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I am DEAD   作者: アム
9/11

雨にも負けず悪魔にも負けず




 タイムリミットが近付いている。叩き付ける雨になんて構っていられない。

 勿論、意地の悪い悪魔なんてものにも。



《雨にも負けず悪魔にも負けず》



 私は怒鳴った。


「だから、次の信号を右ですって! そう、右! お箸を持つ手の方!」


 お巡りさんは大袈裟に頷く。


「わかった! こっちだな!」


 お巡りさんがハンドルを右にきる。車体が大きく揺れ、私は窓ガラスに叩きつけられた。遠心力の偉大さをつくづく思い知るというものだ。

 座席に斜めに沈み込んだまま私は再び怒鳴った。


「次の信号って言ったでしょうが! 今曲がってどうすんの!」


 どうやら私に熊さんと意思疎通する能力はないようだ。熊――ではなく限りなく熊っぽいお巡りさんは爽やかに、すまん、と笑った。勘弁してくれ。時間がないのに。


 私は病院で目覚めた後、早速●×運送会社に行こうと土砂降りの中に飛び出した。だがそんな無謀な行為をあのお節介万歳男が見逃す筈もない。彼は飛び出した私を追いかけてきた。パトカーで、しかも蛍光灯を光らせサイレンを鳴らしながら。

 ジーザス。そして私は無事に捕まりパトカーに乗せられたというワケなのだ。周囲の視線に耐えながらね。まあ走って行くよりはお巡りさんに頼んでパトカーで送ってもらう方が早いだろう、と考え直したのもあるのだが………予想以上に私は道の説明が下手で、予想通りお巡りさんは勘違いが激しく、なかなか目的地近くに着くまでに時間がかかってしまった。おお、ジーザス。

 ●×運送本社は、小さい頃私達がよく遊んだ森の横の公園に行く道の途中にあった。大きくなるにつれ公園にもいかなくなったので、すっかり忘れてしまっていた。

 窓からふと外を見ると、懐かしい例の公園が見えた。突如、ここで遊んでいた頃に戻りたい衝動にかられる。私は頭を振った。何を考えてるんだ、私は。●×運送本社はもうすぐだ、気をしっかり持て―――――だが再び公園を見た時、私はギョッとした。さっきまで誰もいなかった公園に、黒い人影が立っていた。その人物と、目が合う。相手がニヤリと笑った。

 その瞬間。


 ボンッ!!


 嫌な音とともに激しく車体が揺れる。そして、何メートルか先の電柱にぶつかり止まった。


「何だっ!? 何事だっ!? 大丈夫かい!?」


 隣で騒ぐお巡りさんに私は頷いた。車は激しく揺れたが、ぶつかった時は随分スピードも落ちていたし、大した衝撃ではなかった。


「大丈夫です、シートベルトに締め付けられて“ぐえっ”ってなっただけです」


「そうか、良かった。それにしても一体何が……」


 突然制御のきかなくなったパトカーに、お巡りさんは訝しげな表情をした。

 私には何となく原因はわかっていた。だが、それをお巡りさんに話しても通じないだろう。

 私達はとりあえずパトカーから降りた。すると案の定、目の前には先程の人影―――チャラ男が立っていた。


「よお、久しぶりだなチビ」


 私は無言でチャラ男を睨み付けた。ガン付けには根拠のない自信があった。お巡りさんはワケが分からず首を捻っている。


「君の知り合いかい?」


「知り合いという程でもないですよ」


 私は唸るように答えた。チャラ男が肩を竦める。


「ひでえな、俺様はお前らの助っ人じゃねえか。忘れちまったのか?」


 私は鼻を鳴らした。


「ああ、そうだったな。でも私達を“地獄に堕とす”為の助っ人だろ?」


 私の答えに、辺りが静まり返る。雨音だけがやけに大きく聞こえる。

 突然、チャラ男が笑い出した。声を上げ、体を反らせて。


「なあんだ、気付いてたのかよ!」


 そして不意に私に向き直り、うって変わって低い声で言った。


「どこのどいつに聞いたか知らねえが、お前の言うとおり、俺様は試練を妨害し、挑戦者を地獄に堕とす為の存在だ」


 やっぱり、そうか。病院を出る前に院長に忠告されたのだ。“試練を妨害する悪魔に気をつけろ”と。やっぱりこいつが―――


「つまり、お前は悪魔なんだな?」


 チャラ男が目を細め、笑う。


「おうよ、俺様は悪魔だ。悪魔つっても、お前らが前と同じ運命を辿るように仕向けることしか出来ないワケだが…………まあ良い。悪いが、こっから先へは行かせないぜ」


 悪魔か。このタイミングで会うなんて運が悪い。さっきパトカーがとち狂ったのも、こいつが何かしたからだろう。

 そして、悪魔の発言からもわかるように、この試練には何かと制限がかかっているようだ。それは天使も悪魔も同じようだという話は院長としていた。彼らは私達の試練にある程度しか干渉出来ない。そうでないと、私達以外の運命にまで影響が出るかもしれないからだろう。

 ということはつまり、私達の運命も大きく変えられるワケではない。悪魔は悪魔で、私達を勝手に殺すことは出来ないのだ。だから私達を惑わせ、時間を稼ぎ、死ぬはずの運命を変えさせないことによって、私達を死なせるしかないのだ。

 だとすれば、私の読みは当たっている。弟は●×運送本社の、車庫にいる筈だ。悪魔はきっと、弟をそこに誘導したに違いない。何故ならそこが、私の“最期”の場所なのだ。

 私とチャラ男改め悪魔は、雨に打たれながら道路の上で睨み合った。


「どいてって言ってどいてくれる感じでもないな……」


 弱った。悪魔は、●×運送本社がある方に背中を向けて立っている。しかもここから●×運送本社までは一本道だ。つまり、彼の横を通り抜けないと●×運送本社へは行けないということになる。相手は悪魔だ。あの手この手で私を行かせまいとするだろう。それこそ足を折られたりしかねない。だって、犬に手を噛まれるくらいの運命の変化は許されるんだから。

 私がシワの少ない脳みそを駆使してあーだこーだと悩んでいると、隣で置いてけぼりを食らっていたお巡りさんが口を開いた。


「さっきから“地獄”だとか“悪魔”だとか物騒だな君達。何の悪ふざけかは知らないが、彼女は●×運送本社に急用があるそうなんだ。通してくれないか、そこの君」


 目だけ動かしてお巡りさんを見やり、悪魔はめんどくさそうに答える。


「お前は引っ込んでろ、人間」


「なんとっ!? 最近の若者はマナーがなっていないな!! 私も警察の端くれ、言葉の過ちを見過ごすわけにはいかない!!」


 …………。使えるな、この人。私は怪訝な顔をする悪魔に説教を始めたお巡りさんを見ながら、少しシミュレートする。……よし、いける! 私は敬語の重要性を朗々と述べるお巡りさんに向かって、なるべくか弱く怯えた声を出した。悪魔を指差しながら。


「お巡りさん!! この人私のストーカーなんです!! しかも自分を悪魔だとか思い込んじゃってて……!! マジ鳥肌!! 捕まえてのしちゃって下さい!!」


 悪魔はギョッとした顔で私を見た。お巡りさんはハッとした顔で私を見た。


「なんとっ!! それは一大事だな!! 私も漢の端くれ、乙女を脅かす下銭な輩を見過ごすわけにはいかない!!」


 そして呆然とする悪魔に飛びかかった。その時ばかりは、熊のような彼が素早い豹に見えたことは言うまでもあるまい。

 お巡りさんに突撃され、悪魔が地面に倒れ込む。立ち上がろうとした悪魔に、すかさずお巡りさんが三角締めをかける。


「ぎゃああっ!! 痛い痛い痛い!! 何すんだコラ!!」


「悪よ滅びろ!! 私が女性への正しいアプローチの仕方を教えてやろう!!」


 柔道技をかけられジタバタする悪魔を見ながら本当にコイツは悪魔なのか、と気の毒になる。お巡りさんは本来なら私とは関わりの無かった筈の人間だ。だから悪魔も下手に攻撃出来ないだろうと考えたのだが…………それにしても弱い。弱すぎるよあんた。イケてる顔面が勿体ないよ。

 何はともあれ、お巡りさんのおかげで悪魔の右にスペースが出来た。私は迷うことなくそのスペースに走り込む。私に気付いた悪魔が、痛みと苛立ちに顔を歪め怒鳴る。


「待ちやがれこのチビ!! どうせもう間に合わねえよ!! 大人しく地獄に堕ち…あいてててててて!!」


「まだ言うか、このストーカーめ!!」


 私は一瞬振り返り、お巡りさんの腕をポカポカ叩く情けない悪魔を見やった。そして声高に叫んでやった。


「“行くな俺のエンジェル!!”って!? キャーッ怖いーっ!!」


「誰がんなこと言うかああっ!! 調子のんなガキィィィっ!!」


 悪魔の雄叫びを背中で聞き流し、私は再び全力で駆け出した。走りながら、無意識の内に手が震えていることに気付く。何も雨に濡れたことだけが原因ではないだろう。

 私はひたすら走った。車も人も滅多に通らない古い道路を。弟の元へ、“死”へと向かって。

 雨にも、悪魔の脅しにも、構っていられるか。





次から真相が明らかになります。



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