白衣が目に痛いなんて言えません
あー、うん。あの人は昔から苦手だったんだよな。嫌いではないのだが―――なんか、マズいことまで見抜かれてしまいそうで、幼心に少し怖かった。
《白衣が目に痛いなんて言えません》
私はピリピリしていた。ピリピリというか緊張していた。そう、膝こぞうが震えちゃう程に。これは雨に打たれ、エアコンをガンガン利かせたお巡りさんのパトカーに半強制的に乗らされたことからくる寒気によるものではない(体育会系は総じて暑がりなのだ)。これは―――
「入りなさい」
「はひっ!!」
恐怖からくるものだ。案の定、冷たい呼びかけに応えた私の声も情けない程に震えていた。私は恐る恐る、お巡りさんは何故かウキウキと診察室に入った。廊下が廊下で暗かったので、診察室の蛍光灯に一瞬目が眩む。だが目が慣れると、診察室もそれ程明るくはなく、案外薄暗いことがわかった。診察室が薄暗いってどうよ。ますます恐怖を煽るわ。
そして、私の目の前で白衣の人物が振り返った。長い金髪と白衣が翻る。彼女こそ、この★◆病院の女院長である。そして、私が幼少より恐れている人でもある。
私の隣で、付いてこなくても良いと忠告したのに付いてきているお巡りさんが口を開き事情を話し出す。それも、自然に、まるで自分が私の真の保護者であるかのように。おいこら、さり気なく肩に手を置くなお巡りさんよ。
「すまない、院長。私の過ちにより、こんな幼気で愛らしい少女のこれまたか弱く愛らしい手に酷い傷をつけてしまった……頼む、どうか彼女を救ってくれ!!私はどうなっても構わない!!」
過激かつ漠然とし過ぎて意味プーさんな説明ありがとうお巡りさん。院長は彼の顔をチラリと見やり、その後私の右手を(すでに血は洗い流している)持ち上げ眺めて、眉一つ動かさずに冷たく言い放った。
「変態め」
違うんです、院長。これはお巡りさんに噛みつかれたワケじゃないんです、すいませんあの熊わりさん(熊みたいなお巡りさん)が誤解を招く発言をしてしまって。ってゆうかそうだったら病院行く前に警察に行くし。
私は彼女にお巡りさんの語弊について訂正したかったが、なんかもう疲れていたからやめた。
ふと院長と目が合う。あまり見慣れていない薄い黄土色の目。怖いから滅多に視線を合わせない、いや合わせられないのだ。院長は、私達が小さい頃に父の前院長を継ぎ院長になったらしいが、私が知っている院長は彼女だけだ。私が考える限りは40歳を過ぎていてもおかしくはない計算になるが、彼女の外見には昔から変化がない。一言で言うと昔も今も若くて相当な美人である。ややキツい顔立ちではあるが、白衣を纏い年中ミニスカートの彼女は、ヒョイッと漫画の世界から抜け出してきた女医さんのようだ。
ただ問題なのは、
「はい、今から縫合に入りますね。なるべく痛むように縫いますから安心して」
「ホワイッ!?むしろ安心出来ませんよ優しくして下さいお願いだから!!っていうか麻酔は!?麻酔はしないんですか!?」
こういうところだ。
要するに怖いのだ!!おっかないのだ!!恐らくドSなのだ!!彼女についての恐怖体験ならいくらでもあるが(突き指を無理やり引っ張って伸ばされたり、はげかけた爪をむしられたり……正当な処置?それを言うな!!ただ彼女がやられると尋常じゃなく怖いんだから!!)、今はやめておこう。まあ、小さい病院なので守り抜く為にはこうならざるを得なかったのかもしれないが……
院長が小さく舌打ちをし、顎で看護婦さんに注射器をとってこさせる。良かった、とりあえず麻酔は打ってもらえるようだ。ホッとしたのも束の間、院長は注射を打つのが壊滅的に下手であることを思い出した。案の定腕に何個も穴が開いた。なんかもう疲れと痛みを通り越して笑えてくるわ。私、夕方までにターゲットを仕留めないと地獄行きなんですけどね、こんなところで何してるんだか。ハハハハハ……はぁ。
院長が実にどうでも良さそうに言った。
「あ〜、ちょっと打ちすぎたわね」
「マジですか、いや、うっすらそんな気はしてたんですけどね、こうもいっぱい刺されるとね」
院長は少しだけめんどくさそうに言った。
「まあ死にゃあしません」
私はロボットのような無表情でその言葉を聞き、ベッドに横たわった。すぐに眠気が襲ってくる。私がこれが死出の旅立ちにならないことを祈りつつ目を閉じようとすると、院長が耳元で、
「影のない人間にも麻酔って利くのね」
と囁いた。え?普通の人間には私達の影ってあるように見えるって天使言ってたのに、何で?私は驚きから彼女を見返したが、徐々に視界が暗くなっていった。何の問い返しも出来ないまま、私の意識は闇に沈んだ。オーマイガッ。
目が覚めると、暗闇の中を漂っていた。目の前にはどこまでもどこまでも闇が続いている。私はあぁ、と溜め息をついた。
「結局穴だらけになるだけなって地獄行きか……」
「何言ってんの。ここは地獄じゃないわよ」
予想外の声に、私は心臓が飛び出しそうなくらい仰天した。そして、飛び出しかけた心臓を飲み込み背後を振り返った。
そこには、目に痛い程の、白――――そう、白衣を纏った院長が立っていた。彼女は、色々ビックリし過ぎて真顔で固まっている私に笑いかけた。どこか不敵で、謎めいた笑い。
「穴だらけにして悪かったわね」
それは、彼女が初めて私に見せる笑顔だった。
…………それにしても、目に痛い白衣だわ。




