不可能を可能にするに為には
小さい頃、自分には輝かしい未来があるのだと根拠もなしに信じていた。本当に幼かったな、と思う。こんな風に死んでしまった今となっては。
《不可能を可能にする為には》
幽霊に未来も何もあるものか。私は深く溜息を吐いた。だが弟は私の方を見向きもしない。なんだか腹が立つ。
私達が幽霊として目覚めてから、既に一週間が経過していた。相変わらず私達の体は透けているし、家の外には一歩も出れない生活だ。大きく変わったことがあるとすれば、それは私達が前より家以外の物質に触れるようになったことだろうか。これは大きな進歩だ。
「でもさ、姉貴。あまり物には触れないようにしようぜ。触れたとしても必ず元の場所に戻すようにしよう。な」
「? なんで?」
「だって俺達がカーテンを開けたりしてそれを誰かが見たら気味悪がるだろ、きっと。それにもし親父が帰って来たらどうする? 誰もいない筈の我が家のものが移動してたら、不審に思う筈だよ。俺はこの家をお化け屋敷とか心霊スポットだとかは言われたくない」
「ふーむ。なるほど」
そうなのだ。他の生きている人々に私達の姿は見えないのだ(多分)。一度近所のおばさんが家の前を通った時、私達は考え得る全てのアピールを試してみた。声の限りに叫んだり、窓を割るように叩いたり(勿論割れないが)、窓の前で踊ったり、と。だが結果は予想通りだった。彼女は私達のいる窓を見たのに、眉一つ動かさずまた歩き出したのだった。どう見ても、私達の存在に気付いた様子ではなかった。
しかしそうは言っても、なあ。
「じゃあ私達はいつまでこのままで居れば良いんだ? そんな風に隠れて(意図せずにせよ)暮らしてても、何も変わらないし誰もわかってくれないぞ」
「…………まあな」
「取り敢えず親父に手紙でも書こう。そうすれば親父が帰ってきた時、私達とコンタクトがとれるかもだろ。紙とペンには触れるんだ、早くこうすれば良かったな」
「姉貴……気付くの遅くないか。俺は当然わかってるものと思って黙ってたんだが」
「うっさい!! おっしゃ、気合い入れて書くぞ!!」
「気合いじゃなくて無念だろ……………」
「暗いんだよお前。それじゃ早速ペン、ペンっと……――」
「お探しになる必要は御座いません」
「何だよ突然しおらしく敬語なんか使いやがって」
「―――――姉貴、さっきの俺の声じゃない」
「話をお聞き下さい」
「はいはい、わかったわかった。だから敬語ヤメロって(虫唾が走るわ)。まさかそんなに根暗を気にしてるとは露知らず……」
ピカッ。
「!!」
弟の方を振り返った私は余りの眩しさに目をつぶった。なんだこりゃ。雷?何ちゅー眩しさだ。てか今日は快晴だし今は節電中の筈なんだけどね。そもそもこれは電球とかのレベルの光源じゃない。
そして、徐々に光が薄れていくのを目蓋越しに感じ、私はゆっくりと目を開けてみた。
そこには――――――――
宙に浮く美しい少女の天使(と口を開けっ放しの弟)がいた。
そして恐ろしいことに、頭と羽が天井にぶち当たってる窮屈そうな天使は、私達を見て微笑んだ。いかにもといった感じの澄んだ高い声が響く。
「こういう時は、“お邪魔します”で宜しいのですよね」
私は頷いた。
「狭い家で申し訳ないです」
この天使との出会いが、解放と呪縛の始まりだった。いつだって、不可能を可能にする為には、辛抱と犠牲が必要なのだ。