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嘲弄への対価

 ありとあらゆる世の裏側に影響を与え、その悪名を聞けば震え上がらずにはいられないほど畏怖される組織。その名は口にすることすら憚られ、世間のほとんどの人々は幼いころから「その名を口に出してはいけない」と教え込まれている。

 多くの殺し屋や暗殺者を世界各地に召し抱え、一度狙われたら死以外に道はないとまで言われている殺人ノウハウを所有し、更にはその組織の所在地や構成人数、技術力についての情報が一切露呈しない情報隠匿能力。

 これらが合わさって最早手の付けようがない裏組織として『メリグレブ』は知られていた。




 複数のランタンによって適度に明るく照らされているその部屋には、顔を伏せて跪く三人の人族とその目前でふんぞり返って椅子に腰かける異形の姿があった。

 異形と表現できるものの人族と比較的似た特徴を備えており、返しのようなものが無数に連なる凶悪な尾を持ち、頭部に闘牛のような先端の鋭い二本の角が生えていること以外は人族と相違ない。最も人族と異なる点を挙げるとすれば、それはただそこに存在するだけで他を圧倒する風格のようなものであるといえるだろう。そこには確かに『強者』であること以外の要素が垣間見える。


 彼こそが個体にして人族等の国を圧倒しうる存在。

 上級魔人である。


 いずれも五十に満たない容姿をもつ中年の人族たちの前に、人族で言う二十代前半ともいえる若々しい容姿をもつ男がふんぞり返っている様子は、傍から見れば異様に見えるかもしれない。

 しかし跪く当の本人達はそれを特に気にした様子もなく、冷静にそして泰然とした様子で頭を垂れている。


 しばらくの間そんな三人の人族を眺めていた上級魔人は、今まで浮かべていた薄ら笑いを更に深めて三人の人族に問いかける。


「そういえば久しぶりに面白い報告が挙がっていたな。確か、俺の・・組織を舐めてかかってるやつが今も平然とした顔で生きているとか」


 まるで楽しみができたとでもいうように笑う上級魔人を前にして、三人並ぶ人族の中心に跪く男が顔を上げて進言する。


「はい、ユークリウス王国王都ガルバインにて最近有名になった高級肉料理店でのことです。その店の店主はシュウト・オオサキ、ユークリウス王国にて召喚された異世界人であるという報告がガルバイン支部支部長ベルバッハ・シャルマーユより挙がっています」

「それで?」

「詳細は報告書に記載した通りですが、今一度ご説明させていただきます。件の店主はアルヴェヌス陛下の・・・・・・・・・組織の下っ端の下っ端、まだ正式に所属を認められていない者の横暴に気を悪くし、店の前に『メリグレブ並びにその関係者お断り』という看板を立てたとのことです。現在は陛下の組織に対する恐怖心から客足が遠のいているようですが、店主は特に気にした様子はないそうです」


 臣下からアルヴェヌスと呼ばれ敬われている上級魔人はその報告を聞いて、我慢できないとばかりに笑い出す。


「ガハハハハハハ!! おいおいおい、本当に面白い報告だな、それは。まさか俺の組織を馬鹿にするような人間がまだいたなんてよ。しかもそいつがまだ生きてるときた。これが笑わずにいられるかっての! ガハハハハ!!」

「………」


 ひとしきり笑った後いきなり真剣な顔に戻ったアルヴェヌスは鋭い目つきで臣下に問いを投げる。


「それでなんでそんなやつがまだ生きてんだ? 俺を舐めてかかるやつは皆殺し、俺に恐怖しないやつも皆殺し、そう命じていたと記憶していたんだがな」

「その通りでございます。しかしながらベルバッハによれば、上級魔物を用いた料理店を開けるほどには腕の立つ人物らしく、何度か送り込んだ殺し屋も全て軽くあしらわれているようです」


 そう答えたのはアルヴェヌスから見ていちばん左に跪いていた男であった。


「なるほど、曲がりなりにも異世界人ということか。しかしだからこそ絶望を与えるに値する。この世界のルールというものを教えてやらなければな」

「おっしゃる通りでございます。半端に力を入れてしまったが故の過ちとはいえ、陛下の組織を侮るなどこの世界に存在するものとしてあるまじき所業。分不相応な行いに対する厳罰は必要かと」

「だがどのような絶望がふさわしい? 拷問に対する訓練はされていないだろうが、打たれ強い肉体ならば生半可な拷問は意味を為さない。奴には家族はいないだろうし、召喚された国から離れて高級肉料理店などと小賢しい真似をするくらいだからユークリウス王国への所属意識は低いだろう。さて………」

「やはり肉体的に強い者には精神的に追い詰めるのが効果的かと」

「俺がやつに直接魔法を使うというのは芸がないだろう。それにわざわざ頭が出張って行っては、頭以外が無能だと示しているようなもの。俺がわざわざ育ててやったというのに無能ということはあるまい?」


 アルヴェヌスが僅かに目を細めてみせるものの、臣下三人とも動じることはない。

 彼らは自分の命すら既にアルヴェヌスに委ねているのだ。たとえ殺されようともそれは彼らにとって忌避すべきことではなく、主君が必要と断じて執行した受け入れるべきもの。今更命惜しさに抵抗したりはしないだろう。

 そんな光景を他者が見れば一種の諦めのように映ったかもしれない。おそらく魔人の格というものを真に理解できている者など世界広しといえど数えられる程度しかいないのだから、彼らがそのような胸中に移り変わってしまった所以を、正確に理解できる人間などいるはずもない。


「もちろんでございます。しかしながら異世界人が侮り難いというのもまた事実。不完全な情報ながら特級魔物を単独で葬り去ったという話もあります。ならばここは彼の仲間、知人、友人から外堀を埋めていくのが最善手かと思われます」

「ふむ、今ここでそういった発言をするということは、既にそれらの情報が集まっているんだろうな?」


 アルヴェヌスの問いが終わると同時に、三人の中心に跪いていた男がもともと手に持っていた麻紙を開き、そこに書かれている情報を読み上げていく。

 「特級魔物を単独で葬り去る」という発言にアルヴェヌスが反応を示さなかったのは、上級魔人からしてみれば普通のことである。


「彼――シュウト・オオサキには親しくしている女性が三人います。まずレイナ・アイナ姉妹、彼女等は四級冒険者であり、同じく最近四級になったばかりの冒険者四人組と行動を共にし、現在はマーラッハ公国にて定期的に依頼をこなしながら東に進んでいるそうです。レイナの戦闘スタイルは主に魔法主体であり、水・雷魔法を使えるようです。アイナの戦闘スタイルは主に強化魔法を使った体術であり、他にも火・土魔法を使えるようです。この二人に関しては我々の敵ではないと思われます。もう一人はシュウト・オオサキと同じ店で働くフェルネという女性で―――」

「―――待て。フェルネ………だと?」


 フェルネという名を聞いた瞬間閃くものがあったアルヴェヌスは思わず聞き返してしまう。

 姉妹の情報を興味なさげに聞いていたにもかかわらず、フェルネという名に反応したアルヴェヌスを不思議に思った男は戦闘能力以外の情報も付け加えて説明を続ける。


「はい。人族で言うところの二十代ほどの女性で銀髪をしており、その容姿は驚くほどの美貌を誇っているとのことです。現在はシュウト・オオサキの開いている店で従業員として働いており、彼女を一目見たいがために訪れる客も少なくないとか。戦闘能力においては【九属奏ノネット】の一人、『春塵』のサーリフがシュウト・オオサキの上をいくと目されるほどの実力を有しているそうです。魔法は火・強化魔法を使うことができるとのことです」

「……二十代、か。いや、しかしフェルネという名で銀髪だと……? しかも異世界人を凌駕するかもしれない戦闘能力………」

「彼女がどうかしましたか? 非常にお美しく強い女性だそうで、アルヴェヌス陛下におかれましては彼女を妾にするのも悪くないかと存じます」


 アルヴェヌスの呟きを違う意味で捉えた男は、いらぬ提言をしていることに気付かずアルヴェヌスの返事を待つ。

 アルヴェヌス自身はといえば深く考え込んでしまうように見えたが、それもすぐに元に戻って会話を続ける。


「いや、気のせいだろう。たとえ俺が知っているフェルネと同一人物だとしても、『魔人の恥晒し』とまで言われたあいつが、上級魔人を凌駕する力を持つ俺に敵うはずもなし。それでもあいつが人族等の力を凌駕していることに違いはないがな」

「はぁ………」

「まぁ今の俺の言葉は忘れろ。それで、お前たちの今後の行動方針は?」

「それについては既に計画を立ててあります。まずシュウト・オオサキと行動を別にしているレイナ・アイナ姉妹を拉致し、シュウト・オオサキを呼び出します。このとき姉妹を全く別の場所に置いておくことで彼らの戦力を分断。そのあとは彼らの目の前で首をねるも良し、拷問後の醜い姿を晒すも良し、精神を狂わせて物言わぬ人形に変えるも良し、かと」

「その程度で奴が絶望すると思うか?」

「間違いないと思われます。彼はこの世界に来て強大な力を得てから未だに一度も大切なものを失ったことがありません。大きな力を持つ者ほど自分の力が及ばなかったことによる絶望は大きい。彼ならそれは顕著であるかと」

「なるほど、面白い」


 アルヴェヌスはその場で立ち上がると堂々と部下に命令する。


「奴が絶望に打ちひしがれているをここに持ってこい。それにて愚行に対する報復の終幕としよう」


 臣下三人が今一度大きく傅く姿を見て、アルヴェヌスの薄ら笑いは更に深まったのであった。

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