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食堂狂想曲

本編08、及び別視点06の時点で食堂にいた、とある書類部隊の隊員視点です。

北の魔王城の勤務は、魔大陸の北の領地に住むものなら憧れの職業である。







ここ北の魔王城の採用試験は不定期だ。

人員が一定人数を切った時か、副隊長以上の紹介が無いと行われない。


採用試験では基本的な能力を確認されて厳選された後、三ヶ月の試用期間を経て部隊長会議に掛けられ、採用か否かが決定する。

採用条件は通常業務をこなすのは勿論の事、必要最低限の戦闘能力を有している事。簡単な様でいて難しい。

何せ、人員は最小限しか居ないのだから、求められるレベルが高く、仕事もハードなのだ。

北の領地の要でもある為、好戦的な南の魔王領や下克上を狙う北の魔族による襲撃も少なくなく、危険も高い。


それでも人気なのは、給料は良いし、衣食住が保障されている。

城の周りには大きな集落がいくつもあり、娯楽も揃っている。

北の魔王城で働いているとなれば、嫁に困る事も無い。

そして何より、お忙しい北の魔王様であるカイユ様にお目に掛かれるかも知れない機会が一般人に比べて格段に高い。


その圧倒的なお力と美貌は老若男女関係無く人を惹き付けると言われるカイユ様に会いたくないと言う人物は相当な変わり者だけだろう。




私がこの北の魔王城の書類部隊に勤める様になって早、八十四年。

魔王様にお目に掛かれたのはたった一度だけ。だが、私の人生で一番輝かしい記憶だ。


普段は我等が麗しき氷の女王、エリエス隊長の下で働いている。

己には勿論の事、他人にもこの上なく厳しいエリエス隊長は仕事に妥協等無く、一度目は絶対零度のお美しい微笑と共に「さっさとまともな書類を上げなさい、この下郎が」と注意を促してくるが、二度目ともなると即、鞭が唸る。

最初はそんなエリエス隊長が恐ろしくて堪らなかったのに、いつの間にかそれが妙に快感になっていたのだから不思議だ。慣れとは恐ろしい物である。


最近では、『エリエス隊長に罵られ隊』なる物まで書類部隊の中で発足し、それに加入すべきかどうかで私は今、迷っている。

外警部隊の友人に相談したら、何だか物凄くしょっぱい顔して聞き流されてしまったが、私にとっては切実な迷いなのだ。かといって、書類部隊の友人達はとうの昔に加入済みの為、相談してもさっさと入れと言われるだけである。

誰か真摯に相談に乗ってくれる人物はいないだろうか。







この日もいつも通りに業務をこなし、昼休みの時間に入ったので昼食を取りに同僚達と食堂までやって来た。同僚達は、特に予定など無かった筈なのに席を外したきり戻られないエリエス隊長の話で持ちきりである。


この北の魔王城の食堂で出される食事は、周辺の集落にあるどのレストランよりも美味しい。味が良いのは勿論の事、見た目も美しく、ボリュームもある。食事のバランスも良い。

そんな食事には野菜も多く使われているが、此処で食べる分には全く苦痛に思わない。


昔はさして美味くも無い野菜を食べる意味が分からなかった。正直、今でも食べなくていい気がするが、食事を残すと調理部隊が恐ろしいのである。

体調が悪い、体質的にどうしても食べられない物がある、元来少食で、無理をすればリバースするという事であれば話は別だが、そうでなければ食事を残した者には調理部隊から直々に「お仕置き」が下される。


北の魔王城で外勤部隊に混じって上位に入る戦闘集団とまで言われている、規格外な戦うコックさん勢揃いの調理部隊である。

新入隊員が入ると、誰か一人は必ず「お仕置き」の餌食となる。

それを見せられて、もしくは直々に「お仕置き」されて、先輩達に初めて調理部隊の恐ろしい程の有能さをじっくり教え込まれる。

あれは、エリエス隊長の愛の鞭に慣らされている我々書類部隊でもご遠慮申し上げたいものだ。


そんなどうでもいい事を思い出したが、同僚達の話も聞きつつ相槌を打つ。

今日も美味な定食に舌鼓を打ちつつしっかり完食すべく食べ進めていると、食堂の入り口辺りのテーブルからざわめきが上がった。

何気なく声に釣られて視線を向けると、そこには我らが書類部隊のエリエス隊長と何故か調理部隊のディルナン隊長がいた。初めて見ると言っていい組み合わせである。

一体何が? といった好奇的な視線など一切気にする素振りも見せず、エリエス隊長が先にテーブルに座り、ディルナン隊長が配膳口に向かう。その姿に、同僚達はどういう組み合わせなのかについて話を咲かせ始めた。

丁度私の座っている席の向きが、配膳口を向いている為、ディルナン隊長が視線の先に居た。調理部隊の、まだ成人して然程経っていないであろう隊員と何かを話している。

エリエス隊長は私達のいるテーブルの後方のテーブルに座っている為、見れない。振り返ったら、後が怖い気がする。




ぐーぎゅぐーぎゅ




…何だ? 今の音は。ディルナン隊長に調理部隊の面々が口笛で囃し立て、て……




---何だ、ディルナン隊長の左腕に抱っこされてるあの小さい生き物ーっ! 小さくてヤバイ位に可愛らしい幼児っっ。

あぁっ、ディルナン隊長、待って、私はその子をもっと見たい!

・・・っ、小さ過ぎてテーブルが遠いのか唇を尖らせてる!可愛い!!

食べられる様にディルナン隊長の膝の上にちょこんと座って…ディルナン隊長が羨ましい!!!

フォークを握ってそんなに食事をガン見して。何で食べないんだい!!!?

あ、エリエス隊長が戻って来た。…まさか、エリエス隊長を待っていたのか?

何て美味しそうに食べるんだろう。もぐもぐ一生懸命噛んでいると、ティチスの頬袋みたいになってるー!!!!!

か   わ   い   い   w   w




…落ち着くんだ、私。これではまるで変態ではないか。

……いや、よくよく周りを見回してみたら私だけではなかった。結構数似た様な反応をしているヤツ等がいるではないか! そうだよな、同士達よ!!


食事をありえない位のスピードで平らげ、再び子供観察に戻る。


この頃には、態々テーブルに近付いてまで観察するヤツもいたが、私がそんな事したらエリエス隊長に何をされるか分かったものじゃない。…想像しただけでゾクゾクしてしまうではないか。

小さな口を一生懸命動かすも、食べ終わったのはディルナン隊長が食べ終わって大分経ってからだった。しばらく幸せそうな表情をした後、エリエス隊長とディルナン隊長を見上げたかと思うと、コテンと首を傾げた。


「「「「「ごふっ」」」」」


観察していたヤツほぼ全員が口元を押さえていた。飯を食い掛けのヤツは噴出しそうになったんだろうが、私は鼻血が噴出しそうだった。中には理由が両方なんて強者もいる。

それでも観察を続行していると、ディルナン隊長の膝から下り、床に下りるとディルナン隊長を見上げて何かを言っていた。声が聞こえんのが惜しい。どんな声をしているのだろう。

子供の言葉を聞き、ディルナン隊長が物凄く優しそうに微笑んだ。レアだ! こんなディルナン隊長を見た事が無い!!

ディルナン隊長が皿をトレーに丁寧に乗せると、子供に持たせる。


お手伝い、お手伝いなのか? そんな嬉しそうな顔してー!


ディルナン隊長とエリエス隊長も立ち上がると、子供が返却口へと歩き始める。その表情は真剣そのもので、思わず私も固唾を飲んで見守ってしまった。

いや、私だけでなく今や食堂にいる休憩中の隊員達が固唾を飲んで子供のお手伝いの行方を見守っている。ディルナン隊長がすぐ側で直ぐにフォロー出来る位置に居るのは分かっているが、それでも拳を握らずにいられようか。否、いられる筈が無い!


無事に返却口に辿り着き、ディルナン隊長にトレーが受け渡された瞬間、私達見守っていた隊員達は音を立てずとも拍手喝采していた。中には感動の余り、泣いている者までいる。

そうしたら、ディルナン隊長が子供を抱き上げて厨房内に手を振らせた。


ずるい!!


思わずエリエス隊長に私達にもと念を送ってしまった。他にも同じ様なヤツが必ずやいる筈だ。皆でやれば怖くない!

そうしたらエリエス隊長がディルナン隊長の横に立ち、何かを言ったかと思うと、子供をディルナン隊長から奪い、此方にも手を振る様に言って下さった。


エリエス隊長、最高です! 私は貴方にどこまでも付いて行きます!!







子供がエリエス隊長とディルナン隊長に連れられて食堂から去った後、子供の話で恐ろしい程の盛り上がりを見せる中で私は決心した。


「『あの子を見守り隊(仮)』を結成するぞー!!!」


私が思わず立ち上がり、声高に宣言する。すると、一瞬の沈黙の後、食堂に大きな歓声が上がった。

それを聞き、必ずやあの子の為にも北の魔王城最大規模の親衛隊を作り上げようと思った。

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