冒険者を賑わす噂と本当の友人
長らくお待たせしてしまって申し訳ありません。
多くのコメントとメッセージを頂き、更新に必要な諸々の燃料を補充させていただきました(笑)
愁斗が店の前に『メリグレブ並びにその関係者お断り』の看板を立ててから数日後のこと。
既にオオサキ料理亭に訪れる客の数は、本来一般人二名で捌ける程度の数まで減ってきていた。これは平民の数が格段に減っただけで、高い地位にいる者達の客数は僅かに落ちるに留まったところによる。古代の特級魔物を単独で屠れる存在は、そういった者達からしてみれば『メリグレブ』の敵ではないと思い込んでいるところが大きいだろう。それが正確な認識かどうかは別として。
余裕ができたからか愁斗と客の間のコミュニケーションが以前に比べて多くなっている。
日本人は仕事中に話をすることが悪いことであるという考えが心の内に存在し、またはそう言ったやり取りを面倒だと考えている者が多いためか、海外の人々に機械的な従業員だと思われてしまうことが多い。しかし海外では従業員と客との間のコミュニケーションというものは一般的だ。
それは町という壁で囲まれた空間で生きるこの世界ではとても顕著なものである。多くの人々はその町から出ることなく生涯を終えるため、従業員と客の間には知り合いという以上の関係に発展する。テレビやラジオ、携帯などといったものから情報を入手できないこの世界では、そういった関係から町の外や他国の情報を手に入れるのだ。
ところで愁斗やレイナ・アイナ姉妹以外とは会話どころか目を合わせることすらしないフェルネにおいては、この変化はどうだったのかというと………
「………」
「いやぁ、本当にいつ見てもお美しい! あなたを前にしては芸術という概念そのものがくすんでしまうでしょう」
「いやはや、あなたの美しさとといったら、朝日に煌く朝露を纏ったスイラーンの花のようだ」
「………」
周囲の姦しさを疎ましく感じていることに変化はなく、以前と大して変わらぬ態度を貫ていた。強いて言えば、厨房に籠り切りだった愁斗がホールに足を運ぶようになったことで、フェルネに対する口説き文句が今までよりも遠まわしなものになったことだろうか。
今までの口説き文句と言えば「今度開かれる晩餐会に君を招待したい」や「君に似合う宝石があるが見に来ないか」などといったものが多かったのだが、現在はただフェルネを褒めることで自分の好意をアピールするようになったのである。
もちろん注文以外の雑談を全く交わそうとしないフェルネに対して客から不満の声が上がったりはしない。愁斗が公言しているわけではないが、暗黙の了解として愁斗とフェルネは友人以上の親しい関係であるという共通認識があるためだ。
それでも迂遠な表現で口説こうとする輩は後を絶たないが、迂遠だからこそたとえ愁斗にそれを咎められても、口説いたつもりはないと否定することは容易になる。
愁斗自身もそんな光景を注意することなく笑顔で眺めているため、周囲のそんな行動は止みそうになかった。愁斗の浮かべる笑顔に果たしてどんな意味があるのかは言うまでもないだろう。
「それはまた………ぶっ飛んだ話ですね」
「お前もそう思うだろ? 新種の特級魔物四体と契約を交わすことのできる人間がこの世に存在するなんて、真実でなければ誰もが鼻で笑うような話だ」
愁斗は現在、店をたびたび訪れる四級冒険者のエルヴィンという男から、ダウンベルト王国での出来事についていろいろ聞いているところであった。
「冒険者ギルドもその話で持ちきりでよ、人間に敵対しない特級魔物を一目見ようと多くの冒険者がダウンベルト王国に向かっているわけだ」
「………冒険者ギルドとしては依頼が停滞して迷惑してそうですね」
「そりゃ仕方ねぇだろうよ。特急魔物つったら下手すりゃ一体で周辺国家を制圧できる存在だぞ? そんなのが四体もいるとなれば依頼どころじゃないだろ」
料理を無作法に口に運びながら答えるエルヴィンをじっと見つめる愁斗の表情は、まるで他人事だとでも言わんばかりに興味の色に欠けていた。
「んー? あんまり興味がなさそうな面だな。もしかして他の奴らから既に聞いていたとか?」
「そんなことはないですよ。ただ特級魔物も二級魔物も人族からしてみれば、同じく災害のようなものですからね。抗えないことがわかりきっているなら怯えるだけ無駄でしょう?」
「はぁ………そう簡単に割り切れないのが人間というものだろうに」
愁斗に呆れた表情を向けながらも料理を口に運ぶ手が止まることがないエルヴィンを見て、愁斗もエルヴィンに呆れた表情を向ける。
それでも自分が作った料理を美味しそうに食べてくれる人を見ていて、愁斗の心は僅かばかり熱いものが込み上げてきていた。
「あ、そうそう、この話を聞いたらきっと驚くと思うぜ?」
いきなりニヤけだしたエルヴィンに再度あまり興味なさげな視線を向ける愁斗。
「次はどんな驚く話が出てくるんですかねー」
「なんだよその反応は! 本当にすげー話なんだぞ」
「わかってますって。早く教えてくださいよ」
「つまんねーの。まぁいいか、仕方ないからこの俺様が直々に教えてやるぜ!」
やたらともったいぶることに僅かばかり苦笑する愁斗であったが、次の話を聞いた途端にその苦笑が一瞬だけ固まったのだった。
「実はよ、その四体の特級魔物の危険度を正確に把握するために、かの『九属奏』と『五天奏』のメンバー全員がダウンベルト王国に派遣されるそうだぜ」
「……そうなんですか。その話にはさすがに驚きましたね」
『九属奏』とは冒険者ギルドにおいて、火・水・風・土・雷・光・闇・回復・強化属性保持者のそれぞれの最強の存在を総称してそう呼ばれており、冒険者だけに限らず多くの人々の憧れの的である。この中で愁斗が会ったことがあるのは『水雅』のメルナイア、『春塵』のサーリフ、『土纏』のダンリク、『剛塊』のバートンの四人。
それに対して『五天奏』とは強さにおいて冒険者最強を誇る五人の総称であり、現在は二級冒険者がちょうど五人であるため世間ではあまり使用されることがない表現だ。とはいえ、それを知らない冒険者などいるはずもなく、冒険者同士の会話にたびたび出てくる。二級冒険者であるメルナイアとサーリフは『五天奏』に所属していることでも有名である。
そんな冒険者ギルドの総戦力と称しても過言ではない彼らが一つの国に集められるのは、冒険者大国ヨザクラで二年に一度開催されるヤオウ祭のときのみ。今回のように一か所に集められるのは極めて稀であると言えた。
愁斗はダンリクの記憶を覗いたため全員の顔や性格を知っているが、それはダンリクの主観によるものであるため間に受けてはいない。愁斗としても一度は会ってみたい人々であった。
「だよな!? 俺も何人か会ったことがあるんだが、ただ立っているだけで強者の風格を感じるというか格の違いを理解させられるというか……とにかく俺なんかじゃ遠く及ばない人達だと思ったねぇ」
「まぁ確かに言わんとしていることはわかります」
愁斗が内心で「俺は風格がなくてごめんなさいね!」と毒づきながら、サーリフと初めて会った時のことを思いだす。
愁斗としてはエルヴィンと同じような印象は受けなかったのだが、それでも他の冒険者とは一線を画す何かを感じたのは確かであった。それは長年の冒険によって培われた風格であり、人を魅了するカリスマのようなものであろう。
サーリフに近しい戦闘力を有する者に何度か出会ったことがある愁斗であるが、サーリフとは全く違う印象を受けた。だからこそ戦闘力だけが人を魅了するものでないことを知っている。悪行を積めば積むほど纏う雰囲気は穢れたものへと変わっていき、善行を積めば積むほど信頼に値する雰囲気を纏うようになるのだろう。
「お前も見に行きたいんだろ? 行って来ればいいじゃねぇか」
「自分にはこの店がありますし、あまりこの建物を留守にしたくないんですよね」
「そりゃあ……まぁそうだろうな。こんな高級食材が山ほど置いてある家がガラ空きなんてことになれば、良からぬことを考える馬鹿が忍び込もうとしてもおかしくねぇか」
「確かにそういう人はたくさんいますね」
「やっぱりいるのかよっ!?」
自分で言っておきながら大げさに驚いて見せるエルヴィンに、愁斗は笑いながら先ほどよりも大きな声で答える。
「ははは、ええまぁ。具体的な人数を言うつもりはありませんが、きっとエルヴィンさんが考えているよりもずっと多くの人々が忍び込んできていますね」
「………ちなみにだが、そいつらはどうしたんだ?」
「もちろん内緒ですよ。余談ですがたとえ殺してしまったとしても罪に問われることはない、とだけは言っておきます。地位の高い方々の知り合いはたくさんいるもので」
それはいい笑顔で答える愁斗にエルヴィンの表情が引き攣る。
そしてそれは先ほどから二人の会話を盗み聞きしていた他の客も同様である。そのことを知っていたからこそ敢えて愁斗は大きな声で話していたのだ。
「へ、へぇ……知りたかったような知りたくなかったような………」
「もし侵入するつもりのある知り合いがいたら伝えておいてください。自由に侵入しても構わないけど君に明日は訪れない、と」
「お、おうよ……あんた優しい表情してなかなか黒い内面を持ってそうだな」
「否定はしませんが当然のことでしょう? お金も食材もここにあるものは一般の方が容易に手に入れることができないものです。それを奪おうとする輩に甘い対応をしていたら、そういった人々に無駄な希望を与えてしまいますしね」
「なるほど、そういう手で馬鹿な奴らの心を折ろうってか。なんとなくあんたの本性が見えてきた気がするな」
そう言って笑いながら手を出してきたエルヴィンを見て愁斗は首を傾げる。
「ようやくあんたと本当の友人になれそうな気がしてきたぜ。これからも金が溜まったらここに来るからそん時はよろしくな」
「そういうことでしたか。はい、こちらこそ今後ともオオサキ料理亭と俺をよろしくお願いします」
愁斗はそう返すと差し出された手を握ったのだった。
余談だが、客とのコミュニケーションが増えたことで今後ゆっくりと友人が増えていったという。