広がる名
「彼が二日で七級に上がったというのは本当かね?」
とある部屋で一人の男性と二人の女性が一枚の書類を挟んで向き合って話している。
男性は五十代ぐらいの容姿であるが厳かな雰囲気を纏っている。
女性は二人とも二十代前半の容姿をしている。片方は人間であるが、もう片方は猫の獣人族である。
人間の女性が男性の質問に答える。
「はい。不正をしている様子はありません」
男性は真剣に何か考えている。
「そうか……しかし二日で依頼を十件連続成功させるとはなかなかの逸材だな。余程頑張ったのだろうな」
「いえ、急いでいた様子はありませんでしたし、疲労などもなかったように思えます」
「そいつは体力馬鹿なのか?」
「そうでもないようです。七級に上がってすぐに魔物の本と植物の本を持ち帰り、次の日の朝には返しに来ましたよ」
「あれほど分厚い本を一日でか?………………たぶん最初の簡単で一般的な部分しか読んでいないのだろう」
「全部読み切ったかどうかも暗記できたかどうかもわかりませんが、少なからず七級の依頼を受け始めてからこの一週間かなり多くの様々な依頼を受けていますが、一度も本を借りに来ませんよ」
「元々覚えていて、短期間で覚えたとこちらに誤認させて階級アップを狙っているのではないか?」
「私にはどうも彼がそういう人間に思えないのです。確かに顔を一度も見せませんし不思議なところが多いですが、とても礼儀正しく親切です。見方によってはどこかの貴族の御子息のようにも見えます」
「なるほど………こういう可能性は考えられんか?……………彼が魔人だと」
「「っ!!」」
魔人。
それは常に人族等を貶め破滅させようとする人族等と対になる存在。一体一体が強大な力を持っていて魔物を統率することができるという。
人間は常にその存在に脅かされている。
「どうだ?それならどれも説明がつくぞ。疲れ知らずの体力に多くの知識、魔人なら寿命も長いからあの本の知識を持っていてもおかしくない」
「しかし彼の髪の毛の魔力は明らかに人間のものでしたよ?魔人が持つ邪悪なものじゃありませんでした」
「………とにかく確認する必要がありそうだ。実は今日二人を呼んだのは彼の六級への階級アップの件も含まれているのだ」
「……やはりそうでしたか。そうではないかと思っていましたよ」
「うむ。この件で彼と話した時に、お祝いのお酒だとかなんとか言ってこれを飲ませなさい」
「これは?」
「聖水入りのワインだ。彼が魔人なら少しでも苦しむはずだ。念のために上級冒険者に何人かギルドにいてもらうようにしろ。もちろん理由は誤魔化せよ。本当のことを言って彼が目をつけられたら、彼の気分を害することになりかねん」
「わかりました」
女性二人はお辞儀をして部屋を出た。
「彼が魔人でさえなければ、必ず上級冒険者になるだろう」
そう言って男性は静かに目を瞑った。
依頼にも慣れてきたある日の朝、いつも通りギルドに向かう。
今日は久しぶりに猫耳受付嬢に声をかけられた。
「おはようございます。シュウトさんの階級アップの許可がおりました」
彼女がそう言った瞬間、周りの冒険者達が一斉に愁斗に目を向ける。
愁斗がまだ冒険者になって日が浅いのに七級になったということで、いろいろなところで冒険者達の話題になっていたのだ。
それがまたこんなに早く階級が上がったのだ。みんなの視線を集めるのも仕方がないのだ。
「ありがとうございます。階級アップよろしくお願いします」
「わかりました。それではギルドカードをお願いします」
言われた通りギルドカードを渡す。
変更し終えて戻ってきた彼女は一つの瓶とコップを持っていた。
「ギルドカードをどうぞ。それとこれはお酒なんですが、短期間で二階級も階級アップされたシュウトさんへのお祝いを用意しました」
「そうですか……わざわざありがとうございます」
お酒を貰ってお礼を言ってから踵を返そうとしたら、慌てた様子で彼女が話し始めた。
「あっ、あの!!できればここで少し飲んで感想を聞かせてもらえたらなと……」
彼女は上目遣いでそう言ってきた。
俺を誘惑してるのか?…………そんなことはどうでもいい!スゲー可愛い!!!
「わかりました」
瓶の蓋を開けて、渡されたコップに注ぐ。
そしてそれをそのまま飲む。
なにこれ?かなり美味しいじゃん!
それになんか心が安らぐ。
「すごく美味しいですね。なんか心が安らぎます」
感想を言うと彼女は安心したような表情になる。
そんなに不安だったのか。でも大丈夫だよ。すごく美味しかったから!
「ありがとうございました。それでは六級の依頼を見に行ってきます」
そう言って後ろを振り向こうとしたら、また彼女が小さな声で話しかけてきた。
今度は何だろう?
「すみません、もし迷惑でなければ顔を見せてくれませんか?」
「……いいですよ」
あまりにいきなりのことだったから、少し反応が遅れてしまった。
髪は未だに光魔法がかかったままだからいいけど目が誤魔化せないな。
まぁいいか。
彼女にだけ見えるようにローブ少しだけ外す。
彼女が俺の顔を見た瞬間、少し驚いた顔をする。
どうしたんだ?
「……綺麗な瞳ですね」
「ありがとうございます」
何か誤魔化された気がしなくもないんだが………。
まぁそんなことどうでもいいか。
「自己紹介が遅れました、私リンって言います」
「はい。改めまして、愁斗といいます。これからもよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
今更な気もするが自己紹介を終えて後ろを振り返ると、みんなこっちを見ていた。
そのうち何人かが殺気をこっちに送っている。
ずいぶんと可愛い殺気だこと……。
そんな人たちを無視して掲示板に向かう。
そこで依頼を決めて受付で受理してもらい、ギルドを後にする。