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I am DEAD   作者: アム
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小さな親切が我が身を救う


私が五歳の時にこの世を去った母は、優しく強い人だった。少なく朧気な記憶の中の彼女は、病魔と戦いながらもいつだって優しく笑っていたから。



《小さな親切が我が身を救う》



あれは、気怠い初夏の日のことだった。つまり命日のことだが。要するに思い出すと胃が「今から胃酸出るよーーっ」てグルグル言い出すくらい思い出したくない日のことなんだが。


あの日の放課後、私はいつものように友達の姫(あだ名)と、赤点(限りなく悪口に近いあだ名)と、モアイゴリラ(ただの悪口)と女子高生らしくダラダラと喋っていた。私達の教室は二階の校舎の端にあり職員室から一番遠く、チャイムより早く先生が来ることは稀だった。それはどうでも良い。そして私達四人は、その教室の横にある外階段で話すのがお決まりになっていた。


「あぁ、今回も真っ赤っかだなぁ、悲しいねぇ」


外階段にいる私達の中で、一番上の段に座っていた赤点が成績表を見ながらたいして悲しくなさそうに言った。驚いたかもしれないが“赤点”は人間なのだ。ちゃんと息を吸って生命活動を行っているほ乳類なのだ。先ほどの「友達の赤点と〜」っていうのは、何も私が学生を苦しめ悶絶させる赤いインクで示された数字を友達だと形容してしまうほど、私の成績表が赤く染まっているという意味ではない。学生に忌み嫌われその名を出されることさえはばかられる“赤点”という言葉を、勇敢にもあだ名として授かった程の友人(馬鹿)がいるということなのだ。長文失礼。


「ってゆうかあんたにはそもそも赤くない点数がないでしょうが」


私の下から低い、そう女子高生にしては低い、いや低いを通り越して野太い声がすかさずツッコミを入れた。声の主は通称モアイゴリラ、私達は略して「ゴリ姉」と呼んでいたが、彼女は女子高生にしてはいかつい、いやいかついを通り越して見るものを圧倒する程のムキムキな日焼けした腕を組んで壁に寄りかかり立っていた。要するに彼女はマッチョだ。首の上には(まるで)どこからか盗んできて体と合成させた(かのような)、掘りが深くて目鼻立ちがくっきりした美しい外人の(ような)顔が乗っている。要するに体の筋肉量と顔面の美しさが噛み合っていないのだ。そして「肌が黒く掘りが深いマッチョ」ということで彼女のあだ名は「モアイゴリラ」に決定されたのだった。肌が白ければ「ギリシャ彫刻モアイ」になっていたに違いない。

ゴリ姉の制服の上からでも分かる筋肉を前に怯むことなく、赤点はうん?と顔をあげるとゴリ姉ににやけてみせた。


「君のような野蛮人に私の何がわかるんだい?芸術を追う私には点数の色など何の意味もないのだよ」

「野蛮人っ!?聞き流せない発言だわ、表に出なさいこの赤点女!!」

「ははは、何を言うんだね。ここはもう外ではないか」


案の定、妙に偉そうな話し方をする美術部の天才(赤点)とテニス部のエース(ゴリ姉)は喧嘩を始めた。赤点は学業はからきしだが、美術的才能には恵まれているのだ。何かあるたびに賞をもらい表彰されている。確かに彼女の喋り方のセンスは人とは一線画していると思う(悪い意味で)。

なんだかんだ2人とも自分を誇れるものがあるんだよな〜とぼんやり私は思った(芸術と筋力)。私は平凡な自分(体重はちょっと並以上だけど)を少しだけ残念に思った―――筈もなかった。人間平凡が一番だ。こんな異常な奴らに囲まれてると本当にそう思う。何が異常って、長く付き合えばわかるよ。彼女達の濃さに。まあ、普通の人、なんていうのは結局いないような気がするから、彼女達の異常具合についてはなんとも言えないが。

そして、私の隣で2人の口論にオロオロするもう1人の異常な友人。彼女は困り顔で私を見上げた。


「と、止めなくて良いのかな?」

「良いよ」


即答した私に彼女は更に困った顔をする。整った形の眉、小さく可愛らしい鼻、大きく丸いつぶらな瞳、薄いピンク色の頬を収めた完璧な顔で。


「馬鹿はほっとくのが一番だよ、姫」


私は異常な程可愛い友人に笑いかけた。そう、彼女こそはまさしく“姫”であり、それ以外の何者でもない。彼女とすれ違う男は皆振り返り、一分間は彼女の背中を見送る。なんたって姫だからね。姫は姫らしく困った顔のまま頷いた。

私は帰る準備を始めた。とは言ってもおっさん臭く「よっこらせいっ」と言って立ち上がり鞄を持っただけだが。

バカ2人の口論は「表とはどこからどこまでを指すのかの抽象的理念の本質的解明」という次元にまで達したようだ。一言で言うと、付き合ってられねえよ。

私が鞄を持ったことに気付き、言い争っていた赤点とゴリ姉がこちらを見やる。私は「飯の準備があるから帰る」と言った。姫も私と一緒に帰ることにしたらしく、鞄を持っている。


「あ、ああわかったわ。それじゃまた明日ね」

「さらばだ友よ」


2人がケロリとした様子で私に手を振ってくる。私と姫は手を振り返し、階段を降りた。降りた所で頭上から声がふってきた。赤点だ。


「コピー用紙ってザラザラとツルツルどっちが表なんだい?」


私は満面の笑みで返した。


「お前の脳みそと同じ方だよ、おバカさん!!」




それから私と姫はしばらく一緒に歩き、駅前で別れた。姫は電車通で私は徒歩なのだ。

いつものように私が改札に入る姫を見送り立ち去ろうとすると、姫が改札の向こうから呼びかけてきた。


「ねぇ、あのね……っ」

「何?」


姫は少しの間躊躇っていたが、やがて姫特有の困り笑いを見せ首を振った。


「いや、なんでもないの。気を付けてね」


今思えばなんだか姫は変だった。だが私は別段問い返すこともせず、ありがとう、と返し2人は別れた。


そして、その後すぐに私はトラックに跳ねられて死ぬことになる。横断歩道の上でまさに偶然弟に出くわした瞬間に、2人一緒に。信号は青だった筈だった。

改めて確認するのもなんだが、本当に理不尽、そして何とも運が悪すぎる終わりであることだ。一つ良かったことがあるとすれば、それは私も弟も恐らく即死であったことくらいだろうか。








やっぱり駄目だ。思い出せない。思い出すのは下らないことと、撥ねられる直前のタイヤの擦れる音、肌で感じた風圧だけだ。そもそも運転席は暗くなっていて、瞬時に人の顔を認識出来るような状態ではなかったと思う。

アーケードの天井を仰ぎ、私は溜め息をついた。プラスチックの屋根の向こうにうっすらと青空が透けている。

なんだ、この虚脱感は。私はぼんやりと確信する。きっと人生最後に友人達と交わした会話が、コピー用紙についてだったことへの絶望に違いない。私は今まで何をして生きてきた。もっと他に話すこと(アイドルについてとか彼氏についてとか)はなかったのか。そう、なかったんだ。

私が一人で感傷に浸っていると背後で甲高い声がした。無視した。すると後頭部に拳骨をくらった。弟の声だと気づかなかった。


「何ぼさっとしてんだよ。命かかってんだしっかりやれよ」

「人生とは常に悩み、迷うものだよ」


今度は2人一緒に溜息をついた。一応日本人、かつおじさん、かつスケベそう、かつ運送業関係の仕事についてそうな人、ということでターゲットを絞ってはいるがうまくいくかはわからない。仮に怪しい人を見つけたとしても、どうやって私達を(将来)轢く人物だと確認すればいいのだろう。「OPPAIは好きですか?」って聞いて回るか?いやそりゃ普通に男は大体好きでしょうが!!意味ないわ!!ってゆうかそうじゃなくてもさすがに聞けんわ!!


ふと、煙草の匂いが鼻をつく。右側をみやると、日本人、かつおじさん、かつ気難しい(ムッツリスケベそうな)顔、かつ運送業関係っぽいくたびれた繋ぎを着た人が煙草を吸いながらこちらに向かってきていた。片手にビニール袋を下げて。

あー……。該当するわー…。でも話しかけたくない。ああゆうおじさん怖い。目つき悪いし隈ひどいし無理無理怖い。

私はぼんやりと通り過ぎるおじさんを見送った。弟は私と反対方向を見ているので、気付いていない。

と、おじさんが私の前を通りすぎた刹那、ふいに白い何かが私の前を舞う。私は思わずそれを空中で鷲掴みにした。小学生の反射神経なめるなよ。

私が掴んだもの、それはレシートのようだった。……あのおじさんが落としたものか。私はおじさんが歩いていった左の方を見た。くたびれたその背中が徐々に遠ざかっていく。……怖いけど見てみよう。エロ本ばっかり買ってたらどうしよう。

クシャクシャのレシートを広げると、そこには一つだけ、商品名が印刷されていた。


“まろやかデカプリン×10”


「…………………」


プリン………10個……………。手が震える。私はアーケードど真ん中の広場のベンチの上で、必死で笑いをこらえた。

プリン?しかもまろやかでデカいプリン?それを10個も買ったの?ねえおじさん!!

私は弟に気付かれないように心の中で抱腹絶倒し、思わず滲んだ涙を袖口で拭う。人は見かけによらないものだ。あんな怖い顔をして意外とオチャ…………………ん?

プリン………クリーム色―――肌色、と言えないこともないよな。そして言うまでもなく柔らかい。プリンプリンのプリン。アホか。いやアホじゃない。“OPPAIが好き”なんて珍しいことじゃないからわざわざ情報に乗せる必要もないよな。つまり、“肌色で柔らかいもの”っていうのは――――


「プリンだああああっ!!」

「うおっ!?いてっいててててて!!」


私は雷に打たれたのかのような勢いで弟を振り返り、その坊主頭をバシバシ叩きながら喚いた。


「何すんだバカ!!痛えよ!!」

「見つけた!!見つけたんだよ多分いやきっとそうだうんそうに決まってる私は天才なんだから大丈夫自信を持て私!!」

「自分に言い聞かせてないでちゃんと落ち着いてから俺に説明してくれ」


確かに。私は息継ぎをし一旦心を落ち着かせてから弟を真っ直ぐに見据え、神妙な面持ちで言った。


「つまり、あいつがターゲットかもしれないって言ってんだ!!」


「ピンポーン!!大正か〜い」


………はい?何今の声、何今のノリ。ためてからの神妙な面持ちからの重大発言をした私をバカにするような軽い声音、しかも何で私の後ろから?確実に弟の声ではないことはわかる。弟は私の目の前で目を丸くし、私の後方を見つめている。

私は振り返った。初めて嗅いだ、妙に甘ったるくそれでいて鼻がスーとするようなミント系の臭い。

目の前に男が立っていた。背が高く、長い黒髪を無造作に束ねたチャラい青年。


「初めまして。俺様は、お前らの助っ人だよ」


男は整った顔を歪め、意地悪そうに微笑んだ。





私が「人の落とし物は拾ってあげようね」と幼い頃教えてくれた母に心から感謝したことと、どこからか沸いて出た怪しすぎる男にしばし呆然としたことは言うまでもあるまい。





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