回復薬とカイン病3
ミミちゃんの家に入り、寝室で寝ていたミミちゃんの母親を見たとき言葉を失った。
明らかにヤバい。
肌は雪のように白くかなり痩せ細っている。呼吸も弱く今にも止まってしまいそうだ。
誰が見ても死の一歩手前だとわかるだろう。
ミミちゃんは何度も見ているはずのに、その姿を見ただけで泣きそうになっている。
「ミミちゃん、お母さんはいつから病気にかかったの?」
「……一ヶ月前くらいからいきなり体調が悪くなってそのまま寝込んじゃったの」
「そうか……」
一ヶ月でここまでひどくなるものなのか?
「ちなみにお医者さんに診てもらった?」
「うん……お医者さんはこの病気は治せないって言ってた」
「本当に?」
「うん……金貨何十枚もするような薬で病気を止められるって言ってた」
そんなひどい病気だったのか……。
約一ヶ月で死に至る病気。治す方法はなく高価な薬で病気の進行を遅らせるだけ。
前の世界にもこのような病気は山ほどあった。
自分とは無関係な世界のことだったし、あまり気にしたことはなかった。
「お父さんはどうしたの?」
「薬を探しに行ったの」
「どこに?」
「……わかんない」
こんな状態なら薬を探しに行くのも仕方ないか。
俺だって大切な人がこんな状態だったら動かずにはいられないと思うし。
さて、治療を始めようか。
そう思って魔力を練り上げようとしたとき、誰かがこの家に入ってきたのを魔力で感じ取った。
かなり動きが遅い。
でも何かを探るような気配はないし、おそらくミミちゃんの父親だろう。
俺は治療を中断してその人のもとに向かった。
そこには冒険者と思われる体格を持つ男性がいた。
想像通り暗い雰囲気を纏って、下を向いたまま歩いている。
大事な奥さんが死にそうな状態なのに暗くないわけないか。
「すみません、ちょっといいですか?」
その人はゆっくりと顔を上げてその視界に俺をとらえる。
ローブを被っている見知らぬ人がいるからか訝しげな視線を俺に向ける。
「君は誰だ?」
「愁斗といいます」
六級冒険者だということはあえて言わない。
六級冒険者にどうこうできる問題ではないと思ったからだ。
「あなたはミミちゃんのお父さんですか?」
「……そうだが」
「あなたの奥さんを治せるかもしれません」
ミミちゃんはこの言葉を聞いて嬉しそうにしていたが、この人はそうならなかった。
「治せるわけがない。今この国にそこまでの回復魔法を使える人間はいないんだ」
「そうだったんですか……ですがやるだけやらせてください」
「勝手にしてくれ」
そう言って寝室とは違う部屋に向かった。
俺は先ほどと同じ寝室に向かう。
仕切りなおして治療を始めるとしよう。
手のひらに魔力を集める。
念の為に濃く練り上げていく。
傷を治すのとは訳が違う。
損傷部位に魔力をあてるのではなく、身体全体を俺の回復属性魔力で満たしていくからだ。
ただの回復属性魔力でもダメだ。
不治の病すらも治せるように純粋で濃い魔力を。
この魔法をかけたときミミちゃんの母親の身体が薄く輝き、その輝きさえも身体に溶け込むように消えていった。
その後に残ったのは血色が良くなった肌と、安定した寝息だった。
痩せ細っていた身体も少しだけ戻ったような気がする。
俺は治療の成功を悟った。
「ふぅ~」
少しの緊張から解き放たれて、盛大にため息をついた。
「お母さん!!」
ミミちゃんは母親に飛びついて泣き出した。
病み上がりの人にそれはマズい気もしたが、咎めることはできなかった。
「さすがですご主人様!!」
「ご主人様ならできると思ってたよ!!」
二人に褒められて悪い気はしないな。
そこで先ほどのミミちゃんの声を聴いた父親が部屋に駆け込んできた。
「どうしたミミ!!」
妻の様態を見た父親は一瞬時が止まったかのように動かなくなり、状況を理解したのか大声で泣き始めて娘同様妻に抱き着いた。
俺たちはどうしていいかわからずその場で立ち尽くしていた。
その後ミミちゃんの父親のダイズさんに何度も感謝で頭を下げられ、妻が目を覚ますまでここにいてほしいということで一晩ここでお世話になった。
ダイズさんは四級冒険者パーティー『千力の技』のリーダーでこの町を活動拠点にしているらしい。
このパーティーはこの町ではそこそこ有名で伝手も多いらしい。
何かあったら力になると言われたが今のところは何もないので、また今度と返しておいた。
他にもいくつか話をした。
ミミちゃんが偽回復薬商売人に騙されていたこと。
カイン病についてなど。
カイン病を治せるのはこの世界に一人しかおらず、他の人や薬では病気の進行を遅らせるのが精一杯だそうだ。
しかし今この国にその人はおらず、薬も高価で一般人ではほとんど手が出せず不治の病とされているらしい。
翌日にミミちゃんの母親であるケイトさんは目を覚ました。
「体調はどうですか?」
「……?誰ですか?」
そういえばケイトさんは俺を見るのが初めてだったんだっけ。
「ケイトさんの治療をさせていただきました、愁斗と申します」
俺の自己紹介を聞いてからようやく自分の体調に気付いたようで、ゆっくりと涙を流し始めた。
ダイズさんとミミちゃんがケイトさんに抱き着き、また泣き出してしまった。
ここにいてはいけない気がしたので姉妹と黙って退出した。
少し時間を空けてから三人に呼ばれ寝室に入った。
そこで次は三人で感謝の言葉をもらった。
「このお返しはいつか必ず……」
ケイトさんはお返しがしたいみたいだったけど受け取れない。
「いえ、こちらこそすみませんでした。回復魔法は得意な方だったのですが病気を治したのは初めてで、自分の力を試すような形になってしまいました」
正直に事実を伝えた。
どうしても誤魔化そうとは思えなかった。
「そんなこと気になさらないでください!こちらは不治の病を治していただいていますし、お礼を言う立場なのですから!」
ケイトさんを治せて良かったと改めて思った。
「本当に何かお礼をさせてください!!」
「……では一つだけお願いがあります」
「なんですか?」
「実はローブを被っていることからもわかる通りあまり目立ちたくないので、私達が治したことは口外しないでください」
「そんなことでいいのですか?」
「はい。それだけでけっこうです」
「わかりました」
その後に朝食をごちそうになってから少し話をして、三人に別れを告げて王都に向かった。