできない。
しかし内容が内容なだけに話を笑い飛ばすこともできない。
この病気は原因がわからないし治す手段も確立されていないためミネリク皇国でも問題視されていた。いや、問題視していない国などないだろう。
非人道的な研究を進めていても治せる兆しすらないのだ。
だからこそこの病気が治せるような人材は喉から手が出るほど欲しい。
それに、治せないことで悩んでいる病気はほかにもたくさんあるのだ。
きっとカイン病を治せるほどの人物は他の病気をも治すことができるだろう。
そして少し間をおいてから話し出す。
「治療した者をこの国に連れてこい。殺さなければ手段は問わない」
「それが……」
皇主の話にシーナは言葉に詰まる。
皇主はそのことを怪訝に思いながらも先を促す。
「なんだ?はっきりと言ってくれ」
「…………誰が治したのかわからないのよ」
「なんだと?」
「私も何回も確認したわ。でもわからなかったらしいの」
皇主はシーナの言葉を聞きまた黙り込む。
この話はいろいろとおかしなことがあると気づく。
そもそもこれほどの腕を持つ人物の噂が今まで報告されていないことがおかしい。
魔法を使い始めて最初からカイン病を治せるような人物などいるわけがない。
それなりに才能がある人物は既にマークしてあるはずだから、いきなり実力が上がったということになるのだろうが、魔法とはここまで短期間で実力を伸ばせるものではない。
あまりに情報が足りない。
皇主はシーナにすぐさま命令を下す。
「では情報提供者をここに連れてこい。そいつはもう必要ない」
「いいえ、彼は優秀だしまだ利用価値があるわ。それよりもおかしなことがあるのよ」
「話してみろ」
「実はその患者の家に入った人間を長い間誰一人見ていないの。いつ治ったのかもわからないらしいわ。諜報員が情報を集められないのもそれが理由よ」
「勝手に治ったとでも言うのか?」
「ありえないことだけどそういうことになるわね」
それを聞きまた皇主は最後の手段に出た。
「………完治者を連れてこい。直接聞き出す」
「わかったわ。あなたの命令を伝えてくるわ」
そう言ってシーナはその場から離れた。
「―――――――――――――――ということなのです」
「信じられんな……」
国王はその報告に心底驚いた顔をする。
しかしそれは一瞬のことで、すぐに顔を引き締めた。
「彼女をここに連れてきてほしい。直接話を聞いてみたい。それに……」
「ミネリク皇国ですか」
この国に諜報員が紛れ込んでいることなどお見通しだった。
だからこそ完治者に危害が及ぶ可能性は高いということはすぐに気が付いたのだった。
「そうだ。あの国なら間違いなく既にこの情報を掴んでいるはずだ。できるだけ急いだ方がいいかもしれない」
「わかりました。アリステにいる騎士に至急連れてくるように伝えます。ミネリク皇国のことについても伝えますか?」
「伝える。事の重大性を理解させるためだ。やむを得まい」
「はい」